第269話 ドワーフに対する罰

「――さて、早速、罰を受けて貰おうか……」


 頭に向かって手を伸ばすと、ドワーフは顔を硬らせ目を瞑る。

 そんなドワーフの様子を眼下に収めながら頭の上に掌を置くと、ドワーフはビクリと体を震わせた。


「――俺の事を助けようとして直前で見捨てたドワーフよ。お前に罰を与える。俺を直前で見捨て、助かる希望を見せた罰として今日からお前がドワーフの族長となれ……」

「へっ……?」


 どうだ。最高に酷く情のない罰だろう?

 それこそ、場合によっては死んだ方がマシと思えるほどの……罰則だ。

 身勝手で、自分の事しか考えてないドワーフを纏めなければならない。それは、このドワーフにとって地獄の様な罰になるだろう。

 何で、一度は俺の事を助けようとしたドワーフにこんな酷い罰を与えるのかって?

 決まっているだろ。他人の意見に流されやすく主体性のない奴が一番厄介だからだよ。

 だったら最初から敵対してくれていた方がありがたい。味方の振りをして近付いてくる奴ほど、厄介な奴はいないのだから。


 俺がそう告げると、ドワーフはポカンとした表情を浮かべる。


「お、俺が族長に……?」

「そうだ。お前が族長になるんだ。安心しろ、誰にも文句は言わせない。ついでだ。お前には、それなりに強い権限も与えよう」


 族長という名ばかり管理職の栄誉と共に、契約書という絶対遵守の力をな……。権力に胡座を描いて滅茶苦茶な事ができないように、どんな事を命令したか報告義務を課すし、場合によっては厳罰を処すかも知れないけど……


「ほ、本当に? この俺が族長に……?」

「…………」


 あれ? おかしいな……まさか、嬉しいのか?

 族長になるって、そんなに嬉しい事なのか?

 変態かコイツ、意味がわからん。

 こいつ等が喜ぶ族長という役職は、宗主国に逆らう事のできない属国の長の様な立場。実質的には、中間管理職の様なものだ。

 何か問題が起これば主体的に動かなければならないし、場合によっては集中砲火を浴びる事になる。

 俺なら御免だね。そんな立場。喜んでいる人の気が知れない。

 とはいえ、族長の地位を与えられ喜んでくれるなら、その地位に課せられた職務もキチンと果たしてくれる事だろう。裏切ったら首をすげ替えればいいだけだしね。


 気を取り直すと、俺はそれを悟られない様に言う。


「ああ、今日からお前がドワーフの族長だ……」


 すると、族長ドワーフから反論の声が上がる。


「――ちょっと待てっ! 何を勝手に族長の座を……現族長であるワシはどうなる! ワシの意向は!? 長くドワーフの族長を務めてきたワシの意向を無視して決めるつもりか!? ふざけるな……ふざけるんじゃないっ! 勝手な事を抜かすな! ワシは認めんぞ……絶対に認めんっ! そ奴が族長になるならワシは集落から出て行く! なあ、皆、そうだろう!? 族長はワシの息子が継ぐと息子が生まれた時から決めていたんだ! 好き勝手はさせぬぞっ!」


 どうやら、俺の采配に文句があるらしい。

 俺を奴隷にしようとして反撃をくらい逆に奴隷となったドワーフの分際で生意気な奴である。


「ふーん。そう……俺の言う事が聞けないんだぁ……」


 なるほど、お前の意見はよく分かった。

 それじゃあ、遠慮はいらないな。


「――ふんっ! だがな、ワシの息子を族長に据えるというのであれば、話を聞いてやっても……」

「いや、いいや。それじゃあ、お前は、集落から出て行くという事で……達者に暮らせよ。ああ、でも俺と結んだ契約書の効果は有効だから月に一度、必ず既定の量のレアメタルを納めてもらうぞ」


 あの地下集落は、俺のエレメンタルが二度に渡って修復しているんだし、そこに住む者を決める権利は俺にあるよね。

 お前の事は、族長としての経験を活かし、権限を持たない名誉顧問として永久に新族長ドワーフに仕えて貰おうと思っていたが残念だ。


「――さて、後は、俺の事を率先して見殺しにしようとしたドワーフ達をどうするかだな……」


 こいつ等の処遇は正直悩みものだ。

 すると、元族長ドワーフは唖然とした表情を浮かべた。


「――えっ? いや、ちょっと待て……ワシ、集落から出て行っちゃうんだけど、本当にいいのか? 集落から出て行っちゃうけど、本当にそれでいいのか??」


 元族長ドワーフが譲歩して欲しそうな顔をしている。

 しかし、俺の出した結論に変更はない。


「しつけー爺だな。良いって言ってんだろ。集落から出て行きたいんだろ? だったら、出てい行けよ。お前に着いて行きたいというドワーフがいたらそいつ等も連れて行っていいぞ」


 もしいたらの話だけど……。

 契約書を結んでいる以上、元族長ドワーフが集落から出て行った所で問題ない。

 地下集落から口煩い老害が消えるだけの話だ。

 むしろ好都合である。地下集落に住めないというのであれば、どんどん、出て行って貰おう。

 レアメタルの対価として渡す食糧物資の量も減り万々歳だ。


「なぁ!? 何だとっ! う、うぐぐぐぐっ……まだ数十年しか生きていない若造の分際で生意気な……」


 元族長ドワーフは悔しそうに表情を歪めると、唾を飛ばしながらドワーフ達に訴えかける。


「――お前達っ! この若造に、ここまで馬鹿にされて悔しいとは思わんのか! ワシは今、あの地下集落から出て行く事を決意した! ワシと共に地下集落を後にしようとする者は、このワシに続け! お前達の生活はこのワシが保証する。こんな若造の思い通りにはさせ……」


『こんな若造の思い通りにさせはしない』とでも言おうとしたのだろうが、善良な俺としては、元族長ドワーフの甘言に引っかかり可哀想な目に合うドワーフを量産するのは忍びない。

 話の腰を折るようで悪いが、誤解があるといけないので、話に割って入る。


「ああ、一つだけ思い違いをしているようだが、契約書の効果が無くなった訳じゃないからな? さっきも言ったが、地下集落から出て行ったとしても最低限のノルマはこなして貰うぞ」


 そう告げると、元族長ドワーフは発言をピタリと止める。


「――なっ、なぁ……」

「――もう一つ忠告しておくが、こいつの甘言を真に受けてノルマをこなせなかった場合、その瞬間からお前達は、自由も意思も何もない俺にレアメタルを納品するだけの存在に成り果てるから気を付けろよ」


 俺としては、契約書の効果で強制的に働かせてもいい。だが、世界樹が燃える事により契約書の効果が無くなる可能性がある事が分かった今、できる限り恨みを買いたくはない。契約書の効果が切れたら真っ先に俺が刺されそうだ。


「――そ、そんなぁ……」


 俺が忠告すると元族長ドワーフがその場で崩れ落ちる様にして膝を付いた。

 どうやら、もう言いたい事は無い様だ。

 短い反乱だったな……


「――それじゃあ、地下集落から出て行くのはお前一人と言う事で……」


 老兵は死なず、消え去るのみ。役割を終えた者は表舞台を去る。これが世界の常だ。


 すると、元族長ドワーフが俺の足に縋り付いてくる。


「ち、ちょっと待って下さいっ! 今、地下集落から出されたら死んでしまいますぅぅぅぅ!? どうか、ワシも地下集落に置いて下さいぃぃぃぃ!」

「――はあっ?」


 何、言ってんだこいつ?

 さっき、自分で『ワシは今、あの地下集落から出て行く事を決意した! ワシと共に地下集落を後にしようとする者は、このワシに続け! お前達の生活はこのワシが保証する』とかなんとかほざいていたよな?

 あの時の言葉は何だったんだ? 意味が分からん。


「――邪魔だ、糞爺。俺に縋り付くな!」


 そう言って、元族長ドワーフを足蹴にすると、元族長ドワーフは目に涙を浮かべ、より強固に縋り付く。


「――違うんですっ! さっきのは違うんです! だって、皆、着いてきてくれると思ったから! 族長であるワシがそう言えば、皆、着いてきてくれると思ったんです! まさか誰一人として着いてきてくれないとは思わなかったんですぅぅぅぅ!」


 そう言えば、こいつの息子も、この元族長ドワーフに着いていこうとしなかったな……。どれだけ人望が無いんだ、こいつ。自分の生活の保障すらできない奴がよく『お前達の生活はこのワシが保証する』なんて吐けたな。

 もしかして、着いてきたドワーフを体よく働かせるつもりだったのか?

 厚かましいにも程がある。そういうのは、一人で自立できるようになってから言えよ。他人を頼るな。本当に厚顔無恥という言葉がよく似合う糞爺だな。


「そうか、そりゃあ残念だったな。だが、そんな事は俺の知ったこっちゃない。出て行けよ。出て行きたくないなら、お前の有用性を俺に示せ。そうしたら、考えが変わるかも知れないぜ?」

「ぐ、ぐううっ――」


 チャンスを上げると、元族長ドワーフは悔しそうに顔を歪め、考え込む。


 ぶっちゃけ、元族長ドワーフに期待はしていない。

 精々、俺の邪魔をしない事。それが、この老ドワーフにできる最善だ。

 下手に権力を持った老人ほど厄介な存在はいないからな。


「あと、十秒以内にお前の有用性を示せ。もし有用性を示す事ができなければお前を地下集落から追い――」


 そう発破をかけると、元族長ドワーフは慌てふためく。


「ち、ちょっと、待て! 有用性なんて言っても、ワシの有用性なんて、生きてきた時の長さと顔に刻んだ皺の多さ以外には思いつかな――」


 すると、そこまで言って、元族長ドワーフが閃く。


「――そ、そうだ! 新しい世界……新しいの世界を開放する手段を知っています!  その世界には、氷と霜の世界が広がっているとか、いないとか……」

「ほう――」


 氷と霜の世界が広がっている世界となると、巨人族が住むといわれているヨトゥンヘイムかな……?

 流石は元族長、長い時を生きてきただけの事はある。


「――いいだろう。その話が本当であれば、地下集落に住まわせてやる」


 そう言うと、元族長ドワーフは不満そうな表情を浮かべた。


「い、いや、できれば、族長に類する地位が欲しいのですが……ほ、ほら、ワシ……一応、ドワーフを纏める族長だったし、族長を辞めるからにはそれなりの地位が欲しいなぁなんて……」


 本当に厚かましい奴である。

 とはいえ、元々、こいつは権限を持たない名誉顧問として、新族長ドワーフの補佐に付ける予定だった。

 仕方がない。意を酌んでやるか……


 俺はため息を吐くと、元族長ドワーフに話しかける。


「――まあいいや、それじゃあ早速、新しい世界を開放する手段とやらを聞かせて貰おうか……話はそれからだ」


 そう言うと、元族長ドワーフはポツリポツリと新しい世界を開放する手段を話し始めた。

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