第103話 部下達の手の平返しが凄い件
上級ダンジョン『デザートクレードル』攻略の報は、王国中を湧かせる程の大ニュースとなった。しかし、上級ダンジョン攻略を喜ぶ人の陰には必ず困る人もいる。
その筆頭、冷蔵庫組の若頭リフリ・ジレイターは部下からその情報を聞き唖然とした表情を浮かべていた。
「な、なんですって? き、聞き間違いかもしれないからもう一度言ってちょうだい」
「は、はいっ! 転移組の構成員により上級ダンジョン『デザートクレードル』が攻略されました!」
「……ど、どうやら聞き間違いではないようですね」
冷蔵庫組の若頭リフリ・ジレイターは、その情報を聞き頭を悩ませる。
「くっ、まさかこのタイミングで上級ダンジョンを攻略するなんて……」
完全に想定外である。最悪のタイミングだと言ってもいいほどに……。
あのクソ生意気なモブ・フェンリルに嫌がらせをする為、転移組とのスポンサー契約を打ち切ると言ったばかりのこの状況下で再契約を結べば、どんな要求を突き付けてくるかわかったものではない。
しかし、上級ダンジョン攻略に目途が付いたのも事実。
残りの上級ダンジョンは、リージョン帝国の『ドラゴンクレイ』とミズガルズ聖国の『アイスアビス』の二つだけ……。
残り二つの上級ダンジョンを攻略すれば、新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』に向かう為の道が開かれる。
私が……というより、お父様が転移組と手を組みスポンサー契約しているのも、誰よりも先に新しい世界に乗り込みそこに広がる資源を獲得したいが為に他ならない。
もし、お父様に内緒で転移組とのスポンサー契約を打ち切った事が知られれば大変な事になる。私の命だって危うい。
「うぐぐぐっ……仕方がありませんね……」
仕方がない。背に腹は代えられないのだ。
クソ忌々しい限りではあるが、ここは頭を下げ、形だけ謝罪しよう。
私の背後に控えるビーツとクレソンに指示を出す。
「ビーツさん、クレソンさん。馬車の用意をしなさい。転移組の下に向かいますよ」
「「はいっ!」」
そしてゆっくり立ち上がると、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、壁に貼り付けてあるモブ・フェンリルの写真にナイフを投げつけた。
◇◆◇
「おはよう諸君。いい朝だね。昨日は良い夢が見れたかな? 実は君達に朗報がある。二日酔いでそれ所じゃないかもしれないけど聞いてくれ。君達、転移組から強制脱退になったから」
「「て、転移組から強制脱退っ!?」」
二日酔いに苦しむ部下達を肴にモーニングを楽しみながらそう告げると、部下達が絶叫を上げる。二日酔いに苦しんでいる筈なのに強制脱退を告げたらこの慌てよう、元気な奴らである。
「まあ、よかったじゃないか。元々、お前達、転移組のお荷物だった訳だし、独り立ちするには良い機会だろ」
珈琲もどきの香り高く苦い飲み物を口にしながらそう言うと、部下達がどんよりとした空気を醸し出す。
「お、俺達、どうなっちまうんだよ……」
「ようやく、この地獄から解放されると思ったのに……」
「神は死んだ……」
絶望感溢れた言葉を口々にする部下達。
神は死んだって?
お前等、誰にこのゲーム世界に閉じ込められたのかを忘れたのか?
お前等が『神は死んだ』と嘆くのは間違っている。
『俺達をゲーム世界に閉じ込めた神よ。死んでくれ』これが正しい。
まあ、その話は置いておこう。
「何を馬鹿な事を言っているんだ。お前達はこの国の上級ダンジョン『デザートクレードル』を攻略したんだぞ? 転移組からの強制脱退位、そう悲観的になる事でもないだろ」
むしろ、これからが大変だというのに……。
窓の外に視線を向けると、そこは多くの人で賑わっていた。
宿の中に入ってこないのは、元Sランク冒険者のレイネルがその仲間と共に警備してくれているからだ。
そうでなければ、今頃、宿の中は大変な事になっている。
「……ほら、外を見てみろよ。お前達の事を雇いたい奴、囲いたい奴等で一杯だぞ?」
まあ、お前達を囲った後も成果を出してくれるという前提ありきだろうが……。
そう告げると、部下達は全員窓の外に視線を向ける。
「おお、すげぇ……」
「マジかよ……」
「俺達、こんなに評価されてるのかよ……」
部下達の顔を見ると、希望に満ちている者、そんな評価をされても困る者。
転移組から強制脱退された事を知り嘆く者と様々のようだ。
まあ実際、やっている事と言えば、自爆武器(命名神シリーズ)を使っての特攻。
そんな評価されても困るというその気持ちは痛いほどよくわかる。
誰だって、痛い思いしたくないもんね。
「さて、お前達のリクルート先は外にいる人の数だけある。冒険者を続けるも、人に雇用されるも、古巣に戻るのも自由だ。転移組の奴等も今頃悔しがっているだろうさ。逃した魚はデカかったってね。お前達に上級ダンジョンを攻略するほどの力がある事は証明された。後は自由に生きるといい。あっ、でも毎月稼いだ金の十パーセントを俺に献上する約束は忘れるなよ。忘れたらその瞬間から、お前達は自動金稼ぎマシーンになっちゃうからさ!」
そう告げると、部下達が困惑した表情を浮かべる。
「えっ? どういう事っ?」
「本当にどういう……あっ、本当だっ! 契約書にものすごく小さい字で書いてあるっ!」
「ふ、ふざけんなっ!」
「聞いてないぞっ! そんな事っ!」
当たり前だろ。だって言ってないもん。
「いい勉強になったろ。何の為にこの俺がお前達のパワーレベリングを手伝ってやったと思ってるんだ。ボランティアだと思ったか? 不労所得が欲しかったからに決まってんだろ! レアアイテム渡して、金まで払って、甲斐甲斐しくパワーレベリングしてくれる様なお人好しどこの世界にいるんだよ。メルヘンの国の住人か? 人を騙して金を詐取しようとする人間なんて世の中に一杯いるぞ? よかったね。独り立ちできる位の強さを手に入れる事ができて、おめでとう。俺に騙され、また一つ賢くなったね」
本当におめでとう。
何もしなくてもお金を運んできてくれるATMがこんなにいる。
働いて毎月金を甲斐甲斐く貢いでくれる貢君が……。やったね!
そう言うと、部下達はどんよりとした表情を浮かべる。
俺の貢君になるのは心の底から嫌らしい。まあ、拒否権はないんだけどね。
つーか、稼いだ金の十パーセント位、安いもんだろ。
源泉所得税でも十パーセント近く持ってかれるよ?
お前達はむしろ恵まれているとすら思うね。俺は。
俺からレアアイテム貰ってるし、上級ダンジョンを攻略できる程のパワーレベリングもしてやった。文句を言われる程のことだろうか?
まあ、その事については置いておこう。
残りの上級ダンジョンは、リージョン帝国の『ドラゴンクレイ』とミズガルズ聖国の『アイスアビス』の二つ。
精々、頑張って俺に楽をさせて欲しいものだ。
珈琲を飲みながらそう言うと、『ああああ』が部下達の肩に手を乗せ呟くように言う。
「諦めよう。カケル君はそういう奴だ……」
「で、でも、俺達は騙されてっ!? 『ああああ』さんは悔しくないんですかっ!」
悔しそうな表情を浮かべる部下に『ああああ』は諭すように言う。
「……それはもちろん、悔しいよ。でも、上級ダンジョンを攻略する事ができる位、パワーレベリングしてくれた事は事実。国だって源泉所得税で稼いだ金の十パーセント近く税金を持っていくんだ。今回の件は、契約書をよく読まなかった俺達が悪い。それに逆らったらこれまで苦労して上げたレベルが初期化されてしまう。今回の事は必要経費だと思って諦めよう」
「『ああああ』さん……」
現状をちゃんと把握し『ああああ』と共に泣く部下達。
茶番が凄い……。
そもそも『ああああ』。お前とはそんな契約結んでないだろ。
何、『自分も君達と同じ被害者なんです』みたいな顔してんの?
お前の場合、俺に反旗を翻してきたから罰を与えただけで、部下達と結んだ時の状況がまるで違うだろ。これが厚顔無恥という奴だろうか?
厚かましさも極まったりだな。
よし。今後、何があったとしても『ああああ』を援助することだけは止めておこう。
笑みを浮かべ目だけで睨み付けると、それに気付いた『ああああ』が身体を震わせる。
「……まあいいや。このままじゃなんか俺が悪い奴みたいな感じだし? ちょっと気が変わって、月に一回位ならお前達が俺に払うお金の範囲内で食べ放題飲み放題の食事会を開いてやってもいいんだけどなぁ……」
主に俺が手にした金額の百分の一から十分の一の範囲内で……。
「でも、どうしようかなぁ……。俺、皆に非道な奴だと思われているみたいだし、だったら非道な奴のまま食事会もお開きにしてやった方がいいのかなぁ……。どう思う『ああああ』?」
そう尋ねると、『ああああ』は姿勢を正してこう言った。
「誰だ! カケル君の事を悪く言った奴はっ!」
いや、お前だよ。お前とその周りにいる連中だよ。何を白々しい事、言ってんだ。
ビックリだね。元の世界の食事を食べたいが為に、さっきまで言っていた意見を翻すなんて『ああああ』に羞恥心というものはないのだろうか?
「俺達がこの世界に閉じ込められているというのに、国は何もしてくれない! だったら、国の代わりに俺達のレベルを上げ、元の世界の食べ物を月に二度も食べさせてくれるカケル君に報酬の十パーセント渡す位いいじゃないか! 国が本当に被災地の復興に充てているかもわからない復興特別所得税より税率が低いし、そのお金で月に二度も元の世界の食事が楽しめるなら最高じゃないかっ!」
手の平返しが凄い。まさかの熱弁である。
いや、お前、元の世界じゃヒキニートだったよね?
復興特別所得税を支払う所か、親の脛齧りまくっていた奴だよね?
つーか、何勝手に月二回に話を持っていっているんだ。
マジで調子のんなよ。
冷凍食品とはいえ、以外と大変なんだからなっ!
コンシェルジュさんにお願いするのは俺なんだぞっ!
まさかの手の平返しに唖然とした表情を浮かべていると、『ああああ』の言葉に喚起された奴等が徐々に声を上げ始める。
「言われてみればそうだな……」
「確かに、言い方ややり方は悪魔みたいだったけど、普通、無償でパワーレベリングしてくれる人なんていない……」
「それに、元の世界の食事が月に二回も食べられるならそれもいいかもっ!」
いや、おいおいおいおい!
俺は月に二回も元の世界の食事を提供するなんて一言も言ってないぞっ!
「お、おい! 俺は……」
『そんな事言ってない』とそう声を出そうとするも部下達の声にかき消されてしまう。
「月二回も元の世界の食事が食べられるなんて、流石はカケル様だわ!」
「この宿を拠点としようぜっ! 俺達以外に、元の世界の食事を食べさせてなるものかっ!」
「そうだっ! 元の世界の食事は俺達が勝ち取った権利っ! 誰にもそれを邪魔させはしない!」
どんどん話が脱線していく。
つーか、なにっ!?
お前達、そんなに元の世界の料理に飢えてたのっ!?
ゲーム世界の料理も十分美味しいだろうがよっ!
しかし、月に一度、報酬の十パーセントを支払えば、月に二度、元の世界の食事を食べられると完全に思い込んでしまった部下達の勢いは止まらない。
「ピザ! ピザ! ピザ! ピザ!」
「寿司! 寿司! 寿司! 寿司!」
「お、お前達……」
そんなにピザと寿司が好きか?
それに何だその馬鹿みたいな掛け声は……。こっちの苦労も知らないで……。
多勢に無勢。結局、俺の声は部下達の声にかき消されてしまい届かず、結局、月に二回、元の世界の食事を提供する羽目になってしまった。
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