第268話 ヘルヘイム⑥

「――き、貴様……貴様ぁぁぁぁ! 何と言う事をしてくれたんだっ! 回復薬なんて使ったら娘が……娘が一命を取り留めてしまう……共にヘルヘイムに向かう事ができなくなってしまうではないかぁぁぁぁ!」


 残り時間は二分。

 娘の回復を祈る所か、罵倒してくるとは、流石はダークエルフの元国王……いや、酷王だ。

 徹底徹尾、自分の事しか考えていない。

 自分の事しか考えていない厚顔無恥な無能がよくもまあダークエルフの国を治めていたものだ。改めて、契約書の効果の絶大さを知ったよ。


「――今すぐ娘を返せ! 娘を返せぇぇぇぇ!」

「お前さぁ……いい加減にしろよ?」


 一緒にヘルヘイムに向かうには、あと二分以内に娘を殺さなければならない。だから、今すぐ私に娘を返せと、そういう事か?

 返す訳ないだろ。人の命を何だと思ってるんだ?

 一人で逝くのが寂しいから、他の人を巻き込んで逝く。それはもはや自爆テロと何ら変わらない。悪辣すぎて反吐が出る。


「――周りを見て見ろ……」

「はっ? 一体、何をっ……ううっ!?」


 周囲を見渡すと、ダークエルフ。そして、ドワーフ達の侮蔑に満ちた視線がルモンドに突き刺さる。


「――な、なんだ……なんだその目はっ! ヘルヘイムに実の娘を連れていく事の何が悪い! 何が悪いっ!! 大体、お前達が……ドワーフ共が私の為に泣かないからこんな事になっているんじゃないかっ! たった一人……たった一人、私の為に泣いてくれるドワーフがいれば、こんな事はしなくて済んだ。それを棚に上げてお前達は……お前達はぁぁぁぁ! そんな目で私を見るなっ! 見るんじゃないっ! 見るなぁぁぁぁ!」


 そう言って、絶叫するルモンドに俺は冷たい視線を向ける。


「――お前が、自分に対する優しさのほんの一欠けらをドワーフに与える度量のある王だったら話は違ったかもな……」


 自分自身に対する優しさのほんの一欠けらを分けて上げていたら、少なくとも、誰かしら泣いてくれた筈だ。自分自身に対する優しさ百パーセントで生きていたら当然、そうなる。ピンチに陥った時、助けてくれる奴がいる筈ない。


「――今のお前は同じ種族のダークエルフにすら蔑まれ、ドワーフに憎まれる存在。ヘルヘイムに堕ちるなら一人で堕ちろよ。酷王」

「――い、嫌だ、嫌だぁぁぁぁ!!」


 残り時間は三十秒。

 最後の手向けに、影の中からルモンドの娘、アルフォードを出してやると、目覚めたアルフォードは、ルモンドを見て「ひいっ!?」と短い悲鳴を上げる。


「いや……嫌ぁぁぁぁ! 消えて……消えてよ。近寄らないでっ!」

「――なっ!?」


 娘が漏らした言葉が余程ショックだったのか、唖然とした表情を浮かべると、それに呼応するかの様に、無数の黒い手がルモンドの両手両足を掴んだ。


『――さて、時間だ』


 ヘルがそう言うと、地獄の釜でも開いたかの様に地面がひび割れ、ルモンドを地割れの底へと引き摺り込んでいく。


「――嫌だぁぁぁぁ! 一人でヘルヘイムに堕ちるのは嫌だぁぁぁぁ!!」


 往生際が悪くその場に踏み止まり、他人を巻き添えに魔法を発動させようとするルモンドに偶々、持っていたロケット花火を向けると、導火線に火を付け照準を合わせる。

 このロケット花火は俺からの手向けだ。


「じゃあな、孤独で哀れなダークエルフの元国王。ヘルヘイムで楽しくやれよ」


 大丈夫。ヘルヘイムに堕ちても大丈夫だ。

 きっと、ヘルヘイムにはお仲間がいっぱいいるぞ。お前と同じ外道な仲間がいっぱいな……。


 ロケット花火の射出と共にそう言うと、ロケット花火の『パァンッ!』という破裂音に驚いたルモンドが足を滑らせ地割れの中に真っ逆さまに落ちていく。


「――い、嫌だぁぁぁぁ!」


 ――ガコンッ


 そして、ルモンドが地割れに飲み込まれてすぐ、割れた地面は元の落ち着きを取り戻した。


 死して屍拾う者なし。これまでの功績なんて一切関係ない。

 遺体は残らず、全ての国民に忌み嫌われ、最後には、肉親にさえ悲鳴を上げられる。ダークエルフの国を治めていた王の最後としては、可哀想になる程、哀れな最後だ。

 

「さて、一件落着だな」


 ドワーフの地下集落を破壊し、自分の命の為なら他者の命を生贄に捧げても何とも思わない非道な独裁者はヘルヘイムに堕ちた。

 ドワーフの地下集落を二度に渡り襲撃したダークエルフに対する報復が、まさかこんな結果になるとは思いもしなかったが仕方がない。

 ダークエルフの国を治める王は不在。とはいえ、王女様がいるのだから、ドワーフと俺に対する賠償は生き残ったダークエルフ達に負って貰うとしよう。

 彼等もドワーフの地下集落襲撃に加担していたし、契約書の効果で逆らえなかったとしても道義的責任はある筈だ。

 そんな事を考えていると、ヘルが俺に声をかけてくる。


『――いや、まだ終わってないぞ。私はまだカセットガスストーブ、一千台と、防寒具を貰っていない』


 そう言えば、そうだった。

 ルモンドがヘルヘイムに堕ちたのに何でまだヘルがここにいるんだろうと思っていたが、まさかカセットガスストーブと防寒具を受け取る為だったとは……。


「もちろん、すぐに用意させて頂きます」


 仕方がない。約束は約束だからな。

 一度、ゲーム世界をログアウトしてカセットガスストーブと適当な防寒具でも揃えるか。


「一度、元の世界に戻り防寒具を揃えてから戻ってこようと思いますが、受取りはどちらで行いますか? 何なら、ヘルヘイムまで納品に行きますけど?」


 ヘルヘイムは死者の国。基本的に生者は立ち寄る事はできない。

 冗談でそう言うと、ヘルは少し考え込み頷いた。


『――ふむ。そうだな……では、そうして貰おう』

「――へっ……?」


 思いもよらない回答に唖然とした表情を浮かべると、平然とした顔でヘルは言う。


『――お前の持つムーブ・ユグドラシルの移動先にヘルヘイムを追加した。これでいつでもヘルヘイムに来れるな……私はお前の事を歓迎しよう。好きな時、ヘルヘイムに来るがいい』

「あ、え……? えっと……あ、ありがとうございます?」


 疑問形で返事をしたもののこれはどういう……まさかとは思うけど、ゲーム世界の地獄。ヘルヘイムに気軽に立ち寄る権利を貰ったと、そういう事だろうか?

 別にヘルヘイムになんか気軽に行きたいと思わないんですけど?


 そんな事を考えていると、ヘルは恩着せがましく、重大な事を言う。


『なに、礼には及ばん。お前は私の母が特別に目にかけている人間の一人だからな』

「えっ? それはどういう……」


 私の母って、誰?

 俺に、神様の知り合いなんていないんですけど?

 すると、ヘルは口を滑らせたと言わんばかりに口を黙み話題を変える。


『おっと……今の話は忘れよ。そんな事より、お前が持ってくるカセットガスストーブと防寒具。楽しみにしているぞ。安心するが良い。ムーブ・ユグドラシルを経由してヘルヘイムに来た者は殺しはしない。安心してヘルヘイムに来られよ。私の住む場所の近くに「転移門・ユグドラシル」を設置する。まあ転移すれば分かるだろう』


 いや、一度、殺されているので、全然、安心できないんですけれども?

 それ所か、ヘルヘイムには今、堕ちたばかりのダークエルフがいるよね?

 もう二度と会う事はないと思って、ロケット花火発射しちゃったんですけど。


 心配そうな表情を浮かべていると、ヘルはまるで俺の心を読んだかの様に言う。


『――安心するが良いと言った。あの者はヘルヘイムの最下層、ニヴルヘルに送ったからな。もう会う事はない。ヘルヘイムは、一般的な死者の住む場所。あのダークエルフが住むにはそぐわんからな……それほどまでに世界樹を燃やした罪は重い』

「な、なるほど……」


 一歩間違えば、俺もニヴルヘルに落とされていた訳か……危ない所だった。

 今度からは、報復する時は世界樹を傷付けない様に気を付けなければ……。


 俺は軽く『ふぅ』と軽く息を吐く。


『――それでは、私はヘルヘイムに帰る。できる限り早く持ってくるのだ。ヘルヘイムは寒いからな』

「わかってますよ。用意が終わり次第、ヘルヘイムに納品させて頂きます」


 約束を反故にして、ニヴルヘルに堕とされたら堪らないしね。


『それでは、待っているぞ』


 そう言い残すと、ヘルは地中に身を沈めヘルヘイムに戻っていく。


 ヘルがヘルヘイムに戻って行くのを見届けると、俺は呆然とした表情で立ち竦むダークエルフとドワーフ、そして、『ああああ』達に視線を向けた。


「さてと……言いたい事は色々あるが、まずはアレだな……」


 つかつか歩きドワーフ達の下に向かうと、俺は命令する。


「……『命令』だ。俺を助けようとして見捨てた奴と、大喜びで俺を見捨てた奴。前に出てこい」


 すると、四人のドワーフが嫌そうな顔を浮かべ前に出た。

 良かった。このドワーフ達の契約書は無効になっていなかったらしい。

 ドワーフ達は口々に「――すまなかった!」「――出来心だったんだ!!」「――助けてくれ!?」と連呼している。中には、涙を流す者までいた。

 でも、俺の事を見捨てておいてそれはないよね?


「……まずは、俺の事を助けようとして見捨てたドワーフからいくか」


 そう言いながら近寄ると、ドワーフは両手を大地に着け涙を流しながら謝罪してくる。


「――も、申し訳ございませんでした! あれは出来心……出来心だったんです……!」

「そっか、出来心か……うん。そうだね。あれは良くなかったよね。人に助かるかもしれないと希望を見せてから見捨てるの。あれは、良くなかったよね?」


 俺でなきゃ死んでいた。

 いや、まあ実際、死んだけど……

 あの絶望感は中々だ。何かあったとしても、このドワーフにだけは助けを求めるのはやめておこうと心に刻む程に……。


 ドワーフの頭をがっしり掴むと、俺は優しく話しかける。


「……でも、まあ一度、助けようと手を伸ばした事には礼を言っておくよ。ドワーフにも、人間を助けようという気概がごく僅かにでもあったのかと感動した。まあ結局、チャンスとばかりに俺の事を見殺しにしたから罰は受けて貰うけど……」


 殺るなら計画的に……確実に亡き者にしなくちゃね。もし、殺る対象が生き残ったら致命的な状況に追い込まれる事になるよ。今の様にね。


 呟く様にそう言うと、ドワーフは一筋の汗を流した。

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