第241話 俺だけは騙されないと思っている奴ほど騙される
なるほど……。
ヤンデレ少女メリーさんの寵愛を受けた漆黒の魔法使い、カイルの事を研究したのか……。
しかし、研究名目とはいえ、カイルの事をあれだけボロボロにしておいて無事で居られるのは凄いな。
俺にはメリーさんの存在が怖すぎてそんな真似は絶対にできない。
「……ちなみに、一応、聞いておくけど、どうやってアイテムストレージの研究をしたんだ、?」
メリーさんが邪魔で碌に研究できなかっただろ。
そう尋ねると、石井はポケットからゲームの説明書を取り出し、メニューバーの使い方が書かれているページを指差した。
「……これだ。前にも話したかも知れないが、北極に現れた大樹をユグドラシルだと仮定し、モルモットの装備を画像検索した所、フルダイブ型VRMMO『Different World』の存在に行きついた。後は、既に販売停止となっている『Different World』の説明書を独自ルートで取り寄せ、モルモットから採取した生体試料を対価にモルモットの体を弄り回させて貰ったという訳だよ」
凄いな。態々、説明書を取り寄せて研究したのか……。
今はネット社会。態々、説明書を取り寄せなくても『Different World』と検索すれば出てくる。まあ、石井はアナログ派なのだろうと、そう結論付けた所で考える事を止める。
カイルの生体試料とか、メリーさん以外に需要がないだろとか、生体試料さえ渡せばカイルの事を傷付けてもいいの? とか考えてはいけない。生体試料に頬擦りするメリーさんを見れば、今、言って良い事と悪い事の区別位できる。
「そっか、凄いな……」
語彙力が無さ過ぎて、気の利いた言葉が思い付かないが、とりあえず、石井に賛美の言葉を贈っておく。
実際、仮死薬を投与した状態の伍代をアイテムストレージ内に収納する案は良い案だ。
中々、犯罪者じみた思考になってきたが、伍代の事は仮死状態にした後、アイテムストレージの中にでも収納しておこう。
そして、勾留期間と同じ約三週間の時を経て新橋警察署の署長室にポイ捨てする。
周りはパニックに陥るかもしれないが、警察が被疑者を逮捕した場合、それが誤認逮捕であったとしても、勾留期間中は、弁護士以外と連絡が取れないよう警察署内に拉致監禁される。
私人である俺がそれをやるのは些か、問題ある行為だと思うが、新橋警察署の警察署長、伍代昭は、誤認逮捕を是とする男。
一度、誤認逮捕で勾留され、職を失い人生を滅茶苦茶にされた人の痛みを思い知った方がいいと思う。
俺の場合、偶々、それを跳ね除けるだけの力があったから良かったものの、もし力がなければ今も留置場で勾留されたままだったかもしれない。最悪、そのまま、冤罪事件の被害者として刑期を終えるまでの間、刑務所で過ごす未来もあった。
……そう考えると、なんだか腸が煮えくり返ってきたな。
ある日突然、身に覚えのない容疑で逮捕・勾留され、あたかも罪を犯したかのように報道される。
まあ、今回は報道こそされなかった様だが、それは運が良かっただけだ。
普通の人からすれば、日常のすべてが根底から覆されるほどの悪夢に映るだろう。
これはあれだな……新橋警察署所属の警察官に限り、闇の精霊・ジェイドによる誤認逮捕の悪夢を連日に渡り見せて上げた方がいいかもしれない。
環境は人を変える。
誤認逮捕を是とする警察署長の下にいたからには、影響を受けていてもおかしくない。
「それじゃあ、伍代にも仮死薬を打ってくれ」
「ああ、わかった」
そう言うと、石井は注射器の針を血管に通し、仮死薬を注入していく。
何となく、口から摂取するより効果がありそうだ。
「……よし。仮死状態となったぞ。それではこの二人をアイテムストレージに収納してくれ」
「ああ……」
仮死状態となった村井と伍代の体に手を触れ、アイテムストレージ内に収納する。
「よし……」
後は、ゲーム世界に放逐するだけだ。
村井よ。もしお前の大好きな権力とやらで生き延びる事ができるなら頑張って生き延びてみるといい。俺は、お前のその後の人生にまで介入するほど暇ではないので、ゲーム世界に送り届けた後はちゃんと放置プレイしてやるよ。
そして、伍代。お前からすれば、一瞬の出来事かも知れないが、三週間後の未来はきっと残酷だぞ?
何しろ、警察官が誤認逮捕で人の人生を台無しにする以上の出来事がお前の事を待ち構えているのだからな。
今回発生した数々の汚職に不祥事。お前は責任取るのを嫌さに逃亡した警察署長として一生、語り継がれるのだ。
「天網恢恢疎にして漏らさずってね……さて、そろそろ、行くか……」
そう言うと、俺は、石井の研究場を後にした。
◇◆◇
ここはゲーム世界『Different World』。
時刻は午後十時。
まるで酔っ払いが軒先にもたれかかる様に放置された村井は、蘇生後、暫くすると目を覚ます。
「私は一体……」
仮死状態から目覚めた村井は、ボーっとした意識から覚醒すると、頭を抑えながら思考を巡らせる。
「おかしい……さっきまで私は、留置場にいた筈……いつの間に外に……?」
街灯と建物の明かりを頼りに立ち上がると、ここがどこなのか考察を重ねていく。
警察が理由もなしにこの私を釈放する筈がない。今、分かる事はここが外で少なくとも警察署ではないという事実のみ。
「……考えていても仕方がないか」
体感時間で今の時刻は午後九時から十時といった所。泊まる場所を探さなくては……。
寒空の下、野宿するのは老体に堪える。
「しかし、ここはどこだ? 日本……ではないようだが……」
町の空気や建物の造形を見れば大体の場所は検討がつく。しかし、村井の知識を以ってしても場所の把握はできなかった。
同じ様式の白い建築物が等間隔に並んでいる。
そうこうしている内に、クーっと腹が鳴る。
留置場の飯など食べれるかと、飯を食べて来なかったがしまったな……。
こんな事なら貧相な飯だったとしても食べておけばよかったと今更ながら思う。
何かないかとポケットに手を突っ込むも空を切るだけでポケットの中には何もない。
身に付けていた物はすべて警察に没収されてしまったのだから当然だ。
「痛っ!?」
ふとふらつき、大き目の石を踏み付け初めて気付く。
履いているのは、靴ではなくスリッパであるという現実に……。
「くっ、警察め……何故、この私がこんな目に……!」
とにかく、このままでは拙い。
異国の地で無一文などシャレにもならない。
ここがどこなのか。まずそれだけを考える。
「……いや、待てよ?」
例えここが異国の地であったとしても、今着ている服は逮捕時のもの。腹のすき具合からいって、遠くまで連れてこれる筈がない。
そう考えると、途端に希望が湧いてくる。
「……そうだ。遠い異国の地に瞬間移動した訳でもあるまいし、この場所がアジア圏内である事に間違いはない。もしかしたら日本かもしれないし、そうでなかったとしてもアジア圏であれば大使館があるはずだ」
大使館にさえ行けばなんとかなる。
そうと決まれば……。
村井は辺りを見渡すとまずは現状を把握する為、人を探す事にした。
夜の町を彷徨い歩く事、数十分。
結局、外を出歩く人が見付からず、公園らしき場所に設置された木製のベンチに座ると、村井はため息を吐いた。
「……ぜ、全然、人がいない。どうなっているんだ?」
夜間とはいえ、ここまで人と遭遇しないというのも異常だ。このままでは、寒空の下、野宿する事に……。
これからどうしよう。そう頭を抱えていると、急に眠気が襲ってきた。
「……大丈夫ですか? お爺さん、大丈夫ですか?」
「う……うん? 君は……」
村井は目頭を軽く押さえながら起き上がる。
どうやら眠気に負けて眠ってしまったらしい。
目を覚ました村井が前を向くと、そこには白い装束を身に纏った女性が立っていた。
見るからに胡散臭そうな女だが、贅沢は言っていられない。
何より日本語が通じた事で、村井は安堵していた。
ここは日本だ。間違いないと……。
「あ、ああ……私は村井と申します。突然で申し訳ないのですが、ここはどこでしょうか? どうやら、眠っている間に放り出されてしまった様でして……」
柔和な笑みを浮かべ、そう尋ねると女は心配そうな表情を浮かべる。
「……そうでしたか。それは大変でしたね。ここは、ミズガルズ聖国。唯一神、オーディンを信仰する神聖なる国の聖都です。そういうあなたは、どちらから来られたのですか? セントラル王国ですか? それとも、リージョン帝国でしょうか?」
「――はっ?」
女が何を言っているのか理解できず、村井はポカンとした表情を浮かべる。
な、何を言っているんだ。この女は……?
ミズガルズ聖国??
どこだそれ……? ここは、日本ではないのかっ??
「は、はははっ……ご冗談を……」
女の顔を覗いてみると、まるでコスプレでもしているかの様に、髪は青く、目が金色に輝いている。
「――冗談? 何を言っているかは分かりませんが……まあいいでしょう。私は、ピンハネ・ポバティー。あなたの名前を教えて頂けますか?」
「ピ、ピンハネ・ポバティー……」
な、なんだ、この胡散臭い名は……。
とはいえ、辺りに人はいないようだし、多少怪しかろうとこの女に縋るしかない。
「わ、私は、村井……村井敦教だ」
「ムライ・アツノリですか……不思議なイントネーションの名前ですね?」
「そ、そうかな? いや、そんな事よりここは日本ではないのかっ? ここは一体、どこなんだっ!?」
必死になってそう尋ねると、ピンハネは少し考え込むような素振りを見せる。
「――そうですね……何度も言いますが、ここは日本という国ではありません。ここはミズガルズ聖国。唯一神、オーディンを信仰する神聖なる国の聖都です。可哀想に……混乱しているのですね? しかし、安心して下さい。ゆっくり休める場所で体を休めれば考えが纏まる筈です。ムライさん。もしよろしければ、私の経営する宿に泊まりませんか?」
「えっ? よろしいのですか?」
正直言ってありがたい。
「ええ、勿論です。毎日食事も提供させて頂きますし、少しではありますがお金を渡すことも可能です。ただ、それには手続きが必要で……これにサイン頂けないと宿に泊める事もお食事を提供する事もできないのです……」
「いえいえ、その位であれば……」
渡された契約書を見ても、おかしな点は見受けられない。
万が一、これが私が一般社団法人を呼び掛け作り上げた貧困ビジネススキームだったとしても、折を見て逃げてしまえば問題ない。
そう言うと、村井は喜んで署名欄にペンを走らせた。
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