第153話 上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』④

 上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』から帰還した俺達が一番最初に行ったのは、リージョン帝国の転移門『ユグドラシル』近くで待機していた兵士への報告。

 上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』の攻略失敗を告げると、報告を待っていた兵士はあからさまに失望した表情を浮かべると共に報告の為、帝国城に駆けていった。


 転移組のリーダー・フィアと冷蔵庫組の若頭・リフリ・ジレイターに視線を向けると、彼等は共にぐったりしており、何か妙な呪文を呟きながら、生気のない目で地面に落ちている石を見つめているようだった。


「悪夢だこれは……。悪夢だこれは……。悪夢だこれは……。悪夢だこれは……」

「悪夢が覚めない。悪夢が覚めない。悪夢が覚めない。悪夢が覚めない……」


 おやおや、驚きで声も出ない。二人揃って現実逃避しているようだ。

 ダンジョン攻略に失敗した事が余程ショックだったらしい。

『ああああ』達に頼りっぱなしのダンジョン攻略に失敗しただけで現実逃避するとは、精神面が軟弱過ぎる。


「……もう転移組はお終いだ」


 転移組の副リーダー・ルートや組から脱退しようとして失敗し、俺と協会長に捕らえられた組員達も意気消沈気味だ。


 何、失敗は誰にでもある。

 まあ国と冒険者協会を巻き込んでの上級ダンジョン攻略に失敗した為、とんでもない額の損害賠償が発生するかもしれないが、転移組と冷蔵庫組で均等に借金を分散すれば、すぐに返済し終るさ……。

 借金の返済を終えてから再起すればいい。

 ただ、もう分不相応な夢は見るなよ。分不相応な夢は身を滅ぼすからな。


 それから数時間後、転移組と冷蔵庫組は兵士によって捕縛され、帝国城に連れて行かれた後、約五百億コルの賠償を命じられたらしい事を知った。

 国を巻き込んで上級ダンジョンを攻略すると失敗した時、とんでもない金額を賠償として請求されるらしい。その内、百億コルは俺の取り分らしいが、恐ろしい話だ。

 当然、そんな金額支払える筈もなく、転移組と冷蔵庫組の組員達全員が借金奴隷として国に仕える事となった。

 寮完備で三食付きで、毎月二十万コルの返済で仕える事になったらしく借金奴隷から解放されるのは数十年ほど後になるとの事だ。

 ちなみに、転移組・冷蔵庫組共に借金奴隷に落とされたのは、この上級ダンジョン攻略に参加した面々だけだ。


 転移組の副リーダー・ルートは、セントラル王国に残っている他のプレイヤー達にも借金返済を手伝わせようとしたが、残念な結果に終わった。

 上級ダンジョン攻略が失敗に終わったと噂が流された瞬間、セントラル王国に残っていたプレイヤー達全員が転移組を脱退した為だ。


 同様に、冷蔵庫組の組長に助けを求めたリフリ・ジレイターだったが、こちらもバッサリ切り捨てられた。

 正にトカゲの尻尾切り。

 不自由はあるだろうが、二十年間働けば解放されるんだ。

 彼等には借金奴隷として二十年。国のために働いて欲しい。


 しかし、今回、初めて国の恐ろしさというものを知った。

 冒険者協会は判定員として一緒に上級ダンジョン攻略に付き合ったからまだわかるが、ほぼ、転移組と冷蔵庫組にタダ乗りして、ちょろっと喋っただけの国が、ちょっとダンジョン攻略が失敗しただけで、これ程、法外な賠償命令を出すとは思っていなかったのだ。

 恐らく、メンツを潰されたとか、そんな感じで多額の賠償命令を出したのだろうが、とても恐ろしい。

 やはり、ダンジョン攻略は国に内緒で勝手にやった方が良さそうだ。

 タダ乗りしてきたくせに、『メンツがー』、『プライドがー』とか叫ばれ、多額の賠償を要求されては堪らない。


 決めた。上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』の攻略は、国や冒険者協会に一切知らせず、『ああああ』達にやってもらおう。『ムーブ・ユグドラシル』があれば、セントラル王国からでも『ドラゴンクレイ』にアクセスできる。

 というより、既に『ああああ』達には動いてもらっている。

 俺達がセントラル王国に辿り着く頃には、新しい世界の扉が開かれている事だろう。


 そんな事を考えながらキャンピングカーの運転をしていると、「さて、話を聞かせて貰おうか」と、ビール片手に協会長が話しかけてくる。


 厚かましくも馴れ馴れしい爺である。

 徐行しているとはいえ、ビール片手に話しかけてくるとは……。

 運転中だぞ? 話しかけてくんな。

 間違ってアクセルを踏み、間違って目の前を走る馬車をひいてしまったらどうしてくれるんだ。責任取れんのか?


「うん? どうしたのだね?」

「いえ、何でもありません……。それで、何を聞きたいのですか?」


 そう尋ねると、協会長は王太子殿下に聞こえないよう俺の耳に小声で話しかけてきた。


「何故、あれ程の力を持ちながらダンジョン攻略に協力しようとしない?」


 何だ。そんな事か。当然決まっている。


「……国の事を信じてないからですよ。転移組と冷蔵庫組の連中に課せられた処罰を聞けばわかるでしょう? ダンジョン攻略に失敗した途端、後からタダ乗りしてきたにも関わらず文句を言われ、あまつさえ借金奴隷に落とされたのです。堪ったものではありません」

「ふむ。しかし、君はセントラル王国出身だろう?」


 いえ、純然たる日本国出身ですが?

 セントラル王国なんて国名はゲームの中でしか知りません。


「それが何か? 生まれがどこであれ、敢えて、セントラル王国に義理立てする必要はないと思いますが……」


 俺がそう答えてやると、協会長は「ふうむ……」と呻る。


「……そもそも、どの国にも属さない組織である冒険者協会の協会長ともあろう方が、セントラル王国贔屓な事を言ってもいいんですか? 今ならば聞かなかった事にして差し上げます。老人の戯言だとね。他に何か聞きたい事はありますか?」

「ふむっ、確かに、その通りだな。今の発言は取り消そう」

「では、話は終わりですね。セントラル王国の到着は三日後を予定しています。どうぞ、それまでの間、ゆっくりとお酒を飲み、ゲームにでも興じてお過ごし下さい」

「ああ、そうさせて貰おう……。だが、もう一点だけ、教えてくれないか?」


 面倒臭そうな視線を、協会長に送ると、協会長はふてぶてしくも、さきいかを噛みながらビールを呷った。そして、訝しむかのような表情で問いかけてくる。


「……借金奴隷だった筈の彼等が戦線を離脱したのは、君の差し金かな?」


 流石は協会長。伊達に年は取っていないらしい。

 そうだよ。その通りだ。

 しかし、本心は口にしない。


「……その言い方は、彼等に失礼ですよ。彼等は借金奴隷ではありません。転移組と冷蔵庫組の連中によって、来たくもない上級ダンジョンに無理矢理連れて来られた被害者です。そんな彼等を借金奴隷扱いするのは良識を疑います」

「ふうむ? だが、彼等の首には隷属の首輪が嵌っていた様だが?」

「……ファッションですよ。あれは隷属の首輪ではなくチョーカーというファッションアイテムです。ナウでヤングでファッショナブルでしょう? 若い人達の間で最近、流行っているそうですよ?」

「ほう。隷属の首輪がファッションねぇ……」


 疑り深い爺だ。


「邪推し過ぎですよ。無理矢理あの場に連れて来られた彼等は、ロンズデーライト・ドラゴンの出現に驚き、敵わないと見て撤退した。それだけの話です。逃げるチャンスでもあったのでしょう。考えても見て下さい。先程も言いましたが、彼等は無理矢理、上級ダンジョンに連れて来られたのですよ? 逃げられるチャンスがあれば逃げるでしょう? ムーブ・ユグドラシルを装備していれば尚更です」

「ふむ。まあ、そういう事にしておいてやろう……。しかし、上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』が攻略されれば、特別ダンジョンが……」


 協会長が懸念事項を言葉にしようとすると、突然、地面が揺れる。

 キャンピングカーを運転していてもわかる位の揺れだ。

 前と後ろを走る馬車が急停止し、俺は俺でキャンピングカーのブレーキを踏む。


「な、なんだっ!?」


 反射的に前を向くと、突然、鐘の音が鳴り響き、空が白に染まった。

 そして、白く染まった空に黒い柵が広がり、徐々に柵が壊れ宙に消えていく。


「い、一体何が……」


 意味がわからずそう呟くと、目の前にメニューバーが現れ、『お知らせ』欄が点滅している事に気付いた。

『お知らせ』欄を指で押すと、『おめでとうございます。プレイヤーが特別ダンジョン「ユミル」を攻略しました。これより、転移門「ユグドラシル」に黒い妖精の世界「スヴァルトアールヴヘイム」が追加されます』というメッセージが表示される。


「こ、これはどういう……上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』を攻略しないと特別ダンジョン『ユミル』は現れない筈では……」

「だ、誰かが上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』と特別ダンジョン『ユミル』を攻略したとでも言うのかっ!?」


 王太子殿下の言葉を聞き、冷や汗を流す俺。


 い、いや、確かに、上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』の攻略を『ああああ』達に命じたよ?

 でも、これは無いんじゃないかな?

 俺、特別ダンジョン『ユミル』まで攻略しろとは言ってないよ??


 そんな事を考えていると、メニューバーの『お知らせ』欄に更なる情報が追加される。

 見て見ると、新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』に転移できるのは、『ムーブ・ユグドラシル』を持ち、レベル二百五十を超える者に限られるとの事だった。


 つまり、レベルが一度、リセットされてしまったこの世界において、新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』に転移する事ができるのは、実質、俺と『ああああ』達のみ。

 顔を横に向けると、協会長が苦笑いを浮かべていた。


「なるほど、新しい世界に行く為には、二百五十レベル以上で『ムーブ・ユグドラシル』を持っている必要があると、そういう事か……。中々、難しい条件だな……。だが、お前なら行けるか?」


 中々、難しい条件だなんて言いつつも、君なら可能か的な事を言ってきたので、俺は視線を外し、返答する。


「いや、何を言っているんですか。俺は絶対に嫌ですよ? 命令されて新しい世界に行くなんて御免ですからね? もし、強制依頼をかけて新しい世界の調査をさせようとしたら、国から出て行きますからね?」


 そう言ってやると、協会長は「うむむっ」といって言い淀む。

 当然だ。行くなら自分一人で、好きなタイミングに行く。

 命令されていくなんて楽しくもなんともない。

 そういえば、現実世界の謀はどうなっただろうか?

 俺の思う通り進んでいるのであればいいんだけど……。

 何せ、アメイジング・コーポレーションの株を購入する事はできなかった。インサイダー取引となってしまうから。

 俺にできる事と言えば、あの会社の取締役と親交の深い証券会社の社員である遠藤経由である物を渡して貰う位だ。

 そうこうしている内に、前の馬車が動き始めた。

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