第36話 現実となったゲーム世界の中で生活保護を求められても困るんですけど①

 冒険者協会に上級回復薬を破格の価格で買い取って貰った俺は意気消沈とした思いで、冒険者協会を後にした。


「これが価格破壊という奴か……」


 消費者側からすると嬉しい価格破壊も、生産者側に回ると話が違ってくる。


 一本当たり一千万コルの価値がある最高品質の上級回復薬が冒険者協会を通すと、一本当たり十万コルになってしまうだなんて……。


 そりゃあ冒険者協会売る人がいない訳である。

 まあ、使う側からしても一本一千万コルもする上級回復薬じゃ使う気がしないし、利用者側の事を考えれば、正当な価格帯なのか?


 しかし、上級回復薬は中級ダンジョンのボスか、上級ダンジョンでしか手に入らない。危険度を考えれば、十万コルは安過ぎる気がする。

 まあ、だからこそ調合師ジョブなるものが出てきたんだろうけど……。


「うん……。待てよ?」


 受付嬢さんは、あの時、なんて言っていた?

 上級回復薬はミズガルズ聖国に流れてしまうとか言っていなかっただろうか?

 転移門『ユグドラシル』を制限なしで利用する事のできる課金アイテム『ムーブ・ユグドラシル』に視線を向ける。


「これがあれば、ミズガルズ聖国に行けるんじゃね?」


 よく考えて見れば『ムーブ・ユグドラシル』は国家間移動アイテム。

『ムーブ・ユグドラシル』があれば、簡単にミズガルズ聖国に移動する事ができる。

 それにミズガルズ聖国であれば、上級回復薬を高く買い取ってくれる可能性も高い。


「一遍、行ってみるか……」


 ミズガルズ聖国であれば、上級回復薬を高く購入してくれるかもしれない。


 早速、転移門『ユグドラシル』に向かうと、メニューバーを開き、行きたい国を選択する。


「転移。ミズガルズ聖国」


 転移門の前でそう叫ぶと、俺の身体に蒼い光が宿り、隣国『ミズガルズ聖国』へと転移した。

 周囲を見渡すと白い建物が建ち並んでおり、見上げると空高く聳え立つ白亜の塔が建っていた。


「ここがミズガルズ聖国か……」


 街ゆく人々は皆、一様に白い衣を身に纏っている。

 モブ・フェンリルの恰好をしているのは俺だけだ。


 人々の視線が痛い。視線の弾丸が次々と飛んでくる。

 上級回復薬を売りにミズガルズ聖国に来たが、俺には時期尚早だったようだ。

 アウェイ感が半端ではない。


 再び、転移門『ユグドラシル』を向くとメニューバーを開き、行きたい国を選択する。


「転移。セントラル王国」


 転移門の前でそう叫ぶと、俺の身体に蒼い光が宿り、『セントラル王国』へと転移する。

 セントラル王国に戻ってきた俺はため息を吐いた。


「……いや、気分を切り替えよう」


 モブ・フェンリル装備は俺の生命線。と、いうより現状一番強い装備である。

 DWの世界が現実になった今、迂闊に装備を解除する事はできない。


 となれば、どうするか……。


 転移門『ユグドラシル』の前で頭を抱えていると、背後から声をかけられる。


「あれ、カケルじゃないか? お前、こんな所で何をやっているんだ?」

「ん? お前は……カイル。そういうお前こそ、なんでそんなに血まみれなの?」


 えっ?

 大丈夫??

 尋常じゃない位、血にまみれているんですけど……。

 その状況で、なんでそんなにも平然としていられるの?


 俺がお前の立場なら、そのまま病院に駆け込む所なんだけど……。


「それに……。あれ? 見間違いかな? 隣にいる子はだれ? 女性に飢えるあまり、どこからか攫ってきたの?」


 とりあえず、モブ・フェンリルバズーカをカイルに向ける。

 すると、カイルがニヤリと笑みを浮かべた。


 なんとなくその表情がムカついたので、カイルに向かってゴム弾一発を発砲する。

 すると、そのゴム弾は突如現れたナイフにより分断され、そのまま地面に着弾した。


「……えっ、マジで?」

「いや、『えっ、マジで?』じゃねーだろ。何、急に発砲したの!? ムカついたの? 俺がほくそ笑む姿、そんなにムカつく顔してたっ!?」

「いや、まあ……。そうだな。そんな事より、その子、もしかしてメリーさん?」


 そう呟くと、メリーさんはナイフを片手にブイサインを浮かべる。


「そうだなって……!? まあいいや。お前はそういう奴だったよ。そうだったよ。この娘は俺の新しいマイスイートハートのメリーちゃんだよ!」

「マジか……」


 凄いな。こいつ、ヤンデレ少女を実体化させやがった。

 どうやったの、それ?


「……えっ、なに? もしかして、お前、メリーさんと付き合う事になったの?」


 すると、カイルはメリーさんの肩を抱きながら満面の笑みを浮かべる。


「ああ、そうだよ。その通りだよ! 可愛いだろ、俺のメリーちゃん」

「あ、ああ、お似合いだね……」


 肩を抱く事ができるという事は実体があるという事。

 本当に凄いなコイツ。


「それで、なんでそんなに血に塗れているんだ?」

「うん? これか?? これは『血の盟約』と言って……。ぐふっ!?」


 カイルが俺に何かを伝えようとした瞬間、メリーがカイルの腹部にナイフをぶっ刺した。カイルはすかさず、それを初級回復薬で治すと、肩で息を吐きながら笑みを浮かべる。


「……や、やっぱり、教える事はできねぇな。とりあえず、メリーちゃんを実体化させる為に必要なこととだけ伝えておこう」


 なるほど……。


 カイルは『血の盟約』と言っていた。大方、カイルの血を媒介にメリーを実体化させたとか、きっとそんな感じだろう。


「ふ~ん。まあいいや……。それよりさ。お前、回復薬を高く購入してくれそうな所、知らない?」


 そう尋ねると、カイルは気まずそうな表情を浮かべそっぽ向く。


「悪いな。俺は回復薬の販売からは足を洗ったんだ……」


 そんな悪い事をしている訳ではないだろうに……。

 麻薬でも扱うかの様にそんな事を言ってくる。


 そういえば、こいつ。キャバ嬢のマミちゃんに回復薬を二束三文で売って貰ったんだったな。苦い思い出を思い出させてしまった様だ。

 なんだか悪い事をしてしまった気分である。


「……そうか。まあいいや。もし情報が入ったら教えてくれ。それと、これは俺からの御祝いだ。メリーさんと達者でやれよ」


 アイテムストレージから取り出した封筒に十万コルを包むと、カイルに手渡す。


「えっ? こ、これは……」

「……まあ、何も言うな。幸せになりな」


 それだけ言うと、俺はカイルから逃げる様にその場を後にした。


 いや、普通に亡霊に囚われている男とか本気で怖いし。

 俺の判断は間違っていない筈だ。


 とはいえ、メリーさんの力はこの世界が現実になった今、その力が希少である事に代わりはない。

 俺が二人を祝福し十万コルを祝儀に上げた事はきっと、未来ではプラスに働く筈。というより、プラスになってほしい。


 そんな事を考えながら、『微睡の宿』に向かって歩いていると、道中、見覚えのある奴が冒険者に絡まれていた。


「冒険者ともあろう者がそんな体たらくでどうする。さっさと、レベル上げをしにダンジョンに行くぞ! 俺達も暇じゃないんだよ!」

「こっちは協会長の命令だからお前の様な低ランク冒険者のレベル上げに付きやってやっているんだ! それなのに、ダンジョンに行くのを日和って、宿に引き籠ろうとするなんて何を考えている! 協会長の厚意を無駄にする気か!?」


「……そ、それは、協会長がそう言っただけで、俺はそんな事、頼んでないだろ! 放っておいてくれよ! 俺は宿に引き篭もって、誰とも関わらず怠惰に生活したいんだ!」


 流石は、現実世界で自宅警備員として四十年間、親の脛を齧り続けていた古参プレイヤー『ああああ』だ。言葉の重みが違う。


 しかし、彼は理解しているのだろうか?

 今、自分の置かれた状況に……。

 たった百万コルじゃ、数ヶ月でジリ貧だという現実に……。


「はあ? 何を訳の分からない事を言っている。宿なんかに引き篭もってどうするつもりだ?」


 至極真っ当な意見である。

 俺もそれについて問い質したい。


 そこの、怠惰担当『ああああ』。

 本当に、お前はさっきから何を言っているんだ。


 今、お前が置かれた現状を正しく理解してるのか?

 この世界、現実になったんだよ!?

 親という名の齧る脛がなくなった今、働いて金を稼がないと死んじゃうんだよ!?

 生活保護とか、ゲームの世界に存在しないんだよ?

 なんなら、『ああああ』って名前も改名してくれない?

 正直、呼びづらいんだよ。


「お、お前達には関係ないだろ! もう放っておいてくれ! 俺は引き篭もりたいんだ!」


 凄い剣幕だ。

 なんとしてでも引き篭もり生活をしたいという熱意だけは感じる事ができる。

『ああああ』に絡んでいた冒険者も呆れ顔だ。


「おい。もうこんな奴に係わるのやめておこうぜ。やる気のない奴に真っ当な事を言ってもしかたがねーよ」

「……ああ、そうだな。協会長には申し訳ねーけど、こいつはもう駄目だ。話にならねえ」


 全く以って同意見である。


「……行こうぜ。無駄なお節介、悪かったな」


 それだけ言うと、冒険者達は『ああああ』の下から去っていく。


「……ふん。俺には働かなくても生きていく秘策があるんだよ! 全く余計なお世話だ!」

「いや、どんな秘策だよ……」


 俺が背後から声をかけると、『ああああ』は身体をビクリと震わせる。


「……な、なんだ。カケル君か。どこの野良モブ・フェンリルかと思ったぜ」


 酷い言われ様である。

 まあ、そんな話はどうでもいい。

『ああああ』の言う事だ。真に受けても仕方がない。


 こういう手合いの言う事を真に受けていると精神的なバランスが崩れゲシュタルト崩壊しそうだ。

 既に思考と精神がゲシュタルト崩壊している『ああああ』の言葉は話半分に聞くに限る。


「……それで、秘策とやらがあるそうだが、働かなくても生きていく秘策ってなんだ?」


 いや、本当になんだそれ?

 そんな秘策本当にあるの?

 なかった場合、数ヶ月後、お前の人生本当の意味でゲームオーバーになっちゃうんだけど??


 そんな事を考えながら返答を待っていると、『ああああ』は自信満々な表情を浮かべる。


「ふふふ、まあカケル君には世話になっているからな。君には特別に教えて上げよう。働かずに生きる秘策……。それは国に生活保護申請をするのさ!」

「せ、生活保護っ!?」


 えっ?

 それって、元の世界、日本で施行されている生活保護法に基づいて、様々な理由で働く事ができない人や極端に収入が少ない人の為に最低限の生活ができる様に支援するあの生活保護の事を言ってるの!?


 唖然とした表情を浮かべると、『ああああ』は偉そうに鼻を鳴らした。

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