第76話 金魚の糞共め『ああああ』の本当の力を見せてやろう①
「ウエイトレスさん。追加でペロペロザウルスのTKGを二十四人前お願いします」
「はい。ペロペロザウルスのTKGを二十四人前ですね! かしこまりました!」
上級ダンジョン『デザートクレードル』から王都に転移した俺は、今、冒険者協会併設の酒場でエレメンタル達に『ペロペロザウルスのTKG(卵かけご飯)』を振舞っていた。
相変わらず元気のいいウエイトレスさんだ。
二十四人前ほど追加で注文すると、現在進行形でペロペロザウルスのTKGを食べているエレメンタル達がピカピカと色めき立つ(物理)。
エレメンタル達の食欲は旺盛だ。
上位精霊に進化した為か、以前の数十倍食べないと満足してくれない。
ここ最近、エレメンタルが活躍する度に酒場でペロペロザウルスのTKGを注文する為か、こんな無茶な注文をしても応えてくれるようになった。
テーブルの端に積み重なっていく大量の皿を目の端に捉えながらエールを軽く口に含むと、数人の冒険者が俺とエレメンタルが座るテーブルの前で止まる。
「やあ、また会ったね」
「うん?」
顔を向けると、そこには転移組の副リーダー、ルートが立っていた。
ルートの背後には、上級ダンジョン『デザートクレードル』で『ああああ』を見捨てて敗走した金魚の糞共もいる。その姿は、なぜかボロボロだった。
一体、何があったのだろうか?
「……なんだ。お前等か、なんの用だ?」
とりあえず、話を聞いてみる。
すると、金魚の糞共が俺の持つエールを指差しながら荒げた声を上げた。
「お前っ! ルートさんに向かって、その態度はなんだっ!」
「とりあえず、エールを飲むのを止めろっ!」
「ルートさんに失礼だろっ!」
「はあっ?」
なんだ。この金魚の糞共は?
ここは酒場だぞ?
酒場でエールを飲んで何が悪い。頭が沸いているのか?
それに勝手に話しかけてきたのはルートだ。
俺が話したくて話をしている訳じゃない。
「何を言ってるんだ。ここは酒場だぞ? 酒を飲んで何が悪い。お前等こそ態度がデカいぞ。何を勘違いしているんだ? 失礼なのはお前等だろ、馬鹿じゃないのか?」
エールを飲んで喉の滑りが良くなっているせいか、余計な事まで言ってしまった。
だが、後悔はしていない。だって、こいつ等、無駄に態度がデカいし、ぶっちゃけ目障りだ。こいつ等と話をしているだけで酒が不味くなる。
話は終わりだと、エールを口に含む。
すると、金魚の糞共がブチ切れた。
「ふ、ふざけんじゃねーぞ。こらっ!」
「態度がデカいのはお前だろっ!」
「ルートさんに謝罪しろや、カスッ!」
酷い言いようだ。何より俺はルートの事を馬鹿にした訳ではない。
馬鹿にしたのは主にルートの金魚の糞であるお前達だ。
「おいおい。ルートさんに謝罪しろ? 馬鹿を言うな。今の言葉は、ルートの金魚の糞であるお前等三人に言ったんだよ。頭、大丈夫か? もしかして聞いてなかった? それとも、本当に頭が悪いの? 金魚並の脳味噌しか持ってないの?? っていうか、どうしたの、その恰好? ボロボロじゃん。もしかして、上級ダンジョン『デザートクレードル』の雑魚モンスター、アントライオンに返り討ちにされちゃったの? どこにでもいるんだよねー。適正レベルって言葉も理解せず突っ走って返り討ちにあう馬鹿ってさ。もしかして、お前達もその口だったりする?」
俺が『お前等頭大丈夫? 雑魚敵相手に怪我してるじゃん』とエールを飲みながら心配してやると、金魚の糞共がわなわな震え出した。
金魚の糞共、爆発寸前の所でルートが俺達の間に割って入る。
「まあまあ、落ち着いて。俺達は何も君と争う為にここに来たんじゃない……」
「ル、ルートさん! しかし!」
「……君達をここに連れて来たのは失敗だったかもしれないね。とりあえず、黙ろうか? 話が全然前に進まないからね?」
ルートがそう言うと、金魚の糞共が押し黙る。
「それで、一体何の用だよ。こっちは酒を飲むのに忙しいんだ。話は手短にしてくれ」
金魚の糞共との話が一段落付いた所で、そう言うと、ルートは困った表情を浮かべた。
「うーん。仕方がないですね。それでは手短に……カケル君は『ああああ』という冒険者の事を知っていますか?」
もちろん知っている。
「『ああああ』? あいつがどうかしたのか?」
「はい。実は『ああああ』という冒険者にこの三人が盾役を頼んだらしいのですが、少々、困ったことが起きていまして……」
「困ったこと?」
なんだ?
『ああああ』の奴、金魚の糞共に何をしたんだ?
まあ、転移組の奴らが困るような事なら何をしてくれても構わないけど……。
ルートは神妙そうな表情を浮かべながら呟く。
「ええっ、実は『ああああ』という冒険者が冒険者協会に対し、この三人が上級ダンジョン『デザートクレードル』に彼を置き去りにして逃げたと被害報告をしているんです」
それを聞いた瞬間、俺は金魚の糞共に向かってエールを吹き出した。
もちろん、故意に吹き出した訳ではない。
可哀相に、俺が口から吹き出したエールでびしょびしょだ。
ゲホゲホ咳き込みながら、俺は話を聞く。
「そ、そいつは面白……じゃねーわ。そいつは災難だったな。でも本当の事だから仕方がないんじゃないの? 俺もその場にいたし……」
なんだか面白そうだから『ああああ』側の証言台に立ってやるよ。
そんな事を考えていると、金魚の糞共が怒りの表情を浮かべ、言い寄ってくる。
「ち、違うっ! 俺達は戦略的撤退をしただけで……!」
「俺達は助けに戻るつもりだったんだっ!」
「ただ、俺達が戻った時にはもういなかったから……」
「へえ、助けに戻るねぇ……」
へぇー、凄いや……。
あの時点の『ああああ』のレベルは五十ちょっと……。
呪いの装備『命名神の怒り』を装備していたから生き残ることができたけど、もし万が一、俺がいなかったら、多分、『ああああ』は死んでいた。
それについては間違いない。
だって、上級ダンジョン『デザートクレードル』の適正レベルは百五十だもの……。
「うんうん。戦略的撤退。戦略的撤退ね。俺もその場でお前達の事を見ていたからわかるよ? 『ああああ』を肉壁にして、コイツでもダメージ喰らわないんだったら俺達でもイケるんじゃねって雑魚モンスター相手にイキって戦略的撤退したんでしょ? いやー、わかるわっ! 『ああああ』を雑魚モンスターの生贄にしたのは逃げじゃない、戦略的撤退だ! って、そう言う事だもんね? 『俺達の命には代えられない』とか言ってたもんね。自己肯定感高すぎて引くわー!」
煽りに煽ってやると、金魚の糞共が俺の胸ぐらを掴んでくる。
「テ、テメェ……いい度胸してんじゃねーか……」
「好き勝手なことを言いやがって……」
「何なら相手してやってもいいんだぞっ!?」
俺はエレメンタル達にこいつ等の股間を焼失させないよう指示を出してから、俺の胸ぐらを掴む金魚の糞の手を掴む。
「……俺はいいぞ。やるか? お前等の全てを賭けて……」
そう言って手を捻ると、金魚の糞共が声を荒げる。
「い、痛ててててっ!? じ、上等だよっ! そこまで言われちゃ我慢ならねぇ!」
「やってやんよっ!」
「俺達を舐めんなよ!」
「き、君達っ! 止めないかっ! 俺達は彼に『ああああ』との仲裁を頼もうと……」
そう言って止めに入ろうとするルートを遮ると、俺は笑みを浮かべる。
「……いいぜ。折角だから仲裁。してやろうじゃねーか」
仲裁とは、中立的立場にある第三者の判断にすべてを委ねる事。
断じて、穏便に物事を仲裁する事ではない。
俺はメニューバーを開き、メール機能で『ああああ』を呼び出した。
すると、数十秒も経たず『ああああ』が現れる。
「え、えっと、カケル君。これは一体、どういう場面なんだい?」
「いや、こいつ等が厚かましくも、お前との仲裁を俺に頼んで来ててさ……。折角だから、仲裁に乗り出してやろうかなって思って……」
そう言うと、『ああああ』は露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
「えっ? でも、それは俺とこの人達の問題で……」
「『ああああ』……。助け方はどうにせよ。君を助けて上げたのは誰だったかなぁ?」
思いっ切りガンを付けると『ああああ』が怯えた表情を浮かべる。
いや、俺は『ああああ』を脅したい訳じゃない。
俺は小さな声で『ああああ』の耳元で囁く。
「……何か勘違いしてるかも知れないから言っておくけど、俺はお前の事を脅したい訳じゃないから。ただ単に、公衆の面前で転移組に恥をかかせたいだけだから!」
「で、でも、俺じゃあ、そんな事……」
「なに、女々しい事、言ってんのっ! お前のレベルは百五十だよっ! あいつ等をよく見てみろってっ! あいつ等のレベルは精々、七十……。お前の相手じゃないってっ! 冒険者協会に訴えるのもいいけど、合法的に自分でボコった方がスッキリするってっ!」
そう説得すると、『ああああ』は、『えっ? あいつ等のレベル、そんなもんなの?』といった表情を浮かべた。
「えっ? もしかして、カケル君……あいつ等を合法的にボコる機会くれるの?」
俺の説得にようやく『ああああ』もやる気を出してくれたようだ。
「ああ、当然だろ? 一緒にあいつ等の悔しがる表情を見よう。……大丈夫、大丈夫。俺が仲裁を任されたんだ。文句は言わせねーよ! こっちが負けても、こっちが勝っても冒険者協会への訴えは取り下げなくていいんだからさ。どっちにしても、あいつ等の評判は下がり、冒険者協会への訴えでお前の事を置き去りにした三人に社会的な制裁を加える事ができる。最高じゃないか!」
「う、うん! わかったよ。カケル君!」
「わかってくれて嬉しいよ。それじゃあ、行こうか!」
俺は『ああああ』の背中をバシバシ叩くと笑みを浮かべる。
「さて、金魚の糞共。お前達の要求を聞こうかっ」
もちろん、聞くだけだ。聞いた上で、それを蹂躙する気満々である。
「ああ、当然。冒険者協会に対する被害報告の取り下げだっ!」
「いいだろう。その要求、確かに聞かせてもらった(聞き届けるとは言っていない)。もし負けた時、転移組はこの国の冒険者協会を去る。それでいいか?」
「ああっ! 俺達が負ける訳がないんだっ! それでやってやるよっ!」
「ほう……中々、いい心がけだ……」
その潔さ。敵ながら天晴である。
「それじゃあ、早速、冒険者協会併設の地下闘技場でやり合おうぜ」
すると、転移組の副リーダー、ルートが横やりを入れてくる。
「ち、ちょっと待って下さいっ! カケル君の言う『もし負けた時、お前達はこの国の冒険者協会を去る』の中に、その三人以外の転移組のメンバーは含まれていないですよねっ!? 含まれていないんですよねっ!?」
「チッ……!」
気付いたか……。
さり気なくこの国から転移組の連中全員を排除しようと思ったのに感のいい奴だ。
「もちろんだよー。考え過ぎだよ? 当然、この三人を対象にしたものさ! ねえ、『ああああ』君!」
「えっ? ああ、そうだね?」
不本意だが仕方がない。
とりあえず、この三人だけでもこの国から永久退場してもらうとしよう。
俺は『ああああ』の肩を抱くと深い笑みを浮かべた。
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