第151話 上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』②

 ロンズデーライト・ドラゴンとは、六方晶ダイヤモンドと呼ばれる隕石が天体に衝突した際の巨大な熱と圧力によって隕石中のグラファイトの構造が変化し生成される物質を纏った準ボスモンスターである。

 それを身に纏ったロンズデーライト・ドラゴンは、攻略の鍵である『ああああ』達のいなくなった転移組と冷蔵庫組に視線を向け、『グ、グオオオオォォォォ!』と咆哮を上げる。


「「う、うわあああああああああっ!」」


 ふふふっ、あいつ等の慌てようときたら……。


「借金奴隷達はどこにっ!? どこに行ったんだああああっ!?」

「だ、誰か……っ! 誰か助けてくれええええっ!?」


 おやおや、『ああああ』達がいなくなった途端、助けてと騒ぎ立てるとは……。

 しかし、その気持ちもよく解る。

 よし。わかった。助けを望むなら助けよう。

 俺も鬼じゃないからね。


 心の中でそう呟くと、俺はロンズデーライト・ドラゴンから少し離れた場所で、エレメンタル達を四方に設置し、テントを設営する。

 設営した理由は、上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』を攻略できると豪語した転移組と冷蔵庫組を見守る為だ。


 勿論、半笑いで……。


 勿論、このテントではすぐ上級回復薬を提供できる準備ができている。

 どうぞ好きなだけこの上級回復薬を使いドラゴンクレイを攻略して欲しい。

 一体、どれだけの金が飛んでいくのかわかったもんではないけれども。


 ちなみに上級回復薬のお値段は一千万コル。初級・中級回復薬は……この場ではお売りしない予定です。

 上級ダンジョンで初級・中級回復薬なんてものを使っても、すぐにそれ以上のダメージを与えられてしまえば意味はない。初級・中級回復薬を置かないのは俺の温情である。


 支払いはどうするのかって?

 勿論、今、この場で金を支払えなんて事は言わないから安心して欲しい。

 その為に協会長の護衛を引き受けたのだから。

 協会長がちゃんと数量管理してくれている。後から文句は言わせない。

 元々、そういう契約だしね。

 それにアフターフォローも万全だ。絶対に死なせないよう、死にそうになったら上級回復薬を飲ませてやる。安心してロンズデーライト・ドラゴンとの戦いに挑んでくれ。

 くれぐれも、撤退だなんてしてくれるなよ。

 それじゃあ、俺が護衛を引き受けた意味がない。


「それじゃあ、ジン。死にそうなプレイヤーがいたら、遠慮なく上級回復薬を飲ませてやってくれ。他のエレメンタル達はここの守護を……ああ、ロンズデーライト・ドラゴンを倒す必要性はまったくないからね? 護衛に努めよう」


 上位精霊に進化したエレメンタル達が頷くと同時に、冷蔵庫組の若頭・リフリ・ジレイターが声を荒げる。


「だ、誰か私を守りなさいっ!」


 ロンズデーライト・ドラゴンに戦いを挑む所か、まさか自分を守れと配下に命令するとは、こいつは一体、何をしに来たのだろうか?

 君達、上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』の攻略に来たんだよね?

 何しに来たの、本当に……高みの見物??


『グゥオオオオォォォォ!』


 そんな事を考えていると、ロンズデーライト・ドラゴンが雄叫びを上げ、転移組と冷蔵庫組の組員達に向かって体全体を使った体当たりという名の突撃攻撃をかましてきた。


「「ぎゃあああああっ!」」


 ロンズデーライト・ドラゴンの突撃攻撃を受けた組員達が宙を舞い次々と行動不能に陥っていく。

 しかし、ここは俺のいる戦場。致命傷を受けない限り、絶対に死なせはしない。

 宙を舞い地面でバウンドして瀕死状態に陥った組員達の口元に、風の上位精霊ジンが優しく上級回復薬を注いでいく。


 ロンズデーライト・ドラゴンの突撃攻撃、一度で二十人の組員が瀕死状態に陥った。

 しかし、風の上位精霊ジンの活躍により命を取り止め全回復する組員達。

 唖然とした表情の組員達を見て、俺は笑みを浮かべる。


「……計画通り」


 使った上級回復薬の本数は二十本。僅か数分で二億コルもの負債が転移組と冷蔵庫組に圧し掛かる。

 協会長が隣で「こいつ、悪魔か……?」と呟いているが聞こえない。

 悪魔な訳ないだろ。ロンズデーライト・ドラゴンの攻撃を受け瀕死状態に陥った組員達を助けてやったんだぞ?

 むしろ天使だ。悪魔なんてとんでもない。

 それに協会長よ。俺を見るのではなく、前を見てみろ。

 本物の悪魔がそこにいるぞ。


「ビーツさん、クレソンさんっ! あなた達ならあの怪物を倒せますっ! もし、あの怪物を倒せたら幹部待遇で迎えましょう! だから今すぐあれを倒しなさいっ!」


 そうギャーギャー叫んでいるのは、冷蔵庫組の若頭・リフリ・ジレイター。

 円を描くように組員を配置し、自分は真ん中で踏ん反り返り無茶な命令をしている。


「……で、ですが、流石にあれは」

「お、俺は対人専門なので……」

「ぐっ、肝心な時に使えない人達ですねぇ……!」


 どうやら八方塞がりのようだ。まあ、順当な結果である。

 歯を食いしばったリフリ・ジレイターが俺の事を見ているが、俺は敢えて視線を逸らす。


『グゥオオオオォォォォ!』

「「ぎゃあああああっ!」」


 おっと、視線を外した途端、リフリ・ジレイター達がいた所に、ロンズデーライト・ドラゴンが突進ダイブしてきた。

 倒れ苦しむリフリ・ジレイター達の口元に風の上位精霊ジンが優しく上級回復薬を注いでいく。


 流石は風の上位精霊ジン。あんな奴等にも上級回復薬を施して上げるなんて、尊い。当然、口に注いだ上級回復薬は有料だが流石はエレメンタルだ。


 すると、転移組の連中が攻勢に出た。

 冷蔵庫組が的になっている間に体勢を立て直し、折角、治療したばかりのリフリ・ジレイター達ごとロンズデーライト・ドラゴンに攻撃を仕掛ける。


「し、死ねええええっ! アイスストームッ!」

「穿てっ! ストーンブラストッ!」

「燃えよっ! フレイムバーストッ!」


 冷蔵庫組ごと魔法攻撃を仕掛けるとは、流石は外道。

 どっちがヤクザ組織かわかったものではない。


「ル、ルートッ! あなた達という人はっ!!」


 冷蔵庫組ごと攻撃を仕掛けてきた転移組を歯を食いしばり睨み付けるリフリ・ジレイター。


「ぐうっ!? あなた達、反撃なさいっ! 転移組の連中に思い切り魔法攻撃を浴びせてやるのですっ!」

「「は、はいっ!」」


 見事な泥試合だ。

 目の前で組同士の抗争が勃発してしまった。


「お死になさい。ウインドエッジッ!」

「貫けっ! ライトアローッ!」

「焼き殺せっ! フレイムボールッ!」


 ロンズデーライト・ドラゴンが背後で『グルルッ……』と鳴いているというのに……。

 魔法がぶつかり合いドォーンという轟音が鳴り響く中、転移組のリーダー・フィアと副リーダー・ルートが「やったかっ!?」と声を上げた。


 見事なテンプレだ。だが残念。当然、やってない。


『グルウッ……』


 ロンズデーライト・ドラゴンは軽くそう鳴くと、『ブンッ!』と思い切り尻尾を横に薙ぎ、冷蔵庫組ごと転移組を蹴散らしていく。


「「「ぎゃあああああああああっ!」」」


 その瞬間、風の上位精霊ジンが組員達の口に上級回復薬を含ませる。

 何度も言うが安心しろ。俺がいる戦場では誰も死なせはしない。


『グルウッ……』


 埒が明かないと感じたのか、ロンズデーライト・ドラゴンがその場から飛び上がる。

 そして、上空で旋回すると、体に付いている六方晶ダイヤモンドに光が灯り、全方位にレーザー攻撃を拡散させた。


「エレメンタル……」


 そう呟くと、風の上位精霊ジンが風のシールドを周囲に張って、レーザーを跳ね除けた。跳ね除けたレーザーはすべて転移組と冷蔵庫組の下に向かっていくが、これも仕方のない事だと諦める。


『ドーンッ!』『ドーンッ!』『ドーンッ!』

「ぎゃあっ!」「ぎゃあああっ!」「ぎゃあああああっ!」


 轟音と悲鳴がその場に鳴り響く。

 敗走したくとも、敗走できないジレンマに陥った転移組のリーダー・フィアと冷蔵庫組の若頭・リフリ・ジレイターが俺に視線を向け、形振り構わず言う。


「「そこのSランク冒険者ああああっ! 私(俺)達に力を貸せええええっ!」」


 二人共、目が真っ赤だ。

 目が充血し、鼻から鼻水が止めどなく出ている。


「――と、彼等は言っていますが、どうしたらよろしいですか?」

「お前という奴は……」


 ポカンとした顔でそう尋ねると、協会長はすべてを諦めたかの様な表情を浮かべた。

 心外である。今の俺の任務は、協会長の護衛、そして、転移組と冷蔵庫組の連中が上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』を攻略できたかどうかの監視。

 協会長の護衛を放り出し、転移組と冷蔵庫組のダンジョン攻略に協力する事ではない。


「……流石に可哀相だ。助けてやれ。お前なら私を守りながらあのドラゴンを倒す事ができるだろう?」

「ええ、まあ……」


 エレメンタル達の力を借りればぶっちゃけ余裕です。


「……でも、その場合、ダンジョン攻略失敗と国に報告する事になりますが、それでもいいんですか?」

「お前という奴は……実はお前、一人でこのダンジョン攻略できるだろう……」


 ええ、多分、楽勝です。

 何せ、俺のバックにはエレメンタルが付いているんで。

 でも、敢えて、その事を口には出さない。

 だって、俺、この世界で有名になりたくないし。

 単身で上級ダンジョンを攻略できるなんて話が広がれば、まともな生活を送れなくなってしまう。

 様々な問題事が降ってくる事は火を見るよりも明らかだ。


 とはいえ、埒が明かないのは確かだ。

 風の上位精霊ジンにロンズデーライト・ドラゴンの行動を阻害して貰うと、俺は大きな声で返事する。


「俺が手を貸すという事は、その時点でダンジョン攻略が失敗扱いになるという事になりますが、それでもいいという事ですかぁ~!?」


 そう返事をすると、転移組のリーダー・フィアと冷蔵庫組の若頭・リフリ・ジレイターが真っ赤な顔で返答してくる。


「「良い訳がない(だろう)でしょうっ! いいから手を(貸せっ)貸しなさいっ!」」


 開いた口が塞がらない。

 厚顔無恥という言葉は、きっと彼等の為にある言葉なのだろう。


「……だ、そうですが、どうします? 個人的に助けたくないんですけど?」


 これには協会長も信じられないといった表情を浮かべている。


「……仕方があるまい。暫く、様子を見よう」

「わかりました。――と、いう事で、あなた方に手は貸しませーんっ! ダンジョン攻略を諦めたら改めて声をかけて下さいっ!」


 俺がそう返答した瞬間、風の上位精霊ジンがロンズデーライト・ドラゴンの行動阻害を解いていく。

 その瞬間、ロンズデーライト・ドラゴンの全方位拡散レーザーが再び、転移組と冷蔵庫組の組員を襲った。

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