第152話 上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』③

 ロンズデーライト・ドラゴンの出現からかれこれ二時間。


「……はあっ……はあっ……はあっ」


 今、俺の視界には死屍累々となった転移組と冷蔵庫組の姿があった。


 死屍累々と表現したが別に死んでいる訳ではない。

 何故なら、転移組と冷蔵庫組の組員がロンズデーライト・ドラゴンから攻撃を受け倒れる間際に風の上位精霊ジンが上級回復薬で強制的に回復させているからだ。


 では何故、そんな表現をしたのか。

 それは何度も倒され強制的に回復される事を数十回繰り返した結果、組員達が、ロンズデーライト・ドラゴン討伐を諦め、ロンズデーライト・ドラゴンが旋回する戦場にも拘らず、地面の上で五体投地している為だ。


「あ、あなた達、諦めるにはまだ早いですよ……。あと少しです……。あと少しで倒せる筈です。だから、立ち上がってあれに攻撃なさいっ……!」

「皆、諦めるにはまだ早いぞ……。俺達ならあれを倒せる……。倒せるんだっ……!」


 もはや気力だけで立っている転移組のリーダー・フィアと冷蔵庫組の若頭・リフリ・ジレイター。

 補足しておくと、上級回復薬ではMPは回復しない。

 俺が使っているモブ・フェンリルバズーカの様な武器を持ってない魔法特化プレイヤーの場合、MPが無くなったらお終いである。

 それこそ、マジックポーションを飲むか、時間経過でMP回復を待つしかない。


 ちなみにマジックポーションを提供する気は一切無い。

 何故ならキリが無くなってしまうからだ。上級回復薬とマジックポーションをエンドレスで投与していては終わりが見えなくなってしまう。

 それに万が一、上級ダンジョンを攻略されても困る。


「諦めが悪いな。まあ、その気持ちもわかるが……」

「まったくですね」


 協会長の呟きに全面的に同意する俺。

 既に上級回復薬の提供本数は五百本を超えている。

 コルに換算すると転移組と冷蔵庫組の負債は五十億コルだ。

 転移組と冷蔵庫組が上級ダンジョンを攻略する事ができれば、攻略に掛かった費用は国が持ってくれるが、失敗すれば、遠征を含む攻略に掛かった費用すべてを転移組と冷蔵庫組が持たなければならない。


 だからこそ、必死になる気持ちはよくわかる。

 しかし、それとこれとは話が別だ。

 俺、個人の気持ちとしては、攻略に失敗し恥をかいた上で多額の借金を負って欲しいと本気で願っている。


 ――と、いうより、奴等はわかっているのだろうか?


 今、必死になって戦っているロンズデーライト・ドラゴンはただの中ボス。

 ロンズデーライト・ドラゴンを倒した後に、ボスモンスターであるダイヤモンド・ドラゴンとの戦いが待っている事を……。


「……仕方がない。流石に可哀相だし、手伝ってやるか」

「うん? 何をするつもりだ?」


 何って、そんな事、決まっている。

 転移組のリーダー・フィアと冷蔵庫組の若頭・リフリ・ジレイターがもうダンジョン攻略は無理だと諦めさせる為の工作……もとい、人道的介入である。

 流石の俺も、戦意を無くした組員達がロンズデーライト・ドラゴンの攻撃を受け、上級回復薬を飲まされ、強制的に回復させられるのが可哀想になってきた。心が折れそうだ。


「風の上位精霊ジン。次、ロンズデーライト・ドラゴンの攻撃を受け、負傷した組員は全員、上級回復薬を投与した上でこのテントまで連れて来てくれ。ああ、あそこで戦っている転移組のリーダー・フィアと冷蔵庫組の若頭・リフリ・ジレイターはこれまで通りでいい。頼んだよ」


 風の上位精霊ジンにそうお願いすると、ジンは首を前に傾ける。

 流石の二人も他の組員が全員、安全なテント側に来てしまい、たった二人でロンズデーライト・ドラゴンと戦わなきゃならない状況に追い込まれれば戦意を喪失するだろう。


 そんな事を考えていると、風の上位精霊ジンが戦意を喪失し負傷した組員をテントに運んでくる。

 早いな。皆、目が虚ろだ。まあ、絶対に敵わないモンスター相手にエンドレスで戦わされればそうなる。

 戦意を喪失しないのは、転移組のリーダー・フィアと冷蔵庫組の若頭・リフリ・ジレイターが特別なのだ。国を巻き込んだ上級ダンジョン攻略。これに失敗すれば、彼等はすべての責任を取らされる。


 だから、どんな苦境に立たされようが諦めない。

 その結果、上級回復薬がどんどん消費され、五十億コルもの負債を負ってしまった訳だけど。


 最初から分不相応な夢など追い求めなければそうはならなかった。

 そもそも、計画が杜撰だったのだ。

 上級ダンジョン攻略経験のある『ああああ』達を借金奴隷に落とし、それを買い取って隷属の首輪を嵌め、強制的に上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』攻略に付き合わせるなんて……。


 結果として『ああああ』達がダンジョン攻略から手を引いた瞬間、瓦解してしまった。奴等の立てた計画は所詮、そんなものだ。


 そうこうしている内に、次々と戦意を喪失し負傷した組員達が運ばれてきた。

 もう半分位運ばれてきてしまったのではないだろうか?

 この場所が安全だと悟った組員達は、全員がこの場から動こうとしない。

 転移組のリーダー・フィアと冷蔵庫組の若頭・リフリ・ジレイターが上級回復薬を強制的に投与され希望を失わず戦っているにも関わらずである。


 そこからロンズデーライト・ドラゴンに蹂躙される事、十分。


「おいっ! 何故、誰も攻撃しないっ!」

「ええ、まったくです。あなた達、この非常時に何をやっているのですかっ!」


 ロンズデーライト・ドラゴンとの戦いに集中していた二人がようやく異変に気付いた。目に見えてロンズデーライト・ドラゴンに対する攻撃が減った為だ。

 しかし、時、既に遅し。

 ロンズデーライト・ドラゴンの全方位拡散レーザーを受け、殆どの組員がテント近くに避難していた。


 その事に気付いた転移組のリーダー・フィアと冷蔵庫組の若頭・リフリ・ジレイターは唖然とした表情を浮かべる。


「「――な、なあっ!?」」


「お前達、何をしているっ!」

「何故、そんな所で休んでいるのですかっ! 怪我が治っているなら攻撃なさいっ!」


 しかし、組員達は動かない。

 当然だ。既に組員達の心は折れている。

 ロンズデーライト・ドラゴンに敵わない。


 それでも何とか組員達に戦わせようとフィアとリフリ・ジレイターは組員達を鼓舞をする。


「いいかっ! よく聞けお前達っ! もしも、ダンジョン攻略に失敗したら俺達は大変な状況に置かれるんだぞっ!」

「――その通りです。もし、この上級ダンジョンの攻略に失敗すれば、国のメンツは丸潰れ、転移組も冷蔵庫組もお終いです! 一人一人が億単位の借金を負い借金奴隷に落とされる可能性すらありますっ! それでもよろしいのですかっ!? 借金奴隷になりたいのですかっ?? なりたくありませんよねっ!! 私もそんなの御免です! だから、諦めず戦っているのではありませんかっ!」

「そうだっ! 皆、借金奴隷に落とされたくなかったら戦えっ! 今、戦わずしていつ戦うと言うんだっ!」

「勝てばいいのです! 攻略できればこちらのものですっ! このダンジョン攻略すれば私達は英雄になれます!」


 転移組のリーダー・フィアと冷蔵庫組の若頭・リフリ・ジレイター必死の鼓舞に立ち上がる組員達。

 フィアとリフリ・ジレイターの言葉は彼等の心に深く突き刺さったらしい。


「じ、冗談じゃないっ……!」

「ふ、ふざけんなっ! 俺達は楽して攻略できるって聞いたからっ!」

「もうやっていられるかっ!」

「お、俺はもう転移組を辞めるっ!」

「俺もだっ! 冷蔵庫組なんて今を以って辞めてやるっ!」


 急に組を辞めると言いだした組員達。

 組員達は口々にそう言うと、三階層に向けて敗走していく。


「お、おいっ! どこに行く! 待てっ! 違うだろっ! 今は共に戦い苦難を乗り越え、こいつを倒す為、協力する時だろうがぁぁぁぁ!」

「お、お待ちなさい! 勝手に辞めるなんて許されませんよっ! と、いうよりふざけるんじゃありませんっ! お待ちなさいっ! 待てって言っているでしょうがクソ野郎共ぉぉぉぉ!」


 流石は転移組のリーダー・フィアと冷蔵庫組の若頭・リフリ・ジレイターだ。

 組員を鼓舞する所か、心を折りに行くとは思いもしなかった。


 俺が見るに既に組員達は限界だった。


 そんな人達にそんなネガティブな情報を与えたら普通、そうなる。

 倒産間近の会社で社長が「今期、黒字にならなければ、当社は潰れます! すべては皆さんの頑張りにかかっています! あなた方の生活が掛かっているんです。この会社が潰れないようがんばりましょう!」と社員に向かって鼓舞するのと同じだ。


 言った本人達は、『背水の陣だが、皆で協力して頑張ろう! ここを凌げばなんとかなる』と鼓舞したつもりが、『それじゃあ、転職(退職)します。お世話になりました!』と退職ラッシュを促してしまう様なものである。


 今、それと同じ現象がここでも起こっている。


「おいおいっ……」


 ここをどこだと思っているんだっ!?

 上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』の四階層だぞっ?

 転移組のリーダー・フィアと冷蔵庫組の若頭・リフリ・ジレイターに愛想を尽かした組員が我先にと逃げ出した。

 隣に視線を向けると、協会長はため息を吐く。


「……攻略失敗だな。こうも戦線が崩壊しては仕方がないだろう。あの二人は私が責任を以って連れ帰る。お前は、逃げ出した組員達ができる限り生きて帰れるようサポートしてやってくれ」


 まあ結果だけ見れば万々歳だ。良しとしよう。

 それでは……。


「……わかりました」


 しかし、俺は協会長の護衛兼判定員だ。

 協会長を危険に晒す訳にはいかない。


 協会長が転移組のリーダー・フィアと冷蔵庫組の若頭・リフリ・ジレイターの下に走っていくのを確認すると、俺はエレメンタルにサポートをお願いする。


「エレメンタルの半数は、三階層に向かって逃げる組員達の護衛を、残り半数でロンズデーライト・ドラゴンを討伐。協会長が危険に晒されないようサポートしてやってくれ。これで、ダンジョン攻略も終わりだ。帰ったらペロペロザウルスのTKGを山ほど奢るよ」


 上級回復薬の消費量は既に七百本を超えている。金額換算で七十億コルだ。

 支払いは国が、転移組と冷蔵庫組の代わりに行ってくれる。

 だから取りっ逸れる事もない。


 俺がそう言った数秒後、ロンズデーライト・ドラゴンの攻撃を避け、フィアとリフリ・ジレイターを回収しに行った協会長を追い抜かしたエレメンタルはロンズデーライト・ドラゴンに攻撃を仕掛ける。


「…………」


 うん。とりあえず、ロンズデーライト・ドラゴンはエレメンタルの攻撃を受け、一瞬にしてドロップアイテム化したとだけ言っておこう。


『最初からできるならやれよと……』という協会長の視線が痛い。

 しかし、今の俺の仕事は協会長の護衛兼判定員。

 攻略は俺の仕事ではない。

 協会長は『ワーキャー』騒ぐ転移組のリーダー・フィアと冷蔵庫組の若頭・リフリ・ジレイターの首に打撃を与え気絶させると、二人を両肩に乗せこちらに向かってくる。


「……詳しい話は後で聞かせて貰うぞ」


 こんな時ばかり、冒険者協会の協会長らしい態度を見せる協会長。

 とはいえ、逆らっても仕方がない。

 俺は静かに頷くと、俺達は上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』を後にした。

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