第35話 買い叩いた筈の回復薬を安く売る事になってしまった俺orz

「あいつ……。アホだなぁ……」


『ああああ』よ。お前もカイルの事を悪く言えないぞ?

 あいつはキャバ嬢経由で回復薬を二束三文で売ったみたいだが、お前は俺に回復薬を二束三文で売った。


 まあ俺自身も先刻まで回復薬の価格がインフレしているとは思わなかったけどね。

 DWがまだゲームだった頃の価格で買ったが大儲けだ。


 とはいえ、これを売る為には調合師にならなければならない。

 アイテムストレージに大量格納されている回復薬を金に替える為にも、これは急務である。


 その辺りの情報は冒険者協会か商業協会にあるだろうし、とりあえず、向かうか。


 冒険者協会に行く道中、大量の物資を買い込んでいる『ああああ』を見かけたが、声をかけるのは止めておいた。

 あれほど、大量の物資を買い込んでいるのだ。

 恐らく、そのまま宿に籠るつもりだろう。

 それにしても、あいつはこの娯楽の少ない世界の宿屋に引き篭もって何をする気なのだろうか?

 本気で謎だ。ゲームの世界でも引き籠ろうとする上級ヒキニートの考える事はわからん。


「さてと、調合師の成り方は……」


 冒険者協会に着いた俺は早速、冒険者協会が無料公開している図書館に足を運んだ。


『ジョブの取り方学び方大全』というDW内で取る事のできるジョブ指南書を確認する為だ。

 図書館に着いた俺はジョブ指南書を棚から取り、調合師の取り方を確認する。

 すると、意外と簡単に調合師ジョブを取る事ができる事を知った。


「へえ……。調合師のジョブって、こんな簡単に取れるんだ?」


 調合師ジョブの取り方は至ってシンプル。

 冒険者協会か商業協会の受付で調合師に成りたい事を告げ、初級回復薬十本。中級回復薬五本を納める事。

 品質は低品質以上で粗悪品はカウントされないらしい。


 メニューバーを開き、アイテムストレージ内に格納されている回復薬を見て見ると、どれも品質は最高品質だった。

 流石は、モンスターからのドロップアイテム。

 下手に人間が手を加えるより品質がいい。


「それじゃあ、早速、取りに行くか」


『ジョブの取り方学び方大全』を棚に戻した俺は、図書館を後にして、冒険者協会の受付に並ぶ事にした。


 受付に並ぶこと十数分。ようやく、俺の順番がやってきた。


「冒険者協会へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「はい。調合師ジョブを取りたいのですが、回復薬を見て頂けますか?」

「調合師ジョブの取得ですね。承知致しました。回復薬の提出をお願い致します」


 俺はアイテムストレージから初級回復薬十本。中級回復薬五本を取り出すと、受付嬢の前に並べていく。


「えっと、これでよろしいでしょうか?」


 受付嬢は少しだけ驚いたかの様な表情を浮かべ、コクリと頷く。


「はい。それでは、品質を確認させて頂きます」


 受付嬢はルーペを取り出すと、ルーペ越しに回復薬を覗き込み品質を確認していく。

 アイテムや装備の品質・情報を確認する方法は二つ。

 アイテムストレージに格納してメニューバー越しに確認するか、受付嬢さんがやっている様に『鑑定』効果のあるアイテムで確認するか。


 アイテムストレージに入れられてしまったが最後、入れ替えられてしまったとしても、それは本人達以外わからない。

 受付嬢がアイテムストレージに格納して品質を確認しないのは、余計な諍いを避ける為だろう。


 回復薬の品質を確認した受付嬢は感嘆の声を上げる。


「……これは素晴らしい。どれも最高品質の回復薬ですね。えっと、こちらはカケル様が作成されたものでしょうか?」

「はい。その通りです」


 厳密に言えば、モンスターを倒したらドロップしただけなんだけど、今、この方法で回復薬やアイテムを手に入れる事ができるのは俺だけっぽいし、そう答えておく。


 薬草すり潰して回復薬を作るのも、モンスターすり潰して回復薬をドロップさせるのもほどんど同義だからね!


 自信満々にそう言うと、受付嬢は笑顔を浮かべた。


「そうですか。実は最近、回復薬の流通が滞っておりまして、品質の良い回復薬を確保するのが難しくなっていた所たっだのです。カケル様のように優秀な方が調合師ジョブについて下さると、冒険者協会と致しましても助かります」

「いえいえ」


 調合師ジョブは回復薬を売る為だけのサブジョブにする予定ですから、そんな本気にしないで貰えると助かります。


 心の中でそう呟いていると、受付嬢が最後の回復薬の品質確認を終えた。


「……すべて最高品質の回復薬ですね。それではカケル様。一度、『冒険者の証』をお預かりしてもよろしいでしょうか?」

「はい。勿論です」


 アイテムストレージから『冒険者の証』を取り出すと、受付嬢に手渡す。

 俺から『冒険者の証』を受け取った受付嬢は、目の前に水晶を置くと、手を当てるよう促してきた。


「それでは、こちらの水晶に手を当てて下さい」

「はい」


 これはあれだ。

 ランク更新の時と同じ手続きだな。


 水晶玉に手を当てると、水晶玉がピコピコと光を放ち、新しい『冒険者の証』ができあがった。


「データ登録が終了しました。そちらの『冒険者の証』をお受け取り下さい」

「はい。ありがとうございます」


『冒険者の証』を受け取り、裏面を見て見ると、『取得ジョブ』欄に『調合師』が加わっている。

 どうやら無事、調合師ジョブを取得する事ができたようだ。

 これで回復薬の販売ができる。


「手続きは以上となります。何か不明な点はございますか?」

「それでは、一点だけ。冒険者協会で回復薬を販売する場合はどこが窓口になるのですか?」

「そうですね。基本的には窓口で対応させて頂いております。買取を希望されますか?」

「ええ、お願い致します」

「何本位の買取を希望でしょうか?」

「そうですね……」


 そう言って、受付嬢の耳元に口を持っていくと、小さな声で呟いた。


「……とりあえず、上級を百本位でしょうか」

「じ、上級を!? し、少々お待ち下さい。すぐに個室をご用意します! だ、誰か、一番個室の準備をっ!」

「は、はい!!」


 受付嬢さんがそう叫ぶと、数人、一番個室とやらの準備に向かった。

 数分待つと、受付嬢さんが立ち上がる。


「それではカケル様。私についてきて下さい」

「はい」


 受付嬢さんについていくと、上質な部屋に通される。


「お、おおっ……」

「どうぞ、お座り下さい」

「は、はい」


 凄い。VIP対応だ。

 フカフカそうなソファに座ると、受付嬢が煎茶とお菓子を持ってくる。


「粗茶ですが、どうぞ……」

「ええ、ありがとうございます」


 煎茶を一口み喉を潤すと、コップを置き、アイテムストレージから上級回復薬を取り出していく。


「……こちらが買取希望の上級回復薬です」

「か、鑑定させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「はい。よろしくお願いします」


 受付嬢さんはルーペを片手に持つと、マジマジと上級回復薬を鑑定していく。


「す、凄いです……。すべて最高品質。これほど多くの上級回復薬を見たのは久しぶりです」

「えっ? そうなんですか?」

「はい。この国で流通しているのは中級回復薬がほとんどで、上級回復薬はすべてミズガルズ聖国に流れてしまいますので……」

「そうなんですか……」


 言われてみれば、DWが現実になるまでの間、冒険者協会に販売した事はなかった。

 普通に露店を開いて冒険者に売った方がいい値が付いたからだ。

 しかし、オーディンによりレベルを初期化されてしまった今、高額な回復薬を購入できるのは一握り。おそらく、各地に点在していたユグドラシルショップが消えた事で、冒険者協会がその役割を担う事になったのだろう。


「それで、どの位の価格で買って頂けますか?」


 元Sランク冒険者のレイネル・グッジョブさんは上級回復薬に一千万コルの価格を付けた。

 この世界に元から住んでいた人が付けた価格。ちょっと位期待してもいいんじゃないだろうか。

 ドキドキしながら返答を待っていると、満面の笑みを浮かべて受付嬢さんは言った。


「そうですね。全て最高品質の上級回復薬です。一本当たり十万コルでは如何でしょうか?」

「がはぁっ!?」


 受付嬢さんの返答に俺は喀血する。


「カ、カケル様っ! だ、大丈夫ですか!?」


 いや、大丈夫じゃねーよ。

『ああああ』から買い取った金額より圧倒的に少ない金額じゃないか……。

 どういう事!?


「……な、何故、その様な値段設定に? 上級回復薬であれば、その百倍の値が付けられてもおかしくはないと思うのですが……」


 そう言うと、受付嬢さんは申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「も、申し訳ございません。私も不適正な買取価格と思うのですが、これも現副協会長の意思なのです」

「現副協会長の意思?」

「は、はい……」


 なんだそりゃ?

 その副協会長は大馬鹿なのか?

 もしかして、回復薬の価値をわかっていない盆暗なのだろうか?

 俺は出された煎茶を啜ると、空になったコップを置く。


「大変美味しい煎茶でした。今回の話はなかったという事で……」


 そう言って、テーブルに置かれた上級回復薬をアイテムストレージに入れていくと、受付嬢が泣きそうな表情を浮かべる。


「……そ、そうですよね。カケル様。申し訳ございません」


 これはなんとも、もの凄く気まずい……。

 くそっ、副協会長め。これが狙いか!


 この受付嬢さんの表情を見れば分かる。

 これは、どう考えても副協会長に強制されている。


 俺の元いた会社の社長もそうだった。

 上からものを言うだけで何もせず、毎週、ゴルフ三昧。

『だから君は駄目なんだ!』が口癖だった。


 社長の意に沿わない事をすると、息を吸う様な感覚で従業員を降格させ、手を洗う様な手軽さでボーナスをカットし、息を吐く様に人権を侵害するような言葉を吐く。


 俺は一本だけ上級回復薬を残して受付嬢さんに声をかける。


「……この上級回復薬だけ、買取をお願いします」


 受付嬢さんの目の前に出したのは、『ああああ』から買い取った上級回復薬だ。

 四十万コルの損害ではあるが仕方がない。


「よ、よろしいのですか?」


 受付嬢さんが唖然とした表情を浮かべている。


「ええ、副協会長の事はどうでもいいですが、皆さんには良くして頂いたので……」


 心の中で血反吐を吐きながらそう言うと、何故か、そこにいた受付嬢全員が頭を下げた。


「あ、ありがとうございます!!!」


 俺はそれに対し、言う事が一言しかなかった。


「ええ、お気になさらず……。でも、一言だけ副協会長様に伝えて下さい」

「は、はい。なんでしょうか?」

「多分、その買取価格じゃ極度のお人好し以外、誰も買取って貰おうなんて思いませんよ、と……」


 そう言うと、俺は十万コルを受け取り、冒険者協会を後にした。

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