第34話 『ああああ』に巻き込まれる俺

「こ、これは……」


 エリクサーを飲んだ瞬間、レイネルの左腕があった箇所に光が灯る。

 そして、光が腕を形取ると新しい左腕が形成された。


「どうですか? レイネルさん」


 レイネルが腕を動かすと、目を見開き涙を流す。


「え、ええっ!? ど、どうしたんですか。レイネルさん!?」


 そう声をかけると、レイネルさんは涙を流しながら左腕を動かし、右手で触る。


「う、嬉しいんじゃ、嬉しいんじゃ……。まさか、数年の時を越えてまだ左腕を動かす事ができる事になろうとは……。これならリハビリとやらも必要ない。すぐにでもモンスター討伐は可能じゃ。早く、早く仲間にも、エリクサーを飲ませてやりたいのう」


 レイネルさんは左腕を取り戻した事に驚き、涙を浮かべている。

 しかも、エリクサーを使えば、リハビリは必要ないそうだ。


「……そうですか。それなら、仲間の皆さんにもエリクサーを届けてあげて下さい」

「よ、よいのかっ!?」

「ええ、既に契約は成立しました。この宿の警備は明日以降で結構です。今日は、そのエリクサーを使いゆっくりと療養して下さい」

「は、はい! ありがとうございます!」


 まあ、飲んだら治るのだから、療養の必要はないかもしれないけどね。

 今日一日は、俺がこの宿に泊まる予定だし、レイネルさんには束の間の休日を楽しんで貰おう。


「ありがとうございます。報いた恩には必ず……」

「ええ、期待していますよ」


 そう言うと、レイネルさんはアイテムストレージにエリクサーをしまい、外に向かって駆けていった。


「……よろしかったのですか?」

「うん。まあね。レイネル・グッジョブさんと知り合う機会なんて、中々、ないじゃない? だったら、今、知り合っておいて良かったと思うんだよね?」


 折角だ。

 良い人材を紹介してくれた冒険者協会にお礼を言っておかないとね……。


「それじゃあ、俺は今から冒険者協会に行ってくるよ」

「はい。行ってらっしゃいませ」


 微睡の宿を出て冒険者協会に向かおうとすると、こちらに向かって駆けてくる男が一人。ボロボロの姿となった古参プレイヤー『ああああ』である。


「た、助けてくれ、カケル君!」

「……嫌ですけれども?」


 ニコリと笑顔を浮かべながら『ああああ』を切り捨てると、冒険者協会に向かって歩き始めた。


 まったく、次から次へと面倒事を……。

 無用なフラグはへし折るに限る。

 こっちは君の様な一級フラグ建築士に係わっているほど、暇じゃないんだよ。


「待ってくれよぉ~! 俺、本当に困っているんだよぉ~!」


 そう言いながら、俺の足にしがみついてくる『ああああ』。


「いや、困っているのは俺だよ。現在進行形で今、君に困らされているよ! とりあえず、その手を放せ。変なフラグが立ったらどうするんだ」

「そんな事、言わないでくれよぉ~! 俺だって被害者なんだよぉ~!!」

「一体、何を言って……」


 すると、遠くから足音が聞こえてくる。

 音がした方に視線を向けると、この国の兵士っぽい服装をした男達が俺の足元に隠れる『ああああ』を指さすのが見えた。


「いたぞ! あいつを捕まえろっ!」


 声が聞こえた瞬間、『ああああ』の表情が強張る。


「ひ、ひいいっ! 見つかったっ!?」

「……ねえねえ。『ああああ』君。君、本当に何をやったの? 奴さん、大人数で君の事を捕まえに来ているじゃない」


 尋常じゃない状況だ。

 俺の足にしがみつく『ああああ』に問いただす。


「俺は何もしていない! ただ回復薬を売っただけだ!?」

「回復薬を?」


 どういう事?

 なんで回復薬を売っただけで、大勢の兵士に追いかけられるなんて事になっているの??


「……本当にそれだけ? 粗悪品を売りつけたとか、そういう事じゃなくて?」

「どーやって粗悪品を売るんだよ! 俺が売ったのはこの世界が現実になる前に手に入れた回復薬だ! 粗悪品になんてできる訳がないだろ!」

「言われてみればそうか……」


 じゃあなんで??

 より分からなくなってきた。


 そうこうしている内に、兵士達が俺の周りをぐるりと取り囲む。


「……『ああああ』君。君のお陰で、えらい事に巻き込まれてしまったじゃないか」


 本当に……。

 現実世界でもDWでも、毎日、イベントが発生している様な気がする。

 なんだこれ、呪われてるの、俺?


「そこのモブ・フェンリル。その男を引き渡して貰おうか……」


 兵士の一人が剣を突き付けながら、俺に話しかけてくる。


「どうぞどうぞ、こんな奴で良ければ連れていって下さい」


 俺の足にしがみ付いている『ああああ』に視線を向けると、信じられないといった表情を浮かべていた。


 えっ?

 何、その表情??

 だって、俺、関係ないよね?

 巻き込まれただけで、まったく関係ないよね?

 なんなら、被害者みたいなもんだよね?

 だったら、この事態を引き起こした元凶を引き渡しても問題ないよね??


 まあ、そんな表情を浮かべても関係ないけど……。


 俺はあらん限りの力で『ああああ』を足から引き剥がす。


「カケル! お前には血も涙もないのか!」

「そんな訳ないだろう? 血や涙位あるさ。人間だもの」

「相田みつをみたいな事を言っている訳じゃなくてー!」


 じゃあ、何が言いたいんだ?

 まさか俺の事を、人情味のない冷酷なモブ・フェンリルとでも思っているのだろうか?

 むしろ、俺はその言葉をお前に返してやりたい。


「俺をこんな面倒事に巻き込んで、お前には血も涙もないのか」と……。


「なっ……?」


 やべっ。声に出ていたらしい。

 しかし、本心は偽れない。

 声に出して言ってしまったからには、それを貫き通そう。


「お前には血も涙もないのかと言っているんだよ。俺を面倒事に巻き込みやがって、何だお前ら、カイルといい、お前といい、トラブルメーカーか! とりあえず、お前は一度、兵士に捕まって人生を一度リセットしてこい!」

「ひ、酷いっ! オヤジにも怒られた事ないのに!」


 四十年間ヒキニートだったのに親に怒られた事もなかったのか。コイツの両親。甘々だな……。だからこんな風に育つんだよ。


 まあ、茶番はここまでにしておこう。

 俺は『ああああ』の首根っこを掴んで兵士に視線を向ける。


「それで、実の所、こいつは何をやったんです? こいつは回復薬を売っただけと言っていますが、回復薬って売っちゃ駄目なんですか?」


 そう言うと、兵士がもの凄い剣幕を浮かべる。


「当たり前だ! 回復薬は冒険者協会か商業協会で認められた調合師以外、販売してはいけない事になっている。それなのにこの男は、大量の回復薬を売ろうとしたのだぞ!」

「……なるほど、それは正論ですね」


 まさかゲームの世界に薬剤師法の様なものがあったとは……。

 という事は、エリクサーとかも売るのは駄目なのか……。

 良かった。見えない所で取引して……。


「……それじゃあ、仕方がありませんね。どうぞ、この犯罪者を連れて行って下さい」


 そう言うと、『ああああ』は驚愕とした表情を浮かべた。


「い、嫌だぁぁぁぁ!」


 駄々を捏ねる大きな子供を片手で持ち上げると、兵士の前まで持っていく。


「ほら、連れていかなくていいんですか?」

「あ、ああっ、ありがとう。よし。被疑者確保!」


 兵士がそう声を上げると、『ああああ』の手首に紐をかけて連行しようとする。


「ち、ちょっと待った!」


 すると、手首に紐をかけられる直前に、『ああああ』がアイテムストレージから回復薬を十本取り出し兵士の一人一人のポケットに突っ込んでいく。

 器用な真似を……。凄いなコイツ。


『だ、旦那には負けました。これはお騒がせした心付けです。何とかこれで見逃しては頂けないでしょうか?』


「う、うむ。そうか? そうだな……。初犯だし、反省してくれればいいと思っていたんだ。おい。お前達、行くぞ」


 そう言うと、兵士達は回復薬をアイテムストレージにしまい来た道を戻っていく。


「く、腐ってやがる……」


 まさか賄賂を渡して犯罪を見逃して貰うなんて……。

 兵士達がこの場を去って行くのを確認すると、『ああああ』がため息を吐いた。


「ふう……。危なかった。酷いじゃないか! 俺の事を兵士に売るだなんて!」

「いや、お前……。自分の事を棚に上げて何言ってるの?」


 冷めた視線を『ああああ』に送ると、『ああああ』はその場から飛び起きる。


「仕方がないだろ! 勝手に回復薬を販売しちゃいけないって知らなかったんだから!」

「……確かに一理あるな。まあ、自信満々に言う事じゃないけどね」


 うん?

 そうだとすると、カイルの奴は回復薬をどこに売り払ったんだ??


「……お前は冒険者協会に売ろうとしたみたいだが、カイルはどこに売ったんだ? あいつも大量の回復薬を持っていただろ?」

「ああ、あいつは入れ上げていたキャバ嬢経由で売り捌いたんだよ。二束三文でな……」

「に、二束三文で?」


 なんて勿体ない事を……。

 まあ、恋は盲目って言うし、本人が納得しているならそれでいいか。


「でも良かったのか? 回復薬を十本も賄賂に使っちゃって……。あと、何本位残っているんだ?」

「いい訳ないだろ……。俺のアイテムストレージに残されたのは中級回復薬が十本と上級回復薬が一本だけだ。ううっ……。なんで俺ばかりこんな目に……」


『ああああ』はそう言いながら、チラチラと俺に視線を向けてくる。


 いや、そんなにチラチラと俺を見ても金はやらないよ?


 とはいえ、困っている同郷を放置するのも可哀想だ。仕方がない。

 ほんの少しだけ手を差し伸べてやろう。

 俺の手を取るかどうか。それはこいつ次第だ。


「仕方がないな……。上級回復薬一本五十万。中級回復薬一本五万。合計百万コルで買い取ってやるよ……」


 そう言うと、『ああああ』が顔を上げる。


「い、良いのか!?」

「ああ、困った時はお互い様だろ? 仕方がないから買い取ってやるよ」


 すると、『ああああ』は目頭に涙を浮かべる。


「あ、ありがとう! 百万コルあれば、暫くの間、宿に引き篭もる事ができる! 本当にありがとう!」

「まあ、いいって事よ。ほら、百万コルだ」

「あ、ああ!」


 百万コルと引き換えに上級回復薬一本と、中級回復薬十本を受け取る。


「それじゃあな! また回復薬を手に入れたら俺の所に持って来いよ!」

「ああ、わかった! 必ず、必ず持ってくるよ!」

「おう。楽しみにしているぜ」


『ああああ』を見送った俺は、回復薬をアイテムストレージに入れると、笑みを浮かべた。

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