第166話 混乱
セントラル王国の王城の一角にある宰相室。
その室内において、この国の宰相であるカティ・アドバンスドは頭を抱えていた。
何故、頭を抱えているのか。
それは、ここ数日の間に提出され、山の様に積み上がった陳情にある。
それを頭を抱えながら一件一件、陳情を読み進めていくカティ宰相。
「ゴミ袋の回収に王都中に溢れる排泄物の回収……」
問題は当然、それだけではない。
「兵士の大量退職。積み上がったゴミによる異臭問題に、ゴミ・排泄物による川の水質汚染、そして、ゴミ堆積による道路の封鎖か。深刻だな……」
すべては冒険者協会に属する冒険者がゴミ・汚物回収依頼を受けなくなった事を発端に発生した問題だ。
しかし、何故、冒険者が国の依頼を受けてくれなくなくなったのか理解できない。
つい数日前までは問題も発生せず、上手く回っていのに……。
確かに、多少、依頼料を抑え過ぎたかなと考えた事もある。
しかし、予算にも限りがある。ゴミ・汚物回収一人当たりの日当に
とりあえず、借金奴隷にゴミ・汚物回収を命じているが、手が足りていないのが現状だ。何せこの問題は国中のあちらこちらで発生している。
国民に家庭で発生する生活廃棄物を廃棄物処理場に持って行くようアナウンスは流しているが、自発的に動いてくれる者は少数。
カティ宰相は悩みながら呟くように言う。
「……兵士にゴミ・汚物回収を命じるしかないか」
とはいえ、国防・警備の観点から動かす事のできる兵士もあまりいない。
焼け石に水かもしれないが、やらずにじっと時が過ぎるのを待っているよりいい筈だ。しかし、その命令を出した翌日、カティ宰相はこの時の判断を後悔する事となる。
◇◆◇
カティ宰相によりゴミ・汚物回収命令を受けた兵士達の士気は最悪だった。
「……何で俺達がゴミや汚物の回収をしなきゃいけないんだよ」
数日もの間、放置されたゴミ・汚物は腐敗し悪臭を放っている。
無数の害虫が辺りを飛び回り、生ゴミを齧るネズミ型の小型モンスター。場所によっては、生ゴミの発酵等により可燃性のガスが発生。自然発火し、全焼した家もある。
「仕方がないだろ。宰相様がゴミ掃除をしろって命令を出したんだから……」
「うわっ、マジかよ。臭ぇ……」
「ふざけんなよ。俺はゴミ掃除する為に兵士になった訳じゃねーぞっ!」
そう文句を言いつつ、ゴミと汚物を回収していく兵士達。
しかし、まだまだ終わりは見えない。
王都の至る所に放置されたゴミと酷い臭いを放つ汚物を見る度にゲンナリとした表情を浮かべる。
一区画のゴミ掃除を終えた兵士達は、そのゴミと汚物をゴミ・排泄物処理場に運搬し、また元の場所に戻ってくる。
すると、そこには、また新たなゴミが積み上げられていた。
「おい……これ、いつになったら終わるんだ?」
「知るかよ。そんな事……」
「俺、今日限りで兵士を辞めて冒険者になるか、先輩が転職した『微睡の宿』に世話になろうかな……」
「……いいな、それ。少なくとも、毎日、ゴミと汚物に囲まれながら仕事をするより楽そうだ」
たった一日。ゴミ掃除をしただけで心が折れた兵士達。
それもその筈。溜まりに溜まったゴミと汚物の汚臭はもはや公害レベルと言っても過言ではない程の臭いを放っている。
その臭いは身体に染み付き、着ている服は汚水に汚れた揚句、苦労してそれを運び、ゴミ・汚物を処理場に捨て帰ってきてみれば、またゴミと汚物が積み上がっているという悪循環。
終わりの見えない過重労働を強いられ、兵士達のストレス値は一日目にして限界に達していた。
「……まったく、次の搬入作業はいつ行われるんだっ。兵士達は何をやって……うん?」
そんな時、様子を見に来たゴミ・排泄物処理場の管理者・バキュムが遠い目をした兵士達に罵声を上げる。サボっていると勘違いした為だ。
「お前達っ! 何をやっているっ! ちゃっちゃと次の仕事に移らんかっ! まったく、これだから兵士は……これなら、まだ低ランク冒険者の方が使える……うん? お前達、どこへ行く? まだ仕事は終わってないぞっ!」
罵声を上げた瞬間、踵を返し王城へ戻る素振りを見せる兵士達。
「……もうやってられないな」
「冒険者がこの依頼を受けない理由がよくわかったぜ」
「なるほどな。これは確かに、やってられないわ」
「ダメだ。もう限界だな、これは……」
そう呟く兵士の一人の肩を掴んだバキュムは、さも当然の様に言う。
バキュムの言う通り、溜まりに溜まったゴミは既に公害レベルの悪臭を引き起こし、近くを流れる川もゴミと生活排水により汚染されている。
今、すぐにでも処理場に運び処理しなければ大変な状況にある。
「無駄口を叩いてないでさっさと仕事をしろっ! これなら冒険者の方がまだ役に立つぞ! お前等、それでも兵士か? ただでさえ、ゴミが溜まっているんだ。放置した日数分、更に辛くなるぞっ! それでもいいのか? 仕事を放棄するなら上に、全然使えない奴等でしたと報告を上げるぞっ!」
バキュムの言葉を聞き耳していた兵士達は、白けた表情を浮かべる。
「……勝手にしろよ」
「お前は命令するしか能がないのかよ。カスが……」
「好きにしろよ。俺は今日一杯で兵士を辞める」
兵士の言葉を聞いたバキュムは狼狽する。
「ち、ちょっと待てっ! 本気で言っている訳じゃないだろうなっ!」
宰相に陳情を出し、兵士を貸し出して貰ったというのに、たった数時間で仕事を投げ出されてしまっては、自身の管理責任を問われてしまう。
それだけではない。今、責任を問われ、この立場を追われれば、国に申請している予算と冒険者協会に出している依頼金額との差額をネコババしている事がバレてしまう。
拙い。非常に拙い。
「…………」
無言で立ち去っていく兵士達に、バキュムは縋る様に声をかける。
「ち、ちょっと待って下さいっ! い、今のは言葉のあやで……も、申し訳ございませんでしたっ! 見て下さい。王都の状況をっ! このままではゴミと排泄物に汚染され疫病が蔓延してしまいますっ! 私はそれをなんとかしたくて、危機的状況に焦りが混じり、つい乱暴な口調になってしまっただけなのですっ! どうか、どうかここは怒りを治め協力して下さい! お願いしますっ!」
今、この立場を追われる訳にはいかないバキュムはそう言って兵士達に頭を下げた。
すると、数人の兵士が戸惑う素振りを見せる。
「……おい。どうするよ?」
「そうだな……」
あともう一歩といった所だ。
今、ここで畳み掛ければ、先ほどの失言は流せそうな勢いである。
「そ、それでは……」
そう畳み掛けようとした所で、『ドォーンッ!!』と何かが爆発するような音が聞こえてきた。
「……へっ?」
爆音がした方向に視線を向けると、そこには燃え上がり黒い煙を上げるゴミ・排泄物処理場の変わり果てた姿が遠目で確認できる。
「あ、あああああっ? い、一体、何がっ? なんでっ?? なんで燃えてるの??」
ゴミ・排泄物処理場は国の管理下にある重要施設。
そこの管理を任せられているバキュムは一瞬にしてパニック状態に陥った。
『カンカンカンカンッ!』と、けたましくなる鐘の音。
消火活動をする為、処理場に向かって人が集まっていく。
そんな中、部下の一人がバキュムに近付いてきた。
「バ、バキュム管理長。た、大変です! 処理場が爆発を……他の処理場でも同様の事が起こっている様ですっ!」
「な、何が……他の処理場の事なんてどうでもいいっ! 何で! 何で私の処理場が燃えているんだっ!」
「そ、それが……ゴミにモンスターの魔石が混じっていた様でして……他にも多数、有害ゴミが、ゴミの中に……」
「な、何だとっ!? 何故、分別しなかったっ!? ゴミの分別は基本中の基本だろっ! 低ランク冒険者でも出来ていた事だぞっ!」
バキュムの言葉に眉をしかめる兵士。
それに気付かず、バキュムは声を荒げて言う。
「言ったよなっ!? ゴミは分別して回収する様、兵士に言ったよなっ!?」
実際、バキュムは『ゴミを回収し、処理場に持ってくる様に』としか指示を出していない。分別は当然行われるものとして『持ってきてくれれば、後の事はこっちでやる』とも……。
しかし、ゴミの分別は当然行われる事柄と認識しているバキュムは、その事に気付かず記憶を改竄し、自己弁護を始める。
「……私は悪くない。私は悪くないぞっ! 全部、兵士が悪いんだっ! 奴等がゴミの分別を怠り、処理場に持ってくるからっ! 処理場に持ってくるから悪いんだっ! 私は一切悪くないっ!!」
そこまで言って、ハッとした表情を浮かべるバキュム。
恐る恐る後ろを振り向くと、そこには、無表情でバキュムを見つめる兵士達の姿があった。
兵士達には、ゴミ・排泄物処理場の火災が治まり、処理場を再建した後、ゴミ・汚物の回収を手伝って貰わなければならない。
散々、兵士達を罵倒した後に、その事に思い至ったバキュムは顔が真っ青になる。
「……聞き間違いかな? 俺、あいつに『ゴミを回収し、処理場に持ってくる様に』としか、聞かされてないんだけど?」
「ああ、そうだな。俺もそう聞いた」
「分別の必要性についても質問したが、『後の事はこっちでやる』とも言われたな」
「これ、俺達が悪いのか? あり得ないだろ?」
兵士の言葉を聞き、益々、顔を真っ青にするバキュム。
「い、いや、違っ……そういう訳で言ったんじゃ……!」
弁解をしようと口を開くが、時既に遅く……。
「俺、兵士に向いてないみたいだ」
「……俺もだな」
「後押しをしてくれてありがとな。ようやく、決心が付いたぜ」
「元々、こんな事をする為に兵士になった訳じゃないしな……」
口々にそう言う兵士達。
「あ、ちょっと待ってっ! あっ!?」
このままでは、兵士達が職を辞してしまう。
しかも、自分の言葉が原因で……。
その事に気付き、慌てて兵士達を追い掛けるも、汚物で足を滑らせ思い切りゴミに顔を突っ込ませるバキュム。
「待ってっ……ちょっと、待ってくれっ……」
足早にその場を去っていく兵士達。
ゴミから抜け出したバキュムは、茫然とした表情を浮かべる事しかできなかった。
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