第226話 記者会見
「ふーん……記者会見を中止する気はないんだ? まあ、こちらとしても好都合だから別にいいんだけど……」
影の精霊・シャドーの力を借り、タクシー内の村井元事務次官達の話を盗聴していた俺は笑みを浮かべる。
あの日、議員会館にいた議員及びそこで働くすべての職員に洗脳を施しておいて本当に良かった。
まあ、国会議員たるもの高潔な精神で職務を全うするのは当然なので、高潔な精神で職務を全うするよう洗脳したのは洗脳に当たらないかも知れないし、もしかしたら議員不在の議員会館利用がルール的にアウトである事に自発的に気付き会見を中断する可能性も千兆分の一あったかも知れないが、流石にあのまま捏造記者会見を開かせる訳にもいかなかった。
もし万が一、あの捏造記者会見がそのまま報道されたら社会的に抹殺されていたのはこちら側だったかも知れない。
しかし、まあ……
「先に手を出してきたのは、そっちって事で……」
捏造記者会見を開き俺の事を社会的に抹殺しようとしたんだ。
経済的にも社会的にも抹殺される覚悟は当然、できているよね?
訴訟と警察への被害届提出を取り下げる代わりに、内部告発という形で内側からボロボロにしようと考えていたが、それだけでは生ぬるい。
「ジェイド……この村井元事務次官の関係するすべての団体の職員全員に自分の所の団体の不祥事を公表するよう洗脳してきてくれ。公表は……そうだな。彼等が自発的に行う予定の記者会見の場で行おう」
今日開催の捏造記者会見を影の中から見させて貰っていたが、この記者会見に多くの報道陣が駆け付けていた。しかも、今回の会見はSNSを通じリアルタイム中継するらしい。
その会見で自分の運営する。または関与している団体の不正を部下が暴露する。
とても愉快な事になるだろう。
俺のお願いを聞き、早速、行動に移る闇の精霊・ジェイド。
「さて、俺も動くとするか……」
闇に消えるジェイドに片手を振ると、俺はエレメンタル達のご褒美を買う為、ゲーム世界にログインした。
◇◆◇
一方、その頃……。
「――散々、甘い汁を吸ってきた政治家連中が、少しの不正も許さぬ高潔な精神で政治活動を行う等と宣うとは……本気か?」
水清ければ魚棲まず。
清廉潔白な人間なんている筈ない。
特に、権力の中枢に座す人間ともなれば尚更だ。
日本の政治は、形式的に民権政治の体裁を取っているものの、実質、官権政治と言って過言ではない。そんな事をすれば、官僚権威は失墜し、国家公務員制度が……官僚制が崩壊する。
事態はそれだけに留まらない。
事務次官時代、法律を整備し、作り上げた各省庁が業務委託又は補助金という形で予算を関連団体に分配するシステム。
このシステムにメスが入り、崩されればどうなる事か……。
それこそ、現存する公益法人の半分が消えてなくなる可能性すらある。
「あまりに影響が大き過ぎる。流石にそんな事はしないと考えたいが……難しいか……」
他国と違い日本では、合法的賄賂がシステム化されている。
大企業から政治家への政治献金は、許認可や法改正、発注での見返りを期待されてのものだし、常態化している省庁から特定企業への高額発注も天下りを期待したもの。事務次官時代に自ら立案した補助金や助成金。これを受ける為、事前に公益法人を立ち上げを呼びかけ退官後、そこの顧問に就任する。その後、その業界の第一人者として有識者会議に呼んでもらい仕組みを構築する。これらはすべて法に則った合法的なものだ。
それにも拘らず、既に数十名の議員が『私には議員になる資格はない』等と、その仕組みをSNS上で公表し、不正を正した上で辞職すると明言。各省庁でも、是正に向けた動きが活発化。汚職を自ら公表し、退官するキャリア国家公務員が後を絶たない。
この事は既にニュースでも話題となっている。
相次ぐ汚職の自白、そして退官。騒ぎになるのも頷ける話だ。
首相からも今年度で内閣府政策参与を退任して欲しい旨、打診があった。
ならば私は、例の件をさっさと片付け、今、できる最善を尽くすのみ。
「記者会見をする場所は……ここにするか」
村井が選んだのは、新橋駅近くにあるコンベンションホール。
二日後に記者会見を行う旨を記載し、マスコミを始めとした関係各所にメールで送信する。
「――ああ、枝子か? 二日後に記者会見を開く事にした。記者会見はSNSを使い、リアルタイムで公表する予定だ。すまないが、対応を頼む」
村井の妻である枝子にそう電話をすると、枝子は拒否の姿勢を示す。
『――記者会見? 何で私がそんな事を……嫌よ。私がいなくても弁護士と他の理事が代わりに参加すれば済む事でしょう? あなた、先日行った記者会見で、私がどれだけ恥をかいたと思っているの?』
「むう。しかしだな……」
『とにかく、私は絶対に嫌……。そんな事よりも、来年度以降の理事報酬なんとかならないかしら? 国にもっと補助金を出して貰わないと割に合わないわ。あなた、厚生労働省の今井事務次官とも仲がよかったわよね? 委託事業の予算を倍にするなり、支給される補助金を増やしてもらうなり、何でもいいから頼んでおいて貰える? それじゃあ、後の事はお願いね……』
「おい、ちょっと待てっ! 何を勝手な事を……まだ話途中だというのに電話を切るとは……仕方がない。その辺りの手配は川島に任せるとするか……」
とにかく、私は忙しい。
本来こんな事に手を焼いている場合ではないのだ。
こうしている今も、私と深い繋がりのある議員やキャリア公務員が省内事情を暴露し、退官し続けている。このまま、省庁との繋がりが切れるのは非常に拙い。
私はすぐさま川島に連絡を入れると、スマホをポケットに入れる。
「……さて、どうするかな」
そう呟くと、私は与野党や省庁の様子を確認する為、議員や事務次官に電話を入れた。
◇◆◇
二日後……新橋駅近くにあるコンベンションホールには多くのマスコミが押し掛けていた。
村井元事務次官の希望通り、この記者会見はSNSを使いリアルタイム中継され、その内容は昼のニュースで取り上げられる。
「しかし、随分と多いな。こんなに呼んでいるとは聞いていないのだが……」
席に視線を向けると、記者がぶ厚い資料を手にしている事に気付く。
おかしい。何だ。あの資料は?
事前に配布した資料と違うような……。
妙に熱気が籠っているし、前回の記者会見とは空気が違う。
……まあ、会場には招待した人間以外入る事はできない。問題ないか。
「――皆様、お忙しい中、再度、記者会見にお集まり頂きまして、誠にありがとうございます」
そうこうしている内に、記者会見の開始時刻となった。
一般社団法人ふらっとわーくの会員、川口里奈がマイクを持ち、マスコミに頭を垂れる。
「定時となりましたので、ただいまより記者会見を始めさせて頂きたいと思います。本日の司会を務めさせて頂きます。一般社団法人ふらっとわーくの会員、川口里奈です。どうぞよろしくお願い致します。まずは資料の一ページ目をご確認ください」
一ページ目を捲ると、そこには、誹謗中傷し、言論を封殺する為、訴訟を提起してきた高橋翔に対する一般社団法人ふらっとわーくに対する見解。及びそれに対抗する為、逆訴訟を起こす旨が記載されている。
川口は、マイクに口元を近付けると、信じられない事を口走った。
「――事前に送付の通り、一ページ目に書いてあるのは、一般社団法人ふらっとわーくを始め、村井元事務次官が呼びかけ人となり立ち上げた公益法人による補助金不正受給の実態です」
「――はっ??」
その瞬間、シーンとした空気がコンベンションホール内に流れる。
――い、今、なんて言った? 今、なんて言ったんだ??
不正受給がどうとか言わなかったか??
「――当法人を始めとする団体は、当時、総務省の事務次官であった村井氏より多額の補助金や低金利の融資が受けられるよう助言を受けております。また、私達、団体の代表理事が有識者として参加する会議におきまして利益誘導……」
「――く、口を閉じろぉぉぉぉ! いい加減な事を言うんじゃない!! 記者会見の場でそんな事をいうなぁぁぁぁ!」
有識者会議なんて、政治家や官僚、大企業が合法的な枠組みの中で税金を好き勝手する為の底を整えるために行われるんだから、そんなの当たり前だろう。
それを利益誘導なんて呼ぶんじゃない。
「そうよっ! 何を勝手な……記者会見の場を何だと思っているのっ!」
「そうだっ! 記者会見の場でやる事かっ!」
「品がないわよ!」
川島が声を荒げそう言うと、記者会見の様子を見に来た村井元事務次官と深い繋がりのある社民党、横沢議員も声を上げる。
村井元事務次官から支援して貰っているのだから当然だ。
村井元事務次官にこの事を連絡しながら川島も負けじと声を上げる。
「――川口さん……あなたは村井枝子代表理事が生活困窮者支援の為に立ち上げた団体を潰す気かっ!」
すると、川口はマイクを持ち、ただ一言呟くように言った。
「――今、声を上げた皆さんの退席を命じます」
川口の一言を発端に、記者会見は更にヒートアップ。
「――ふ、ふざけるなぁぁぁぁ!」
「――何様のつもりよ! 発言を撤回しなさいっ!」
そう怒声を上げていると、警備員が我々の前までやってくる。
「――もう一度だけ言います。この会場から出て行きなさい」
「ふ、ふざけ――むぐっ――!?」
「触らないでっ! セクハラで訴えてやるんだからねっ!」
そして、私や横沢議員を取り押さえると、強制的に会場から追い出されてしまった。
「な、何なのっ!? こんな酷い記者会見初めてだわっ! 川島さん、これはどういう事よ!」
「わ、私自身も困惑しておりまして……何故、彼女がこんな行動を起こしたのか理解できず……」
そう弁解していると、スマホが音を立てて鳴り始める。
画面を見ると、電話アプリの画面に村井枝子代表理事の名前が表示されていた。
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