第225話 断罪の場(仮)

 ここは衆議院第一議員会館。

 あの後、明日であれば都合がつくと村井元事務次官より連絡があり、急遽、マスコミを始めとした各種方面に手配をし、記者会見の場を設けさせてもらった。


 これから始まるのは、高橋翔という若造に対する断罪。

 記者会見の傍聴席。その一角で川島はほくそ笑む。


 私が揃えた弁護士は五人……

 記者会見を開き、その様子がマスコミを通じて広まればすぐに音を上げ、本格的な訴訟に発展する事はないだろうという村井元事務次官の目測を信じ集めた知り合いの弁護士だ。

 今回、記者会見を行う真の目的は、高橋翔が提起した我々に対する訴訟を止める事。また、こちら側が訴訟を起こさない代わりに、任意団体『宝くじ研究会・ピースメーカー』がどうやって当選くじを得ているのか開示させる事にある。


 社会的弱者を支援する団体。その団体で活動する女性に対する誹謗中傷……勿論、高橋翔がそんな事を言った事実はない。

 しかし、議員会館を使い、その団体の理事。村井枝子代表理事。そして、村井元事務次官が指名した川口里奈が弁護士と共に非難の声を上げれば、何も知らない国民はそれを事実と思い込む。


 高橋翔も馬鹿な奴だ。

 私が任意団体『宝くじ研究会・ピースメーカー』なんてふざけた名前の団体に現役出向させられた時点で、わかっていただろうに……。


 素直に秘密を教えていればこうはならなかった。会見の内容は、マスコミを通じ本日付けでニュースに上がる。

 万が一、高橋翔の奴が反訴してきても問題はない。こちらも被害者なのだと川口里奈をスケープゴートに逃げれば話は済む。

 そして、次々と手を変え高橋翔を追い込んでいけば、いつかは奴も諦める。

 村井元事務次官がこちらサイドにいる限り負けはない。


 社会的弱者を支援する団体に対し誹謗中傷を行った非常識な男。それが今日から貼られるお前のレッテルだ。


「……さて、会見が始まるな」


 川島がそう呟くと、一般社団法人ふらっとわーく代表理事の村井枝子がマイクを取り立ち上がる。


「皆様、大変お忙しい中、記者会見にお集まり頂きまして、誠にありがとうございます。定時になりましたので、ただいまより記者会見を始めさせて頂きたいと思います。本日の司会を務めさせて頂きます一般社団法人ふらっとわーくの代表理事、村井枝子です。どうぞよろしくお願い致します」


 村井枝子代表理事は軽く礼をすると、真剣な表情を浮かべる。


「先日より一般社団法人ふらっとわーくや川口里奈さんに対し……」


 ――ピリリリリッ!


 村井枝子代表理事の会見中、川島のスマホから着信音が鳴り響く。


「げっ……」


 よりにもよって私の電話が鳴るとは……。


 席を立ちスマホの画面を見ると、村井元事務次官からの電話の様だ。

 村井枝子代表理事に睨まれながら、扉を開けこっそり外に出ると、スマホをタップし電話に出る。


「は、はい。川島ですが……」

『……拙い事になった。今すぐ会見を中止し、その場から撤収する様、私の妻に伝えなさい』

「はっ? それはどういう……」


 既に会見は始まっている。今更、会見を中止できる訳ない。


『撤収だっ! いいから、会見を中止するよう伝えなさい!』

「は、はいっ! わかりましたっ!」


 なんだかよくわからないが、拙い事が起きたのだろう。村井元事務次官が会見中止を要請してくるなんて只事ではない。


「……い、一体何が起きているんだ?」


 理解が追い付かずそう呟くと、私は記者会見を止めるべく会見場に飛び込んだ。


 ◇◆◇


「記者会見が中止ってどういう事よ! お陰で恥をかいたじゃない! どうしてくれんのよ!」


 会見中、突然かかってきた村井元事務次官からの電話。この電話を受け、会見は急遽中止に追い込まれた。

 その事に納得できない一般社団法人ふらっとわーくの村井枝子代表理事は、タクシー内で村井元事務次官に対し怒りの直電をかける。


『……仕方がないだろう。状況が変わったのだ。私自身も非常に困惑している』

「一体何があったのか説明なさい!」


 タクシー内に響く村井枝子代表理事の怒声。こういった話はもっと静かな場所でやるものだと思うのだが、村井枝子代表理事は村井元事務次官との通話をスピーカーを通し行っている。しかし、タクシー内にいる誰もがその事を指摘しない。


『……わかった。ただし、スピーカー設定のまま話をするのは止めてくれ』

「わかりました。ほら、設定を変えたわよ。いいから、早く話しなさい!」


 村井枝子代表理事はそう言うも、まったく設定を変える気はないようだ。そう言い張ると、村井元事務次官が話をするのをジッと待つ。


『……まったく。先ほど、民社党の織田君より電話があったのだ。マスコミを集め記者会見を開くとは聞いていないとな』

「民社党の織田先生? 何故、織田先生がそんな事を言うのです。あのお方、誰のお陰で当選したと思って……」


 民社党の織田二郎議員。

 確か、織田先生の弟が村井枝子代表理事の支援を受け、一般社団法人りらっくすという法人を立ち上げている。

 それだけではない。村井元事務次官が理事を務める団体からも助成金が出ている。そして、その助成金は兄である織田二郎議員の所属する政党へ寄付され、政党交付金という形を取り織田二郎議員の下へ流れている。

 その織田二郎議員が村井元事務次官に対し、そんな事を言うなんて……。一体、どうなっているんだ?

 村井元事務次官に頭が上がらない筈だが……。


『……何でも、党の方針が急に変わったらしい。何でも少しの不正も許さぬ高潔な精神で政治活動を行うのだとか……だから、会見を中止にしろとの事だ。私としては不本意ではあるが、議員である彼にそう言われては仕方がない』


 村井元事務次官の話を聞き、村井枝子代表理事は吐き捨てるかの様に言う。


「馬鹿馬鹿しい。私達の支援を散々受けておいて何を偉そうに……。なら、支援もお終いね。一般社団法人りらっくすの代表理事にそう伝えておくわ」

『……織田君には期待していたのだがね。残念だよ。しかし、問題はそれだけではない。どういう訳か、他の政党もこれに同調する動きを見せている。国や都が行っている公益法人に対する支援事業や他の助成、委託事業についても見直しが行われる。最悪、廃止もあり得るかもしれん』

「な、何ですって!?」


 と、とんでもない事を聞いてしまった。

 それが本当であれば、大変な事だ。

 村井元事務次官の傘下団体は主に、国や各都道府県から事業委託、補助金、寄付金を受ける事で活動している。


 そこにメスが入るとなると、これまで通り活動を行うのが難しくなる。


 省官庁に勤める国家公務員は何をやっているんだ。事業仕分けじゃあるまいし、そんな事されてたまるかっ!

 国家公務員が退官後、民間に降るルートも完全に途絶えてしまうじゃあないか。


 危機感を抱いた川島は耳をダンボにして聞き耳を立てる。


『……私もできる限りの事はするつもりだ。議員会館での開催は諦めるが、記者会見も必ず開催する。そうでなくては彼の……高橋翔の起こした訴訟を止める事ができない。そして、川島君。こうなってしまった以上、君が彼から秘密を聞き出し、あの任意団体を手に入れる事は必須となった。必ずやり遂げて貰うぞ。国や各都道府県から補助金や助成金を打ち切られたとしても、彼から秘密を聞き出し、任意団体を手に入れる事ができればどうとでもなる』

「えっ……?」


 会話の中で、唐突に名前を呼ばれた川島は目を点にしてそう呟く。


『私と妻の会話を聞いているのだろう? 君は先日、私に必ずやり遂げると言ったな』

「た、確かに、そう申し上げましたが……」

『ならば言葉通りやり遂げて貰おう。どの道、君もこれをやり遂げる以外に道は残されていない』

「はっ? それはどう言う……」


 村井元事務次官の言わんとする事が理解できなかった川島は思わずそう呟く。


『言わなければ理解できないかね。総務省にいた頃の君はどこに行ってしまったのか……まあいい。わからないなら教えよう』


 ため息でも吐くかの様にそう言うと、村井元事務次官は、川島が気付かぬよう必死になって気を逸らし続けていた事を告げる。


『……今回、君が出向先で起こした不祥事を総務省は重く見るだろう。もし万が一、高橋翔に訴訟を取り下げて貰えなければ、まず間違いなく懲戒相当の処分が降る筈だ』

「ち、懲戒!? そ、そんな大袈裟な……」

『大袈裟だろうと、何だろうと国家公務員が不祥事を起こしてしまった。その事自体が大問題なのだよ』


 確かに有名企業の社員や、国家公務員が事故や不祥事を起こせばニュースになる。


「し、しかし、まだマスコミには把握されて……それに総務省だって……」

『報道されなかったのは、この私がマスコミを抑えていたからに他ならない。マスコミのグループ会社にウチから助成金を流し、環流して貰っている関係でね……総務省の方には、君の現役出向先から既に連絡が行っていると見て間違いないだろう。そうでなければ、態々、訴訟を起こす意味がわからない』


 必死になって気を逸らし続けた事を告げられた川島は狼狽する。


 高橋翔は、警察に被害届を出すと言っていた。訴訟を提起し訴えるとも……。

 それはつまり、民事と刑事の両方で訴訟を提起するという事。和解も考えていないと言っていた。

 策を練らねば拙い。非常に拙い。


「で、では、私はどうすれば……村井元事務次官のお力でこの件を収めて頂く事はできないのですか!?」


 川島はすがる様な声で村井元事務次官に縋り付く。


『…総務省の頃、作り上げたコネクションの大半が消えた以上、私にやれる事は限られている。それに私は忙しい。不本意ではあるが、もう君達に任せる他ない。頼んだそ』

「そ、そんな……」


 放任とも取れる村井元事務次官の話を聞き、川島はタクシー中で崩れ落ちた。

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