第164話 理不尽な依頼。目を覚ます冒険者

「……おかしいねぇ。ここ数日、便所の汲み取りに来る筈の冒険者が来やしない」

「まったくだ。ゴミの回収にすら来てくれないなんて何かあったのかねぇ?」


 冒険者協会に貼られたとある求人情報。

 それが貼られてからというものの、こういった4Kと呼ばれるきつく、汚く、給与が安くて危険な仕事を受ける冒険者は激減。

 そういった仕事をしなくても稼ぐ事ができる冒険者は別だ。

 これまで、安い日当で労働搾取していた低ランク冒険者の殆どが、カケルの出した求人情報に魅かれ、集った結果、王都ではインフラ面に深刻な被害が発生していた。


「どういう事だっ! 何故、低ランク冒険者共がやってこないっ!」


 冒険者を低賃金で働かせ労働搾取していたゴミ・排泄物処理場の管理者・バキュムは、誰も働きに来ない冒険者に対し、怒りを募らせていた。


「低ランク冒険者風情が……この私が依頼を出してやっているからこそ、最低限の生活を送る事ができているのではないかっ! にも拘らず、その恩を忘れて仕事を受けぬとはっ……」


 本人の中で、仕事を受けぬ冒険者は恩知らず扱い。


「だから私は嫌だったのだっ……やはり冒険者は信用ならない!」


 しかし、誰しもが排泄物の汲み取りを行いたいと思わない。

 低ランク冒険者がその役割を買ってくれるからこそ、これまで低ランク冒険者にその役目を与えてきた。ランクを維持、又は昇格する為には一定の成果を修めなければならない低ランク冒険者の弱みに付けこんだ形のこの依頼。

 しかし、その役目を放棄した低ランク冒険者。

 それだけではない。毎日行われているゴミ袋の回収に王都中の清掃。冒険者協会に依頼を出しているインフラ面に係るすべての仕事を低ランク冒険者が拒否し、より割のいい仕事に就いている。


「まさかこの私に王都中の排泄物を回収しろというのではないだろうなっ! ふざけるなっ! ふざけるんじゃないっ!」


 国の役人に課せられた役割は、管理者としての役割。

 現場で働く為に……ましてや、王都中の排泄物やゴミを回収する為に国の役人になった訳ではない。


「し、しかし、冒険者が集まらない以上、我々で排泄物を回収し、ゴミ・排泄物処理場に運ぶしか……」

「そ、そんな事できるかぁぁぁぁ!」


 そもそも、人員が足りない。

 低ランク冒険者達は、我々に逆らえば、達成報酬を貰えない事を理解している為、必要以上に働いてくれた。

 しかし、ここにいるのは冒険者ではない。

 冒険者を管理する為に派遣されてきた役人ばかりである。

 当然、排泄物に触った事も、運んだ覚えもない。

 ただ、冒険者に命令し、依頼料を渡す事が役人の仕事であった。


「冒険者が来ないなら、こちらから出向くまでだっ! 行くぞっ!」

「い、行くってどこに……」


 部下の言葉にゴミ・排泄物処理場の管理者であるバキュムは、「そんな事、決まっているだろっ! 冒険者協会に抗議しに行くのだ。冒険者が来なければ仕事にならん」と、そう憤慨しながら答える。


 低ランク冒険者が、ランク維持の為に仕方がなく行ってきた4K依頼。

 ここ数日、受ける者がおらず、王都は今、ゴミが溢れ大変な事になっている。

 セントラル王国も、ただのゴミ運びに人員と賃金を割く余裕はないと本腰を入れず、すべてを低ランク冒険者達に押し付ける事で辛うじて回っていた歪が、セントラル王国中にある冒険者協会支部に低ランク冒険者にとって旨みしかない依頼が貼り出された事で表に現れてしまった。


「邪魔するぞっ!」


 そう言って、冒険者協会の扉を荒く開けるバキュム。

 冒険者協会で働く協会員と冒険者達の視線が突き刺さる中、受付まで足を運ぶと、思い切りカウンターを手のひらで叩いた。


「ゴミ・排泄物処理場へのゴミ及び汚物の運搬依頼を出しているバキュムだ。どうなっているっ! もう数日間も冒険者が依頼を受けに来ないじゃないかっ!」


 怒り心頭のバキュムがそう声を荒げると、受付嬢が顔を強張らせる。


「申し訳ございませんが、依頼の受諾は冒険者の裁量に任されております。依頼料を追加して頂ければ、受ける冒険者もいるとは思いますが……」

「何っ! 依頼料が安いと言うのかっ!」


 受付嬢に侮られたと思い更に激昂するバキュム。


「い、いえ、そういう訳ではございません。こちらでも手を尽くしてはいるのですが、現在、冒険者の殆どが、この依頼に掛かり切りでございまして……」


 受付嬢は一枚の求人情報をバキュムに差し出す。

 そこには、この様な内容が書かれていた。


 ◆――――――――――――――――――◆

【採用数】無制限

【月収】基本給:40万コル

【昇給の有無】昇給年1回、賞与年2回

【仕事内容】調剤・調理・建築・介護等

【勤務時間】8:00~14:00(内休憩1時間)

【休日】週休2日・有給休暇40日(毎年)

【待遇①】時間外手当・退職金制度

【待遇②】社宅・家賃補助

【備考①】3食おやつ付き

【備考②】日雇い可(日当2万コル)

【備考③】一点ほど採用条件あり(条件を飲んで頂いた方のみ月給+10万コル)

【連絡先】冒険者ランクに関わらず、採用希望の方は、冒険者協会に連絡をお願いします。

 ◆――――――――――――――――――◆


 求人情報を受け取り、肩を震わせるバキュム。


「ふ、ふざけるなっ! ただの求人情報ではないかっ!」

「い、いえ、確かに求人情報ではありますが、日雇いの依頼であれば、ゴミ・排泄物処理場へのゴミ及び汚物の運搬依頼と同様に冒険者のランクを維持する為の依頼として認められております。ただ、日当が二万コルと他の依頼と比べてとても良く。低ランク冒険者の多くが、この依頼を受注しておりまして……」

「……と、という事は何か? 日当二万コル以上出さねば、冒険者は依頼を受けてくれないと、そういう事かっ!?」

「はい。その通りです」


 さも当然の様にそう告げる受付嬢にバキュムは再度、激昂する。


「ふ、ふざけるなっ! そんな金支払える訳がないだろっ!」


 ゴミ・排泄物処理場へのゴミ及び汚物の運搬依頼の相場は、日当三千コル。

 相場の約七倍だ。そんな金支払える訳がない。


「そう仰られましても……」

「こんな法外な日当を提示されては、他の依頼を受ける者がいなくなってしまうではないかっ!」


 昨日までは日当三千コルだった依頼料が今日から二万コルですなんて言われて納得できる筈がない。


「私の様に苦情を言ってきた者もいただろう!」


 現に私は困っている。他にも困っている依頼者が大勢いる筈だ。

 確信をもってそう質問すると、受付嬢から少し意外な回答が返ってきた。


「それが、不思議といないんですよね? 確かに、国が関わる依頼を受ける方は激減しましたが、素材採取等の比較的低報酬の依頼を受ける方もおりますし……」


 冒険者が避けている依頼は4Kと呼ばれる、きつく、汚く、依頼料が安くて危険な仕事に限られていた。そして、その多くが、国が冒険者協会に依頼を出している常設依頼。つまり、それはセントラル王国が低ランク冒険者に依頼を受けて貰う事を前提とした依頼であった。

 依頼料が安くとも、大した危険もなく、きつい訳でも汚い場所での仕事を強要されるような依頼でもない限り冒険者達は依頼を引き受けてくれる。


 それを聞き、バキュムは再び手のひらをカウンターに打ち付けた。

『バンッ!』と、いう音に顔を強張らせる受付嬢。

 見かねた冒険者がバキュムの肩を叩く。


「おい。いい加減にしろよ」


 突然、冒険者に肩を叩かれ慌てるバキュム。

 しかし、下手に出ては負けだと、冒険者に喰ってかかる。


「な、なんだ、お前はっ! 部外者は黙ってろっ!」

「完全に部外者って訳でもねーだろ。その依頼を受けるのは冒険者である俺達なんだからよ」

「ううっ……」


 至極真っ当な正論を言われ、バキュムは言い淀む。


「それで? こいつは俺達にどんな依頼を受けさせようとしているんだ?」

「こ、こちらの依頼です」

「ああ、ありがとう。ふむ。どれどれ……」


 受付嬢から受け取った依頼書を確認すると、冒険者はため息を吐いた。


「……ああ、これじゃあ、誰も受けねーわ」

「何っ!? 何が不満だというのだっ!」


 売り言葉に買い言葉でそう告げるバキュム。

 そんなバキュムに冒険者は、本当にわからないのかと呆れた表情を浮かべた。


「いや、むしろ不満しかねーだろ。依頼者は横暴で日当も激安。仕事内容も最悪だ。こんな内容の依頼を受けるのはド底辺の冒険者位のものさ。まあ、今となっちゃそのド底辺の冒険者すらこんなクソみたいな内容の依頼、受ける奴なんかいないだろうけどな」


 冒険者協会の依頼は早い者勝ちで、高ランク冒険者から優先的に割り当てられる。

 その為、低ランク冒険者に残される依頼は、依頼内容の割に依頼料が低く、誰もやりたがらない様な依頼が多くなる。

 依頼料が安くとも生きて行く為には依頼を受けるしかない低ランク冒険者は嫌々ながら、その依頼を受ける事になる。

 しかし、数日前に貼り出された一つの依頼が、低ランク冒険者の劣悪な環境を変えた。採用人数が無制限且つ高給な依頼が貼り出された事により、低ランク冒険者がその依頼に殺到したのだ。

 勿論、すべての冒険者が採用される訳ではない。

 真面目に仕事をする気のない者は容赦なく落とされるし、高ランク冒険者だからと高を括り適当な仕事をした者には、更に高ランクの冒険者張本人であるカケルから教育的指導が入る。


 とはいえ、礼儀がなっていなくても誠実に依頼をこなせば日当二万コル貰えるし、三食、おやつ付き。時間外手当も支給されるし、正式採用されれば、退職金まで貰える。しかも、宿代の半分も依頼者が持ってくれるのだ。

 終業時間が午後二時というのも嬉しい。ランク維持又は昇格に必要な依頼数をこなす事もできる。

 そんな好待遇を受けた冒険者が、今更、4K依頼を好んで受けようとは思わない。


 懇切丁寧にそう説明すると、バキュムは顔を真っ赤に染め怒声を上げる。


「そんなの知った事かっ! これは国が冒険者協会に宛てた依頼だっ! 冒険者協会にはこの依頼を冒険者に受けさせる義務があるだろっ! 誰かがこの仕事をやらないと国中ゴミだらけ、汚物だらけになってしまうんだぞっ!」


 セントラル王国がゴミだらけ、汚物だらけになっていいのか。

 そう告げると、冒険者から辛辣な言葉が返ってきた。


「だったら、お前がやれよ。それがお前の仕事だろ」と。

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