第78話 『ああああ』の分際で反旗を翻すとは生意気な……そんなお前に罰を与えよう

「あははははっ! ひははははっ!」


 あの笑い方……尋常じゃない……。

 もしかして壊れてしまったのだろうか?

 それとも『ああああ』を武器代わりにしたから?

 当たり所が悪かった?


 そんな事を考えていると『ああああ』は俺に視線を向け、声を荒げる。


「カケル君! 俺と勝負しろっ!」

「ああっ?」


 今、なんて言った?

 聞き違いか?

 まさか、この俺に勝負を挑むとか言った訳じゃないだろうな?


「……聞き間違いかな、もう一度言ってくれないか?」


 聞き間違いかと思いそう尋ねると、俺の耳に調子に乗った『ああああ』の声が聞こえてくる。


「俺は……俺は今まで、カケル君の手のひらの上だった……でも、俺のレベルは百五十四! もはやカケル君の下についている理由はない! 俺はカケル君に勝って自由を手にするっ! 俺と戦えっ! カケル君っ!」


『カケル』と呼び捨てするのではなく『カケル君』と敬称を付けるのは、負けた場合の布石だろうか?

 まあいい……。そんなに俺と戦いたいなら、戦ってやろうじゃないか……。


 俺は二百万コルをアイテムストレージにしまうと、笑みを浮かべ忠告する。


「……俺に挑むという事はレベルがリセットされる覚悟があると、そういう事でいいんだな?」


 そう凄むと、『ああああ』は顔を引き攣らせた。


「ス、ステータスは俺個人の努力で手に入れたものだ。カケル君にどうこうできるもんじゃないっ!」

「へえ、そう……」


 なら遠慮はいらないな……。


 確かにお前の呪いの装備は強力だ。

 しかし、対処法がない訳じゃない。

 この俺に反旗を翻すという事は、その覚悟があるということ……。


 お前に覚悟があるならやってやるよ!

 ぶっちゃけ、超簡単だかんなっ!

 お前をゴブリン並のステータスにするのっ!


 後悔させてやるよ……。

 この俺を、一度でも侮ったその代償を……。

 俺の持つ課金アイテムの力をその身で味わうがいい……。


 イキる『ああああ』を前に俺は笑みを浮かべた。


「お前には、これが何かわかるか?」


 俺はアイテムストレージから過去にゲーム作成陣が悪ふざけで作ったアイテム『命名神の施し』を取り出した。


「えっ? いや、知らないけど……そんな事よりカケル君。もう戦いを始めてもいい?」


『ああああ』の問いかけに、俺は仰々しく首を振る。


「まあ、待てよ。戦い急ぐな、これでも俺はお前に配慮してやっているんだぞ?」

「は、配慮? あのカケル君が俺に?」


 いや、『あの』ってなに? 何でそこ疑問形なんだよ。

 これまで、散々助けてやっただろうがよっ!?

 とはいえ、まあいい。お前がその気ならこっちにも考えがある。


「ああ、わからないか? 俺はお前にチャンスをくれてやっているんだ」


 あくまでも上から目線で『ああああ』に向かってそう問いかける。

 すると、『ああああ』は俺を睨み付けてきた。


 パワーレベリングも呪いの装備も無償で上げたというのになんとも厚かましい奴だ。『ああああ』の分際で生意気である。図が高い。


「チャンス? それはどういう意味?」

「……わからないか? 簡単な事だ。『無知で愚かで虫にも劣る僕がカケル様にこんなくだらない勝負を挑んですいませんでした』と謝罪する機会を与えてやっているんだよ」


 折角、『ああああ』をパワーレベリングしてやったというのに一時の気の流行りでそれを無為にするのは惜しい。『ああああ』のレベルは百五十四だからね。


 高圧的にそう言うと、『ああああ』はこめかみに青筋を浮かべる。


「……カケル君は、俺がそんな事を言うと本気で思っているのか?」

「ああ、もちろん……」


 そう言うと、『ああああ』は錫杖を握りしめる。


「そ、そんな事を言う訳がないだろー! 俺を舐めるのも大概にしろー!」


 そして、激怒した『ああああ』は、自爆武器『命名神の逆鱗』を手に、開合を叫ぶ。


「『命名神の……」

「そう。残念だよ。『ああああ』……」


 開合を口にしようとする『ああああ』に向かってそう呟くと、俺は『命名神の施し』で『ああああ』のプレイヤー名を『ヒキニート』に強制改名した。


『命名神の施し』……それは、プレイヤー名を勝手に改名できるポケベル型の悪戯アイテムである。DWの世界にある悪戯アイテムの中では、割と有名なアイテムの一つだ。しかし、事ここに至っては『ああああ』にとって最悪の効果を発揮する。


「……嘆き』」


『ヒキニート』が、『命名神の逆鱗』と開合を口にした瞬間、雷鳴轟く暗雲が立ち昇る。そこまではいい……。


「へっ? そ、装備がっ……って、ぎゃああああっ!?」


 しかし、強制改名した瞬間、『ヒキニート』が装備していた呪いの装備が強制的にパージされる。そして、立ち昇った雷雲が『ヒキニート』を覆い隠し、その場に轟音が轟いた。


 『ヒキニート』が装備していた『命名神の怒り』には、名前を一文字でも変えた場合、ステータスが初期化される呪いがかけられている。。

 そして、呪いの装備は、命名神を冒涜するが如くふざけた名前じゃなければ装備することができない。

『ヒキニート』も大概、命名神を冒涜する名前だとは思うが、どうやら命名神様の怒りに触れる事はなかったようだ。

 それを証明するかの如く、『ヒキニート』の身体から、装備という装備が完全にパージされている。


「が、はっ……」


『命名神の怒り』に触れ、雷に焼かれた『ヒキニート』が、口から煙を吐きながらぶっ倒れる。


 禊は終わった。


 再度、『命名神の施し』を使い『ヒキニート』から『ああああ』へプレイヤー名を変更してやると、黒焦げとなった『ああああ』に優しく声をかける。


「まあ命名神の怒りに触れ、喋る事もできないだろうがよく聞け……」


 そう語りかけると『ああああ』はピクリと身体を震わせる。

 完全に気絶している訳ではなさそうだ。

『命名神の怒り』が放つ雷に打たれ、一時的に動けなくなっている様だ。

 しかし、そんな事を構うことなく『ああああ』に声をかける。


「……俺に勝負を挑んだ事により、お前のステータスは完全に初期化された。なんでこうなったかわかるか?」

「…………」


『ああああ』から返答はない。唖然とした表情を浮かべたまま固まっているだけ……まるで屍の様である。

 ほんの少しだけ、哀れに思った俺はアイテムストレージから『中級回復薬』を取り出し、『ああああ』に飲ませてやる。


「ぐ、ごぽっ……」


 中級回復薬が気管に入ったのだろうか、可哀相に……。


 しかし、俺はお構いなしに中級回復薬を『ああああ』に飲ませ続ける。

 死なれたら夢見が悪いからね。


 一本百万コルする中級回復薬で回復してやったにも関わらず、殆ど、死んだ目をしている『ああああ』。

 百五十四あったレベルが初期化されてしまったんだ。自業自得ではあるが、無理もない……。『ああああ』に『命名神の怒り』を装備させながらそんな事を思う。


 これがゲームであれば、ステータスが初期化された瞬間、コントローラーを投げ捨てゲームに八つ当たりしている所ではあるが、ここは現実……。現実となってしまったゲーム世界である。


「お前は無謀にも、俺に戦いを挑んできた……だからこんな事になったんだ。忠告もした……。もし、お前が俺に戦いを挑んでこなければこうはならなかった」


 俺がそう言う中、『ああああ』の視線はどこか遠くを見つめている。


「……俺はお前の事なんてどうでも良かったんだ。わかるか? 戦う必要なんてなかったんだよ。別に俺はお前の事をどうこうしようと思っていない」


 比喩じゃない。本当にどうでもいいと思っている。

 なんなら、できる限り、俺に関わり合いにならないで下さいと懇願したい気分だ。


「力の差はわかっただろ? 俺はお前のふざけた名前をいつでも改名できる。超簡単にお前の努力を……いや、この世界が現実になってお前がどんな努力をしたか、まったくわからないけど……なんなら、これまで、お前のステータスの殆どを俺が強制的にパワーレベリングしてやった様な気がしないでもないけれども、俺にはお前の努力を……ステータスをどん底まで押し下げる事のできる力があるんだ……」

「な、何が言いたいんだい……カケル君……」


 かすれ声で呟く『ああああ』に俺は優しく問いかける。


「だからさ……調子に乗るんじゃねーぞ? お前なんていつでもぶっ潰せるという事を忘れるな……」


 それだけ呟くと、俺は『ああああ』に満面の笑みを浮かべる。


「……ただ、それだけさ。とはいえ、『命名神シリーズ』を装備したお前の力には、目を見張るものがある。今後一切、俺に逆らわず下僕になると誓えるなら、初期化されてしまったお前のステータスを元に戻してやるよ……」


 俺も鬼じゃない。

 正直、『命名神シリーズ』の強さは破格だし、『ああああ』はクズだが役に立つ。一度、ステータスを初期化された事で逆らう気も失っただろう。


「よ、よろしくお願いします……」


 それだけ呟くと、『ああああ』はそのまま気を失った。


「まったく、手のかかる奴だ……」


 しかし、こう言った絶対的強者ムーブを吹かすのも悪くないな……。

 十分楽しんだし、『転移組』の連中に天誅を下す事もできた。

 そう考えると、これもすべて、転移組の連中に関わりを持ってくれていた『ああああ』のお蔭かな?


 クスリと笑うと、俺は『ああああ』を担ぎ、闘技場を後にする。


 転移組の連中にはいいお灸になった筈だ。

 むやみやたらに絡んでくる事もないだろう。


「さてと……」


 気絶した『ああああ』と共に、転移門『ユグドラシル』にやってきた俺は、笑みを浮かべる。


 気絶する前の『ああああ』と約束したからな……。

 永遠の下僕宣言をした『ああああ』に対し、傍観を極めるのは流石に可哀相だ。


 転移門『ユグドラシル』に辿り着いた俺は、メニューバーを開き、行きたいダンジョンを選択する。


「転移。デザートクレードル」


 転移門の前でそう呟くと、俺の身体に蒼い光が宿り、広大な砂漠ダンジョン『デザートクレードル』へと転移した。

 転移すると先程までいた街の喧騒は消え去り、代わりにまるで砂が歌っているかの様な低い音やモンスターの声が聞こえてくる。


「さて、それじゃあ、やりますか……」


 目標は、『ああああ』のレベルを百五十まで押し上げる事。

 気絶している間にすべてを終わらせてやろう。


 アイテムストレージに入っている課金アイテム『レアドロップ倍率+500%』『獲得経験値+500%』『モンスターリスポーン』『ボスモンスターリスポーン』を選択すると、『使用する』をタップする。

 すると、俺を起点として地面が円形に赤く染まり、地面から大小様々な蟻地獄が発生し、モンスターが湧いてくる。


『『グララララララッ!!』』


 蟻地獄から上がってきたデザートクレードルのボスモンスター『アントライオン・ネオ』を前に、俺は笑みを浮かべた。

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