第128話 バレなきゃいいんだよ
「……と、いう事で、美琴ちゃん。もう少ししたら家に帰っても大丈夫だと思うよ? 勿論、学校にも登校してもね」
小学校は、いじめ問題の発覚と半分以上の児童が不登校になった事で臨時休校となり、美琴ちゃんの家に破壊工作及び迷惑行為を行おうとした近隣住民は軒並み警察に連行された事で、だいぶ住みやすくなった筈だ。
これもすべてエレメンタル達のお蔭である。
いじめに加担した児童達も、美琴ちゃんと同じ位の心の傷を負ってくれたみたいだし、心に傷を持つ者同士仲良くする事ができるだろう。
まあ、若干人間不信に陥っている点は否めないけど……。少なくともいじめはなくなる筈だ。
仮にあったとしても、美琴ちゃんにはエレメンタル達が付いている。
美琴ちゃんの背後に視線を向けると、そこには緑、紫色にピコピコ光るエレメンタルが二体いた。
緑色に光っているエレメンタルは、植物の精霊ドライアード。
紫色に光っているエレメンタルは、夢の精霊サキュバス。
どちらも強力なエレメンタルだ。
特に夢の精霊サキュバスがヤバい。
物理的な攻撃力は持たないが、敵を惑わす力に特化したエレメンタル。
ゲーム世界では、サポート特化であまり役に立たないエレメンタルだったが、現実となった世界では違う。
敵を夢に閉じ込めるという能力は、様々な場面で有効だ。
夢という一点においては、俺の持つエレメンタル。闇の精霊ジェイドよりも強力な力を持っている。
「えっ? カケルお兄ちゃん。何をしたの?」
いや、俺は美琴ちゃんのお兄さんじゃないんだけど……。
君のお兄ちゃんは塀の中。これ以上、情を抱かせない為にも、お兄ちゃんと言わないでほしい。
……とはいえ、この子を単独で行動させるのも危険。
エレメンタル二体を護衛に就かせている為、問題ないとは思うが、エレメンタルも万能ではない。
エレメンタルを護衛に就けていたにも拘らず、俺は、美琴ちゃんのお母さんに刺されているし、エレメンタルに対し『俺に危害を加えようとする輩は股間に熱線でも浴びせかけて上げて』とも言えない。
現実世界では尚更だ。
俺に危害を加えようとした輩全員の股間に熱線を浴びせかけていては、逆に俺が警察に疑われてしまう。
「何もしてないよ? ただ、(エレメンタルを引き連れて)様子を見に行っただけさ。いじめ問題も顕在化し、ご近所さんの大半が捕まった事で、君に危害を加える者はいないんじゃないかと思っている。それに、今の美琴ちゃんにはエレメンタルが就いているしね?」
そう。すべてはエレメンタルがやってくれた事。俺は指示をしただけだ。
それ以外の事は何もやっていない。
いじめ問題が顕在化して、学校側が第三者委員会を立ち上げ調査を行っているのも、ご近所さんを警察が逮捕したのも、悪戯電話をした奴等が勝手に廃人化しているのもすべてはエレメンタルの尽力合っての事だ。
珈琲を啜りながらそう言うと、美琴ちゃんは困惑した表情を浮かべる。
「確かにそうかもしれないけど……。学校に行くのも、家に戻るのも不安だよ……」
まあ、そうだよね……。
今までいじめを受けていた者が、学校に行くという事は相当な勇気が必要となる。
「それじゃあ、君をいじめ、見ていない振りをする様なクズのいる学校なんて行かなくてもいいんじゃないかな? 勿論、今のは俺個人の意見だけど……」
彫刻刀で掘られ花瓶を置かれた木製机を見ただけでわかる。あの状況は凄かった。あれ、相当イジメられていたんじゃないだろうか?
俺がイジメの対象であっても、心が折られるんじゃないかと思うほど凄惨な状況だ。彫刻刀で悪口を掘られ、花瓶を置かれた机で学生生活を送るのは相当きつい。
それに小中学校は義務教育。『義務』なのだから出席していないと卒業できないのではないかと思う人もいるかもしれないが、ここでいう『義務』とは『子供が学校に行く義務』ではなく『保護者が子供に学校教育を受けさせる義務』の事。
小中学校は大学と違い、法律上、出席日数は進級・卒業認定の要件と定められていない。その為、出席しなくても校長の裁量によって、子供の家庭や学校以外での学びと成長を評価して進級・卒業する事ができる。
実際、俺の元友達にもそういう奴はいた。
通信教育を受けて無事、卒業していったっけ……。
何で、学校に登校しなくなったのかは依然として不明だったが、一応、そういった逃げ道も用意されているのだ。
確かに人生において勉強は大切。しかし、それ以上に大切な事は、人間関係の構築である。
個人的な意見として、良好な人間関係を構築できそうにない場所で、無理に人間関係を構築する必要はまったくないと思っている。
なんなら、小学校で作った良好な人間関係が社会人になって役立つ例は少ない。
むしろ、高校や大学で作った良好な人間関係の方が社会人になってから役立つとすら思っている。
だって、俺、小中学校で作った友達の中で今も連絡とり合っている奴、数人しかいないし?
何なら、高校時代の友達の方が連絡とり合っている奴の方が多い位だし、ぶっちゃけ、地元に帰って、コンビニとかで小中学校の知り合いに合っても気まずいだけだし?
なんなら高校時代の友達や会社の同僚との交流の方が多い位だ。
小中学校での人間関係が社会人になって役に立つのは、小中学校で構築した知り合いが取引先の相手だった場合のみ。それだけでも面倒臭いのに、昔、同じ小中学校に通っていた事で友達面され、友達でもなんでもない奴から『友達じゃないか』と会社との取引を打診される。この時期の友達とは、ただただ面倒くさいだけだ。
だからこそ、俺は、心の底から『無理して行く必要ないんじゃね?』と思っている。
ついでに言わせてもらえれば、小中学校で勉強しなくても、その後の社会で生きていくだけの力さえあれば、勉強なんていらなくね? とすら思っている。
だって、考えても見てほしい。
多少の勉学は必要と思うが、いるか? 小中学校での人との交流?
現状、美琴ちゃんに待ち構えているのは、茨の様な人との交流だぞ?
ネット社会舐めんなよ?
エゴサーチしたらすぐに自分の名前出てくるんだからな?
特にこの子は俺と同じく、ゲーム世界で手に入れたアイテムを現実世界で売却したり、アイテムストレージを活かして運送業をする事で生計を立てる事もできる。
何なら、ゲーム世界で副次的に得たメニューバーに表示されている言語翻訳機能を使って通訳をする事も可能だ。
言語翻訳機能を使えば、日本語以外の文字も、日本語同様に読む事ができる。ついでに、書く事も可能だ。何故だかはわからないけど……。
そんな事を考えていると、美琴ちゃんが唖然とした表情で呟く。
「えっ? 学校、行かなくてもいいの?」
「ああ、もちろん。そういう選択肢もある」
俺は無理して行く必要はないと言っているだけだ、行かない事を推奨している訳ではない。
ただ単に、この子は俺と同じで、ゲーム世界で手に入れたもの……。例えば、回復薬なんかを医療機関に持ち込み研究させたり、特殊な武器を国の機関に持ち込み現実社会でもゲーム世界で使える様な装備を提供するだけで、多大な金を稼ぐ事ができる
少なくとも俺はそう思っている。
問題事としては、そんな物騒な物を軽々しく調達できる様な奴を国が放っておくかという点だが、エレメンタルが護衛に就いている時点で、国の介入はほぼ不可能。
親の会社に介入しようにも、美琴ちゃんの両親は塀の中、唯一の頼みは祖父と祖母だが、今までこれだけの被害を受け、警察が動いてくれなかった事から国側に付く事も皆無。
ゲーム世界で調達した物資の転売を国に規制されようが、他の国に売り付ければいいだけ。ついでにいれば、日本や国外に固執する必要もない。
目を付けられ、面倒事に巻き込まれそうなら、この世界で悠々自適に過ごせばいいのだ。
学校に行くか行かないかなんて些末な問題である。
「そう。それじゃあ、私、学校に行かないっ! だって、クラスの皆が私にいじわるするし、先生も見ていない振りをするし、まだこの世界にいた方がマシだよ!」
まあ、言いたい事は非常によく解る。
その場合、俺が現実世界でやった事が無駄になるだけで……まあいいか。
「そっか、それならそれでいいんじゃないか?」
俺としても好都合である。
下手に現実世界に帰られて、ゲーム世界にログインできる事が知れたら事だ。
笑えない事態に発展する可能性がある。
「……でも、まあ、祖父と祖母には会っておけよ。流石に可哀相過ぎるわ」
息子が強盗致傷、父親も放火で逮捕され、母親も俺をナイフで刺し塀の中。
育ててきた親御さんがあまりに不憫すぎる。
「もし良ければ、他の場所に引っ越す費用を負担してあげようか? いま住んでいる家を売れば支度金位にはなるし、俺も支援するよ?」
どうせ、現実世界では使い切れない程の金があるんだ。俺が購入した土地や物件に美琴ちゃんの親類を住まわせる位なんとでもなる。
何せ、俺には、宝くじと言う名の副収入があるからね!
毎週、六億円もの金額が手に入るのだ。その位の支援ならできる。まあそのままお金を渡したら贈与税かかりそうだけど、そこはレアドロップ倍率+500%とか使って、宝くじでも購入させればなんとかなる。
むしろ、美琴ちゃんを放置している方が、俺にとって危険だと思う位だ。
レベル一とはいえ、ゲーム世界と現実世界を行き来できる小学生の存在なんて、俺からしたら、不発弾と同等の危うさを秘めた物に過ぎない。
そう提案すると、美琴ちゃんは笑顔を浮かべる。
「ほ、本当にっ! いいのっ!?」
正直、まったく以って問題ない。
「ああ、勿論さ」
ついでに、俺がゲーム世界と現実世界を行き来できる事を知る美琴ちゃんの動向を逐一把握できる事は俺にとってメリットでもある。
「それじゃあ、お祖母ちゃんに話してみるねっ!」
「ああ、ちょっと待って!」
そのまま、お祖母ちゃんを説得に行かせても、碌な事になりはしない。
「はい。これ……」
そう言って、アイテムストレージからレアドロップ倍率+500%を取り出すと、美琴ちゃんに渡す。
「これは……」
「レアドロップ倍率+500%だよ。これを現実世界で使ってから宝くじを買えば、かなり高確率で高額当選が狙える。ああ、後、これは宝くじを購入する為の一万円ね? とりあえず、お金持ちになる所から始めようか? 宝くじで高額当選すれば人生かなり変わるよ?」
まあ、お金持ちになってその後の人生が壊れる人もいるだろうが、美琴ちゃんの人生は周囲の人(主に自分の家族)の影響で既に壊れている。
これ位の支援をしても別に問題ない筈だ。それにエレメンタルも就いている。
「えっ? そんな事してもいいの?」
「いいんだよ。合法だ」
少なくとも俺の中じゃ……。
「で、でも、一万円なんて大金貰えないよ……」
えっ? そっちの事??
――と思うが、俺はあえて否定しておく。
「安心しなさい。偉い大人の大半は、やっちゃいけない事に手を染めてるから……」
政治家しかり、経営者然りだ。
ちょっとした裏技を使い、一万円で当選くじを手に入れても問題ない。
別に犯罪行為をしている訳ではないのだから……。
そもそもこれ犯罪でも何でもないし……。
「……バレなきゃいいんだよ」
そう言うと俺は、百二十パーセントのスマイルを浮かべた。
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