第13話 カツアゲは程度と場合により強盗致傷事件になる。無期懲役もあり得るからね①

 冴えないおっさんからスクラッチくじをカツアゲした翌日の昼休み俺達五人は揃って、生活指導の芹澤に呼び出された。

 昼に合わせ高校に着いてすぐの事だ。


「お前達は何をやったかわかっているのか!」


 生活指導の芹澤。

 柔道五段の資格を持つ五十代の体育教師だ。


「はいはい。わかっていますよ。どうもすいませんでした。反省しています」

「俺もでーす。すいませんでした」

「「「反省してまーす」」」


 強面で柔道の選択授業では、俺達に対し、乱取りという名の授業内体罰をしてくるクソ野郎である。

 しかし、そんな芹澤も教師である事に変わりはない。

 つまり、こいつは俺達を怒る事はあっても手を出してくる事は百パーセントあり得ない。


 だからこそ、俺達も、昼休みになってすぐ呼び出された鬱憤を込めて適当な対応をしている。


 つーか、早く帰りたい。

 俺達はみずほ銀行にスクラッチくじの換金に行かなきゃならないんだよ。

 怒鳴るだけ怒鳴ってさっさと溜飲を下げやがれ。突っ立ってお前の話を聞くのは、それだけで疲れる。


「なんだっ! お前達のその態度はっ!」

「怒鳴るなよ……」


 しかし、今日の芹澤はしつこいな。

 いつもなら十分位怒ったら解放してくれるのに、今日は全然解放してくれる素振りを見せない。

 それどころか、教頭の遠藤まで椅子に座って難しい表情を浮かべている。


 後、五分もすれば授業が始まるというのに……まあ、俺達は授業にでないから別にいいんだけど……。


「お前達のお蔭で……お前達のお陰で朝から抗議の電話が鳴りっぱなしなんだぞ!」


 だからどうした。

 まさかそんな事で怒っているのか?


「はあ? 何でそんな事になってるんだ? 俺達は被害者だぜ。心配をかけた事については謝るが、そんな電話は知らないね。それを含めて解決するのが教師の役目だろ? 仕事しろよ芹澤」

「そうそう。ちゃんと聞いていたか? 俺達は昨日、突然襲ってきたおっさんを撃退しただけだぜ? 正当防衛だよ。正当防衛。それとも何か? 俺達、子供は大人に対して正当防衛しちゃいけねーのかよ」


 そう言うと、芹澤のこめかみに青筋が浮かぶ。

 そして、ため息をつくと、電子ボードにノートパソコンのディスプレイ画面を浮かべた。


「お前達は……これを見ても今と同じ事が言えるのか……」

「はあ? 何を言って……」


 芹澤はそう言うと、ニュースサイトを開いた。

 そこには、おっさんを暴行し、スクラッチくじと財布を奪い笑顔を浮かべている。俺達の動画が流れ出す。


 しかも、俺達の名前と高校名付きだ!


「なっ……何だよこれっ! どういう事だよ! これはっ!」

「お、俺達じゃねえ! 俺達は何もやってねえからな! おい、芹澤。教師が生徒を疑うのかよ! お前、それでも教師かよ!」


 くっそ、誰だ?

 誰が俺達を撮ってやがった。ふざけやがって!

 いや、今はそれ所じゃない。

 取り敢えず、この場を乗り切らないと……。


「……デ、ディープフェイクだ。これはディープフェイクに違いねえ!」

「そ、そうだっ! 俺達はこんな事やってねぇ! なあ、そうだろお前達!」

「あ、ああ、そうだっ! 俺達がそんな事をする訳がないだろっ!」


 俺達が抗議の声を上げるも、芹澤と教頭は黙ったままだ。

 芹澤に至っては青筋を浮かべながら身体を震わせている。


 おいおいおいおい。芹澤よぉ!

 まさか、この俺達に暴力を振おうとしている訳じゃねーだろうなぁ!

 そんな事をすれば、すぐさまSNSで拡散してやるぞっ!

 ネット社会舐めるんじゃねぇ!


 俺達が椅子を蹴りながら立ち上がり抗議の声を上げていると、芹澤と教頭がため息を吐いた。


「……君達は何か勘違いをしている様ですね……私達はあなた方が何をしたのか正確に把握したいだけです。このニュースサイトには、高校名と君達一人一人の名前が映っています。あなた方は、この動画がディープフェイクであるとそう主張するのですね?」

「あ、当たり前だろっ! これはディープフェイク! ディープフェイクに決まってる! 俺達がこんな事、やる訳ねーだろっ!」


 ここで認めれば俺達の人生が終わる。

 おっさん一人をボコった位で、だ。

 ふざけるんじゃねぇ!


 おっさん一人をボコった位で、人生棒に振ってたまるかっ!


 すると、芹澤が悪い笑みを浮かべた。


「おいおいおいおい! 芹澤っ! なんだよ。その笑みは……。教師が生徒に対して浮かべちゃいけないもんじゃねーのか? ああっ?」


 俺達が懸命に恫喝するも、芹澤と教頭は動じない。


「お前達はこの動画をディープフェイクだと口にするが、高校には本校の生徒が大人を暴行している姿を目撃したという情報も入ってきている。それでもまだお前達は、この動画をディープフェイクだと言い続けるつもりか!?」


 当たり前だろっ!

 それを認めたらお終いなんだよ!


「そ、そうだ! 俺達は嘘なんかついてねー!」


 そう言うと、教頭がため息を吐く。


「……あなた方は嘘をついてなんかいない。と、そう言いますが、現状、あなた方のいう事を信じる大人は誰もいません。何故ならば、確たる証拠があるからです。あなた達はこれをディープフェイクだと言いますが、それと同じ事を警察官の前で言う事ができますか?」

「うっ、そ、それは……」


 教頭の言葉に思わず息を詰まらせる。


「……言えませんよね? それが答えです。やってしまったものは仕方がありません。問題はこれからどうこの問題に対処するかが肝要です。もう一度だけお聞きします。この動画に映っているのはあなた達で間違いありませんね?」

「ち……違うって言ってるだろっ!」

「あなた達は……いい加減にしなさい! 往生際が悪いにもほどがあります!」


 教頭が怒る所なんて初めて見た。

 思わず唖然とした表情を浮かべてしまう。


 しかし、だから何だと言うのだ。

 俺達は悪くない。あのおっさんをボコったのも、あいつが俺達の話を聞かなかったからだ。素直に三千万円のスクラッチくじを渡していれば、あそこまでの事はしなかった。

 全部、あいつが悪いんだっ!


「うるせぇんだよ! お前にそんな事を言われたくはねぇ! そこまで言うなら警察を……警察を呼んで白黒つけようじゃねーか! ああっ?」

『お、おい! そんな事を言っていいのかよ! もし本当に警察が来たらっ……』

『ああっ? 馬鹿言ってるんじゃねーよ! あいつ等が本当に警察を呼ぶ訳がねーだろ! ブラフだよ。ブラフ……自分の保身が大事な公務員にそんな事できる訳がねぇ!』


 すると、教頭が席から立ち上がる。


「ああ、なんだよ。教頭。便所にでも行きたくなったのか?」


 笑いながらそう言うと、教頭は教室のドアに手をかける。


「君達の決意はよく分かりました。実は今、警察官が君達の事情聴取を行いたいと、ここにいらしているんですよ。被害に遭われた方も、今日の朝、被害届を提出したようです。今すぐに呼んで来ますので少しの間、ここで待っていなさい。……念の為、言っておきますが、この教室から逃げない方がいいですよ? 逃げて警察官の心象を悪くすればどうなるか……ああ、それは、私が心配するべき事ではありませんでしたね」


「ち、ちょっと、待ってくれよ! 警察ってどういう事だよっ!?」


 教頭の言葉に席を立ち慌てて声をかける。

 しかし、教頭は呆れたような表情を浮かべると、そのまま教室から出て行ってしまった。


「お、おい……警察ってヤバくね?」

「う、嘘だろ? 警察って冗談だよな」

「どーするんだよ! お前が余計な事を言うから!」

「し、仕方がねーだろ! 俺だってこんな事になるとは思ってなかったんだからよ!」


 そう声を上げると、教室のドアが開く。

 どうやら教頭が警察官を連れてやってきたようだ。


「こちらです……」

「ああ、ありがとうございます。初めまして、私は西葛西警察署の山崎です」


 警察官は警察手帳を見せると、そそくさとポケットにしまい、話しかけてくる。


「えーっと、本来であれば警察署に呼んで事情聴取をする所だけどね。ほら、マスコミが凄くてね……仕方がないからここに君達を呼んで貰ったんだけど。迷惑だったかな?」


 迷惑かどうかだと?

 迷惑に決まっているだろうがっ!


 そもそも俺は、警察がこの話に介入してくる事自体を想定していない。


 しかし、俺は空気の読める男だ。

 逆らっちゃいけない奴とそれ以外の奴位の区別はつく。


「いえ、全然、問題ありません!」


 そう言うと、仲間達から非難の視線が俺に向かう。


『おい、てめぇ! どういうつもりだよ!』

『まさか、俺達を売る訳じゃねーだろうな?』

『ふざけるなよ? 何、勝手にOK出しているんだよボケがっ!」

『あっ? 仕方がねーだろ! それじゃあ、どうするんだよ! どちらにしろ、被害届を出されているんじゃしかたがねーだろうがっ!』


 俺の言葉に、仲間は言い淀む。


『……問題ねーよ。三千万円のスクラッチくじは隠してある。警察には見つからねーよ。隠し通すぞ? それにおっさんに暴力を振った位、どうだって言うんだ。そんな事で未成年である俺達が逮捕される訳ねーだろ? ここは反省した振りをしつつ、宝くじなんか知らないと言い張る場面だ。わかるだろ?』


 そう言うと、仲間達が頷く。


『そ、そうか、そうだと思っていたんだよ俺は!』

『お、お前が言うんなら間違いないな』


「そうか。それじゃあ、話を聞かせて貰おうかな」


 警察官は椅子に座りそう呟く。


「さてと……」


 そう呟くと、警察官は俺達に目を向けた。


「……本来、被害届が出ているかどうかというのは極秘事項なんだけどね。被害者自ら警察署に被害届を……いや、この場合、交番か。交番に被害届を提出した。その事を、SNSで流していてね。最近、こういった極秘事項をSNSに流す輩が多くて困っているんだ。それで、私達がここに来た理由だけど……わかっているよね? できれば、その時の事を詳しく教えてくれないかな?」

「ぐ、具体的にどのような事を聞きたいか教えて頂いてもよろしいでしょうか?」


 そう言うと、警察官は頭を掻いた。


「おや? 君はニュースを見ないのかな? SNSでも随分と話題になっているみたいなんだけど……まあいいか。それじゃあ、単刀直入に質問するね。近くのイオンの宝くじ売場前で行われた強盗致傷事件について教えてくれるかな?」


 強盗致傷事件。

 その言葉を聞いた俺は、額から汗を流した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る