第270話 後始末①

「――え、えーっとですね。念の為、申し上げておきますと、ワシの持つ情報はすべて伝承によるもので……」


 自分から有用な情報出せますと手を上げておいて、いざその情報を聞いてみると予防線を張り出す始末。こいつ、一体、何がしたいんだ?


「往生際が悪すぎるぞ。予防線を張ろうとするんじゃない。伝承でも何でもいいから、さっさと話せよ」


 そう促すと、元族長ドワーフは袖で汗を拭う。


「――そ、それもそうですな。ワシとしては、情報源をハッキリさせた上で話した方が(責任の所在がハッキリして)分かりやすいと思ったのですが……」


 話が全然、進まない。

 さっさと話を進めろといった顔で睨み付けると、元族長ドワーフは顔を硬らせながら話を進める。


「――い、いえ、何でもありません! 無駄話をして申し訳ございませんでした! で、伝承によると、この世界の住民以外の者が、我々の住む地下集落と、ダークエルフの国、そして、地表に設けられた転移門『ユグドラシル』を通じ、各々の上級ダンジョンを攻略する事で新しい世界への道が開かれるとあります! つまり、この世界に住む我々、ドワーフやダークエルフ以外の種族が上級ダンジョンを攻略する事で……」

「――新しい世界が開かれると……そういう事か……」


 思っていた以上に厄介な条件だった。

 現状、この世界にいる人間は俺と『ああああ』達だけ……。

 その条件をクリアする為には、俺か『ああああ』達の誰かが、上級ダンジョンをクリアする必要がある。

『ああああ』達は、命名神シリーズ装備をドワーフにより強制的に武装解除させられた結果、呪いの装備を外したペナルティをモロに喰らいステータス値が初期化されている。加えて、地下集落襲撃に加担した事でドワーフの心証は最悪だ。とてもじゃないが、上級ダンジョン攻略を付き合ってくれるほどの信頼関係は築けていない。


 そんな事を考えていると、ダークエルフの王女、アルフォードと目が合った。

 マジマジと見つめていると困惑した様子のアルフォードが声をかけてくる。


「……え、ちょっと、何で私に視線を向けているの?」

「――いや、ちょっと思う所があってな……」


 よく考えて見れば、イケるんじゃね?


 ドワーフにおける『ああああ』達の評価は地の底まで落ちている。

 正直、同じ空気を吸う事すらキモくてキモくてキモすぎる位の嫌悪感を覚えている事だろう。

 それに対して、ダークエルフからの評価はどうだ?

 人間の事を奴隷として扱いはするが、そこまで嫌悪感を抱いている様には見えない。

 むしろ、いたら便利な生活奴隷という感じだ。

 現在進行形で絶賛炎上中の国を建て直す為にも『ああああ』達は、本物の猫の手を借りるより役に立つだろう。

 加えて、ダークエルフ共は五兆コル以上の負債を抱えている。

 ダークエルフの王、ルモンドはヘルヘイムに堕ち、国は陥落寸前……いや、火の手が思いの外、早く回っているんで、そのまま滅びそうな勢いだ。

 この状況を何とかする事ができるのは、エレメンタルの力を借りる事のできる俺だけ……つまりそういう事だ。

 アイテムストレージから『ああああ』達の契約書を取り出してみると、半分以上の契約書が黒ずんでいた。

 再契約を結ぶ必要もあると……それなら話が早い。


 ニヤリと笑うと、俺は『ああああ』達に視線を向ける。


「――よぉ、皆、元気にしてたか? お前達に提案がある。勿論、快く受けてくれるよな?」


 元族長ドワーフとの話を切り上げた俺が、花火爆発の余波をモロに受けボロボロの姿となった『ああああ』達に向かって白々しくそう言うと、『ああああ』達は揃って非難の声を上げた。


「――カ、カケル君、酷いじゃないかっ!」

「――君は僕達の事を何だと思って……!」

「――俺達だって一生懸命に生きているんだぞ! それを君は……君の放った攻撃を止める為、人間の盾にされた俺等を攻撃するなんて、可哀想だと思わないのかぁぁぁぁ!」

「ああ……」


 全然、思わないな。

 まあ、確かに、一瞬だけ悩んだよ?

 でもさ、まあ、いいかなって……だって、お前等に人質としての価値皆無だし。

 ミミズだって、オケラだって、アメンボだって、皆、生きてるけど、そいつ等が攻撃対象の前に出てきて『攻撃しないでー!』と叫んだ所でお前達は攻撃を止めるのか? 止めないだろ?

 そういう事だよ。

 人には優先順位があるんだ。

 お前等は『人間』辞めて、世界樹を守る為の『盾』になったから分からないかも知れないが、『盾』は攻撃から身を守る為の防具。

 盾なんだから攻撃を受けるのが役割だろうが、人間の盾になったならちゃんと役割をこなせ。むしろ、そこは『攻撃してくれてありがとう。盾としての本懐を遂げる事ができそうです』とお礼を言うべき所だろうが、人間の盾が攻撃されてから自分の事を『可哀想』だなんて言うんじゃねぇ。


 すると、それに便乗してダークエルフの王女、アルフォードが非難の声を上げる。


「――そ、そうですよ。この人達が可哀想……」

「――はっ? 何言ってんだ、お前?」


 人間の盾を自分から設置しておいて、いざ、人間の盾を攻撃されたら非難するなんて、頭大丈夫か?

 それとも、自分が『ああああ』達こと人間の盾を設置した事を忘れているのか?

 自分が人間の盾を設置した事を忘れ、攻撃されたら被害者振るとか正直意味がわからん。

 もしそれを平常運転でやっているなら、考え方がキモくてキモくて反吐が出そうだ。

 何の為に盾を設置したんだ?

 その盾には、希少価値でも付いているのか? 希少品なのか?

 だったら、そんなもん盾にするなよ。

 盾は敵からの攻撃を防御する為の防具だろうが。

 牽制目的で設置する非人道的な盾を設置しておいて、いざ攻撃されたら非難するなんて、頭イかれてんのか恥を知れ。


 非難の声を上げてきたアルフォードに視線を向けると俺はため息を吐きながら呟く。


「――五兆コル……」

「う、ううっ――!?」


 そう言った瞬間、アルフォードは仰け反りながら後退る。

 五兆コル。それは、このダークエルフの王女、アルフォードが負った賠償金の総額だ。

 覚えていてくれたようで何よりである。

 もし忘れていたら闇の精霊・ジェイドにお願いして記憶を懇切丁寧にサルベージしなければならなかった所だ。命拾いしたな。さて、そんな事より……


「五兆コルだよ。五兆コル。忘れたのか? その反応、忘れてねーよな? お前が、ドワーフの地下集落を盛大にぶち壊してくれたお陰で、賠償として請求する事になった五兆コルだよ。さあ、耳を揃えて支払って貰おうか……」


 その中には、ドワーフに対する賠償金も(一億コルほど)含まれている。払って貰わなくちゃ困るんだよ。


「さあ、今、払え。すぐ払え。コルで払え」


 そう言って詰め寄ると、アルフォードはその場から更に後退る。


「――そ、そんな金、払える訳ないでしょ!」


 払える訳ないでしょ?

 無い袖は振れないとそういう事か?

 流石は腐れダークエルフ。債権者を前にして堂々と踏み倒す宣言とはいい度胸だ。

 だが、残念だったな。今いるこの世界は、力こそ正義。

 どんな外道な行いでも、それを押し通す力さえあれば正当化されるんだよ。

 支払う事ができないというのであれば仕方がない。


「そうか……」


 俺はツカツカ歩き、『ああああ』達と肩を組むと、ほくそ笑む。


「――それなら、利息って事で……今、金を支払わなくていいから、二ヶ月以内に、こいつ等を上級ダンジョンを攻略できるレベルに育て上げてくれよ……あと、月に一千枚、お前達の作る契約書を卸して貰う。これについては五兆コル返済するまでの間、ずっと続けて貰うぞ」

「り、利息って……ま、まさか私達にただ働きさせる気? 現在進行形で国が燃えている最中なのよ!?」


 だから何だ?

 この世界に国が燃えていたら債権放棄しなきゃいけない法律でもあるのか?

 ある訳ねーだろ。国が現在進行形で燃えていようが、ミサイルぶち込まれていようが関係ない。それにこの賠償金は王女であるお前個人に課したもの。話をすり替えるな。

 私達じゃない。お前個人に賠償責任があるんだよ。


「でもそれ、ヘルヘイムに堕ちたお前の親父が世界樹を守る為にやった事だろ? 俺関係なくね?」


 俺は世界樹に向かって花火を打ち上げただけだ。

 花火を国中に打ち落としたのは、お前の親父がやった事だろ。

 すると、アルフォードは唖然とした表情を浮かべる。


「――あ、あなたには人の心がないの……?」

「だったらなんだ?」


 もしかして消火活動手伝って欲しいの?

 ダークエルフの国を攻めに来た俺に??

 しかもタダで? 人の善意に付け込んで、無償の奉仕をさせようって魂胆か?

 それとも、国が大変な状況に追い込まれているのだから、俺が持っている債権を放棄しろとそういう事?


「だ、だったらなんだって……」

「いや、だからさ……もしかして、俺に言いたい事を察しろとか思ってる? 図々しいにも程があるだろ。助けて欲しいなら助けて欲しいと言葉にしてちゃんと言えよ。人に後始末をやって貰おうなんて厚かましいにも程があるぞ。そういう事は、対価を払ってから言えよ」


 まあ賠償金を踏み倒す様な奴に何を言っても無駄だろうけど……。

 すると、アルフォードは歯を食い縛って顔を紅潮させる。


「――わかった……わかったわよ! 条件を飲めばいいんでしょ!? 条件を飲めばいいのよねっ!!」

「怒鳴り声で言う事じゃないが、そうだな。条件を飲めば後始末位してやるよ」


「――えっ? 俺達の意見は……」


 話の途中、『ああああ』がそうボソリと口を挟んできたが、こいつ等の意見はどうでもいい。

 俺は『ああああ』達、当事者の意見をガン無視すると、肩を組んでいた『ああああ』達に視線を向ける。


「――まあ、そういう事だ。お前等、まだ負債を抱えていたよな? ダークエルフの所で働きながらでいい。二ヶ月以内に強くなってこの世界の上級ダンジョンすべてを攻略しろ。そうしたら、晴れてお前達は自由の身だ。セントラル王国に帰還する為に必要な『ムーブ・ユグドラシル(回数制限付き)』をくれてやるよ」


 すると、『ああああ』はピクリと体を振るわせる。


「――ほ、本当かい?」

「ああ、ちゃんと帰してやるさ。セントラル王国にな」


 そう告げると、『ああああ』達は唖然とした表情を浮かべた。

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