第224話 工作
その翌日、俺は国家公務員の働く公官庁を始め、村井元事務次官が関係する団体管轄の税務署、そして国税庁へと足を運ぶ事にした。
基本的に俺は誰も信用していない。
昨日、確認した村井元事務次官の明らかな汚職。
それがここ数年公然と行われており、是正されていない時点で国会議員や都・市議会議員の信頼性は皆無。ゼロを通り越してマイナスだ。
本来、こういった官僚汚職は、国会議員と都・市議会がしっかりとした管理・監視体制を構築していれば発生しない。
それでは、何故、未だに官僚汚職が絶えないのか。
それはこの国の汚職に対する取り締まりが徹底されていないからに他ならない。
官僚組織は上下関係に縛られる。
その為、上司が間違った事を言っても、指摘できないし訂正もできない。
民間でもそうなのだ。上司に言われた事は絶対なので、いつの間にか不正に手を染めてしまう事もある。
そして、一度でも不正に手を染めてしまえば、それが足枷となり正論を唱える事ができなくなってしまう。
他にも、与党が長期政権を維持している事、また世襲議員が多い事が官僚との関係性を濃密にし霞が関での業務を超え一体化した関係性が不祥事を生む背景になっている。
政権交代時に前政権との関係を責めたれられ、左遷させられてしまう外国と違い、官僚組織がどの政党からも一定の距離を保ち、中立の立場であるような制度的な工夫が日本にないのだから汚職が起こるのはむしろ必然。
この国は一見、国民の選挙によって選ばれた政治家が官僚の上に立ち、法律の作成や行政の指揮を行っているように見えるがまるで違う。
政策の決定権は政治家が持っていたとしても、その政策を考えるのは官僚なので、実質、この国を支配しているのは官僚であることに間違いない。
官僚がいう事を聞かなければ、すぐに政務が行き詰まる。
結果、政治家は官僚のご機嫌取りをせざるを得なくなり、官僚が天下り先を創るのを手伝い、そのおこぼれを貰う事に注視する。
つまり、この国は官僚を抑えてしまえば、統治可能。そういう事だ。
ついでに、国会議員の思考を意のままに操る事ができれば、裏で国を操るような事もできてしまう。
しかし、俺にそんな野心は持っていない。
「闇の精霊・ジェイド。ここにいる人達に職務中、少しの不正も許さない高潔な精神で真摯に職責を果たすよう洗脳してくれ。当然、忖度などせず上からの圧力に屈しぬ精神も共に付与する様に……」
忖度や自分の利益を考えず、ちゃんと仕事をしろ。インターネットで検索してみたけどな、『公務員が民間企業と違う点』で検索してみたら、トップに『社会のために公平性を持って、国民の暮らしを良くするためのサービスを提供する点が特徴です。 営利を目的とせずに、税金を活動資金としている点も民間企業との大きな違いと言えます。』と出てきたぞ。
そうお願いすると、闇の精霊・ジェイドは議員会館に向かい、職務中、少しの不正も許さない高潔な精神で真摯に職責を果たすよう洗脳していく。
これでよし……。大体の公官庁を闇の精霊・ジェイドの支配下に置いた。
国税庁や税務署も俺の手の内……。村井元事務次官がどんな権力を持っていたとしても関係ない。それに従う者がいなければ所詮は烏合の衆の集まり。
「――川島……俺は場外乱闘も含めた良いリーガルバトルをしようと言ったよなぁ? 存分にやろうぜ。これが、場外乱闘……俺を敵に回すって事だ……」
これにより、今まで行政が黙認していた不正のすべてが噴出する。
さて、どうなるだろうか。
この場におらず、闇の精霊・ジェイドが洗脳できなかった官僚がどう立ち回るのか……見ものだな。
「安心しろ。この事が原因となり、クビになり仕事を追われる様な奴がいたら、そいつらはピースメーカーで一生責任を持って雇ってやる。だから安心して職責を果たしな……」
当然の事ながら、汚職で退官する場合は話が別だ。そういう輩は、数年間、量刑に従い刑務所で時給百数十円の刑務作業にでも殉じていて欲しい。そう切に願う。
そう呟くと、俺はその場を後にした。
◇◆◇
ここは、村井元事務次官が呼びかけ人となり発足した『一般社団法人「声を届ける」推進本部』新橋支部。
頭を下げ土下座する川島を前に、村井は困惑気味に質問する。
「――川島君。すまないが、もう一度、教えてくれないか? 君を含め、私の所から出した会員全員が訴訟を提起された理由が何度聞いてもよくわからないのだが……」
川島は額に浮き出た汗をハンカチで拭きながら言う。
「も、申し訳ございません。私にも何が何だかわからず困惑しておりまして……」
市民団体を嗾しかけ抗議活動をすれば、大体の相手が萎縮する。少し話を盛り過ぎて一部の者が事務所を滅茶苦茶にするという予想外の行動を起こしてしまったが、まさかあの場にいた全員に対して訴訟を提起するとは思いもしなかったのだ。
「――ふむ。これでは埒があかないな……。よし。ここは一つこうしよう。君達は抗議活動中、非道にも相手から放水された。その放水を止めさせようと抗議した所、相手側が過剰反応し、暴行又は現場助勢罪で訴訟を提起してきた……それでいいね?」
「――えっ? いや、しかし、それは……」
村井の提案に唖然とした表情を浮かべる川島。
「『しかし』じゃあない。ここは『はい。その通りです』と言う所だろう?」
「いや、ですが向こう側には証拠となる動画が……」
そう。高橋翔の奴は、証拠となる動画を持っている。
「……それに事務所を荒らしてしまった事は事実で――」
「――証拠はあるのかね? ちゃんと、事務所内にカメラが仕掛けられていない事は確認しているのだろう? だったら問題ない筈だ」
「で、ですが……」
食い下がるようにそう言うと、村井はヤレヤレと首を振る。
「『ですが』ではない。私が問題ないと言ったのだから問題ないのだよ。安心しなさい。今回の件が公になる事はない。ただ、訴訟を提起されているのだけは問題。なので君達……高橋翔を逆に訴えてしまいなさい」
「……えっ? 高橋翔を訴える……?? 逆訴訟という事ですか?」
川島の言葉に村井は首を縦に振る。
「ああ、その通りだ。名目はそうだな……彼女なんかいいんじゃあないか?」
村井はそう言うと、抗議活動に加わっていた一人の女性を指差す。
「……えっ? 私、ですか??」
村井が指差したのは、村井の妻が代表理事を務める家庭関係の破綻や生活困窮等の問題を抱える女性を保護する為の事業を国と都から委託されている一般社団法人ふらっとわーくの会員。突然指名された川口里奈は唖然とした表情を浮かべる。
「ああ、君だ。名目はそうだな。高橋翔。彼から君の所属する一般社団法人ふらっとわーくの行っている事業を生活保護ビジネスだと誹謗中傷をされたとでもしておこう。それを抗議する為、偶々、開催されていた抗議活動に乗っかる形で参加したら、訴えられてしまった。これは、訴訟という形を取ったすべての女性の言論を封殺する為の暴力である、そういう筋書きにしておこう」
「――え、ええっと、それは、私が高橋翔さんを相手に嘘の証言で裁判を起こせとそういう事ですか??」
不安そうな表情を浮かべる川口に、村井は苦言を呈する。
「――君ね。滅多な事を言うんじゃないよ。私はそういう見方もあるのではないかと私見を述べているに過ぎない。ただの独り言だよ……。しかし、君が私の独り言を聞き、自発的に裁判を起こすというのであれば、協力は惜しまないつもりだ。私の方からも弁護士に声をかけておこう。勿論、議員の先生方にもね……」
村井は総務省の元事務次官にして一般財団法人宝くじ協議会の理事や一般社団法人「声を届ける」推進本部の呼びかけ人。妻が理事を務める一般社団法人ふらっとわーくの顧問の他、様々な上場企業の社外取締役を兼任、内閣府政策参与として助言を行っている。当然、その手の知人は多い。
「――で、ですが、万が一、嘘がバレたら……私は……」
「嘘とは聞き捨てならないね。だが私が思うに、そうはならない筈だ。それ所か、裁判前にケリが付く……訴訟を取り下げる代わりに君達が起こされた訴訟も取り下げられ万々歳。勿論、今のも独り言だがね」
実際に訴訟となれば、市民団体のすべてが高橋翔の敵となる。それは謂わば、社会を敵に回す事と同義。
宝くじで大金を稼いでいるようだが、所詮は、金を持っているだけの一般人。すぐ音を上げるに決まっている。
「……それで、君はどうする?」
「わ、私は……高橋翔さんに対し訴訟を……」
「そう。それでいい。皆の為に勇気を持って立ち上がろうとする君を、私は誇らしく思うよ」
後に引けぬ様、話を断ち切ると村井は両手を広げる。
「それでは、まず会見を開こうではないか」
「か、会見ですか?」
「ああ、そうだ。マスコミを集め会見を行う。そして、そこでこちらの正当性を訴えかける」
オールドメディアと呼ばれているが、その情報拡散力はまだまだ健在。味方に付ければ頼りになる。
「――で、あれば、記者会見を行う場所は議員会館などいかがでしょうか?」
「む、議員会館。あの場所を使うのか?」
議員会館は、国会議員しか使う事ができなかった筈。それは……
「あの場で記者会見を行えば箔が付きます!」
「うむむっ、確かにそうなのだろうが……」
確かに罰則規定はない。
ここで士気を削ぐのは良くないか。
もし仮にその点を突かれたとしても、私が手を回せばどうとでもなる。
そもそも、そんな事で責め立てる者等いる筈がない。
「……わかった。君達の熱意に負けたよ。議員会館の手配は私の方でしておこう」
「そ、それでは弁護士の選定は私にお任せ下さい!」
「む、弁護士の選定をか……?」
「はい。私もできる限りの協力をしたいのです!」
「ふむ……」
確かにすべての事を私一人で行うのは良くないな。それに、私に万が一があったら事だ。
「わかった。今回、私は裏方を担当させてもらおう。君達の好きな様にやるがいい。しかし、川島君。これだけは聞かせてもらえないだろうか? 高橋翔から例の件を聞き出す事はできそうか?」
その問いに川島は自信満々に応じる。
「――はい。必ず……やり遂げて見せます」
口先だけはいい様だ。しかし、ここは公官庁ではない。
「そうか。それを聞いて安心したよ。それでは、君の全霊をかけて是非ともやり遂げて欲しい。君に期待しているよ?」
「はい。お任せください!」
「――そうか。それならば安泰だ……」
そう呟くと、私は席を立ち上がり、その場を後にした。
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