第102話 カケルの誤算
「なんで……なんでなんだ……」
まさかこんな事になるなんて思いもしなかった……。
店毎の一回の注文数に上限があるなんて……。
「なんで……なんで大量注文できないんだっ!」
パソコンの前で宅配デリバリーサイトにアクセスしながらそう叫び声を上げる。
「なんでだ、なんでなんだよ……。俺にしては珍しく、ただ、あのタイミングで上級ダンジョンを攻略してきたあいつ等を喜ばせようとしていただけなのに……」
注文数が多すぎて配達員が見つからないからキャンセルだなんてあんまりだ。
何なら取りに行ってもまったく構わないのに……。
「ううっ、一体どうしたら……」
予定外。完全に予定外だ。
特上寿司だけに飽き足らず、超人気十種セットを四十五セット頼んだのがいけなかったのだろうか?
会計は済ませただろう。無理だったら、最初から上限決めておけよっ!
返金処理とかしなくていいから料理を作ってくれよっ!
つーか、どうすんのこれっ!?
俺、あいつ等に全部叶えてやるって言っちゃったよ!
神龍見たいな事を言っちゃったよっ!
テーブルに両手を打ち付け、病院の特別個室で一人悩んでいると、特別個室に備え付けられた電話が鳴る。
「は、はい。もしもし?」
慌てて電話を取ると、この部屋担当のコンシェルジュが落ち着いた声で話しかけてきた。
『部屋からドタバタと音が聞こえてきましたがいかが致しましたでしょうか?』
俺の焦りようがまさか部屋の騒音としてコンシェルジュの待機する部屋に聞こえていようとは思いもしなかった。
でも、一人で悩んでいても仕方がないし……。
「じ、実は、とある事情で二時間以内にピザと牛丼とカレーと寿司を四十五人前揃えなければならないんですけど、宅配デリバリーサイトがそれを受け付けてくれないんです! 俺は、俺はただ四十五セット注文しただけなのにっ……!」
悔しそうにそう伝えると、コンシェルジュは呆れたかの様にため息を吐く。
『……当たり前です。一度の注文で四十五セットなんて店側が想定している筈がありません。それで? 何をいくつ、どれだけ作り、翔様の元にお持ちすればよろしいのですか?』
「えっ? ま、まさか揃えてくれるんですか……?」
唖然とした表情を浮かべそう呟くと、コンシェルジュはさも当然といった態度で言う。
『ええっ、安心してお任せ下さい。必ずや対応して見せます』
「おおっ……!」
流石は特別個室専用のコンシェルジュ。
お客様のリクエストに応えるプロ中のプロだ。
「そ、それじゃあ、二時間以内にピザと寿司と牛丼とカレーを四十五人前お願いしますっ!」
そう言うと、コンシェルジュは頼もしくこう答えた。
『何故、そんなにも大量の料理を揃えようとしているかはわかりませんが、承知致しました。他に注文はございますか?』
「えっ、本当に大丈夫なんですかっ!?」
たった一時間でそれだけの食べ物を用意できるのっ!?
『まったく問題ございません』
流石は俺、専用のコンシェルジュ。
半端じゃないな……。
「そ、それじゃあ、デザートもお願いしていいかなっ?」
プレイヤー達の旺盛な食欲に対応する為、追加でデザートを追加していく。
『デザートですね。承知致しました。それでは一時間ほどお待ち下さい』
コンシェルジュはそう言うと電話を切り慌ただしく動き始めた。
一時間後――
頭を抱えベッドの上で仰向けになっていると、部屋備え付けの電話が鳴る。
どうやら内線の様だ。
「はい」
そう言って、電話に出ると、電話口からコンシェルジュの声が聞こえてくる。
『高橋様。大変お待たせ致しました。料理の準備が整いましたので、室内に運ばせて頂いてもよろしいでしょうか?』
「えっ!? もうですかっ!? ぜひお願いします!」
コンシェルジュの言葉を聞き、俺はベッドから飛び起きる。
流石はコンシェルジュ。
たった一時間で料理の準備をしてくれたようだ。感動のあまり涙が出そうになる。
コンシェルジュが「失礼します」と言いながら扉を開けると、部屋の中に次々と料理が運ばれてくる。
「お待たせ致しました。高橋様がお望みの料理、すべてをご用意致しました」
流石は特別個室専属のコンシェルジュ。能力が非常に高い……。
「ありがとう。それにしても、これだけの料理どうやって……」
俺が宅配デリバリーサイトから注文しても駄目だった事をたった一時間でどうやって用意したのだろうか?
「ああ、簡単な事です。お寿司を含め、これら全ては冷凍食品。提携先やスーパーで購入したものを解凍。料理に合った方法で調理しただけです」
「れ、冷凍食品……」
その発想はなかった。
っていうか、寿司やケーキまで冷凍食品として売られてるの!?
「……それと、こちらは冷凍食品購入にかかったレシートと領収証です」
「あっ、はい……」
受け取ったレシートの金額は十万円。
各種四十五人前づつ頼んでこの値段か……ものすごく安い。
流石は冷凍食品。お値段がとてもリーズナブルだ。
しかも、調理済。解凍して焼くか温めればそれで完成。
その発想はなかったわ。
「改めて、本当にありがとうございます! 何かお礼ができたら……あっ、そうだっ!」
そう言うと、俺はアイテムストレージから初級回復薬を取り出した。
「これは俺からの気持ちです。今回の件、本当に助かりました。またよろしくお願いします!」
困った時のコンシェルジュ。
またちょくちょくお願いをする事があるかも知れない。
取り出した初級回復薬を渡そうとすると、コンシェルジュは両手を向けてそれを拒んだ。
「い、いえ、私はそんなつもりでは……こんな希少な物。受け取れません!」
「いやいや、まあいいじゃありませんか」
これはあくまでも気持ち。お礼だ。
受け取って貰わなきゃ困る。
そう言って、ずいっと初級回復薬を渡すと、コンシェルジュが声を上げた。
「いえ、これを受け取っては収賄になってしまいます!」
「そ、そうなんですか?」
それは知らなかった。まさか初級回復薬を渡す事が収賄になるとは……。
収賄と言われてしまえば仕方がない。
それなら……。
「それじゃあ、この初級回復薬をこの病院に寄付します。どうぞ研究に役立てて下さい」
そう言うと、コンシェルジュは目を丸くする。
「よ、よろしいのですか? そんな希少なものを……。と、当院としては、ありがたい限りですが……」
「ええ、もちろんです」
もちろん打算ありきのお礼である。
俺に親切にした事で研究対象の初級回復薬を寄付して貰ったとなれば、病院内のコンシェルジュの評価は爆上がり必至……。
そして、コンシェルジュさんは更なる回復薬寄付の為、懇切丁寧に甲斐甲斐しくお世話をしてくれるようになる。
まさにwin-winの素晴らしい関係だ。
「それでは、こちらの回復薬はありがたく受け取らせて頂きます」
「ああっ、こちらこそ時間内に用意してくれてありがとう。それじゃあ、俺はこれからやる事がある。また何かあったら呼ぶからよろしくね」
「はい。承知致しました」
そう言うと、コンシェルジュは初級回復薬を大切そうに抱え、部屋から出て行った。
コンシェルジュが部屋から出て行った事を確認すると、俺は料理をアイテムストレージに移し、ゲーム内にログインする。
「ふう。なんとか時間に間に合ったな……」
あれだけ大言壮語な事を言っておいて、間に合わなかったら恥ずかしい思いをするところだった。
ゲーム内にログインすると、まだ約束の一時間前にも係わらず、俺の部下全員が食堂に詰め掛けていた。人数を数えると、既に全員揃っているようだ。
ふふふっ、皆、好きものだな。
よかろう。宴会だ。すぐに取り計らってやる。
厨房でアイテムストレージに入った料理を取り出し、ウエイトレスに料理を運ばせると、食堂で部下達の歓声が巻き起こる。
「ピザだっ! 牛丼やカレーもあるっ!」
「寿司もデザートのケーキまであるぞっ!」
ふっ、冷凍食品一つでここまで盛り上がってくれるとは可愛い奴らめ。
「よし。次々と料理を運べっ! 今日は宴会だっ!」
宴会場に並ぶ冷凍食品の数々。
コンシェルジュから受け取った料理すべてを提供すると、俺も部屋に戻り軽く晩酌をする事にした。
「ふう。ビールがうまい……」
ゲーム世界で飲むビールは格別だ。
特に俺が元の世界から持ち込まない限り手に入らないというプレミア感がいい。
あいつ等も宴会を楽しんでくれているだろうか?
いや、愚問だな。
「さて、この国の上級ダンジョンはあいつ等によって攻略された。残りはあと二つ……」
俺は新しい世界の開放を割と楽しみにしている。あいつ等にはもっと有頂天になってもらい、どんどん攻略させなければ……。まあ、俺が動けば簡単にクリアできるんだろうけど、それはそれで面倒臭そうだ。
面倒臭い事は他人にやらせるに限る。
「さて、明日。ルートと冷蔵庫組の馬鹿はどう動くかな?」
上級ダンジョン『デザートクレードル』を攻略したのがあいつ等だと知った後、ルートがどんな行動に移るのか楽しみだ。
冷蔵庫組も上級ダンジョンがこんなタイミングで攻略されるとは思っても見なかっただろう。
「あーあ、楽しみだなぁ……」
ビールを傾け飲み干すと空き缶をアイテムストレージにしまい、ベッドに横たわる。
窓から差し込んでくる月明りに視線を向けると、俺は笑みを浮かべた。
◇◆◇
上級ダンジョン『デザートクレードル』を攻略した部下達が宴会をしている頃、冷蔵庫組の下に謝罪に向かおうとしていた転移組の副リーダー、ルートが部下の報告を聞き、苦い表情を浮かべていた。
「……今の話は本当かな?」
「は、はい! あのモブ・フェンリルに預けたクズ共がどうやら上級ダンジョン『デザートクレードル』を攻略したようです……。冒険者協会にデザートクレードルのボスモンスター、アントライオン・ネオ・ビクトリーの討伐部位と魔石が納品され、沸き立つような騒ぎが起こっております」
「そうか……」
まさか、カケルに預けたクズ共がこの国の上級ダンジョン『デザートクレードル』を攻略しようとは思いもしなかった。
一体、カケルは何をやったんだ?
まあいい。
「素晴らしい事じゃないか。彼等のお陰で冷蔵庫組の若頭の説得も容易になった」
「し、しかし、よろしいのですか?」
「うん? 何がだい?」
「い、いえ、あのクズ共、転移組を脱退するんですよね?」
「ああ、その事か……」
確かに、上級ダンジョンを攻略する事のできる戦力は希少だ。
本来であれば、辞めさせるなんて事、絶対にしない。
しかし、今回については話が別。
契約書で契約を結んでしまった為、認めざる負えなくなってしまったのだ。
「……それについては問題ないよ。彼等ならすぐ戻ってくるさ」
契約通り彼等は一度脱退させる。
その上でまた彼等を誘えばいい。
目の前に金を積めばすぐにでも再加盟させて下さいと縋り付いてくるさ。
「まあ、まずは様子を見ようじゃないか」
そうほくそ笑むと、私は冒険者協会を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます