第87話 部下の意識改変訓練(強制)①

「えー、これから君達には順番に魔法陣に乗ってボスのいる場所に転移して貰いたいと思います。初級ダンジョン『スリーピングフォレスト』のボスモンスターはロックベアーです。今の君等であれば一人で倒す事も容易だと思いますが、『命名神シリーズ』装備を使った戦い方を学ぶ為に、最初の一回目は『ああああ』一人でロックベアーと戦って貰おうと思います」


 ボスモンスターのいる場所へ転移する為の魔法陣の前でそう説明すると、部下達が警戒心を露わにする。


「えっと、先生。私達も戦わなきゃいけないんですか?」

「はい。その通りです。今回は『ああああ』に戦って貰いますが、最終的には一人でボスモンスターを倒せる様になってもらう予定です。何せ、後五日しか時間がありませんから……」


 そう。五日したらこいつらを一度、ルートの下に送り返さなければならない。

 それまでに中級ダンジョンのボス位までは楽勝で倒す事ができる様になってもらう必要がある。


「さてと、『ああああ』。お前は先に行って待機。全員揃うまで勝手に戦うなよ。……とはいえ、命の危険に瀕したら遠慮はするな」


 まあ、初級ダンジョンのボスモンスターだし大丈夫だとは思うけど……。


「う、うん。わかったよ。それじゃあ、俺は先に行ってるね」


『ああああ』はそう言うと、一人魔法陣に乗り、ロックベアーの下に転移していく。


「よし。それじゃあ、お前達。並んだ、並んだ! さっさと行くぞ!」


 もう敬語は止めだ。

 そう言って無理やり魔法陣に乗せると、部下達をロックベアーの下に送り込んでいく。


「さて、俺も転移するか……」


 部下達全員をロックベアーの下へ送り込んだ俺が、魔法陣に乗り込み転移し初めに見た光景。それは――。


「ぎゃあああっ!」と叫びながら初級ダンジョン『スリーピングフォレスト』のボスモンスター、ロックベアーにタコ殴りにされている『ああああ』の姿だった。


「な、何やってんのぉぉぉぉ! お前っ!?」


 お前と同じ『命名神シリーズ』を装備している部下達を怖がらせてどうする気、これっ!

 つーか、お前のレベル百五十以上だろうがよっ!

 なんで、初級ダンジョンのボスモンスター如きにタコ殴りにされてんのっ!?

 お前の手に持ってる武器は何っ!?


 上級ダンジョンのボスをも一撃で倒す事のできる『命名神の嘆き』だろうがよっ!

 タコ殴りにされてないで、早くそれ使えっ!

 いや、本来、それを使う必要性すらないモンスターだけれどもっ!

 素手で倒せるモンスターだけれどもっ!


 ロックベアーにタコ殴りにされている『ああああ』。

 まさか、まさかの状況に唖然としてしまい行動に移る事ができない。


「だ、誰か助け……ぐふぇっ!? もうやめっ……ごふっ! し、死ぬ……かはっ……」


『ああああ』の呟く言葉とは裏腹に、一連の様子を見て可哀相だと思ったが、よくステータスを見て見ると、HPの減りは微小で、酷く見えるのは見た目だけ。まだまだ余裕がありそうだ。


 冷静になって考えてみれば、『命名神シリーズ』を装備している筈の『ああああ』がダメージを受けるのはおかしい。

 ということは、まず間違いなくクールタイムに入っている。


「カ、カケルくぅぅぅぅん! ぐふぇっ!? だ、助けてぇぇぇぇ! がふぉあっ!?」


 しかし、『ああああ』のHPはまったく減っていない。

 やはり、見た目とは裏腹に、まだまだ余裕そうだ。


 それならば、やる事は一つ!


 俺は慌てふためき涙を浮かべる部下達に向き直ると、ロックベアーにボコボコにされている『ああああ』を後目に、現状の解説をする事にした。


「お前達、『ああああ』の生き様を無駄にするなよ。あの通り、お前達の装備している『命名神シリーズ』には致命的な弱点がある。今、お前達の先輩にあたる『ああああ』は、ボスモンスターに嬲られる事で『命名神シリーズ』の弱点について、教えてくれているんだ」


「ち、違っ!? そんな事、思っていなっ! ぶぅはぁぁぁぁっ!?」


 そう訳の分からない事を言い始める『ああああ』の近くに『モブフェンリル・バズーカ』をお見舞いする。


「ぎゃああああっ!? 何してくれてんのぉぉぉぉ! ぐふっ!!?」


 突然、放たれた『モブフェンリル・バズーカ』を警戒し、その場から離れるロックベアー。

 警戒心MAXのロックベアーと気絶した『ああああ』を尻目に、俺は更に説明を続けていく。


「『命名神シリーズ』の弱点は、無敵タイム終了後に訪れるレベルと同じ秒数のクールタイムにある。つまり、『ああああ』は、『お前達、クールタイムには気を付けろよ』と、そういう注意がしたくて、あえて、あんな雑魚に嬲られて見せてくれたんだっ」


 教育者の鏡だぞ。『ああああ』。

 お前の元職業、自宅警備員だったけど。


 俺の言葉を聞き、『そうだったのか!』と涙ぐむ部下達。

 涙もろいにも程がある。チョロくて本当によかった。


「さて、お前等っ……『ああああ』先生が、何故、身を挺してまでボスモンスターを残してくれたのか、わかるな?」


 俺がそう言うと、部下達は涙ぐみながらこう言う。


「……ええっ、私達を育てる為に、本来なら簡単に倒せるモンスターに苦戦して見せたんですよね」

「『ああああ』さんなら、『命名神の嘆き』の一撃で倒せた筈なのに……流石は教育者……カッコいいです」

「初級ダンジョンのボスモンスター、ロックベアー。怖いけど、みんな揃ってやって見ます」


 正直、みんな揃って何をやるのか不安ではあるが、俺に言える事は一つだけ。


「よしっ! 頑張れっ!」


 何を頑張れなのか全くわからないが、何故か、口から自然と出てきた一言がそれだった。そして、その一言を口にした瞬間、俺は誰よりも早くその場から駆けだした。


 脱兎の如く。それこそ、疾風の如く、その場から離脱する。

 そして、その背後に、杖を天に掲げる部下達の姿を見た。


 みんな揃って、『命名神の嘆き』という名を冠する錫杖を天に掲げている。


 思った通りだ。でも、初級ダンジョンのボスモンスター如きに『命名神の嘆き』はねーだろっ!

 囲ってボコればすぐに倒せるよ。あんな雑魚ボスモンスターッ!?

 お前等、自分のレベル、何レベルだと思ってるのっ!?

 百五十オーバーなんだよっ!?


 それに対してロックベアーのレベルは三十。

 明らかにオーバーキルである。


 そう思った瞬間、部下達が合唱するかの様に『命名神の嘆き』と唱えた。

 その瞬間、雷鳴が轟き黒い雷が天に昇っていく。


 だ、駄目だ。こんな事なら関わり合いになるんじゃなかった。

 そう思った時にはもう遅い。


 天に昇った黒い雷は、雷鳴を轟かせ、そのまま、初級ダンジョンのボスモンスター、ロックベアーと『ああああ』、そして部下達へと降り注いだ。


「「ア、アババババッ!?」」


 黒い雷に打たれ感電するロックベアーと部下達。

 雷の音が鳴りやんだ頃、ふと顔を向けると、そこには、いつの間にか、髪を真っ白に染めた『ああああ』の姿があった。


「え、えっと、『ああああ』?」


『命名神の嘆き』で自爆し、死屍累々となった部下達の事を放置し、そう『ああああ』に声をかけると、『ああああ』は身体を震わせ呟いた。


 ただ一言「もう嫌だ」と……。


「お、お前達っ! お前達の成長の為に戦い抜いた『ああああ』にコングラチュレーションの拍手を送るんだっ!」


『もう嫌だ』は心のSOS。

 頑張っているのに上手くいかず、今にも心が折れそうなギリギリの状態の時に出てくる言葉だ。


『ああああ』。お前はよく頑張った!

 いや本当に頑張ってるよ。お前はっ!

 一時はゲーム世界の中でさえ引き篭もろうとしていた時はあったけど、自発的にコミュニケーションを取るようになったし、ちゃんと冒険者として働いている。


 口には出さないが、俺は感謝してるんだぞ。

 こんなクズ共を正道に導く手助けをしてくれたお前に。

 見てみろ、この死屍累々となったクズ共の姿を……こんな塵屑みたいな姿になっているが皆、お前に感謝しているんだぞ。

 最初は排水溝のヘドロ見たいな目の色をしていたこいつ等の目が、お前と出会った事で、変わったんだ。まあ、黒い雷に打たれ白目を剥いているから、ちょっと、どんな目をしているかわからないけど。


「コングラチュレーション。『ああああ』」


 死屍累々。絶賛気絶中の部下達の中心で、俺は拍手と共にコングラチュレーションの言葉を『ああああ』に贈る。

 すると、『ああああ』が『何言ってんだ、こいつ』見たいな顔を向けてきた。


 しかし、俺は気にすることなく『ああああ』に手を差し伸べる。


「……クズ共をやる気にさせるなんて中々できる事じゃない。お前、中々やるじゃん」


 俺がそう賛辞の言葉を贈ると、『ああああ』が俺の手を取る。

 そして、そのまま、立ち上がらせると、俺は『ああああ』の肩に両手を置いて呟いた。


「それじゃあ、あと九周頑張ろうか」


 そう言うと、『ああああ』が表情を引き攣らせる。


「も、もう嫌ぁぁぁぁ!」


 そして、俺の手を振り解くと悲鳴を上げて脱兎の如く逃げ出した。

 まさか逃げ出すとは困った奴め。


 しかし、この俺からは逃げられない……いや、逃がさない。

 お前が逃げたら誰がこいつ等を起こすんだ。

 正直、俺一人でクズ共、四十五人を起こして回るのはキツイ。

 その点、『ああああ』がいれば……。その労力は二分の一で済む。


 俺はモブフェンリル・バズーカを構えると、『ああああ』に向かって捕縛する魔法の鎖『グレイプニル』弾を放つ。

 魔法の鎖『グレイプニル』弾は放物線を描き着弾すると『ああああ』は叫び声を上げた。


「お、鬼っ! 悪魔ああああっ!」


 俺に向かって罵詈雑言を口にする『ああああ』。


「ほう。つまり、お前は、普段から俺の事をそういう視線で見ているのか……」


 鬼、悪魔ね。

 なるほど、ならば、その通り対応してやろうじゃないか!


「……命令だ。お前達、『起きろ』」


 俺は黒い雷に打たれ地に伏したまま動かない部下共にそう『命令』を下す。


 すると、雷に打たれ気絶している筈の部下達が一人、また一人と起き上がっていく。


「ひっ!? ひいいいいっ!? な、何で、気絶していた筈じゃっ……カ、カケル君っ、何する気っ!?」

「ふっふっふっ、本当は穏便に経験を積ませるつもりだったのになぁ。さて、『ああああ』。お前には、こいつ等と共にあと九回、このダンジョンを周回してもらおうか……」

「う、嘘でしょ? だ、誰がこんないつ爆発するかもわからない爆弾見たいな奴等と一緒にダンジョンを周回させられなきゃいけないんだ!」

「わからないか? それはな、お前の言う通り俺が鬼で悪魔だからだよ! 悪口ばかり言いやがって、言われた方は傷付くんだからなっ! だから絶対許さない。こいつ等とあと九回周回してこい! これは『命令』だ!」

「い、嫌ぁぁぁぁ!」


 この後、契約書の力に縛られた『ああああ』は、部下達の引率として強制的にダンジョンを九周する事となった。

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