第75話 一方、その頃……アメイジング・コーポレーションとカツアゲ高校生は……

 その頃、アメイジング・コーポレーションでは……。

 数多くの不正が発覚し、その原因が自分のパワハラにあるのではないかという調査報告を聞き、怒り心頭の西木社長が社長室で幹部達に対し、怒鳴り散らしていた。


「まったくね。冗談じゃないよ……。何がパワハラだ。ボクはパワハラになるような事を言ったか? 今もこうやって君達に叱咤している訳だけどね。これはパワハラか? 石田君、どうなんだね?」

「い、いえ、そのような事はございません。西木社長のお怒りはごもっともです」


 私の言葉を聞き、頷く西木社長。


「そうだよな? ボクはね。ここで働く社員達がメリハリを持って働けるように敢えて君達を叱咤しているんだ。気持ちのいい仕事じゃないぞ? ボクだってね。やりたくてやっているんじゃないんだ。そんな事もわからずパワハラ、パワハラってね。まったく冗談じゃないよ!」


 さっきから話がループしている。

 この無駄な会議。いつになったら終わるのだろうか?


 西木社長の話を流しながら適当な返事をしていると、西木社長が行儀悪くテーブルの上に足を置く。


「……そう言えば、石田君。元経理部にいた、あー、なんと言ったかな」

「た、高橋の事でしょうか?」

「ああ、そうだ。高橋の裁判の件だけどね。ちゃんと進んでいるか? 裁判に負けたら承知しないぞ?」

「え、ええ、もちろん。現在、高橋との裁判に向けて野梅弁護士と詰めている所です……」


 本当は煙に巻く為、時間を置いていて何もしていないが、そんな事は言えない。


「そうか、それならいい。君が勝てると言ったから裁判をする事になったんだ。ボクに言われなくてもね。ちゃんとしろよ?」

「ええっ? 私、そんな事を言いましたか? 勝てるなんて一言も……」


 むしろ敗色濃厚だと思っているんですけど……。


 そう呟くと、西木社長が顔を紅潮させて怒り出す。


「何を言っているんだ君はっ! ボクがやってくれないかと尋ねた時、君は『わかりました』と言ったじゃないか。つまり、それは高橋との裁判に勝つ事ができるから『わかりました』と言ったんじゃないのか? んんっ? どうなんだね。なんとか言ったらどうだ!」

「い、いえ、確かにあの時はそう言いましたが……」

「つまり、高橋との裁判に勝つ自信があるから『わかりました』と言ったんだろ? もし勝つ見込みがないならそう言えよ!」


 いや、まず間違いなく負けると思っているが、そんな事、この状況で言える訳がない。

 それにあの時は確か『ボクがやれと言っているんだから、君は言われた通りにすればいいんだっ!』的な事を言っていた筈。

 そもそも『はい』もしくは『YES』以外の選択肢がなかった。

『わかりました』と言ったのも勝てるから肯定した訳ではなく、業務命令だから仕方がなく『はい』と言っただけ……。それをそんな曲解されては堪らない。


「は、はい。その通りです……」


 ……曲解されては堪らないが、一度、西木社長がそう解釈してしまったらもう手遅れだ。あの御方の評価基準は常に減点方式。どんなに会社にとって良い事をしても、そんな事はできて当たり前と評価対象外となってしまう。


「初めからそう言えよ。だから君は駄目なんだっ!」

「は、はい。申し訳ございません……」

「……これは独り言だけどね。野梅弁護士が言うには、高橋は家に帰っていないそうじゃないか。だったら、他にもやりようがあるだろ。例えば、今回の不正をすべて高橋がやった事にするとか……」

「……で、ですがそれはあまりにも」

「何を言っているんだね、君は! 高橋が辞めてからすぐ不正が発覚したんだ。彼はね。経理部だったんだぞ? 協力業者に対する支払いも工場の粉飾決算もすべてを知る立場にあったじゃないか!」


 た、確かにそうかも知れないが、それはあまりに暴論だ。

 アメイジング・コーポレーション㈱は第二部上場企業。

 上場企業は、金融商品取引法の一部である日本版SOX法で、内部統制が義務付けられている。


 内部統制とは、企業などの組織内部において、不正やミスなどが行われることなく組織が健全かつ有効・効率的に運用される様に定めた所定の基準や手続きをいい、粉飾決算による企業の破綻や上場廃止が相次ぎ、日本市場の信用不安を招いた為、整備された仕組みである。


「……高橋はすべてを知った上で、それが発覚する前に辞めた。すべてが一本に繋がるじゃないか」

「た、確かにそうかも知れませんが……」


 あまりにも暴論。

 アメイジング・コーポレーションでは、振り込みや手形決済をする際、二人以上の承認が必要となっている。

 それなら、元経理部長である佐藤部長に責任を問う方がまだ説得力がある様な気がする。


 それに、高橋を辞めさせたのは私だ。


「……そ、それにまだ当事者である支店営業所長や和歌山工場の工場長の話を聞いておりません。それを決めるのは些か、早計ではないでしょうか?」


 庇いたくはないが、ここで高橋を庇っておかなくては、自分の身も危うい。なぜなら、経理部は管理本部長である私の管掌。

 下手をしたら、そのすべてが私の責任になってしまう。


 真剣な目を西木社長に向けると、西木社長はつまらなそうな表情を浮かべ、視線を逸らした。


「……確かに、そうかも知れないな」


 ――よし!


 どうにか凌いだ。

 しかし、流石は西木社長……。考える策が悪辣だ。


 今、高橋は家に帰っていない。

 それ自体は、部下に張り込みをさせ、実際、高橋の家に行った事から知っている。

 西木社長の案は、高橋が家に帰っていない事を良いことに、高橋の知らない間に裁判を起こし、いわゆる欠席裁判で、つい先程発覚した粉飾の責任をすべて押し付けようとする妙案。

 つまり、裁判手続きの穴を突いた策である。


 仮に、高橋がそれを受け取り弁護士を雇うにしても、弁護士の報酬は『経済的利益』の額を基準として算定される。


『経済的利益』が三億円を超える場合の弁護士の着手金は、経済的利益の約二パーセントにプラスして四百五万九千円(税込)、報酬金として、約四パーセントにプラスして八百十一万八千円(税込)の金額がかかる。


 今回、西木社長が高橋に対して行おうとした損害賠償請求は、おそらく二十億円。

 着手金だけで五千万円近くの金額を支払わなければならない計算だ。


 高橋にこれだけの金額を支払えるとは思えない。

 つまり、万が一、高橋が訴状を受け取ったとしても、弁護士すら雇う事もできず、裁判に臨む事になる。


 本人訴訟で百戦錬磨の弁護士に勝てる道理はない。

 弁護士でないからと、裁判官が主張を聞いてくれない場合もある。

 裁判官も人間だ。すべての裁判官が公明正大な訳ではない。

 裁判官としての適格性を欠いている人も当然の様にいる。横柄な態度の人もだ。

 ほとんど傍聴人のいない地方の裁判所では、そんな裁判官も当然の様に存在する。裁判官を感情的にさせると、判決に悪影響を与える可能性もある。


 自分に敵対する者を徹底的に排除しようとするその姿勢。

 お、恐ろしい……。


 黙り込んでいると、西木社長がほくそ笑む。


「……では、石田君の言う通り、支店営業所長と和歌山工場の工場長の話を聞いてから事を起こすとしようじゃないか」

「は、はい」


 責任の所在をハッキリさせた上で、今後の方針を決めると、そう言う事か……。


「……それよりも遅いな。石田君。君はちゃんと支店営業所長、そして和歌山工場の工場長に連絡を取ったのか?」

「は、はい。勿論です! 早ければ、終業時間までに……遅くとも、明日の明朝までには、集まるかと思います」

「……そうか、ならいい。明日、一番で貸し会議室を押さえろ。そこでじっくり支店長と営業所長、そして、粉飾決算をした和歌山工場の工場長の話を聞く事にしようじゃないか」


 西木社長がそう言うと、幹部達が社長室から退室していく。

 最後まで残った私に西木社長が声をかけてきた。


「……ああ、石田君。今日は鰻を食べに行こう。すぐに予約を取ってくれ」

「は、はい。わかりました!」


 そういって社長室から退室するとため息を吐いた。


 西木社長との食事……緊張のあまり味を感じないからあまり行きたくないんだけどなぁ……。


 私はいつも通り、会社経費で食事をする為、馴染みの鰻屋に電話をかけた。


 ◇◆◇


 一方、高橋翔をカツアゲし、強盗致傷罪に問われている高校生達は少年鑑別所の生活を満喫していた。


 留置所よりも暮らしやすい生活。

 午後零時から十三時と十九時から二十一時の三時間はテレビを見れるし、土日祝日は午前と午後で二本の映画を見る事ができる。

 ご飯の量も十分だし、夜ご飯の時間が訳がわからない程早く午後十七時である事だけはちょっと不満だけど、週一回お菓子を買う事もできる。


 日中の生活は高校生活とほぼ同じで、殆どを室内で過ごし、週に一二度、気晴らしの運動もできる。

 慣れてしまえば、気楽なものだ。

 まあ入浴が週二回である事が唯一の不満だが、洗濯は一日一回できるし、教官達も皆優しい。


 とはいえ、不安に思う事もある。

 それは、後二週間後に行われる少年審判。

 それ次第で、俺達のこれからの運命が決まる。

 弁護士の言う通り保護観察処分となるのか、少年院送致になるのか。

 はたまた、強盗致傷罪で六年以上の懲役刑となるのか……。


 外では野梅弁護士が頑張ってくれている様だが、果たして大丈夫だろうか?


「はあっ……大丈夫だろうな。野梅弁護士よぉぉぉぉ!」


 映画の『プリズン・エスケープ』を見ながらポテトチップスを食べる。

 もし映画の様に少年鑑別所から脱出したとしても、今後の人生は灰色。

 一番良い方法は、保護観察処分で終わることだ。

 数年は窮屈な思いをするかも知れないが、刑務所に入るよりかは遥かにマシ。


 保護観察中、月に数回、保護司との面接があるが、高校生活を送ることもできる……らしい。

 仕事や結婚にしてもそうだ。

 ついでに言えば一週間以上の旅行をする場合には、保護観察所の長に許可を得る必要がある。


 刑務所にぶち込まれるよりかはマシだが、これはこれで地獄。

 何をするにしても許可がいる。


 海外旅行に行くにも、パスポート申請に『保護観察中か否か』という項目がある為、結婚してハネムーンも難しい。


 一体、なんでこんなことになってしまったんだ……。


 俺は『プリズン・エスケープ』を見ながら塩味のポテトチップスを噛み締めた。

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