第五章

第319話 お前のせいかぁぁぁぁ!

 テレビ中継を見て、高橋翔が急ぎゲーム世界に向かっている頃、東京都庁では……。


「ふふふっ、やってくれたね……」


 東京都庁を取り囲む形でデモ活動を行っている都民を眼下に収めながら、ピンハネ・ポバティーは呟く様に言う。


「ハリーは警察病院に送られ、闇の精霊・ジェイドは帰ってこない。私の目論見は外れ、都からの支援を打ち切られた市民団体が抗議デモを引き起こす、か……これは確実にいるね」


 この私をこの世界に招き入れた存在の言っていた者が、この国に最低でも一人は存在する。

 村井に言い付け世界地図を用意して貰い確認したが、今、いるのは、日本という名の島国。世界に占める国土面積が一パーセントに満たない小国だ。


「まさか、こんな小国で元いた世界の住民とバッティングするとは……思った以上に世界は狭い。しかし、痛手だったなぁ……」


 まさか私の計画を阻まれるとは……。

 特に、ハリーに就けていた闇の精霊・ジェイドを失ったのは非常に痛い。


 私の持つ精霊は四体。

 精霊は変えの効かない貴重な存在だ。

 育成するにしても長い時が必要となる。


 ――うん? と、なると、あのエレメンタル達は私達の偵察に来ていた訳か……。

 てっきり、この世界にもエレメンタルが存在するものだと思っていた。

 どうやら違ったらしい。


 まあ、どの道、生かして帰す訳でもなかったし、どうでもいいか。


 私の持つ精霊は四体。

 影の精霊、シャドー。光の精霊、ライト。闇の精霊、ジェイド。

 そして、闇の上位精霊、ディアボロス。


 エレメンタルのレベルは、エレメンタルを倒すと上がりやすい。

 ありがとう。私の持つエレメンタル達の糧になってくれて……。

 計らずも敵勢力を撃退していたというのは嬉しい誤算だ。でも……。


「これからは敵が存在する前提で物事を進めなくてはならない訳か……」


 面倒臭いな……でも、まあ仕方がないか。

 敵は私の計画を潰すだけの力を持っている。

 もしかしたら、私の様に権力の中枢に座している可能性も……。


 そこまで考えると、ピンハネはハッとした表情を浮かべる。


「……あれあれ? もしかして、敵さんは私が締め付けを強めようとしている団体の中に紛れている……いや、違うな、溝渕エンターテイメントに近い所にいるのかな?」


 そう考えると、納得がいく。

 思えば、エレメンタルと遭遇したのも、村井を使い東京都知事を籠絡した後。

 溝渕エンターテイメント籠絡には、私の信頼する奴隷とエレメンタルを就けていた。


 と、なれば一番怪しいのは、あの第三者委員会にいた誰かか……。

 溝渕エンターテイメントの初動はお世辞にも良いとはいえなかった。

 旧第三者委員会の会見が行われ、事実認定させた辺りまでは勝ちを確信していたし、この様な結果になるとは予想すらしていなかった。

 明確に変わったのは、新しい第三者委員会がついた後だ。

 こちらはできるだけ人間社会に影響を与えない様に、故人や失踪者を利用して悪評を広げ、穏便に法人を乗っ取る。または、利益を搾取し、傘下の団体に配賦しようとしただけなのに……。

 敵さんが行ったのは、正に、盤上をひっくり返す行為そのもの。

 結果として、今回の件を扇動してきたマスコミや善良な自称被害者、多くの市民団体が路頭に迷い都庁前でデモを行っている。

 抵抗せず、すべてを諦め明け渡す。それが一番被害の少ない方法だったというのに……。どうやら敵さんは、非常で非情らしい。


「しかし、困ったなぁ……」


 敵さんがどの組織に所属しているのかは大体分かった。

 BAコンサルティング……溝渕エンターテインメントの第三者委員会を務めた法人……恐らく、そこに私の計画を潰した敵がいる。

 しかし、安易な接触は危険だ。


 現に、ピンハネは、ハリー・レッテルという奴隷と闇の精霊・ジェイドを失っている。残り三体の精霊は護衛代わりにも必要だ。

 エレメンタルを偵察に行かせるにしてもロストする危険性が高い。


「……仕方がない。まずは敵の情報を調べるか」


 幸いな事に敵の居場所は分かっている。

 エレメンタルが使えないなら、こちらの世界で使える人材を使うだけの事。


「それじゃあ、ムライ。BAコンサルティングの事を調べておいてくれないかな……できるだけ早く、先日放送された溝渕エンターテインメントの第三者委員会の記者会見に映っていた二人を重点的にお願いね?」

「――ええっ、そ、そんな……!?」


 文句を言う村井に、ピンハネは冷めた視線を向ける。


「……なに? 何か、文句でもあるの?」

「い、いえ……そんな事は……」

「それじゃあ、問題ないね。頼んだよ」


 そう告げると、ピンハネは村井の肩をポンと叩く。

 村井はこう見えて優秀だ。

 この国のコネクションも多く持っている。

 きっと、敵さんの情報も事細かに調べ上げてくれる事だろう。


「それまで、事業仕分けは見送りかな……」


 今回の事業仕分けにはピンハネ自身も直々に参加しようと考えている。

 しかし、敵さんが誰か分からない以上、念には念を入れなければ……。


「ふふふっ……敵さんはどんな人かなぁ? 色々と楽しみだなぁ」


 そう呟くと、ピンハネはテレビに視線を向けた。


 ◆◇◆


 ここは、ダークエルフとドワーフが住む地下世界、スヴァルトアールヴヘイム。

 俺こと高橋翔は、転移してすぐ愕然とした表情を浮かべた。


「――な、なぁ……」


 目に飛び込んできたのは、まるで爆撃でもあったかのように積みあがった瓦礫の山と、ポッカリ開いた穴から垣間見える北極の夜空。幻想的だった光景が台無しだ。

 海底に沈んだ都市遺跡がただの爆心地に見える。


「なんで、こんな事に……俺か? 俺のせいでこうなったのか? 俺が『ああああ』達に上級ダンジョンを攻略させ、新しい世界の扉を開こうとしたからこうなったのか??」


 愕然とした表情を浮かべたまま立ち尽くしていると、後ろからドワーフが近付いてくる。


『――そうだ。すべてお前のせいだ。まずは頭と手を地面に付け謝罪しろ。すべての責任を認め、我々を解放し罪を償う為、未来永劫奴隷となるのだ……さあ、謝罪しろ。今、謝罪しろ。すぐ謝罪しろ』


 そう言って馴れ馴れしく肩を叩いてきたドワーフの手を肩から払い、胸倉を掴むと、俺は無礼な事を言ってきたドワーフを締め上げる。


「――あっ? つーか、誰だ、お前? 今、なんて言った?」


 随分と好き勝手な事言ってくれるじゃないか。

 何様だ、お前?

 うん? 元族長ドワーフじゃないか。元族長ドワーフの分際で生意気な。


 頭を地面に付けて謝罪しろ?

 責任を認め我々を解放しろ?

 未来永劫奴隷になれ??


 適当な事を言っているんじゃねーぞ、カス。

 そう脅し付けると、元族長ドワーフは顔を強張らせ謝罪する。


『す、すいませんでした。ち、丁度、通りかかってみれば、空を見上げ愕然とした表情を浮かべ、自分を責めている様でしたのでチャンスかと思いまして……悪気は無かったんです! つい、出来心で……』

「チャンスと思いましてじゃねーだろ。確信犯だよな? 確実に確信犯だよなぁ? お前は人が自責の念に囚われているのを見かけたら悪気も無く謝罪を強要するのか? おい。何とか言って見ろよ」


 そう言うと、元族長ドワーフは言葉を詰まらせる。


『い、いえ、そんな事は……』

「いや、思いっきり言葉を詰まらせているじゃあねーかぁぁぁぁ!」


 そこはスムーズに『そんな事はありません』と、弁解する所だよ!

 俺はふざけた事を抜かした元族長ドワーフの重心を傾けると、鎌で草を刈る様にして足を払う。


『す、すいませ……ぐぅえっ!?』


 大外刈りという奴だ。

 大外刈りはその技の性格上、後頭部から落ち脳震盪が起きる可能性が非常に高い。

 後頭部から落ちた元族長ドワーフは潰れたカエルの様な声を上げると、頭を押さえ、そのまま地面に倒れ込む。

 この技は本来、受け身を習熟していない一般人にかけるべきではない技の一つ。

 しかし、頑丈なドワーフにその心配はいらない。

 心配する気もない。何故ならこいつは懲りずにまた俺の事を奴隷にしようとしたクソ野郎だからだ。

 俺は頭と背中から地面に落ち悶絶する元族長ドワーフの背中に腰を落とすと、真顔で問いかける。


「――それで、これはどういう状況だ? 何で空に穴が開いている。どうやったらこうなった。分かりやすく簡潔に説明しろ」


 そう告げると、元族長ドワーフはジタバタもがきながら言う。


『し、知らん。ワシは知らんぞ! なんでこんな事になっているのか皆目見当もつかん! 本当だ!』


 何があったか聞こうとしただけでこの反応……。

 こいつ、何があったか知ってるな?


 俺は元族長ドワーフを仰向けに転がすと、左脚を取りスピニング・トーホールドの様に体を回転して、相手の右膝辺りに取った左脚の脛を上に乗せ、その上から自分の左脚を被せる様にロックする。


『ぎゃあああああっ!? 痛い、痛い、痛い、痛い、放せっ! 何をするっ!?』


 プロレスの関節技、足四の字固めを喰らい元族長ドワーフは絶叫する。

 どうやら、ゲーム世界のドワーフにも関節技は有効らしい。


「いやさ……そういうのはいいから、お前の知ってる事を答えろよ。別に責めたりなんかしねーからさ」


 分かってるって、どうせ、ダークエルフに訓練して貰い強くなった『ああああ』達が上級ダンジョンを攻略し、新しい世界の扉とやらを開いたんだろ?

 その答え合わせがしたいんだよ。さっさと答えろクソ爺。


 すると、元族長ドワーフは苦悶の表情を浮かべながら答える。


『ぎゃああああっ!? わかった。わかったからっ! 言えばいいんだろう! 奴等だ。奴等、人間が上級ダンジョンを攻略した! そうしたら、突然、空に穴が開き、巨大な毒蛇、ヨルムンガンドが顔を表したんだ!』

「ほーう。巨大な毒蛇、ヨルムンガンドがねぇ……」


 でも、そのヨルムンガンド。ゲーム世界の外側にいるみたいなんですけど?


 そう呟くと、元族長ドワーフは関節に走る痛みに耐えきれず、絶叫を上げる。


『で、伝承によれば上級ダンジョンを攻略すると、新しい世界の扉を護る守護者が現れると書いてありましたぁぁぁぁ! なので、空に穴が開いた際、我々に被害が出ないようヨルムンガンドに向けて花火を打ち込んだんですっ! そうしたら、ヨルムンガンドが空に穴をあけている最中に打ち込んだ為か、向こう側の世界に行ってしまったようでしてぇぇぇぇ!? 奴等は虹の橋を渡り、それを追って――もうやめて下さいぃぃぃぃ!』

「なるほどな、つまりは……全部お前のせいかぁぁぁぁ!!」

『うっぎゃああああっ!!!!』


 そう言うと、俺は元族長ドワーフに対して、思い切り力を込め四の字固めを極めた。

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