第320話 やっぱりお前のせいじゃないかぁぁぁぁ!

 俺は四の字固めを極められ、ぐったりとした表情を浮かべた元族長ドワーフに問いかける。


「――それで? 『ああああ』達が渡っていった虹の橋ってあれの事か?」


 転移門『ユグドラシル』に視線を向け、そのまま空を見上げると、空に開いた穴に向かって虹の橋が伸びているのが視認できる。


『あ、ああ、そうだ。あれはビフレストと呼ばれる、神がかけた虹の橋……あ奴等は、ビフレストを渡りヨルムンガルド討伐に向かったのだ』

「そうか……」


 おかしいな……。

 ビフレストは、北欧神話において、神々が地上からアースガルズへかけた虹の橋。

 ヨルムンガルド討伐の為とはいえ、スヴァルトアールヴヘイムにかかる筈がないのだが……。まあ、この世界は北欧神話を元にしたゲーム世界。細部に違いがあるのだろう。ぶっちゃけどうでもいい。

 とりあえず、『ああああ』達が上級ダンジョンを攻略。ヨルムンガルドが空から現れ、花火で驚かす事により外の世界にヨルムンガルドを追い出す事に成功。『ああああ』達がヨルムンガルドを追いかける為、虹の橋ビフレストに乗って駆けて行き、元の世界に戻ってきたということだけはよく分かった。


「……それじゃあ、この辺り一帯は? なんで爆心地みたいになってんの?」


 そう尋ねると、元族長ドワーフは呟く様に言う。


『……知らぬ。ヨルムンガルドを追い返してすぐ空に開いた穴から大量の爆発物が降ってきたのだ。あれが何かは、ワシにも分からん』

「そうか……」


 多分、北極に突然、現れたヨルムンガルドを見て驚いたんだろうな。

 北極には、数十を超える軍事拠点がある。

 その中のどれか一つがヨルムンガルドに砲撃でもしたのだろう。そして、その流れ弾がこの辺り一帯に着弾したと……。


 そんな事を考えていると、元族長ドワーフが困った表情で尋ねてくる。


『……そんな事より、あ奴等を助けに行かなくていいのか? あんな奴等でも、お前の大切な仲間だろう?』

「仲間……?」


 何言ってるんだ、こいつ?


『そうだ。ヨルムンガルドは強い。とてもではないが、あ奴等だけでは、到底勝てぬだろう』

「まあ、そうだろうな……」


『ああああ』達は、お前等、ドワーフにすら負ける位の実力しか持っていない。

 エレメンタルが付いている俺ならばまだしも、あいつ等がヨルムンガンドなんて化け物に勝てる訳がないだろう。

 現に、ヨルムンガンドは討伐される所か、北極海を縦横無尽に泳ぎまくっているし、『ああああ』達は北極に駐留している軍に拘束されている。


 まあその話は一度、置いておこう。

 そんな事より、今、聞き捨てならない発言があった。

『ああああ』達が俺の仲間??

 お前の顔に付いている目玉はビー玉か?

 それともピンポン玉か何かか?

 頭に綿でも詰まっているんじゃないだろうか?

 仲間な訳がないだろ。失礼な事を言うんじゃない。


『なら、早く行ってやれ』

「いや……何で俺がそんな事をしなきゃいけないんだよ」


 相手は巨大な毒蛇、ヨルムンガルドだぞ?

 勝てる訳ないだろ。


 そう告げると、元族長ドワーフは唖然とした表情を浮かべる。


『――えっ? だが……えっ? それじゃあ、何の為に危険を犯してまでヨルムンガルドを追い払ったか分からな……』

「……あ?」


 今、何て言った?

 それじゃあ、何の為に危険を犯してまでヨルムンガルドを追い払ったか分からないとか言わなかったか?

 お前、さっき『我々に被害が出ないようヨルムンガンドに向けて花火を打ち込んだ』とか言っていたよな?

 あの発言は何だったんだ? もしかして、本当の目的は別にあったのか?


 俺は冷や汗を流し狼狽する元族長ドワーフに冷たい視線を向けながら考え込む。


 ふむふむ。なるほど……。

 何となく、わかってきたぞ。


「――つまり、お前はこうなる事を知っていて、敢えて情報を隠していた訳だ……なるほどなぁ……」


 つまり、あれか……。お前は『ああああ』達ごと、ヨルムンガルドに俺の事を処理させようとした訳か……。

 なるほど、なるほど……そいつは中々、良い案だ。

 無謀を履き違えた仲間思いは、仲間がピンチに陥ると考え無しの勝算度外視で突っ走る。

 俺が本当にあいつ等の仲間なら、ヨルムンガンドの討伐こそしないものの助けに行く位の事はしただろう。

 だが、残念。俺さ……あいつ等の事を仲間と思った事、一度もないんだよね。

 と、いうより、俺とあいつ等の関係性はお前達もよく知っているよな?

 もしかして、気紛れにあいつ等の事を助けたのを見て勘違いしたのか?

 舐めるのも大概にしろよ。


 俺が怒気を露わにすると、元族長ドワーフが表情を強張らせる。


『ち、違う! 誤解だっ!! わ、私はそんな……ただ族長に返り咲きたいだけで……しまっ!?』

「いや、思いっ切り『族長に返り咲きたいだけ』って言っちゃってるじゃねーかぁぁぁぁ!」


 ドワーフという種族全体に言える事だが、あまりに口が軽すぎる。本音が駄々洩れだよ!

 つーか、お前、族長の地位を自分の息子に与えようとしていたよなぁ!?

 そんなお前が、族長の地位を求めるってどういう事よ。

 もしかしてアレか? 惜しくなったのか??

 族長の地位が惜しくなったのか??


 それなら分かるよ?

 だって、お前。現状、昔、族長だったただの老ドワーフだもの。

 何の権限もねーからなぁ!

 昔、族長だった事を理由にデカい顔したくても俺が邪魔でできねーもんなぁ!?

 そういう事だよなぁ!?


『…………』


 俺がそう指摘すると、元族長ドワーフは黙り込む。

 流石は老害。事実を指摘されたらだんまりか。

 都合の悪い事を指摘されても無視して話を進める奴は現実世界にもごまんといる。話が進まないと分かっている以上、この話をしても無駄だ。なので……。


「まあ、そんな事はどうでもいいや」

『そ、そんな事っ!? どうでもいいや、だとっ!?』


 いや、どうでもいいだろ。

 心の底からどうでもいいよ。


 ヨルムンガルドは、世界間を移動して北極にいるし、『ああああ』達は北極の駐留軍に拘束されている。

 助けに向かう理由は皆無。

 むしろ、助けに向かえば、ヨルムンガルドと北極の駐留軍の二つを敵に回す事になる。


 ヘルとエレメンタルが付いているので善戦できるかもしれないが、危険を冒す理由がない。


「寝ぼけた事を言うなよ、クソ爺。『ああああ』達の事が心配ならお前が助けに行けばいいだろ。助けに行くメリットがないんだから仕方がないだろーが」


 友情、努力、勝利で何とかなるのは少年誌の世界だけだ。

 俺は少年誌の主人公じゃねーんだよ。

 寝言をほざくな。現実を見ろ。


 それに、行かない理由は他にもある。

 さっきから視界の端で点滅しているメニューバーの『お知らせ』欄。

 開いてみると、そこには、『おめでとうございます。プレイヤーが特別ダンジョン『ユミル』を攻略しました。これより、転移門『ユグドラシル』に巨人の住む氷と霜の世界『ヨトゥンヘイム』が追加されます』というメッセージが表示されている。


 恐らく、特別ダンジョンのボスであろう巨大な毒蛇ヨルムンガルドが世界間を渡って向こう側の世界に行ってしまった為、こちら側の世界……つまり、ゲーム世界では、ヨルムンガルドが討伐認定され、クリア扱いとなったのだろう。


 もしかしたら、ここら一帯が爆撃されたのも攻略時の演出だったのかも知れない。(まあ、そんな事はないと思うが……)

 しかし、解放されたのは巨人の住む氷と霜の世界『ヨトゥンヘイム』か……。

 まさか、進撃の〇人の様な世界観の世界が解放されるとは……。


『お知らせ』に書かれた新しい世界『ヨトゥンヘイム』の転移条件は『ムーブ・ユグドラシル』を持ち、レベル三百を超える者に限られる。

 この世界に行く事ができるのは、実質、俺一人。

 新しい世界には、人を奴隷に堕とそうとする気狂いドワーフや、他責思考のダークエルフの様な存在が居なければいいのだが……。


 そんな事を考えていると、元族長ドワーフが俺を見て愕然とした表情を浮かべている事に気付く。


『そ、そんな……それでは、何の為にワシは老体に鞭を打ってこんな事を……』

「……いや、知らねーよ」


 何言ってるんだ、こいつ?

 まあ、族長に返り咲きたいだけのボケ老人の戯言はどうでもいい。


『ああああ』達よ。とりあえず、お前達には、御苦労の一言だけ頭の中で贈っておく。

 お前達はもう自由だ。良かったな、地球に戻る事ができて……。

 戻った場所が例え北極だったとしても、地球は地球だ。

 もしまだムーブ・ユグドラシルが欲しいようだったら言ってくれ。

 その時は北極まで届けに行ってやるからさ。

 ムーブ・ユグドラシルは転移門『ユグドラシル』を介した転移システム。

 転移門『ユグドラシル』の無い地球で、持っている意味があるのか分からないが、約束は約束だ。


「さて……とりあえず、現状は理解できた。それでさ、ものは相談なんだけど、空に開いたあの穴。塞ぐ事できない?」


 巨大な毒蛇ヨルムンガルドがこの世界に出てくる際に開いた空の穴。

 ぼんやり見上げながらそう言うと、元族長ドワーフが信じられない者でも見るかの様な表情で呟く。


『お、お前には人の心が無いのか……? あれを塞ぐという事は、お前の仲間が次元の狭間に取り残される事になるんだぞ?』


 さっきから何言ってるんだ、コイツ?

『ああああ』達がいるのは次元の狭間でも何でもない。

 北極の駐留軍に拘束されているのも確認済だ。


「……人の心は十二分に持ち合わせているぞ? むしろ、この提案はお前達の為の事を考えての提案だ」

『ど、どういう事だ……?』


 どういう事だも、何も……。


「ここら一帯に振ってきた爆発物。あれは恐らく向こう側の世界に存在する人類からの攻撃だ。ヨルムンガルドが出現した事に驚いたあちら側の世界の住人が攻撃を仕掛けてきたんだろ……。あの穴を通じてヨルムンガルドがこちらの世界に戻ってくる事も有り得る。なら、さっさと塞いじまった方がいいだろうが」


 駐留軍の事だ。『ああああ』達を捕らえ、事情聴取が終わり次第、空に開いた穴の調査を始める筈……。ヨルムンガルドが穴の側にいるので、すぐには行動に移さないだろうが時間の問題だ。


 そう告げると、元族長ドワーフはポカンとした表情で呟く様に言った。


『――えっ……? それは、お前みたいな人間性の奴が沢山存在する世界に繋がっているという事か……?』


 ――ニコッ


 あまりに無礼な発言に俺は怒りを越して満面の笑顔を浮かべる。


『えっ? あ……何故、ワシを担いで……ぐうぇっ!?』


 慌てた表情を浮かべる元族長ドワーフにその笑顔を向けると、俺は元族長ドワーフの身体を背後に背負うと、そのまま地面に投げ落とした。


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