第64話 その頃のアメイジング・コーポレーションは(新たな問題発生)

「これでよしと……」


『微睡の宿』は俺の経営する宿。

 その地下一階が知らぬ間に『転移組』とかいう犯罪者集団の根城となっていた様だが、無事、追い出す事ができて本当に良かった。

 まあ『転移組』の連中は滅茶苦茶渋っていたけどね。

 俺の城に犯罪者集団を泊めるなんてあり得ない。


 しかし、人間の世界『ミズガルズ』を護る為の柵の破壊か……。


 そんな事をして大丈夫なんだろうか?

 そんなものを破壊したら大変な事になりそうな気がするんだけど……。


 自室に戻った俺はゲーム世界(DW)をログアウトし、ネットで北欧神話を検索する。


 検索内容は人間の世界『ミズガルズ』の成り立ちについて……。


「うーん。やっぱり、厄介事の臭いしかしないな……」


 人間の世界『ミズガルズ』の成り立ちを簡単に言えば、オーディン三兄弟の気まぐれだ。


 ある日、浜辺を歩いていると二本の木が岸に流れ着いているのを見つけた。

 オーディン三兄弟は、それに人間の形を刻み、トネリコの流木から男をニレの流木から女を作り、命と魂、知恵と動く力、そして目と耳、言葉を授ける。

 そして、オーディンはユミルの肉で作った大地の中心に二人を住まわせ、二人が安全に暮らせるようユミルのまつ毛を植えて柵を立て、巨人族の世界『ヨトゥンヘイム』から巨人が侵入してこないよう周囲を海で囲った。


 転移門『ユグドラシル』に新しい世界を解放する為に、柵を壊す必要がある事はわかった。しかし、柵を壊してしまえば、柵の向こう側から巨人族が攻めてくるのではないだろうか?


「まあ、考えていても仕方がないか……」


 考え過ぎかも知れないし、柵の向こう側には海がある。

 新しい世界が解放される可能性があるのであれば、一度、やって見るのも良いかもしれない。まあ、取り返しがつかない可能性もあるけど……。


 柵を壊す事で解放される新しい世界の名は、黒い妖精の世界『スヴァルトアールヴヘイム』。ダークエルフやドワーフが住む地下世界だ。

『転移組』の奴等のレベルでは、上級ダンジョンを攻略するのはまだ時間が係るはず。俺もこっちの世界で調べて見るか……。


 そう考えた俺は、近くの図書館に向かう事にした。


 ◇◆◇


「はあっ? 高橋翔さんと連絡が取れない?」


 私の名は野梅八屋。野梅法律相談事務所の弁護士である。

 現在、高橋翔に対して強盗致傷事件を起こしてしまった高校生の弁護と、高橋翔から顧問先のアメイジング・コーポレーション㈱に対して送られてきた不当解雇及び未払残業代の請求を求める内容証明(という名の法的手続きを取る前の最後通告)。この二つの法務を行っている。


 今、私の頭を悩ませているのは、強盗致傷事件、労務裁判この二つの係争の被害者、原告が同一人物であり、電話をしてもまともに対応して貰えず着信拒否されてしまった為、交渉が思う通りに進まない点だ。


 高校生の起こした強盗致傷事件。

 これは既に多くのメディアで取り上げられている上、加害者である高校生達が警察署に拘束されている間、夫々の両親が勝手に暴走した為、非常に大変な事になっている。

 少年達の起こした事件が保護観察処分の付かない強盗致傷事件から保護観察処分の付く恐喝、傷害事件になるよう検察官へ上申書を提出してみたものの反応も思わしくない。


 少年鑑別所を出てすぐにある審判。この日までに高橋翔と示談を成立させなければ、少年達はまず間違いなく逆送(検察官送致)され実刑判決を受ける事になる。


 せめて、少年達の家族が暴走し高橋翔の住んでいるホテルに突撃しなければなんとかなったかもしれないというのに、既に高橋翔との関係性は最悪だ。

 少年達の両親が勝手に示談交渉(という名の威圧行為)をした結果、高橋翔自身の被害感情がより強固になってしまっている可能性が非常に高い。

 こうなっては高橋翔と直接示談する事は不可能。


 事務所の電話も着信拒否されてしまっている。

 だからこそ、アメイジング・コーポレーション経由でと思ったのだが、西木社長も着信拒否されてしまったようだ。


『それより先生。高橋君との労務裁判はどうなっているのかね。石田君から話を聞いたがね、まったく話が進んでいないみたいじゃないか』

「そ、それは……」


 石田管理本部長同席の下、先方の弁護士と話し合いをしたが、そもそも証拠が揃い過ぎていて話にならない。

 請求金額もその殆どが未払残業代で不当解雇による慰謝料も妥当な金額。石田管理本部長本人が直接、高橋翔に辞職を促した音声データも残っている。

 請求金額の減額すら難しい状況だ。

 もしこの金額で納得できないようであれば、裁判も辞さないと言われている。


 裁判になったら不利である事。こういったケースでは、どの道、和解や示談となる事。その点について、会社で話し合って欲しい事を石田管理本部長に伝えていたが、どうやら石田管理本部長はまだ西木社長に話を通していないらしい。


『先生は我が社の顧問だろう? 一千万円の和解金なんてね。払える訳がないじゃないか。そもそも、これまで世話をしてやった恩を忘れて会社を訴えるなんてね。おかしい。おこがましい行為だよ! なあ、石田君。君もそう思うだろ』


 電話の向こう側に石田管理本部長の声が聞こえてくる。


『社長の仰る通りです。しかし、引き際を間違えると大変な事に……』

『何を馬鹿な事を言っているんだね君は! ボクは間違った事を言っているか? 会社に対する恩を忘れて一千万円請求してくるなんてね。とんでもない背任行為だよ!』

『し、しかし、裁判ともなれば企業イメージが……』

『企業イメージがどうしたというのかね。悪いのは高橋だろう? こっちは間違った事はしていないんだ。裁判で白黒付けてやればいいじゃないか』


 ま、拙い。話の流れが最悪の方向に進んでいる。

 しかし、口を挟もうにも、まったく挟める気配ではない。


『で、ですが……』


 頑張れ、石田管理本部長!

 ここで荒ぶる西木社長を止めなければ、最悪の方向に突き進む事になりますよ!

 今、あなた方が乗り込もうとしているのは、兎の用意した泥舟ですよ!

 かちかち山ですよっ!!


『ですがもクソもないよっ! ボクがやれと言っているんだから、君は言われた通りにすればいいんだっ!』

『わ、わかりました……』


 い、石田管理本部長ぉぉぉぉ!

 わかりました。じゃないよっ!

 わかっちゃダメな奴だよっ!

 証拠は全部揃ってるんだから勝ち目なんてある訳ないでしょ!?


『……と、いう事で高橋君とはね。裁判で決着を付ける事にしたから、頼みましたよ先生』

「は、はあっ……」


 さ、最悪だっ……。

 結局、高橋翔と電話を繫いで貰う事ができなかった上、負け確定の裁判をする羽目になるなんて……。


『詳しい事は石田君と打ち合わせてくれ。石田君もね。頼んだよ。裁判をするからには負けたらただじゃ済まさないからね。それでは、先生。失礼します』


 西木社長が電話口でそう言うと、ぷつりと通話が途切れる。


「さ、最悪だっ……」


 これだから周りにイエスマンしか置かない独裁者タイプのワンマン経営者は困る。

 今のアメイジング・コーポレーションはイエスマン天国。

 ワンマン経営の末期状態である。

 とんでもないタイミングで自爆をかましてきた。

 しかも、私を巻き込んでの自爆。本当に最悪である。


 今からでも断るべきだろうか?

 いや、ダメだ……。

 アメイジング・コーポレーションの社外取締役に親父が就任している。

 親父もワンマン……。頼る事もできなければ断る事もできそうにない。


 電話をテーブルに置くと、私は思いっ切り頭を抱え叫び声をあげた。


 ◇◆◇


 私の名は石田。アメイジング・コーポレーション㈱の管理本部長である。

 今、私は内部監査室長の東雲室長よりとんでもない報告を聞かされていた。


「えーっと、東雲室長。もう一度、聞かせてもらえませんか?」

「はい。先日、練馬営業所で採用した工藤社員から練馬営業所の所長が日雇労働者に支給する筈の賃金を横領しているのではないかと内部通報がありまして……」


 そう。内部監査室の東雲室長の下に、先日、採用したばかりの社員、工藤慎二から内部通報があったのだ。

 内部通報によれば練馬営業所の所長が日雇労働者に支給する筈の賃金を横領しているというもの。各支店営業所で支払う日雇労働者の賃金は、そこの所属長が手渡しで労働者に渡している。


 東雲室長が調べた所、どうやら練馬営業所の所長は五年間もの間、架空の日雇労働者数名に対し、二千万円もの賃金を支払った事にし、そのお金を懐に収めたであろう事がわかった。

 練馬営業所の所長め……。名前は忘れてしまったが、このクソ忙しい時に、なんて事をしてくれたんだ……。

 練馬営業所の所長を懲戒解雇にするのは当然として、一刻も早く西木社長にこの事を伝えなければ……。


「わ、わかりました。西木社長への報告は私から行います」

「はい。よろしくお願いします」


 会議室から出ると、私は早速、社長室に向かう。


 気分は最悪である。

 昨日、勝ち目のない裁判を押し付けられたばかりだというのに、今度は、営業所長の横領とは……。二千万円の横領。西木社長が聞けばどうなる事か。

 お怒りになる事はまず間違いない。


 社長室の前に立つと私は深呼吸をしてから、ドアをノックした。


「西木社長、石田です」

「ああ、入ってくれ」

「失礼します」


 社長室に入ると、西木社長は足をデスクの上に乗せ、態度悪く新聞を読んでいた。


「社長。大変な事が起きました」

「うん? 大変な事? なんだねそれは……」


 西木社長が新聞を置き、睨み付けるかのように視線を向けてくる。


「は、はい。実は練馬営業所の所長が二千万円の横領を……」


 内部監査室長の東雲室長が調べた結果を伝えると、西木社長は案の定怒り出す。


「何をやっていたんだね君はっ! 管理部長がね、新入社員でも気付けた事に五年間も気付かないなんて信じられないよっ! 職務怠慢もいい所じゃないかっ! すぐに練馬営業所の所長をここに呼べっ! 役員全員ここに集めろっ!」

「は、はいっ!」


 思った通り大事になってきた。

 私は練馬営業所の所長に電話し、すぐに本社に来るよう呼び付けると、その足で社外取締役を除く役員全員に召集をかけた。


「えーっ、役員は皆、社長室に集まって下さい」


 私の言葉を聞き、役員達が皆、嫌そうな表情を浮かべる。

 しかし、この横領事件はたった一つの営業所だけの問題でなかった。

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