第77話 金魚の糞共め『ああああ』の本当の力を見せてやろう②
闘技場に着くと、俺は『ああああ』の背中を軽く叩く。
「よし。相手は高々、レベル七十でイキってる雑魚だ。ステータス差で押すもよし。命名神シリーズであいつらの攻撃をすべて跳ね返すもよし。その錫杖の力でこの世から永久リタイアさせるもよしだ。さあ、『ああああ』、あの金魚の糞共に引導を渡して来い!」
笑顔でそう送り出すと、『ああああ』は苦笑いを浮かべた。
「で、でも、ここで勝ってもあいつらが言う事を聞いてくれるか……」
「なんだ、そんな事を考えていたのか……」
やれやれだぜ。
まったく、『ああああ』は心配性だな……。
「……大丈夫。その時は社会的に引導を渡してやればいい。どの道、お前があいつらの訴えを取り下げなきゃ、あいつらは自動的に終わる。この戦いが終わった時、あいつらのお前に対する態度も百パーセント変わっている筈さ」
命名神シリーズを身に付けている以上、まず百パーセント負けはない。
それに困るんだよ。万が一にも負けてもらっちゃ……。
「さあ、買った買った! 今、話題の『転移組』VS『Fランク冒険者』! オッズは最大二十倍だよ~!」
闘技場の端では、どこから聞き付けたのか野次馬が集まり賭けを楽しんでいた。
現在の賭け倍率は、転移組が二倍、『ああああ』が二十倍だ。
皆、転移組の連中に賭けている。
当たり前だ。奴等の冒険者ランクはC。それに対して、『ああああ』のランクはFランク。しかも戦いは三対一で行われる。
つまり、ここにいる皆揃って『ああああ』が負けると、そう思っているのだ。
当然、俺は『ああああ』に賭けた。百万コルほど……。
本当はもっと賭けたかったが、多くの金額を賭ければ賭け倍率が下がってしまう。
とはいえ、これはどちらが勝つか分かりきった勝負。
レベル七十の金魚の糞共が、レベル百五十のヒキニートに勝てる訳がない。
つまり『二千万コルゲットだぜ!』と、そういう事である。
「おいっ! さっきから何をやっているんだっ!」
「うすのろが、早くしろっ!」
「Fランク冒険者如きが、俺達を待たせるんじゃねえ!」
闘技場では、転移組の連中が口汚く『ああああ』の事を罵っている。
転移組の副リーダー、ルートに至っては、目元に手を当て宙を仰いでいた。
わかるぞ。ルート。
現在進行形で、転移組の評判駄々下がりだもんね!
Fランク冒険者相手に、Cランク冒険者が三人揃ってボコボコにするだなんて。どう考えても外聞が悪すぎるものっ!
戦いに勝てば、Cランク冒険者三人が寄ってたかってFランク冒険者をリンチしたという評判が立つし、負ければ、『ああああ』の訴えにより冒険者協会から除籍される。
いやはや、なんでこんな事になってしまったのやら……。
面白過ぎて腹が捻じれる。腸捻転しそうだ。
「よし。それじゃあ、『ああああ』。あいつ等に引導を渡してやれ……」
「う、うんっ……」
何とも情けなく頼りない返事だ。
まあいい。
俺は『ああああ』を一瞥すると、観客席側に向かおうとする。すると金魚の糞共が声を荒げた。
「おい! そこのモブフェン野郎っ!」
「ああっ?」
モブフェン野郎って誰の事だ?
まさか俺の事か??
金魚の排泄物如きが生意気な……。
そんな事を思いながら振り向く。
「ああ、お前だよ。お前っ! 何、『俺は関係ありません』見たいな顔してんだっ! お前も早くこっちに来い!」
「はぁ?」
……こいつ等。馬鹿なのだろうか?
俺のレベルは二百オーバー。それに対し、あの金魚の糞共は精々、七十がいい所。
俺が加わったら、お前等百パーセント負けるんだよ?
ただでさえ、九割方負けがほぼ確定しているというのに、まさか自分から勝率を下げにくるとは思いもしなかった。
……仕方がない。
そんなに勝率を下げたいというのであれば、その話に乗ってやろう。
仕方がなく闘技場に足を踏み入れると、周囲がざわつき始める。
「ん? なんだっ?」
闘技場の端に視線を向けると、野次馬達が慌ただしく駆け回っているのが目に映った。
野次馬達が駆けて行った場所。それは、この戦いの賭けを取り仕切る胴元の下。
俺の参戦が確定した瞬間、この騒ぎという事は……ま、まさかっ!?
よく目を凝らすと、賭けの倍率がものすごい勢いで下落し始めた。
数分もすると、倍率が反転し、転移組が二十倍、『ああああ』が二倍に変わっていく。
「な、何ぃぃぃぃ!?」
そ、そりゃないだろっ!?
二十倍の倍率が俺の参戦が決まった途端、二倍っ!?
おいおいおいおいっ!
なんて事をしてくれやがったんだ、あの金魚の糞共っ!?
二千万コル儲かる予定が、一瞬にして二百万コルに早変わり。奴等、勝率だけではなく賭け倍率まで下げにきやがった!
ゆ、許せない!
おのれ、転移組……どこまでも俺の邪魔を……。
静かな怒りに身を焦がしながら、『ああああ』の隣に並ぶ。
「おい。『ああああ』……」
「は、はい。な、何でしょうか……」
俺の怒気にあてられ、『ああああ』の表情に怯えが混じる。
「うつ伏せになれ……」
「えっ?」
「いいから、うつ伏せになれって言ってんだよっ!」
「カ、カケル君っ!? い、一体何をっ……って、ぎゃああああっ!?」
『ああああ』を無理やりうつ伏せにさせると、両手両足をガムテープで縛り、『ああああ』の足を持つ。
「……名付けて人柱ブレード(『ああああ』ver)。金魚の糞共め……俺は絶対にお前達の事を許さないからなっ!」
◇◆◇
俺の名前は『ああああ』。
もちろん、プレイヤー名である。
俺こと『ああああ』は今、窮地に立たされていた。
俺の横には「……名付けて人柱ブレード(『ああああ』ver)。金魚の糞共め……俺は絶対にお前達の事を許さないからなっ!」と叫ぶ、鬼畜外道野郎ことカケル君が……。
前には……。
「よく逃げずに来たな……」
「お前、調子に乗ってるだろ?」
「まさか『ああああ』を武器にして戦う訳じゃないだろうな? 馬鹿にしやがって、ぶっ殺してやる……」
と憤る転移組の皆さんが……。
一体、なんでこんな事になってしまったのだろうか?
「お、お手柔らかに……」
カケル君に片足を持たれたままのうつ伏せの態勢で、そう呟くと、転移組の皆さんがメンチを切ってくる。
「ああっ? おいこらこらっ!? 負けを認めるなら今だぞ?」
「おうおう。痛い目に合いたくなかったら、さっさと土下座して負けを認めろやぁ!」
「いや、土下座じゃ生温い、俺は土下寝を推奨するね……」
転移組の皆さんは好戦的だ。消極的なのは俺だけらしい。
「おい。そんな事はどうでもいいから、さっさと殺ろうぜ!」
カケル君も殺る気満々だ。
「よーし、やる気だな? それじゃあ、ルールはどうする?」
「あっ? ルール?」
問答無用で殺り合おうとしていたカケル君がポカーンとした表情で呟く。
「そりゃあ、そうだろっ! ルールがなきゃ何でも有りになっちまうだろうがよぉ!」
まったくもってその通りだ。
万が一、転移組がデスマッチを提案すれば、どちらかが死ぬまで勝負しなければならなくなる。
流石の俺もそれはごめんである。
「そ、それじゃあ、相手が降参するか、気絶したらでどうでしょうか?」
俺がうつ伏せになりながら提案すると、転移組の皆さんが残忍な笑みを浮かべる。
「俺は別にそれでもいいぜ? なあ、お前達っ!」
「「ああ、俺もそれでいい!」」
「だ、そうだ。全員一致だな。ルールは相手が降参するか気絶するまでにしよう」
「わ、わかりました」
じ、自分で提案しておいて何だけど、既に降参して帰りたい気分だ。
「『ああああ』っ……てめぇ降参したり、気絶したらマジでただじゃおかないからなぁ……気を確かに持っていろよっ……」
しかし、カケル君の存在がそれを許してくれない。
というより、この人達を煽るのだけは止めてほしい。
「……お前、死んだな」
「気絶しない程度に拷問かましてやるよ」
「簡単に降参できない様、口だけは塞がなきゃなぁ!」
――と、まあこの通り転移組の皆さんが余計やる気になっちゃうから……。
「それじゃあ、このコインが落ちたら殺り合おうぜぇ……」
転移組の一人がそう言うと、指先を弾き、コインを高く上げる。
あれが落ちたら俺は死ぬ……。
あれが落ちたら俺は死ぬ……!
あれが落ちたら俺は死ぬ……!?
まだ死にたくない俺は、錫杖を必死に握りながら『命名神の怒り』と『命名神の逆鱗』を発動させた。
光の膜が俺を包むと共に、転移組の連中が斬りかかってくる。
「「「死ねぇぇぇぇ!!!」」」
殺意百パーセントの攻撃。
きっと、永遠に気絶してろと、そういう事だろう。
「お前が死ねぇぇぇぇ!」
突如湧き上がる浮遊感に「ひえっ!?」と悲鳴を上げると、カケル君が俺の身体をまるで武器の様に扱い、転移組の連中に強烈なダメージを与えた。
◇◆◇
「……終わったな」
なんとも呆気ない最後だった。
まあ、まだ死んでないみたいだけど……。
二倍のオッズとなった当たりチケットを握り、俺は悲しい笑みを浮かべる。
目の前には、『命名神の逆鱗』を発動させ最強モードとなった『ああああ』を武器代わりに足を持ってぶん回し撃破した転移組の連中が横たわっていた。
「う、ううっ……痛い。痛いよぉ……」
「マ、ママァ……な、なんでっ……なんでこんな事にっ……」
「だ、誰かっ……誰か助けてっ……」
『ああああ』の装備する『命名神の逆鱗』の効果は、物理・魔法攻撃反射・ドレイン。転移組の連中が俺を攻撃する為、繰り出した斬撃。それがそのまま跳ね返った結果、転移組の連中は逆に腕や足を切りつけられ、血の海に伏していた。
馬鹿な奴等だ。だから言ったのに……。
舐めプして逆にダメージを受けるなんて馬鹿のやる所業である。
まあ期待を裏切らないその所業。流石は金魚の糞共だ。
俺が相手側の立場なら『命名神シリーズ』の装備を構えた『ああああ』を武器代わりにぶん回すような怖い奴に、勝負を挑んだりはしない。
きっと、頭が足りていなかったのだろう。『ざまぁ』である。
とはいえ、このままでは出血多量で死んでしまうかも知れない。
「おーい。金魚の糞共、降参した方がいいんじゃないか? もう負けは明らかだろっ?」
そう助け舟を出してやると、金魚の糞共が思い出したかの様に声を上げる。
「こ、降参だ……」
「た、助けてくれ……」
「お、俺はまだ死にたくない……」
今ここに、俺の勝ちが確定した。
賭け金は少なくなってしまったけど、二百万コルゲットだぜっ!
まあ、現実となったゲーム世界でも、現実世界でも金は腐る程、持っているけどね?
嫌味に聞こえるかも知れないけれども!
換金所に向かい二百万コルを受け取った俺は笑みを浮かべる。
「く、くそぉぉぉぉ!」
「俺達は大穴のお前達に賭けたんだぞっ! 馬鹿野郎っ!」
「転移組っ! ふざけんじゃねぇぇぇぇ!」
転移組に向かう負け組の怨嗟の声が心地いい。
よくやってくれた。『ああああ』!
お前には感謝してもしきれないよ!
罵声と怒声。俺達に負けた転移組の連中に向かって投げ付けられるゴミと外れチケット。その中、担架で運ばれていく転移組の連中。
その中で、何故か『ああああ』は高笑いを浮かべていた。
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