第165話 衰退するセントラル王国

 冒険者の辛辣な言葉に、バキュムは唖然とした表情を浮かべる。


「はっ? 今、何といったのだ?」


 聞き間違いかと思いそう呟くと、いつの間にかバキュムを囲んでいる冒険者達が声を上げる。


「あっ? 聞こえなかったのか? その仕事の元請はお前達だろ? 安い依頼料で労働搾取してきた癖に被害者ぶって、冒険者協会に責任押し付けるんじゃねーよ」

「まったくだ。これまでは生活する為に仕方がなく受けていたが、本当はこんな依頼引き受けたくなかったぜ」

「汚い仕事は全部、冒険者に押し付けておいてよく言えたもんだな。自分は働かない癖に、恥ずかしくねーのかよ。管理職さんよぉ!」


 冒険者達から次々と発せられる遠慮のない言葉を聞き、バキュムは顔を強張らせる。


「だ、だが、私は国から管理を任されて……」


 依頼を受けた冒険者達に指示をするのが仕事なのだ。

 そう弁解しようとする。


 しかし、「知るかよ。これまで、こんな依頼料で仕事をしてやっただけ有り難いと思え」の一言で話が終わってしまう始末。


「そもそも、文句を付ける所、間違ってねーか? 他に良い依頼があったら、そっちに飛び付くに決まっているじゃねーか。つーか、なんだよ。三千コルの依頼って。子供のお使いか何かか?」

「違いねぇ。誰も働いてくれない文句を言うなら冒険者協会じゃなくて、国に言ったらいいんじゃねーか?」

「冒険者に責任を押し付けるなんてお門違いなんだよ。冒険者協会には、塩漬けになってる依頼なんて幾らでもあるぜ?」

「うぐぐぐぐっ……貴様等っ……もういいっ!」


 冒険者の容赦のない一言一言を聞き、こめかみに青筋を浮かべるバキュム。

 今まで、冒険者に非難された事のなかったバキュムは怒り心頭のまま、冒険者協会を後にした。


「何なんだあいつ等はっ! もう絶対に仕事を回してなんかやらないからなっ!」

「しかし、どうするのですか? 冒険者に依頼をこなして貰わない事には……」


 冒険者協会を出て直ぐバキュムは声を荒げ、バキュムに着いてきた部下は弱音を吐く。


「そんなこと知るかっ! 国に人員を回して貰う他ないだろっ!」

「しかし、それは……」

「煩いっ! もう黙っていろっ!」


 ヤケクソになったバキュムは、そう声を荒げると陳情を提出する為、怒り治まらぬまま王城へと向かった。


 ◇◆◇


 ここは、セントラル王国の王城。

 カケルが冒険者協会に貼り出した求人情報の影響は思いもよらない所にまで波及していた。


「兵士長。本日付で退職したいのですが……」

「はっ? 本日付で兵士を辞める? 兵士を辞めてどうするつもりだね」


 神妙な面持ちでそう尋ねる兵士長アンハサウェイ。

 それもその筈、今月……いや、今週だけで数百人もの兵士が退職している為だ。


「次の就職先が決まっております」

「……次の職場というのは、微睡の宿かね?」


 そう尋ねると、部下は神妙な表情を浮かべ頷く。


「やはりそうか……いや、しかし、職業軍人ほど、恵まれた仕事はないぞ? 危険な職だが給与も高いし、遺族年金も保証されている。一時の気の迷いで兵士を辞めては一生後悔する羽目になるぞ。近々、結婚する相手もいるのだろう。それでもいいのか?」


 国が崩壊しない限り職業軍人としての仕事はなくならない。

 退職しようとする部下に、そう告げるも退職を決意した兵士には通じない。


「はい。存じ上げております。これまで、ありがとうございました」


 それだけ言うと、頭を下げ、そのまま王城を去っていく。


「一体何が起こっているのだ……」


 たった数日で、数百人の兵士が退職を願い出て、微睡の宿の従業員に転職してしまった。

 確かに、兵士の仕事は危険が伴うが、その分、給与が高く設定されている。

 それこそ、今、話題の微睡の宿の給与より十万コルほど高くだ。

 にも拘らず、多くの兵士達が退職を希望し、微睡の宿の従業員に転職していく。


「兵士長。またもや面会を求める者が……」

「……仕方があるまい。彼等には合わなかったのだろうこの仕事が……」


 しかし、何故、こうも部下が仕事を辞めていくのか意味がわからない。

 上司として、和気あいあいとした職場づくりに努めていたのだが……。

 そんな事を考えていると、部屋の扉を開け、部下が入室してくる。


「兵士長。大変も申し訳ございません。本日付で退職したいのですが……」

「……またか」

「はっ?」

「……いや、何でもない。しかし、君はそれでいいのか?」


 ここ最近、退職させてくれと言ってきた元部下達の事を考えながらそう尋ねる。

 できれば、退職するなど言わず残って欲しいものだが……。


「ええ、問題ありません」


 こう言われてしまっては仕方がない。


「ならば君は、自分の進むべき道に進むと良い。今後の幸せを願っている」

「兵士長っ……!?」


 そう言って泣き出す部下を宥めながら頭の中で考える。

 正直、こっちが泣きたい位だ。


 ヤバイな……これ以上、人員が不足すればどうなる事か……。


 そんな思いとは裏腹に兵士長の態度に感動し、お礼を言って去っていく部下。

 部下達を見て思う。もう駄目かも知れないと……。


「宰相閣下に陳情を上げよう。それ以外に解決策はない……」


 そう呟くと、兵士長アンハサウェイは宰相に提出する為、陳情を書き始めた。


 ◇◆◇


 ゴミが浮かび下水により汚染された川。歩くだけでホコリが舞う道。回収されず溜まりに溜まったゴミ。


「セントラル王国全土で、エッセンシャルワーカーの不足が問題……ねえ」


 エッセンシャルワーカーとは、日常生活を維持する為に不可欠な職業を指す単語だ。

 今、読んでいるのは、セントラル王国唯一の新聞社・セントラル新聞社の記事。

 この記事によると、今、セントラル王国全土で、ゴミ回収や排泄物処理を行うエッセンシャルワーカーが不足しているらしい。


 まあ、それは外を歩くだけで分かる。

 何だか凄い状況だ。

 エッセンシャルワーカーがいなくなるだけで、数日前まで整備されていた街並みがこんなにも一変してしまうとは……。


 路上に放置され積み上がったゴミ。

 川の土手にヘドロのように溜まった排泄物。

 まさにゴミの都。俺の生活圏外がまさかこんな状態になってしまうなんて、誰が思うだろうか。疫病とか発生しそうな勢いである。

 勿論、俺の生活圏内はこんな悲惨な状態になっていない。従業員の皆に賃金を支払い綺麗にして貰っている為だ。。


 しかし、俺の生活圏外は悪臭が本当に酷い。


 正直、貴族が存在すると聞いた時は、ゲーム世界に貴族とかそんな設定持ってくるなよ、と思ったが、王政をしいている国に貴族の存在は付き物。仕方がないと諦めよう。

 貴族といえばアレだ。自分の事を特権階級だと思っている痛い人。

 自分に与えられた土地に農奴という農民の奴隷を住まわせ、働かせ、収穫された物の上澄みを過度に掬い私腹を肥やす寄生虫みたいな者達の総称である。

 勿論、今のは俺の私見なので、割かしどうでもいい話だが、辞書を引けば身分や家柄の尊い人と書いてある。


 そういえば、貴族と聞いて思い出した事がある。

 支配人からこの国の税制について教えて貰ったが、この国では、身分制に基づく不公正な課税制度が布かれていた。

 なんでも貴族なら税金を支払わなくてもいいそうだ。

 ちなみに聖職者と奴隷も税金の控除対象。つまり、国に税金を支払っているのは、貴族・聖職者・奴隷以外の平民である事が分かった。

 国民全員が税金奴隷。現実世界では、税率が高い分、それなりに国民に還元しているが、どうやらゲーム世界ではそうではないようだ。


 割とマジでフランス革命を再現できるかも知れない。

 流石は中世ナーロッパを舞台にしたゲーム世界である。


 という事で、俺は新たな行動に移る事にした。

 ゲーム内通貨にものをいわせエッセンシャルワーカーを壊滅状態に追い込……もとい、低ランク冒険者に対する冒険者支援の次に俺がやった事。

 それは、低ランク冒険者達のレベル上げである。


 低ランク冒険者達には、元Sランク冒険者であるレイネルや各支部の高レベル冒険者を護衛替わりに雇い『獲得経験値+500%(二十四時間)』を持たせてレベル上げをして貰ったのだ。

 これにより、雇用した低レベル冒険者は軒並み高レベル冒険者に早変わり。

 もはやゴミや排泄物の回収など行わなくても生活できるレベルにまで上昇した。

 そして今、冒険者達には、王城近くの道をとても綺麗にして貰っている。

 最近では、王城を睨み付ける国民も増えてきた。

 まあ、その気持ちも分からなくもない。


 決して安くはない税金。

 ゴミと汚物蔓延る国内。

 そして、俺の生活圏以上に綺麗でゴミ・汚物一つない王城。


 今、セントラル王国中が(俺の生活圏と王城を除き)こんな感じなのだ。

 あと、何か一つピースがハマってしまえば、民衆が暴動を起こしてしまうかもしれない。国には、そんな空気が流れている。


「あっ、国民が道路にゴミを置いていった……」


 もう末期だな……。ただ、セントラル王国全土で低ランク冒険者に対する冒険者支援を行っただけだというのにもの凄い状況になってきた。

 このままでは、ゴミと汚物で道が塞がり、ライフラインまで麻痺しそうな勢いだ。


 仕方がない。部下達には、王城周辺の清掃をより一生懸命頑張って貰おう。

 ライフラインが途絶えたら大変な事になるからな。もしかしたら、生活必需品が手に入らなくなるかも知れない。

 食べ物とか衛生用品が無くなったら大変だ。


 まあ、経営者として従業員に不便な思いは一切させるつもりはないけどね。

 ゲーム世界で食べ物が無くなったら、現実世界で仕入れればいい。

 それに俺の経営する憩いの宿や社宅周辺は臭くない。

 何しろ、生活廃棄物はちゃんと自分達で処理しているからね。


 しかし、なんで国は動かないのだろうか?

 エッセンシャルワーカーがいないなら、兵士をゴミ収集員として働かせればいいのに。このままじゃ本当に暴動に発展してしまうぞ?

 こんな不衛生な環境では、疫病も蔓延してしまう。

 既に飲水だって手に入れづらくなっているというのに……。


 まあいいか……。

 もう少しだけ様子を見る事にしよう。

 国民から税金を搾取している以上、国の環境整備を行うのは国の役割だ。

 少なくとも俺の役割ではない。


「臭っ……。帰ってシャワーでも浴びて寝よっと……」


 そう呟くと、俺は、俺の経営する憩いの宿に戻る事にした。

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