第15話 あたし、カケル君。今、○○にいるの……

『地上げ屋本舗』。

 その名の通り、建築用地を確保するため、地主や借地・借家人と交渉して土地を買収する業者の事をいう。しかし、DW内での地上げ屋は通常の地上げ屋とは様相が異なる。

 DW内の地上げ屋は、地主や住民を恫喝して強引に土地を買い漁り、街区単位でまとまった段階で転売して膨大な利益を上げる業者が多く。

『地上げ屋本舗』はセントラル王国内にある地上げ屋の中でも凶悪かつ暴力的な広域暴力団『冷蔵庫組』が運営する組織の一つ。


 冷蔵庫組傘下の地上げ屋本舗では、エレメンタルに股間を焼かれた地上げ屋業者ラディッシュが唸り声を上げていた。


「ぐぬぬぬぬっ! あの野郎。俺様の股間を焼きやがってぇぇぇぇ!」


 初級回復薬をかけ、謎の熱線に焼かれた股間に応急処置を施すと、そのままソファに横になる。

 火傷が酷く、初級回復薬では完全に治しきれていない為だ。

 振動が走る度に股間に激痛が走る。


「俺の股間に熱線を浴びせるなんて、あの野郎、何を考えていやがる……。しかし、危なかった。まともに喰らったらアウトだったぜ」


 マトモに喰らったら股間が消し炭になっていたかもしれない。

 股間を消し炭にされたら泡を吹いて絶命している所だ。


 翔がどんな方法を使い股間に熱線を浴びせかけたのかわからないラディッシュは、傷を塞いだばかりの股間を手で押さえながらうずくまる。


 それにしても、モブ・フェンリルの格好をしたクレイジーな野郎に一矢報いる為、逃げる振りをして建物の陰に隠れ、部屋の音が無くなった事を確認してから、オイルの入った瓶に火をつけ部屋に投げ入れ放火してやったが、上手くいっただろうか。


 あの時の事を思い出すだけで腹ただしい。

 もう少しで地上げできそうだったのに、あのモブフェン野郎のお陰で台無しだ。


 まあ、しかし、これであの宿屋も地上げ要請に応じることだろう。

 なにせ、宿は放火により燃えちまった。それに、俺のバックには、凶悪な暴力団『冷蔵庫組』がついている。


 とりあえず、俺様の股間を焼いたモブフェン野郎は、物理的に焼いてやったし、あの炎だ。運よく逃げる事ができたとしても、相当の火傷を負っているに違いない。


「あの宿屋には、俺様の股間を治す為の、中級回復薬代も出して貰わないとなあ……」


 初級回復薬では、股間の火傷は治らなかった。完全に治す為には、少なくとも中級回復薬が必要だ。


「とりあえず、ボスにこの件を報告しておくか……」


 メニューバーからメール機能を立ち上げると、『ピコン!』という電子音が頭の中に鳴り響く。


「うん? なんだ……?」


 メール機能を立ち上げると、カケルという奴から一通のメールが届いていた。

 メールを開くと、そこには気味の悪い文章が書かれていた。


『あたし、カケル君。今、焼け爛れたボロ宿にいるの……』


「カ、カケル? だ、誰だ。こいつ……」


 こんな奴、知り合いにいただろうか?

 それに焼け爛れたボロ宿だと。どこだそれ??

 もしかして、俺が燃やしたボロ宿か?


 疑問符を浮かべていると、また数秒後、『ピコン』という電子音が頭の中に鳴り響く。

 再び鳴り響いた電子音に身体をビクリと震わせた。


「な、なんだなんだ? なんの悪戯だよ。これ……」


 そう言ってメールを開くと、そこには『あたし、カケル君。今、裏路地をでた所なの……』と、書かれていた。


「う、裏路地だと? そういえば、あのボロ宿、裏路地にあったような……」


 このDWの世界に迷惑メールは存在しない。

 何故ならば、迷惑メールを送った相手がバレバレだからだ。

 しかし、迷惑メール耐性のないラディッシュはこのメール内容に困惑する。


 誰かもわからない奴からのメール。

 しかも、こいつは焼け爛れたボロ宿から俺の下に向かってきているらしい。


 気味の悪い状況に困惑した表情を浮かべていると、またもや『ピコン!』という電子音が頭の中に鳴り響く。


「こ、今度はなんだ!?」


 額に汗を浮かべながらメールを確認すると、そこには『あたし、カケル君。今、地上げ屋本舗の前にいるの……』と、書かれていた。


「じ、地上げ屋本舗だとっ!? ここじゃないか! うぐぐっ……」


 慌てて立ち上がろうとするも、股間が痛くて上手く立ち上がれない。

 必死に体勢を起こし、ソファから立ち上がろうとすると、『ピコン!』という電子音が頭の中に鳴り響く。


 汗を流しながらメールを開くと、そこにはただ一言。


『あたし、カケル君。今、あなたの部屋の中にいるの……』と、書かれていた。


「な、なにっ!?」


 必死の形相でソファから起き上がると、恐る恐る部屋の中を見渡していく。

 しかし、部屋の中には誰もいない。誰かがいる様な気配も感じられなかった。


「な、なんだよ。悪戯かよ……」


 いつの間にか開いている部屋の扉に気付かず、ホッとした表情を浮かべる。

 その瞬間、『ピコン!』という電子音が頭の中に鳴り響いた。


「…………」


 恐る恐るメールを開くと、そこには……『あたし、カケル君。今、あなたの後ろにいるの』と、書かれている。


 ソファに座りながらゆっくり後ろを振り返ると、そこにはバズーカを構えたモブ・フェンリルの姿があった。


 ◇◆◇


「あたし、カケル君。今、あなたの後ろにいるの……なあんてなぁ? てめえ、よくもあのボロ宿を焼いてくれたな……もしかして、俺の事、殺そうとした? 殺そうとしたよね?」

「い、いや、違う! そんな事、やっていない!」


 ラディッシュが懸命に首を振るも、状況証拠がそれを許してくれない。


「あ~あ、嘘付いちゃって……。俺さぁ? お前が本当の事を言うなら、ちょっと半殺しにするだけで許してやろうと思っていたんだぜ?」


「い、いや、半殺しはちょっとじゃないような……」

「……へえ、ボロ宿に火を着けておいて、そういう事言うんだ? 知ってる? 日本で放火は死刑又は無期懲役刑に処される程の重罪なんだよ?」

「い、いや、日本ってどこそれ!?」


 日本の事を知らないラディッシュは叫び声を上げる。


「そんな事はどうでもいいんだよ。今、重要なのは、お前が俺ごとボロ宿に放火したという事実、ただそれだけだ! さあ、どう落とし前をつけてくれるんだよ。ああっ!?」


 可愛いモブ・フェンリルスーツを着たまま凄むと、ラディッシュは顔を強張らせる。


「い、いいのかよ? こんな事をしてよぉ……」

「どういう意味だ?」


 エレメンタルに股間を焼かれ、股間を濡らし、バズーカ片手に凄まれてなお、強気な事を言うことができるなんて凄いなコイツ。

 そんな事を思いながら聞き返すと、ラディッシュは身体を震わせながら話し始める。


「ど、どういう意味も何も、俺のバックには冷蔵庫組がついているだぜ?」

「はあっ? 冷蔵庫?? お前、何を言っているんだ?」


 もしかして、そこに置いてある冷蔵庫に迎撃機能でもついているのだろうか?

 冷蔵庫内に収容された気体冷媒を圧縮して、冷気を放出する機能がついているとか??


「な、なにっ? 冷蔵庫組だぞ……お前、冷蔵庫組が怖くないのか?」

「……お前、何を言っているんだ?」


 冷蔵庫が怖くないか。


 そんな、訳の分からない質問に対してどう答えていいかわからなかった俺は、とりあえず、モブ・フェンリルバズーカをラディッシュに向ける。

 すると、ラディッシュは顔を強張らせ、慌てふためいた。


「ま、待て待て待て待て! わかった! お前の望みはなんだ!? か、金か?」

「ああ? そんなの決まってるだろ? 元に戻せよ」

「は、はあっ? な、なにを……」


 とぼけるラディッシュに、俺はバズーカを押し付けながら、話しかける。


「なにをじゃねーよ! お前が放火したボロ宿を元に戻せって、言ってるんだよ! あとボロ宿の営業ができない日数分の補償な! まさかお前、払わないとか言わないよなぁ?」

「い、いえ、ですが、新築ならともかく、あのボロ宿を再現するのはちょっと難しいといいますか……」

「はあ? 誰がボロ宿建てろって言ったよ! 新しく建て直すに決まってるだろうがっ!」


 訳の分からない事を……。

 ボロ宿を建て直して貰って何が嬉しいというのだろうか?

 そんな筈がないだろう。


 訳の分からない事を言った罰として、ラディッシュの顔にバズーカをウリウリする。

 ラディッシュは股間が痛いのか、泣きそうな表情を浮かべながら呟いた。


「し、新築ですか!? そ、それはちょっと……」

「ああっ? 宿ごと人を焼き殺そうとしておいて、まさかできないなんていう訳ないだろうなぁ!?」

「い、いえ、そういう訳では……。た、ただ資金面に不安があるといいますか、なんといいますか……」

「ほう……」


 つまり、金がないから新しい宿を建てる費用を捻出できないと……。

 この男は、宿ごと人を焼き殺そうとしていたくせにそんな事をいうんだ?

 へえ~。そう。

 そっちがその気ならこっちもやりたい様にやるけど、いいの?

 その場合、この建物無くなっちゃうかもよ??


 とりあえず、この男がどんな回答をするか顔にバズーカをウリウリしながら待っていると、ラディッシュが土下座した。


「す、すいませんでした! もう勘弁して下さい!」


 すいませんでした?

 もう勘弁して下さい??


 俺はこめかみに青筋を浮かべると、バズーカを土下座するラディッシュの顔に向ける。


「ねえ? 君、馬鹿なの?? 人がいる宿に放火しておいて、反撃を喰らい、冷蔵庫がどうたらと訳の分からない恫喝をした揚句、手に負えないと感じたら土下座して許して貰う。こっちは、お前の土下座なんて、そんなちゃちなもの望んじゃいねーんだよ! 土下座一つで宿が建つなら俺だってやるわっ!」

「そ、そんなぁ……」


 俺の容赦ない態度に、ラディッシュは涙を流す。が、そんな事は俺には関係ない。


「悔やむ位なら放火なんかするんじゃねぇ! とにかく、俺は考えを曲げないぞ! 新しい宿を建て、その期間の補償金を支払え! できないのであれば、こっちも強硬手段に訴える」


 そう言うと、ラディッシュは怯えた表情を浮かべた。

 随分と怖がらせてしまったらしい。しかし、全然、良心が痛まない。

 どう考えても、これは自業自得。

 地上げに失敗し、気に喰わないからと宿に放火するこいつが悪いのだ。


「な、なにをする気ですか!?」

「うん? そんな事は決まっているだろう?」


 そう言うと、俺はアイテムストレージから課金アイテム『契約書』を取り出した。

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