第101話 ルートとの話し合い
「やあ、ルート。一週間振りだね。元気にしてた?」
転移組の副リーダー、ルートに向かって満面の笑みを浮かべ話しかける。
すると、ルートは怒気を含んだ表情を浮かべた。
「カケル君……君は、自分が何をやったのかわかっているのか?」
何の話だろうか?
ルートが何を言いたいのかわからない。
「何の話だろう? もしかして、こいつ等が俺の経営する宿で不法侵入しようとした所を阻止した事を言ってるの? それとも別の話?」
レイネルから男達を縛っている綱を受け取ると、クイッと軽く引く
すると、男達は「ううっ!?」と呻き声を上げる。
「……彼等をどうする気だい? まさか、君と同じ世界出身の彼等をこの国の兵士に突き出すつもりじゃないよね?」
まったく何を言っているんだ?
こいつ等は俺を探す為、俺の経営する宿に不法侵入しようとした犯罪者。
最終的には突き出すに決まっているだろ。
俺がこいつ等と同じ世界出身のプレイヤー?
だったら何だというのだろうか?
こいつ等の事なんて俺は知らない。別に知ろうとも思わないし、仮に知り合いだとしても犯罪者は犯罪者。犯罪者は警察に突き出すだろ、普通?
犯罪者を警察に突き出さないとか頭おかしいんじゃないだろうか?
とはいえ、時間も限られている事だし……。
話しを進めるとしよう。
「……それはお前次第かな?」
「どういう意味だい?」
「どういう意味も何も、言葉通りだよ。ルート、こいつ等はお前にとって大切な仲間なんだろ? 俺としては、お前が提示する金額次第でこいつ等を縄から解放していいと考えているんだけど、お前は幾ら提示できるかな?」
そう。ちゃんと払う物を払ってくれるなら、今、こいつ等を縛り上げている縄から解放してやってもいい。これからここにやってくる兵士達との交渉はお前が好きにやるといいさ。
そう言うと、吐瀉物塗れの哀れな姿となった男達が口々に声を上げる。
「ルートさん、助けて下さい!」
「お願いします! ルートさんっ!」
「兵士に捕まるのだけは嫌なんです!」
そうだよな。兵士に捕まるのは嫌だよな。
捕まったら、所持しているアイテムはすべて没収されちゃうもんな。
それに捕まった後、どうなるかもわからない。
この世界がまだゲームだった頃は、兵士に捕まってもアイテムすべてを没収されるだけで済んだ。しかし、ゲーム世界が現実となった今、どうなるか本当にわからない。
まあ、犯罪者の辿り着く先は、大体、牢屋の中が定番だ。
もしかしたら、犯罪奴隷として鉱山行きかもしれない。そうなったら嫌だよね?
男達の言葉を聞いたルートが目頭を押さえながら考え込む。
「カケル君。君という奴は……いいだろう。彼等を解放するのに幾ら支払えばいい?」
ほう。随分と殊勝な心掛けだ。余程、仲間の事が大切と見える。
なんだか、こういった事を言っていると、まるで俺の方が悪者の様に錯覚してしまう。しかし、声を大にして言おう。俺は悪くないと……。
悪いのは、犯罪行為を起こしたこいつ等、そして、あらぬ因縁を付けてきた冷蔵庫組だ。
「そうだな。俺が提示する条件は二つ。今後、お前等が俺に対して損害賠償や謝罪など補償を求める一切の行為を行わない事。そして、お前が当初、俺に支払うと言っていたお前の元部下を育てる為の報酬を支払う事。それを契約書に書き誓ってもらう。そうしたら、情けでお前がお荷物だと思っている部下達だけはこちらで預かってやるよ」
「へえ、準備がいい事で……」
契約書をルートに手渡すと、ルートはそれをじっくり読み込んでいく。
そして契約書に書かれた文章を読み終えると、深いため息を吐いた。
「……しかし、こんな馬鹿げた契約、私が結ぶと本気で思っているのか?」
俺が契約書に書いた条件はたった二つ。
今後一切、俺に何も要求しない事。
俺に預けた四十五名の部下を本契約後、一両日中に転移組から正式に脱退させる事。
「ああ、思ってるよ。それにそう可笑しな条件でもないだろ。だって、ルート。お前が俺に要求してきた事の方が馬鹿げているもの」
そう煽り返すと、ルートは苦虫を噛み締めたかの様な表情を浮かべた。
「……あの要求のどこが馬鹿げているというのか教えてくれないかな? 現に転移組は、冷蔵庫組というスポンサーを失おうとしている。その原因が君にあるなら、原因を作った者に損害賠償請求をするのはおかしくないだろう?」
「いや、どう考えてもおかしいだろっ?」
そう呟くと、ルートのこめかみに皺が寄る。
「俺はお前のスポンサーであるリフリ・ジレイターに殺されそうになった。だから反撃した。まあ反撃して撃退されたリフリ・ジレイターが癇癪起こして『転移組のスポンサーを辞めるっ! 悪いのは全部、あのモブ・フェンリルだっ!』とでも言ったんだろうけど、俺、関係ないよね? だって俺、お前等の仲間じゃないもの」
例えば、取引先のお偉いさんが電車内で泣く子供に苛立ちを覚え、『直ちにあの子供の泣き声を止めさせろ! そうしなければ取引停止だっ!』と馬鹿な事を叫んだとして、実際に取引停止にあった会社が泣いていた子供の親を訴えるだろうか?
正直、あり得ない。もし万が一、そんな事を思う奴がいたら身体……いや、心に障害がある奴だと思うね。
そう言いきると、ルートは苦々しい表情を浮かべ呟く。
「……確かに、そうだね」
おお、ここにきてまさかの理解。正直ビックリだ。
「でも、その時、近くに私の仲間がいたんだよね? リフリ・ジレイター様が勘違いするのも無理はないんじゃないかな? その状態で反撃したら、それこそ転移組が冷蔵庫組に歯向かったかの様にみられかねないよ。そう思わない?」
……と思ったらそうでもなかった。
「いや、思わないね。だって、正当防衛だもの。殺そうとしてきたから反撃した。そこに何か問題でもあるの? (まあ、やり過ぎちゃった感はあるけど)俺を殺そうとしてきた悪党相手に手加減するっていうのもなんか違うし、殺そうとするなら殺される覚悟位持たなきゃ駄目でしょ。しかも、俺は殺そうとしてきた相手をおちょくるだけに留めて上げたんだよ? それとも殺して欲しかったのかな? まさかの自殺願望??」
あ、でもその方が後顧の憂いが無くなって良かったかも……。
しかし、ゲーム世界とはいえ、人を殺すのはちょっと……。
そう考え込んでいると、ルートが頬を引く付かせながら呟く。
「そ、そう。正当防衛なら仕方がないかな……でも、もうそれじゃ済まないレベルまで来ているんだよ。君には意地でも私と一緒にリフリ・ジレイター様に謝罪に行って貰わないと――」
「じゃあ、俺がお前達のスポンサーになってやるよ」
「――困っ……何だって?」
あれ、聞こえなかったのだろうか?
「だから、だったら俺がお前達のスポンサーになってやるよ」
そう言うと、ルートは『呆れてものも言えない』といった表情を浮かべた。
「……君が私達のスポンサーに? 話にもならないよ。冷蔵庫組と君とでは規模があまりにも違い過ぎる」
「えっ? そうでもないだろっ? あるよ。金なら一杯?」
なんなら、冷蔵庫組の奴等より持っていると思う。
ルートも知っての通り回復薬の販売でかなり儲けているからね!
「それじゃあ、こうしよう。今日から二日の間に冷蔵庫組が転移組のスポンサーから引いたら、俺が代わりにスポンサーになるよ。だが冷蔵庫組がスポンサーから引かなかった場合はそのままだ。俺はスポンサーにならない。ルート、お前には、転移組の代表として、そこに書いてある契約書の内容をそのまま飲んでもらう」
ゲーム内通貨、コルを近くのテーブルに大量に並べながらそう言うと、ルートは笑みを浮かべる。
「……何故、二日間なのか理解に苦しむけど、いいだろう。確かにお金は持っているようだからね。その条件を飲むよ」
ルートは契約書に条件を追加すると、それに記名し、俺に契約書の正本を渡してくる。
「いいだろう。それじゃあ、こいつ等を解放してあげるよ。後は好きにするといい」
吐瀉物塗れの男達を紐から解くようにレイネルに視線を向けると、レイネルは剣を持ち一振りで紐を切断する。
流石は元Sランク冒険者だ。紐の斬り方が中々、様になっていた。まあ、吐瀉物の付着した紐に触りたくなかっただけだろうけれども……。
剣も布で綺麗に拭いているし……。
「それじゃあ、行こうか」
そう言って、冒険者協会を後にした帰り道、大勢の兵士が冒険者協会方面に向けて馬車を走らせているのが見えた。
あらあら、冒険者協会で事件でも起こったのだろうか?
まあ、俺には関係のない事だ。
そんな俺を見てレイネルが苦笑する。
何故、二日なのか……。
そんな事は決まっている。
部下共が上級ダンジョン『デザートクレードル』を攻略するのが今日だからだ。
現状、上級ダンジョンを攻略する力を持っている組織は希少。
転移組に所属していた部下達が上級ダンジョンを攻略したとなれば、スポンサー契約打ち切りは撤回する。
いや、撤回せざるを得ない。
そもそも、リフリ・ジレイターの癇癪一つでスポンサー契約を打ち切れるとは思えないけど……
まあ、その部下達は転移組を離れちゃうんだけどね?
上級ダンジョンを攻略した時点では、まだ部下共は転移組に属している。
問題はその後。ルートは一両日中に部下共を転移組から正式脱退させなければならない。それは元々、ルート自身が望んだ事だ。
ルートも他の奴等も、俺が育てた部下共の事をなんとも思っていない様子だった。良かったね。厄介払いができて!
本望だよね!
上級ダンジョン攻略後、転移組最大の主戦力を脱退させる事になるけど!
悔しそうな顔をするルートの頭が目に浮かぶ。
まあ、転移組に戻りたい奴は戻ればいいさ。
一度、転移組を離れてもらうけど、俺もそこまで部下共に強要はしない。
周囲の評価や自分の価値が爆上がりした世界の中、楽しく生きるといい。
俺の為にね!
何せ、これから彼等は、稼いだ金の十パーセントを俺に収めなければならない。
クツクツと笑みを浮かべ宿に戻ると、宿の前にやり切った表情を浮かべた部下達の姿があった。
「上級ダンジョン『デザートクレードル』を攻略したよ!」
『ああああ』の手柄でもないだろうに、自信満々にそう告げる部下達に俺は満面の笑みを浮かべる。
「よくやってくれたっ! 今日はパーティだなっ!」
これでお前等の評価は鰻登り。
ありがとう。最高の気分だよ!
今日だけは、お前達全員に日本食を無料でプレゼントしてもいい様な気分になってきた。
「さあ、何が食べたい? お前等が求めるすべての食べ物を集めてやるよ」
そう言うと、宿の前で熱狂的な歓声が上がる。
「寿司だ。俺は寿司が食べたい!」
「カレーよっ! グリーンカレーにチキンカレー。色々なカレーが食べたいわっ!」
「ピザがっ! ピザがいいっ!」
「俺は、牛丼だっ! 吉野家の牛丼が食べたい!」
「いや、俺はすき家の牛丼だねっ!」
「松屋の牛丼もいいもんだぞっ!」
皆それぞれ、今、食べたい食べ物を口にしていく。
「そっか……なら全部叶えてやる」
お前達は俺の予想を上回る活動をしてくれたからなっ!
好きなだけ元の世界にあった食を楽しむがいい。
それを注文するのに十万、百万円かかる?
その位必要経費さっ!
お前達、存分に美味しい思いをしてやるからな!
とりあえず、日本で手に入れていたビンテージもののワインや日本酒、酎ハイやサワーを用意すると笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます