第122話 この店、高い酒しかメニューにねー!①

「それでは、席に案内させて頂きますね」

「あ、はい……」


 そう返事をするとボーイが席に案内してくれる。

 正直、帰りたい気持ちで一杯だがここまできたら仕方がない……。

 ハイボールか水割り一杯飲んでさっさと帰ろう。

 そんな気持ちで席に着くと、ボーイがミネラルウオーターと氷、ハウスボトルをテーブルに置き、おしぼりを渡してきた。


「こちらをどうぞ」

「ああ、ありがとう……」


 そう言って、おしぼりを受け取り手を拭いていると、メニュー表を持った無い胸を強調する綺麗なドレスを着た女の子が隣の席に座る。


「いらっしゃいませ。こんにちはぁ~、マミです。そして、こっちがヘルプのミコトちゃんです。お飲み物は何にされますかぁ?」

「へっ?」


 百億コルの借金を抱える女の子、マミちゃんの登場に面食らっていると、マミちゃんが甘い声で何を飲むか聞いてきた。


「それじゃあ、水割りで……」

「は~い。水割りですねぇ~」


 そう言うとマミちゃんとミコトちゃんは、俺の両隣りに座り慣れた手付きでハウスボトルを手に取って、水割りを作っていく。

 ちなみにハウスボトルとは、セット料金の中に入っている飲み放題のお酒だ。

 つまり、このハウスボトルを飲んでいる限り、お金はかからない。


「はい。こちらをどうぞぉ~」

「ああ、ありがとう……」


 そう言って、水割りを受け取ると、マミちゃんはメニュー表を広げ、あざとい表情でお願いをしてきた。


「えっとぉ、私達も一緒に乾杯していいですか?」


 まあ折角、キャバクラに来たし?

 ドリンク代をケチるのは何か違う気がする。

 何より、マミちゃんが俺の隣りに来た事で常連客の視線が突き刺さる。

 その場の空気を悪くしない為にも、一杯位なら……。


「いいよ」と言って視線を向けると、マミちゃんが広げたメニュー表が目に入る。


 ◆――――――――――――――――――◆

       【メニュー表】

 アルマンド ブラック 100万コル

 ドン・ペリニヨン P3 100万コル

 ◆――――――――――――――――――◆


 そこには、高級シャンパンの代名詞アルマンドと、シャンパン界のキング、ドンペリの名前しか書かれていなかった。


 俺からの返事を聞いたマミちゃんはすかさず、ボーイに注文を入れる。


「うわぁ~ありがとうございます! それじゃあ、お言葉に甘えさせて頂きますね? どっちにしようかなぁ。それじゃあ、ドン・ペリニヨンのP3で!」

「ちょっと待てぃ!?」


 メニュー表に書かれているのが、『アルマンド ブラック』と『ドン・ペリニヨン P3』だけってどういう事っ!?

 俺はセット料金に入っている無料の水割り飲んで、マミちゃんはドンペリを飲む気なの!?

 そもそも、マミちゃんの見た目年齢はどう考えでも十代。お酒は二十歳を超えてからだからっ!?

 飲んじゃダメだからっ!?


 すると、背後に立っていたボーイが小さな声で耳打ちをしてくる。


『お客様……。先ほども申し上げましたが、ここにいるキャストは全員、借金奴隷。つまり、年齢による制限がないので合法となります』


 いや、そんな訳ねーだろっ!?

 何都合よく法律悪用しているのっ!?

 法律で規定してないだけで駄目に決まってるだろうが!

 聞いた事ないの?

 お酒は二十歳から何だよ?


『百億歩譲って、それはいいよ。でも、何でメニュー表に高級シャンパン二本の名前しか載ってねーんだよっ!? おかしいだろっ!』


 そこはせめてドリンクだろ!

 何、ボトル頼んでんのっ!?


『ここの常連のお客様からの要望にお応えした結果です。皆様、マミちゃんの笑顔が活力となると仰られておりまして、マミちゃんのメニューのみ特別となっております。またナンバーワンキャストであるという事も考慮させて頂きました』


 いや、考慮させて頂きましたじゃねーわ!

 前知識なしに予測できるか、こんなの。初見殺しもいい所だよ!

 とんでもないボッタくりだよ!


 ボーイと言い争っていると、隣に座っていたマミちゃんが悲しそうな表情を浮かべ話しかけてくる。


「えっと、ご一緒に乾杯しちゃ駄目でしたか?」

「乾杯するのは構わないけど、できれば、高級シャンパンで乾杯するんじゃなくて普通のドリンクにして欲しいかな?」


 そう告げると、外野が声を上げる。


「おい! 何様だ。お前! マミちゃんが可哀想だろうが!」

「そうだそうだっ! マミちゃんはな! 百億コルの借金を抱えているんだぞっ!」

「マミちゃんの夢はなぁ! また家族全員で暮らす事なんだっ! その夢の手伝いができると思えば、ドンペリの一本や二本、安い物じゃないか!」


 ドンペリの一本や二本って、良い訳ねーだろ。

 旦那がキャバクラ行って、そんなもん注文して見ろ。

 妻にドヤされた揚句、即刻離婚案件だよ!

 それ一本で新中古車買えるわっ!


 そう声を上げようとすると、隣のマミちゃんが立ち上がる。


「皆さん……私の為にありがとう! でも、いいの……私だけが我慢すればいいんだから……」

「えっ? 何、言ってんの?」


 マジで意味がわからん。我慢って何?

 してた? 今まで??

 つーか、俺が悪いの??


「それでは、普通のドリンクを注文させて頂きますね。ボーイさん。ドン・ペリニヨン レゼルヴ・ドゥ・ラベイをお願いします!」

「いや、ドン・ペリニヨン レゼルヴ・ドゥ・ラベイは全然、普通のドリンクじゃねー!」


 それじゃあ、ただランクを一つ落としただけだからっ!

 普通のドリンクでも何でもないからっ!

 それ一本で高いパソコン変えるからっ!

 つーか、もうツッコミが追い付かないよ!

 何、この女、ボケてるの!? それとも天然??

 烏龍茶とかオレンジジュースとかあるだろ!


「ひゅー! 流石はマミちゃん!」

「ドン・ペリニヨン レゼルヴ・ドゥ・ラベイで隣に座ってくれるなんて、なんて優しいんだ!」

「マミちゃん、俺の席においで~! アルマンド ブラック十本注文してあげるから!」


 外野のガヤがとてもウザい。何だこいつ等、揃いも揃って皆、ロリコンか?


「は~い。皆の元には後で行くから。もう少しだけ待っててねぇ~」


 個人的には、今すぐにでもチェンジしたい気分で一杯である。

 相手をするのに疲れゲンナリしていると、ボーイがマミちゃんの前にドン・ペリニヨン レゼルヴ・ドゥ・ラベイのボトルを置いた。


「うわぁ~ありがとうございます!」

「あははははっ……」


 なんかもうね。疲れてきたわ……。

 今更ながら、何で元の世界のお酒があるんだろうと考えながら水割りを持っていると、ドンペリを注いだグラスが持ってるグラスに軽く当たる。


「それじゃあ、かんぱ~い!」

「ああ……乾杯……」


 テンションはガタ落ちである。

 スゲーな。何で皆、マミちゃんにゾッコンなんだ?

 意味がわからん。ロリコンだからか?


「モブ・フェンリルのコスチューム、とっても似合っていますね。お客様の事は、なんてお呼びすればよろしいですかぁ~?」


 マミちゃんは一度グラスを置き、胸元から名刺を取り出すと、それを俺に渡してくる。隣に座っているミコトちゃんもそれは同じだ。


「カケルです。呼び方は何でもいいよ……」

「それじゃあ、カケル君って、呼ばせて頂きますねぇ~」

「ああ、それでいいよ」


 なんとなく、それ注文する前にやる事じゃね? とか、そんな事を考えていると、マミちゃんが不思議そうな表情を浮かべた。


「えっとぉ、カケル君は、そのコスチュームを着たまま、お酒を飲むんですか?」

「うん? そのつもりだけど……」


 これまで、ゲーム世界の飲食はコスチュームを付けたまま食べてきたし……。


「え~、モブ・フェンリルのコスチュームも可愛いですけど、私、カケル君の顔を見てみたいなぁ~。ミコトちゃんもそう思うでしょ?」

「は、はい。私もカケル君のお顔を見てみたいです……」


 マジか……。

 あんまり顔バレしたくないんだけど……。

 とはいえ、キャバクラに来て一人だけコスチュームを着ているというのも、なんだかマスコットキャラクター感が出てアレだな。

 仕方がない。ここは空気を読んでコスチュームを脱ぐか……。


 確かに傍から見れば、今の俺の姿は、キャバクラでご当地キャラクターが酒を飲んでいるようなもの。場違い感が半端ではない。


 コスチュームを外し、アイテムストレージに入れると、マミちゃんだけではなく、他のキャストからも「おおっ……」と声が漏れる。


「うわぁ~カケル君。わかーい!」

「ま、まあね」


 そりゃあそうだ。まだ二十代前半だからね。

 分かり易いおべっかに戸惑っていると、隣に座るミコトちゃんが、マジマジと俺の顔に視線を向けてくる。


「あれっ? 私、カケル君の事をどこかで見たような……」

「えっ? そう?」


 ゲーム世界では常にモブ・フェンリルスーツを装備しているから、どこかで見た事があるなんてある筈がないと思うんだけど……。


「まあまあ、いいから、もう一回、乾杯しましょ? かんぱーい!」

「ああ、乾杯っ……」


 そう言って、再度、グラスを鳴らすと、マミちゃんに作ってもらった水割りを口に含む。


「……って、美味っ!?」


 意外な事に、その水割りはバーで飲む水割りと大差ない位、美味しかった。


「うわぁ~嬉しいです。私、水割り作りには結構自信があるんですよぉ~」

「そうなんだ……」


 つーか、十○歳の女の子に何教えてんだ、この店は……。

 水割り作りなんて、十○歳の女の子が覚えるような事じゃないよ?

 まあ、水割りは水割りで美味しいけど、俺的にはマミちゃんとミコトちゃんの飲んでるドンペリの方が美味しそうなんですけど!?


 ドンペリに視線を向けると、マミちゃんがさり気なくボーイに追加のグラスを持ってくるよう指示を出す。

 そして、グラスにドンペリを注ぐと俺の前に置いた。


「はい。水割りも美味しいですけど、こっちもとても美味しいですよぉ~」


 そりゃあ、そうだろうね?

 だってドンペリだもの。


「ああ、ありがとう……ってこれヤバッ……」


 そう言って、ドンペリを口に含むと、クリーミーな泡が口内を刺激し、ドライフルーツやブリオッシュ、ローストアーモンド等の複雑な香りが鼻を抜ける。


 こんな美味しいお酒飲んだの初めてだ。

 今まで飲んできたシャンパンがシャンメリーに思えるような香りにその味わい。

 正直、美味すぎる。


「ドンペリって美味しいですよねぇ~。皆で飲むドンペリなら尚更、美味しく感じます」


 ドンペリを飲み軽く頬を染めるマミちゃん。

 不思議だ。他のテーブルを見ると、一つのテーブルに必ず一本ドンペリが置いてある。これらはすべて、マミちゃんが客に頼んで貰ったドリンクなのだろう。

 にも係わらず、まったく、酔っている気配を見せない。

 不思議に思っていると、胸元にキラリと光るネックレスが目に映った。

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