第33話 回復薬の価値がインフレを起こしていた様です。初めて知りました。
「……えっと、レイネル・グッジョブさんでしたか? 冒険者協会からの紹介状などはお持ちでしょうか?」
「ふはははっ! このワシを疑うのか? まあいい。これが冒険者協会の紹介状だ! ちゃんと、冒険者協会からの紹介できておるわ!」
レイネルから冒険者協会からの紹介状を受け取ると、そこには、紹介文とこのレイネル・グッジョブを雇用する為の条件について書かれていた。
元Sランク冒険者であるレイネル・グッジョブを雇用する為の条件、それは月額五十万コルの支払い。仮にも元Sランク冒険者を雇用するのに破格の値段設定だ。
「えっ? 月額五十万コルで働いてくれるんですか?」
素朴な疑問ながらそう尋ねるとレイネルは豪快な笑みを浮かべる。
「その通り。お前さんさえ良ければ冒険者協会の紹介状通り、月額五十万コルで働かせて貰いたいのう。なに、安心してくれ。こんな身ではあるが、まだまだ若い者に負ける気はない。それに片腕位なくてもAランク冒険者位の力の持ち主であれば、簡単に追い返す事もできるわ!」
レイネルの左腕に視線を向けると、確かに片腕がない。
「……えっと、エリクサーを使えば、簡単に無くなった腕を生やす事ができると思うのですが、何故、それをお使いにならないのですか?」
上級ダンジョンに棲息するエンペラースライムというモンスター。
これを倒す事によって、低確率ではあるがエリクサーというアイテムを手に入れる事ができる。
元Sランク冒険者ともあれば、上級ダンジョンに行った事もある筈。
エリクサーの存在を知らない訳がない。
それにエリクサーを購入するにしても、Sランク冒険者としての収入があれば簡単に捻出できる筈だ。
首を傾けながらそう尋ねると、レイネルは困ったかの様な表情を浮かべた。
「ふむ。エリクサーか。聞いた事はあるが見た事がないのう」
「え? だって、エンペラースライムを倒したら低確率でドロップしますよね?」
すると、レイネルは困惑とした表情を浮かべる。
「……エンペラースライムを倒しても、ヘドロ状の液体になるだけで、魔石以外の何かをドロップするなんて事はあり得ぬが……。お主、何か思い違いをしているのではないか?」
「ええっ!?」
ど、どういう事?
エンペラースライムを倒したら低確率でエリクサーがドロップする事は誰でも知っている事だと思っていたんだけど……。
これもDWが現実になった為に起こった齟齬の一つだろうか?
「……えっと、ちょっと教えて頂きたいのですが、モンスターを倒したらアイテムをドロップするのは普通の事ですよね?」
前々から思っていた一番疑問に思っている事を尋ねると、レイネルは困惑とした表情を浮かべた。
「普通ではないのう。モンスターを倒して手に入れる事ができるのは、そのモンスターの肉や骨、牙や魔石位のものだ。武器や防具が欲しいのであれば、倒したモンスターの素材を使って鍛冶屋に作って貰う必要があるし、回復薬が欲しければ、調合師辺りに作って貰うしかないのう」
「そ、そうなんですか!?」
「そりゃあ、そうだろ。倒したモンスターがアイテムに変わる訳がないだろう?」
「た、確かに……」
驚愕の事実である。
まあ、言われてみればそうなんだけれども……。
DWの世界が現実になって一週間と経たぬ内に、DWの世界が俺の知るDWと全然違うものになってしまった気分だ。
いや、俺だけが違うのかな?
「……もしモンスターを倒してすぐアイテムを手に入れる事ができる様な世界であれば、こんな苦労はしておらぬわ。ワシが腕を無くした原因もエンペラースライムだしのう」
「そ、そうなんですか……」
それは知らなかった。
「……そ、それじゃあ、もしエリクサーがあったら、レイネルさんはそれを幾ら位で買い取ってくれますか?」
興味本位で尋ねるとレイネルは眉間に皺を寄せて考え込む。
「……そうじゃなぁ。もし、そんなものがあるとすれば、一本辺り一億コル……。いや、十億コルで買い取るかのう。しかし、それも無理な話だ。現役時代ならいざ知らず、今のワシには到底手が出せぬよ」
「そ、そんなに……」
エ、エリクサー、滅茶苦茶、アイテムストレージに入っているんですけど……。
「そ、それじゃあ、回復薬は?」
「回復薬? そうじゃなあ、初級回復薬であれば、十万コル、中級で百万コル。上級で一千万コルといった所じゃろうか? まあ、上級回復薬を作る事のできる調合師なんて、国中探してもどこにもおらぬかもしれぬがのう。まあ、ミズガルズ聖国なら上級回復薬を作る事のできる調合師がいるかもしれぬがの……」
「そ、そうなんですか……」
か、回復薬までも貴重な世界になってしまったようだ。
よもやよもやである。
「そうですか……。貴重な情報、ありがとうございます」
「それで、どうかのう? ワシを雇ってはくれまいか?」
「ええ、是非、よろしくお願いします。元Sランクの冒険者を警備として雇う事ができるのは、こちらとしてもありがたい話です」
そう言って握手を交わすと、レイネルが豪快に笑う。
「ふはははっ、このワシが警備を任されたからには大船に乗った気分でいるがいい。片腕は無くなったがチンピラ程度であれば、追っ払ってやるわ!」
随分と豪快な人だ。
早速、レイネルと契約を交わすと、ホテルの支配人にレイネルが泊まる一階の部屋を案内して貰う。
「おお、流石は『微睡の宿』。警備をするだけだというのに、泊まる場所まで用意してくれるとは気風がいいのう」
「それだけじゃありませんよ」
ホテルの支配人を部屋の外に出し、アイテムストレージからエリクサーを取り出すと、レイネルの前にあるテーブルに置く。
「……これは?」
「これはエリクサーです。これを飲む事でレイネルさんの無くなった腕を新しく生やす事ができます。無くなった腕を生やす事になるので、暫くの間、リハビリが必要になるかもしれませんが、どうします? 勿論、エリクサーを使う場合、この事を話す事ができぬ様、契約で縛らせて貰いますが……」
そう言うと、レイネルの視線がギラリと光りを帯びる。
「……腕が生えるというのは本当かい?」
「ええ、これを使えば間違いなく腕を生やす事ができます」
エリクサーは、服用する事で欠損状態を回復し、いかなる病をも治す事ができるという妙薬。これはDWの説明文だが、この文章に誤りがなければ、腕位生やす事ができる筈だ。
「それはありがたいのう……。それで、契約で縛る他に条件は?」
「レイネルさんには、出来る限り万全の状態で警備して欲しいですからね。それ以外に条件はありません。と、言いたい所ですが、先程、エリクサーの価値を聞いてしまいましたからね。最低五年。ここで働いて頂きます。勿論、週休二日の交代制で……。レイネルさんさえ良ければの話ですけど……」
「ほう。最低五年の警備か……。たった、それだけでこの腕を治してくれると……」
「ええ、たったそれだけの条件です。どうしますか?」
DWがゲームだった頃こそ、多くのSランク冒険者で溢れていたが、一度、リセットされてしまった以上、Sランク冒険者は希少だ。
エリクサーを渡す事で、元Sランク冒険者を格安で雇う事ができるならそれに越した事はない。
それにゲームプレイヤーではない、この世界に元から住んでいる元Sランク冒険者の歓心を買っておけば、何かと役に立つ事も多いだろうしね。
レイネルは目を閉じ考え込む。
そして、そっと目を見開くと呟くように問いかけてきた。
「……エリクサーはあと何本ある?」
「そうですね。最低でも、あと五本はありますよ?」
本当は、一万本あるけど、それは言わないでおく。
因みにマイルームの倉庫内には、更に多くの本数が格納されているが、これも秘密だ。そもそも、いつ入る事ができなくなるかもわからないマイルームを当てにする事はできない。
「五本も……。カケル殿。その五本のエリクサー。是非、ワシに譲ってほしい」
「え? 五本のエリクサー全てをですか??」
別にいいけど……。
さっき、ワシには手が出せないとか言ってなかった??
「……構いませんけど、一体、何に使う気なのですか?」
「ワシの仲間にエンペラースライムを討伐した際、大きな怪我を負った奴がいての。そいつらを治してやりたい。五人全員が元Sランク冒険者だ。もしも、エリクサーを譲ってくれるのであれば、ワシを含めた六人でこの宿の警備を昼夜問わず十年……。いや、二十年警備を勤め上げると誓う。それ以外の仕事もしよう。勿論、給金は不要じゃ。如何かな?」
「……それは魅力的な提案ですね」
一万本ある中の五本を提供するだけで、元Sランク冒険者が六人も宿の警備についてくれるのは願ったり叶ったりだ。
「……でも、それじゃあ、レイネルさん達の生活が立ち行かなくなってしまうでしょう? エリクサーは提供させて頂きますが、給金は月額五十万コル。週休二日の交代制。警備は十年でどうでしょうか? エリクサーの代金は一本当たり一億コルとして、全員分の六億コルを返済し終ったら、十年よりも早く辞める事ができる。仮に、そうでなくても十年経てば、返済の必要なく辞める事も可能と、そういう条件なら
受け入れましょう」
そう条件を提示すると、レイネルは目を丸くする。
「そ、そんな条件で良いのか? エリクサーの価値を考えれば、そんな条件では到底……」
「いいんですよ。それよりも、元Sランク冒険者を抱え込む事の方が重要です」
俺も毎日、宿にいる訳じゃないからね。
元Sランク冒険者が宿の警備に着いてくれていれば安心だ。
「……わかった。では、その条件で頼む」
「それじゃあ、契約をしちゃいましょうか。今の話を聞く限り、その人達は傷が深く動く事ができないのでしょう?」
「はい。それでは……」
新たな条件を加えた契約書を作成すると、レイネルにサインを促す。
この契約書は課金アイテムの一つ。
一度結ばれたからには、必ず履行しなければならない。
レイネルは、内容を確認すると契約書にサインする。
正本と副本の二部にサインをすると、契約書に光が灯った。
「……これで、契約は成立です。それではこちらのエリクサーをお持ちください」
アイテムストレージから六本のエリクサーを取り出すと、テーブルの上に並べていく。
「こ、これがエリクサーか……」
レイネルがその内一本を手に取り飲み干すと、レイネルの左肩に光が灯り、その光は腕を形取っていく。
光が収まると、そこにはレイネルの新しい左腕が形成されていた。
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