第162話 理不尽な徴税官

 俺の物言いに静かにキレる徴税官・リヒトー。


「……あなた、それ、本気で言ってるんですか?」

「はい。本気で言っていますが、何か……?」


 むしろ、それ以外に何があるのだろうか?


「……えっ? 違うんですか?」


 心配になってそう尋ねると、リヒトーは顔を隠すように下を向く。


「……違います」


 どうやら違ったらしい。しかし、ここに来た理由を言う気はないようだ。


「じゃあ、なんでこんなしがない宿の所有者である俺に虚偽・過少申告の嫌疑をかけるんですか?」

「その通りです。税金の申告は年に一度、まだ半年も先ではありませんか。この宿の半年前の所有は冷蔵庫組にありましたし、その所有がカケル様になった途端、そんな嫌疑をかけてくるなんて常識では考えられません」


 支配人によると、税金の申告は年に一度、しかも半年先のようだ。

 初めて知った。良かった。税金納めるのが半年先で……。


 支配人がそう追求すると徴税官であるリヒトーも痛い所を突かれたといった顔を浮かべる。

 その瞬間、俺は察した。 あー。これ百パーセント、嫌がらせだわ……と。

 しかも、上に命令されて仕方がなくやってるパターンの奴だ。

 そりゃあ、逆らえないよね?

 国の宰相に嫌がらせしてこいって言われたら……。

 まあ、そんな直接的な事は言わないだろうけど。

 うーん。何だか可哀相な気分になってきた。


 まあ、とりあえず、何の成果も挙げられはしないだろう家宅捜索を終えれば、それでお終いだ。その位であれば、協力して上げよう。

 俺は支配人に視線を向けると、胡散臭い笑みを浮かべた。


「まあまあ、徴税官のリヒトーさんも困っているじゃありませんか。部下の気持ちも考えないクソ上司であるカティ宰相に命令されたら、下で働くリヒトーさんも命令を聞かざるを得ませんよ。折角です。協力して差し上げましょう」


 勿論、監視付きではあるが……。


 そう言うと、俺は宿に備え付けている監視カメラに視線を向けた。


 そう。ゲーム世界には存在しない監視カメラにだ。

 俺は、この宿を経営する事になった時から監視カメラを設置していた。

 勿論、プライバシーは考慮しているが、コンビニ並みにはカメラを設置している。

 動画の保存期間も一ヶ月と結構長めだ。

 かなり金をかけたからな。ゲーム世界の世界観では最新のテクノロジーだ。


「ふふふっ……」


 万全。そう万全である。

 あまりに万全な監視体制にほくそ笑むと、何を勘違いしたのかリヒトーが呟くように言った。


「……そうですか、まあ、どの道これは強制捜査となりますので、同意を得る必要はないのですが……。おい」


 そう言った瞬間、リヒトーの視線の先にいた兵士が頷き、天井を破壊した。


「……えっ?」


 正確に言うなら、兵士の一人が馬車に積んでいたハシゴを壁に立てかけ、天井の一部を破壊したのだ。

 何故、兵士が天井を破壊したのか意味がわからずそう呟くと、リヒトーは次々、兵士達に指示を出す。


「……ふむ。そちらの壁も怪しいですね。カケル様の視線を見るに何か隠しているかもしれません。ああ、支配人がソファーに視線を向けました。ソファーを解体して見ましょう。中に現金が入っているかもしれません……。おや、どうかしましたか?」

「……い、いや、どうかしましたかじゃねーだろ。何やってんのお前?」


 突然の凶行に唖然とした表情を浮かべる俺と支配人。

 確かに、現実世界でも、警察や査察が家宅捜索に入ると証拠を探す為、家中をひっくり返し、場合によっては壁を引っぺがした上で後片付けもせず帰って行ったり、何から何まで持っていかれるという話を聞いた事があるが、まさか、ゲーム世界でも、これと同様の事をやられるとは思いもしなかった。

 しかも、現実世界で家宅捜査に入られた場合、家宅捜索後の後片付けは、家宅捜索を受けた側がするらしい。なんでも、家宅捜索は刑事訴訟法第二百十八条を根拠に行われるが、誰が片づけをするかに関する規定はない為、捜査機関が後片付けをする法的根拠はないそうだ。理不尽な話である。


 まあ、警察や査察の家宅捜索は、まだ確信を以って行うんだろうし、最悪、国家賠償法に基づく損害賠償請求をする事ができるのでまだいいが、これは完全に嫌がらせ。強権を盾にした破壊工作である。


「何をと言われましても家宅捜索ですが?」


 どの辺が家宅捜索なのだろうか。俺には破壊工作にしか見えない。


「いや、これのどこが家宅捜索だよ。ただの破壊工作だろっ!」

「……いえ、これは脱税の証拠を押収する為に行う家宅捜索です。あなた方の視線を元に証拠を隠してありそうな場所に検討を付けているに過ぎません」

「それじゃあ、何も出てこない場合、どうするんだ? ちゃんと、元に戻してくれるんだろうな?」


 修繕費だってタダじゃないんだぞ?

 そう尋ねると、リヒトーは無表情で返答してきた。


「いえ、私達は国法を元に家宅捜索をしているに過ぎません。捜索行為の一環で行った事なので、原状回復するつもりもありません」


 中々、ふざけた回答だ。

 つまり、リヒトーはこう言っているのだ。

 天井を壊そうが床に穴を開けようが捜索行為の一環で行った事だからその後の事は知らないと……。合法的に破壊活動をしていると、そういう事である。

 現実世界で家宅捜索を受けた人の気持ちが何だかわかってきた。

 是非とも、家宅捜索を受けた側として、同じ事をやり返してさし上げたい気分だ。

 とはいえ、流石の俺も堪忍袋の緒が切れそうである。


「ふざけた事を……」


 そう言って立ち上がろうとすると、支配人が俺の脚に手を置き止めた。

 もしかして、支配人。俺がこいつ等に暴行を働こうとした事を察したのだろうか?

 支配人は冷静な表情を浮かべたまま、俺に言い聞かせるかのように呟いた。


「カケル様。この国のやり方というものはこういうものです。逆らってはいけません。彼等の理不尽とも思える所作に反応しては、公務執行妨害罪で捕えられる可能性すらあります。もしかしたら、彼等はそれを望んでいるのかも知れません」


 まさかゲーム世界に公務執行妨害罪という概念があったとは驚きである。


「ちっ……」


 支配人の言葉に、リヒトーは舌打ちをした。

 なるほど、嫌らしいやり方だ。

 部屋を荒らされ、物を壊されてすまし顔でいられる人なんていない。

 感情を逆撫でして公務執行妨害罪でしょっ引くのがリヒトーのやり方だった様だ。


 それなら話は早い。

 つまり俺は、家宅捜索が終わるまでの間、ひたすら、宿をぶっ壊される光景を見続けていればいいとそういう事か。


 ベキッ! バキバキッ!


 と、容赦なく宿を破壊していく兵士達。

 流石のリヒトー達も客の部屋に入るつもりは無いようだ。

 ただ、『捜索行為の一環』の名の下に、徹底的にエントランスを破壊していく。


 ……これ、いつまで笑顔で見守っていなければならないのだろうか?


 俺が笑顔で兵士達の破壊工作を見守っていると、家宅捜索という名の破壊工作をしている兵士達が俺に気を遣いだした。

『これからこの壁に穴を開けますが大丈夫ですか?』といった視線や『これからソファーを解体しますが大丈夫ですか? キレてないですよね?』といった視線を向けてくる。

 正直、そんな視線を向けてくる位なら最初からやるなと言いたいが、彼等も国に仕える公務員。すべて上司が悪い。これが終わったらすぐにでも復讐してやると心に決めながら笑顔でエントランスホールを破壊する光景を見ていると、徴税官であるリヒトーがそれを止めた。


「……おやおや、残念です。脱税の証拠は出てこなかった様ですね」


 当然だろう。嫌がらせをする為にここに来たんだろうから……。


「それで? 脱税の証拠とやらが出なかった様ですが、当然、片付けて帰ってくれるんですよね?」


 皮肉たっぷりにそう言うと、案の定、リヒトーは首を振る。


「……残念ですが、この場を片付けなければならないという規定はございません。片付けはどうぞ、ご自身で行って下さい」


 どうやら、この世界は現実世界と同じく、馬鹿らしい世界らしい。何の瑕疵もないにも拘らず、規定にそう定められてなければ迷惑をかけた相手に対し、国家権力という名の横暴を振う気のようだ。

 リヒトーはそう言って立ち上がると兵士達に視線を向ける。


「さて、帰りますよ。皆さん。ああ、言い忘れておりました……」


 リヒトーは、そう言って俺に視線を向けると、忠告をしてくる。


「……国を舐めるな。国は法の支配の下で運営されている。そして、その国の法律を作るのは国王だ。国民の生殺与奪の権は常に国王にある」


 なるほど。素晴らしい。この場で拍手でもしてやりたい気分だ。

 つまり、このセントラル王国は独裁政治を国の基本の原則として重視する独裁国家という事か。まあ、独裁体制は資本主義体制であってもあり得るから何とも言えないな。


「……なるほど、よく解りました。それで? 俺の経営する宿のエントランスホールを破壊して満足しましたか?」


 そう煽ると、リヒトーは困った表情を浮かべる。


「それは、宰相次第ですね」

「そうですか。宰相次第では仕方がありませんね」


 まあ、そうだよね。上司の命令で嫌がらせに来た部下に、『気が済みましたか?』なんて聞いても仕方がない。

 とはいえ、このまま泣き寝入りをするのも癪だ。

 新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』の事は非常に気になるが、このまま宰相に吹っ掛けられた喧嘩をスルーしていては俺の気が治まらない。


「……宰相には、よろしくお伝え下さい。改心したと」

「ええ、わかりました。できれば、最初からしおらしい態度を取って頂けていれば、こんな事をしなくても済んだのかもしれませんけどね。それでは、皆さん。行きますよ」


 そう言うと、徴税官であるリヒトーは宿をぶっ壊しに来た兵士と共に去っていく。


「よろしかったのですか?」

「うん? 何の事だ?」

「いえ、改心したと伝えた事についてです」

「ああ、それか……いいんだよ」


 改心とは、心を入れ替えるを意味する言葉だ。

 そう。俺は改心した。

 どうでも良かったが、絶対に国ごとぶっ潰してやると……。

 宿の顔であるエントランスホールを破壊された恨みは忘れない。

 謝っても、相応の金を支払ったとしても、絶対に忘れない。


 国のやり方は理解した。

 相容れぬ存在は法の秩序の下に叩き潰すというやり方を理解した。

 ならば、こちらも法の秩序の下、叩き潰させて貰おう。

 俺の経営する宿のエントランスホールを破壊した罪。贖わせてやる。

 いくら金を注ぎ込んだとしても……。

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