第154話 その頃のアメイジング・コーポレーション(代表取締役社長解任)①

 取締役会前日。

 明日の取締役会で小田原監査等委員がクーデターを起こす事を事前に察知した(と、いうより私こと、石田が教えた)西木社長は、小田原と同じ監査等委員の岡島監査等委員と弁護士資格を持つ野梅弁護士事務所の実質的経営者である野梅監査等委員。そして、腹心の部下、石田管理本部長と共にイタリアンバルへと来ていた。


「岡島君に野梅君。明日は頼んだよ」

「はい。お任せ下さい。西木社長」

「いや、しかし、クーデターの動きを事前に察知するとは流石、西木社長。代表取締役解職決議の緊急動議を出されてからでは後手に回るしかありませんからね……」


 代表取締役の選定・解職は取締役会決議事項。

 裏で手を回され、緊急動議として代表取締役の解職決議が行われれば、後手に回ざるを得ない。それこそ、発言権すら与えられず、解職に追い込まれる可能性の方が高い。


「……まったくだ。今回は、石田君が事前にクーデターの気配を察知してくれたからなんとかなったが、このボクを代表取締役の地位から蹴落とそうなんてとんでもない奴等だよ」

「その通りです。西木社長。それで、明日はどの様に立ち回るので?」


 岡島監査等委員の問いかけに西木社長はワインを傾けながら上機嫌に答える。


「ああ、石田君のお蔭で、小田原君がクーデターを画策している事を察知できたからな。取締役達は念書を書かせ説き伏せた……。とりあえずは、小田原君の緊急動議に乗ってやろうと思っている。出向役員である小田原君も、ボクの息のかかっている取締役全員に反対されれば、流石に自分が置かれている立場を理解するだろう」

「……なるほど、流石は西木社長です」

「そうだろう?」


 そう言う岡島監査等委員に向かってワイングラスを傾ける西木社長。


 本当に大丈夫だろうか?

 今の所、西木社長は他の取締役を脅迫するかのような行動しかしていない。

 念書を書かせるとか、念書を書かせるとか、念書を書かせるとかだ。

 何故、念書を書かせただけで、こうも危機感無く、そんな事が言えるのか不思議でしょうがない。


「すべては明日だ。明日、小田原君が仕掛けてくる緊急動議。これに賛成する様な裏切り者はボク自らその場で一喝し、逆に解任……いや明日、決議し可決する分割会社の赤字部門に役員として送り込んでやる……。安心したまえ。君達は取締役として残してやるからな」

「はい。ありがとうございます」


『この会社の役員として残されるなんて、もはや、それ罰ゲームでは?』という話に嬉々として答える岡島監査等委員と野梅監査等委員。互いにグラスを合わせると、西木社長は笑みを浮かべた。


 ◇◆◇


 取締役会当日。

 私こと、石田はアメイジング・コーポレーションの会議室で取締役会の議事録を記録する為、書記として取締役会に参加していた。


 役員が席に着き、取締役会が始まる前に資料を読み込んでいると、暗雲立ち込める会議室に西木社長が入室してくる。


 ああ、今日という日が来てしまった……。

 本日開催される取締役会。正直、嫌な予感しかしない。

 と、いうより、あんな脅迫めいた念書を取締役達に書かせ、繋ぎ止められたと本気で思っているのだろうか?

 西木社長の頭がお花畑過ぎて付いていけない。


 西木社長に視線を向けると、丁度、取締役会開始時刻になったのか役員達に視線を向け発言する。


「それでは、定刻になりましたので取締役会を始めたいと思います。まず第一号議案の会社分割について……」


 会社分割。それは昨日、西木社長がイタリアンバルで話していた内容だ。経営上優良な事業部門を新設会社に移し、採算の取れない赤字の事業部門と債務の殆どを分割会社に残す、会社にとって都合の良い事業再生手法。

 債権者保護など様々な問題はあるが、西木社長に取ってメリットのある議案だ。

 会社の業績を鑑みれば西木社長の考えは手に取るようにわかる。恐らく、会社分割後、不採算部門の詰まったアメイジング・コーポレーションの経営から手を引き、西木社長自身は新設会社に席を置く気なのだろう。

 結局の所、自分の事しか考えていない。


 この議題が送信されてきたのは、イタリアンバルでの食事を終えた後……。

 取締役会の議題を前日の夜に送り付けるなんて暴挙が許されるのも、アメイジング・コーポレーションがなんちゃって上場企業だからだ。通常であればあり得ない。


「……賛成の方は挙手を願います」


 反対意見を言うと西木社長が騒ぎ立てる為か西木社長が挙手を求めると、取締役すべてが手を挙げた。

 そして、何故、こんなふざけた議案が通ってしまったのか理解する。

 

「賛成多数。第一号議案は可決されました。それでは次に……」


 西木社長が第二号議案に進もうとすると、小田原監査等委員が手を挙げる。


「議長。よろしいでしょうか?」


 突然、話を遮られた西木社長は渋面を浮かべ、話を遮った小田原監査等委員に視線を向ける。


「なんだね。小田原君」

「はい。議長……。いえ、西木社長にひとつ提案がございます」

「うん? 提案……」


 友愛商事からの出向役員、小田原監査等委員の言葉を聞き、燻がる西木社長。

 当然だ。既に西木社長は知っている。

 小田原監査等委員がクーデターを引き起こそうとしている事を……。


「はい。提案なのですが、この際、西木社長は経営から身を引いてはいかがでしょうか?」

「はあっ? 何を言っているんだね君は……?」


 意味がわからないと、首を傾げる西木社長。

 流石は西木社長だ。初めからこの展開になる事を知っていたとは思えない程の白々しさだ。

 しかし、小田原監査等委員も負けていない。

 西木社長に対して、挑発的な言葉をぶつけてくる。


「おや、お分りになりませんか? あなたの行動は目に余ります。売上は右肩下がり、にも関わらず役員報酬は増加傾向。上場廃止の危機にありながら、既に第三者委員会から届いている調査報告書を監査法人に渡さず監査妨害に走り、自身が社長職から解任されそうになると、取締役に念書を迫る始末。まだまだありますよ? 交際費の使い込みに、株主から株主代表訴訟を提起するよう求められ、パワハラを起因とする不祥事の発覚。正直付いて行けません。私はここに西木社長の解任に関する緊急動議を提案致します」


 小田原監査等委員の発言を聞き、取締役達がざわざわ騒ぐ。

 西木社長自身は社長解任尾緊急動議が出される事を事前に知っていたため、すまし顔だ。


「……ほう。君はこのボクに反旗を翻すのかね?」

「ええ、その通りです」

「代表取締役の解任動議ですので、西木社長には一度、議長を降りて頂き、ここからはの議長は私が勤めさせて頂きます」


 小田原監査等委員と同じく、友愛商事から出向してきた役員である水戸取締役がそう声を上げる。


「……ふん。勝手にしたまえ。君の思う通りにボクの解任動議が進めば良いのがね?」


 そう言って、小田原監査等委員を煽る西木社長。

 西木社長の煽りに意に介さず、水戸取締役は小田原監査等委員に社長解任の緊急動議を上げた理由を尋ねる。


「それでは、小田原監査等委員。代表取締役解任の緊急動議の理由をご説明下さい」


 そう水戸取締役が尋ねると、小田原監査等委員は毅然とした態度で答える。


「はい。この提案はこの会社を守るための提案です。上場廃止を回避した上で、失った信用を回復し、危機を最小限に納めるには西木社長にご退任頂き改革の意思を示す以外ございません」

「ふんっ」


 小田原監査等委員の言葉に西木社長は苦言を呈する。


「小田原監査等委員はそう言うがね。私がいなくなったら大変なことになるぞ? 君には会社を経営した経験があるか? 銀行との折衝もだ。出向役員如きがボクの経営方針に口出しするなんてね。千年早いよっ!」


 小田原監査等委員の言葉に憤る西木社長。

 しかし、小田原監査等委員も黙っていない。


「……過重な業務量に達成困難な営業ノルマの押しつけ。ノルマが達成できなかった社員を社長室に呼び出しての叱責。懲罰委員会による容赦ない懲罰人事。業績低迷に比例して、その手法はますますエスカレートしております。今回の不祥事発覚も、パワハラで社員を追い詰めた西木社長が招いた悲劇なのではありませんか? 会社分割を検討するほどに悪化した事業セグメント。社長に優しい内部規定。我が社は変わるべきです! こうしている間にも、優秀な人材はどんどん流出し続けています。社員を上から押さえつけるのではなく、社員を活かす経営に改めましょう!」


 小田原監査等委員の言葉に苛立ちを隠そうともしない西木社長。


「ふんっ……。耳触りのいい言葉だな。何が活かす経営だ! 経営とはね。組織の目的を達成する為に、事業計画を立て継続的な意思決定をする事を現す言葉だよっ! 目的を達成する為に社員を叱責し、締め付けるのは当然の事だろう! 達成困難な営業ノルマ? 予算会議という会社の正式な手続きを踏んだ上で課したノルマだ。馬鹿を言うんじゃないよ! そのノルマを達成できないダメ社員に懲戒を課して何が悪い。信賞必罰。それがこの世の常だろう。言うに事欠いて、パワハラ、パワハラ、パワハラ、パワハラ等と、ふざけた事を抜かすんじゃない! 経営一つした事もない出向役員風情が経営者の苦しみもわからず生意気な事を言うなっ!」


 息を切らしながら声を荒げる西木社長に、水戸取締役は冷静に呟く。


「……反論はお済ですか? それならば採決に移らせて頂きます。西木社長の代表取締役解任に賛成の方は挙手を願います」


 水戸取締役の言葉に呼応し、手を挙げていく取締役達。

 念書を書かせた意味はまったくなかった様だ。念書を書かせた取締役達の反乱に西木社長がパクパクと口を開閉している。


「お、おいっ! 君達。本当にわかっているのかっ! このボクが会社から退けば大変な事になるぞっ! 社長解任動議を出したのは友愛商事からの出向役員だっ! 友愛商事にこの会社を乗っ取られてもいいのかっ!」


 しかし、西木社長の声は届かない。


「……賛成多数。社長解任動議は可決されました」


 手を挙げた役員達の中には、昨日、酒を飲み交わした岡島監査等委員と野梅監査等委員の姿もあった。

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