第160話 クソ宰相との交渉①

 冒険者協会は、人間の世界であるセントラル王国、リージョン帝国、ミズガルズ聖国の主要な街に存在し、三国の冒険者を取り纏めている。

 複数の国に跨って存在する独立した組織。それが冒険者協会だ。

 独立した組織とはいえ、国の治安や生活にも大きく係っており、各国とは協力関係にある。


 協力関係にある以上、国も冒険者協会に依頼を出す事が多々あり、今回の様に新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』の調査を行うケースは冒険者協会に国が依頼を出す最たる例だ。

 国にも、調査機関は当然ある。

 しかし、未知の世界に国がこれまで育て上げてきた諜報員を送り出すのは危険が伴う。最悪、これまで育て上げてきた諜報員をロストする可能性があるのだ。

 そういった時、先遣隊として国は冒険者協会を利用する。


 例えば『ムーブ・ユグドラシル』。

 この課金アイテムを保有する者の数は限られており、セントラル王国を以ってしても、その保有数は十数個に留まっている。


 今回、新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』に転移する為には、『二百五十以上のレベルである事』そして『ムーブ・ユグドラシル』が必須となっている。

 冒険者協会に属する冒険者の中には、転移条件となっている『ムーブ・ユグドラシル』を保有している者や、二百五十レベル以上の者が数多く存在しており、報酬は基本的に後払い。当然、国が要求する調査内容に達していないと判断された場合、報酬の支払いは行われない。むしろ、厳罰を科してくるケースもある。


 冒険者協会は、冒険者に不利になるような依頼書が貼りだされていたとしても、取り締まりは一切行わない。

 依頼の受諾は冒険者自身が判断する事項である為だ。

 勿論、冒険者協会側から多少の注意喚起はするが、依頼の受諾は冒険者、個々人の裁量に任されている。

 以前、依頼に規制をかけた所、規制をかけた事により冒険者協会に対する依頼が激減した時期があった(らしい)。その時の冒険者達の反発はもの凄く。冒険者を守る為の規制はすぐに取り払われてしまったとの事だ。


 国側としては、所有する『ムーブ・ユグドラシル』と、長年育てた諜報員を失いたくはない。

 しかし、その一方で、新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』に転移する為には、『ムーブ・ユグドラシル』が必要となる。

 だからこそ、二百五十レベル以上で『ムーブ・ユグドラシル』を保有している冒険者を対象に調査依頼を出した。

 調査依頼の報酬は、五千万コル。


 具体的な調査内容は、新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』にどの様な生物が生息しているか等、知的生命体の存在の有無。そして地理の把握。

 しかし、未知の世界でそれを行うには五千万コルでは不相応だ。

 たった一人でそれだけの事をしなくてはならない事を考えれば、当然、受けるに値しない。だからこそ、俺はカティ宰相からの依頼を断る事にした。


「ああ、そういう事でしたか……。カティ宰相は兵を未知の世界に出したくないんですね?」


 新しい世界に渡ったとして帰ってこなかった。又は死亡してしまった場合の遺族年金とか凄そうだもんね。『ムーブ・ユグドラシル』も失う訳だし、折角、育て上げた二百五十レベル以上の兵士がパーだ。

 その反面、冒険者に安い金払って危険な目に遭って貰うのはコスパが良くてお得。依頼に失敗すれば、依頼料を支払う必要はない訳だし、達成しても難癖は付け放題。もしかしたら、上級ダンジョン攻略に失敗した冷蔵庫組や転移組の様に、奴隷にしようと目論んでいるのかもしれない。


 そう言うと、カティ宰相の目が大きく見開く。


「それは違います。まずは、Sランク冒険者である君に、新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』の状況を調べて貰おうと……」

「……では、この罰則は何です?」


 冒険者協会への依頼には罰則事項が同時に記載されている。

 新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』の調査依頼に対する罰則。そこにはこう書かれていた。


『調査依頼が十分でなかった場合、「ムーブ・ユグドラシル」を国へ献上する事』。


『調査依頼が十分でなかった場合』いかようにも取れる内容の罰則だ。

 国が報酬に飛び付いた冒険者から『ムーブ・ユグドラシル』を取り上げる事を前提とした条件である。

 これだから、国からの依頼は油断ができない。

 カティ宰相は調査内容がどうであれ、最初から『ムーブ・ユグドラシル』を取り上げるつもりだったのだろう。

 そう判断した俺に、カティ宰相は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「俺を雇いたいのであれば、最低、百億コルと『ムーブ・ユグドラシル』を用意してから出直してきな。罰則も外してだ。五千万コルじゃ割に合わねーよ」


 そう考えると、『ああああ』達がこの依頼を断ったのも納得できる。

 失敗したら『ムーブ・ユグドラシル』が没収されるかも知れず、その後にやってくる俺の反撃がどの様なものか想像できなかっただろうからだ。

 ちなみに『ああああ』達に貸与している『ムーブ・ユグドラシル』が勝手に没収されたら国であろうと何だろうと、俺は間違いなく反発していた。

 俺の場合、最悪、この世界にログインしなければ問題ないのだ。

 現実世界でも同様の事が言えるが、二つの世界を行き来できる俺にとって国なんてそんなものである。他の国に逃げるという手段すら取れる。

 人を良い様に利用できると思ったら大間違いだ。


「ぐっ!」


 そう言うと、宰相は歯を食いしばて呻り声を上げる。


 今まで、そうやって冒険者を騙して来たのだろうが、そうはいかない。

 馬鹿な冒険者ではないのだよ、俺はっ!


 たった、五千万コルで調査依頼を受けろ?

 馬鹿な事を言うな、一人で十全な調査なんてできる訳がないだろう。

 もし、失敗したら『ムーブ・ユグドラシル』を差し出せ?

 頭が悪くて物も言えない。相手はSランク冒険者だぞ?

 この世界で最強の暴力を振える存在。それがSランク冒険者だ。

 もし、『ムーブ・ユグドラシル』の引き渡しを拒み暴れ回ったらどうするつもりだったんだ?

 こちとら一人で上級ダンジョンすら攻略できるんだぞ?

 エレメンタル様達のお蔭でなっ!


「……なるほど、君の気持ちはよくわかりました」

「ええ、わかって頂きなによりです。できる事ならもう二度とそんなクソみたいな依頼、俺の目に触れさせないで下さい」

「…………っ!」


 その言葉に、頬をピク付かせるカティ宰相。

 煽った訳ではない。本心から出た言葉である。

 宰相ともあろう御方自ら冒険者相手に堂々と詐欺を働こうとする国だ。

『ああああ』達から『ムーブ・ユグドラシル』を取り上げておいた方が良いかもしれない。


「ああ、後、次からは冒険者協会を通して下さい。直接依頼されても断り辛く迷惑なだけなんで」

「な、なんと無礼なっ……!?」


 俺の歯に衣着せぬ物言いに周りの兵士達が口々にそう非難する。


「いや、無礼はお前達だろ……」


 あ、ヤベッ、間違った。心の中で呟いたつもりが、つい言葉となって口から出てしまった。俺の言葉を聞き、みるみる顔を紅潮させるカティ宰相。


 とはいえ、口に出してしまった以上、言葉を訂正するつもりは微塵もない。

 何故なら、本心からそう思っているからである。

 この国の宰相だか何だか知らないが、五千万円の依頼料を釣り得に『ムーブ・ユグドラシル』を国に献上させようとする詐欺師みたいなものだ。そんな奴等に畏敬の念も何もない。


「……本日はお忙しい所、態々、お越し頂きありがとうございました。どうぞ、お気をつけてお帰り下さい」

「はい。それでは、失礼します」


 そう言って席を立つと、宰相室の扉を開け勝手に出て行く。

 ちなみに帰りは兵士によるお見送りも馬車による送り迎え等もなかった。


 ◇◆◇


「よし。という事で、お前等が腕に着けている『ムーブ・ユグドラシル』を回収するから、いますぐ外して?」

「え、ええっ……」


 宿に戻ってすぐ、俺は『ああああ』達から一つ残らず『ムーブ・ユグドラシル』を回収する事にした。

 カティ宰相が何を画策しているかわからない為だ。

『ああああ』達は良くも悪くも馬鹿なので、宰相の罠にかかり『ムーブ・ユグドラシル』を無償で献上してしまう可能性がある。


 ついでに言えば、こいつ等が新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』に行く事によって何が起こるかわからない。心配であるという点もある。勿論、こいつ等の心配をしている訳ではない。心配しているのは現実世界への影響だ。


 何せこいつ等には前科がある。

 上級ダンジョン『ドラゴングレイ』攻略後に現れた特別ダンジョン『ユミル』攻略の前科が、だ。


 上級ダンジョンなら、この世界がゲーム世界だった頃、何度も攻略した。

 レアアイテム欲しさに周回した事もある。

 しかし、特別ダンジョン『ユミル』は別だ。正直言って羨ましい。

 まあ、出てきたモンスターが巨大なゲジゲジと聞いて、羨ましさや妬ましさも多少吹っ飛んだが、とにかく、こいつ等に行動させると何が起こるかわからない。

 まさに人型パルプンテ。

 新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』に転移した途端、現地民に『ムーブ・ユグドラシル』を奪い取られ逆侵攻かけられるなんて事もあり得るのだ。

 だからこそ、俺は心を鬼にして『ムーブ・ユグドラシル』を取り上げる事にした。

 というのは名目である。ぶっちゃけ、献上とかいう訳のわからないシステムにより『ムーブ・ユグドラシル』を略奪されるのは腹が立つ。

 王太子殿下に強請られた為、キャンピングカーを一台、セントラル王国に献上したが、献上した見返りは皆無だった。

 いや、皆無ではないか……。

『うむ』という言葉と貰って当然見たいな態度。そして『王家からの覚えが良くなったな』等という謎の罰ゲーム見たいな戯言を頂戴した。

 まあ、献上したキャンピングカーはガソリン車なので、いずれ動かなくなる事は明白。メンテナンスを依頼してきたら、多額のメンテナンス費用をボッたくってやろうと思っている。


 話が逸れた。

 まあ、何が言いたいのかといえば、献上、献上と上位者が下々の者からさも当たり前のように物を取り上げようとする姿勢に腹が立つという話だ。


 面と向かって言ってやりたい。

 キャンピングカーとお前の『うむ』の一言は同価値なのかと。

 そんな訳ねーだろと。

 後、王家からの覚えが良くなっても全然、嬉しくねーよ。

 上から目線でそんな事を言っているが、むしろ、厄介事を押し付ける先がまた一つ増えたと喜んでいる様にしか見えない。

 つまり、何が言いたいのかといえば、王家に連なる者は信用できないという事である。

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