第267話 ヘルヘイム⑤

「――いい気になるなよ人間っ! クソドワーフ共ぉぉぉぉ! 私の為に泣かぬというのであれば、もうどうでもいいわっ! 皆、皆、死んでしまえっ! 我が臣下共よっ!! 命令だ! 人間もドワーフも、皆、皆、皆殺しにしろぉぉぉぉ! そして、すべてが終わったら自害するのだっ! 私だけ死ぬだなんて絶対に許さん! 死が確定しているならば、ここにいる全員を道ずれにしてやる! ほら、お前達、何をやっているっ! 魔法を放てっ! 十分以内に皆殺しにしろぉぉぉぉ! ふははははっ!」


 残り時間、十分前にしてルモンドが狂った様に声を荒げ、そう叫ぶ。


 泣かぬなら殺してしまえほととぎすってか?

 醜いな。流石は性悪ダークエルフの王だ。

 自分の命を最優先に、娘や国民を犠牲にしようとするだけの事はある。

 実に往生際が悪い。殆ど、自爆テロの様なものだ。


「――どうしたぁ! 我が臣下共よ! サッサと皆殺しにしろよ。私の声が聞こえないのか!? お前らの耳はただの飾りか!? それは飾りか何かなのかっ!?」


 そう癇癪を起すルモンドに対して、まだ耳を傾けるだけの度量を持つダークエルフの臣下達はルモンドを怒らせない様に慎重に言葉を選び、苦言を述べる。


「――で、ですが、陛下。流石に皆殺しは……それに我々の魔力はもう残っていな……」

「――うるさぁぁぁぁい!! 下民如きがこの私に意見するなぁぁぁぁ! いいからお前達は黙って私の言う事を聞いていればいいんだっ! 誰がお前に意見を求めたっ! 誰が求めた!? 私は命令したのだ。良いからここにいる全員を皆殺しに……っ!?」


 そこまで叫んで、ようやくルモンドは気付く。

 何故、契約書によって縛られている筈のダークエルフの臣下達が苦言とはいえ口答えできるのかと……。

 何故、『命令』に従いドワーフ達を皆殺しにしないのかと……。

 ルモンドは戸惑い狼狽する。


「――お、おおおお、お前達……何故、私の命令通りに動かんのだ……!? お前達は、全員、生まれたその日から契約書に縛られていた筈……なのに何故……何故ぇぇぇぇ!?」


 言葉の半分は自問自答に近い。

 自分に言い聞かせる様にそう呟くと、それを間近で見ていたヘルヘイムを統べる神、ヘルがほくそ笑む。


『――おかしな奴だ。死者が生者に干渉できる訳なかろう。今のお前は私の手を介しているからこそ、この世界の者に干渉できるだけだ……言ったよな? 『権限を制限させて貰う』と、当然それには、契約書の効果も含まれる。まあ、その契約書の強制力も、お前がこの世界にある世界樹の契約を司る部分を焼いた事で既に無効化されているがな……』

「――なっ!? なぁああああっ!? そ、そんなぁ……そんな馬鹿なぁぁぁぁ!!」


 ヘルの言葉を聞き絶叫するルモンド。

 その気持ちはよく分かる。そうか、世界樹を焼くと契約書の効果も無効化されてしまうのか。他人事じゃないな、今度から世界樹を攻撃するのは止めておこう――って、うん? それ、大丈夫なのか……??


『この世界にある世界樹の契約を司る部分を焼いた事で無効化されている』という事は、この世界で生産された契約書の効果は軒並み無くなっているという事に他ならない。


 それじゃあ、俺が持っている契約書の効果は?

 その中にもしこの世界で作られた物が混じっていたとしたら?


 唖然とした表情でヘルに視線を向けると、ヘルは――


『まあ、そういう事だ。効果の無くなった契約書はその役割を終え、正本が黒ずむ。心配なら後で確認してみるといい』


 ――と、俺の心を見透かしたかの様に言った。


「――ち、ちょっと待てぇぇぇぇ! という事は、どういう事だっ!? 私の発した命令はどうなる!? 皆殺しは? 自害は?? まさかとは思うが、私一人だけがヘルヘイムに落ちるなんて事はないだろうなぁぁぁぁ!?」


 ルモンドの言葉にヘルは首を傾げる。


『――暗にお前だけがヘルヘイムに堕ちるんだよと、そう言っているのだが、わからなかったか? 嫌なら条件をクリアして見せろ。条件をクリアできないなら、そうなるのは当たり前だろう? 世界樹を燃やしたダークエルフの守人よ。まさかとは思うが、最初から条件がクリアできなかった時は皆を道連れにヘルヘイムに堕ちるつもりだった訳ではないよな。もしそうだとしたら良識を疑うぞ。他人を巻き込んで死ぬとか、仮にも一国の王だった者がやる事か? 最低だな。お前……』

「――ううっ!? うがぁああああああああっ!!」


 ヘルにより契約書の効果が無効化されている事を告げられ絶叫するルモンド。


 ああはなりたくないものだ。

 まさか、契約書をそんなふうに使うとは……

 王族に逆らえぬ様、生まれた時から契約書で縛り付けるなんて最低最悪の奴である。

 契約書は、話の通じない人や交渉事に使うもの。

 自分の死が近付いているからといって、皆殺しや自害を命じるなんて発想が前時代的なんだよ。卑弥呼かお前は……自分の墓に、奴婢を生き埋めにする行為と大差ないぞ。


 さて、メニューバーに表示されている時間を見るに、残り時間は後、八分といった所。


「うがぁああああっ!? 何故だっ! 何故、この私だけがヘルヘイムに堕ちなくてはならない! 私は王だ。ダークエルフを統べる王だぞっ! なのになんでっ!? なんでぇぇぇぇ!」


 まあ、それは、故意にしろ、故意じゃないにしろ、世界樹を攻撃したからだろうな。

 そもそもの発端は、育て方を間違えたお前の娘がドワーフの地下集落を襲撃した事に起因する。折角、命を助け、五兆コルの賠償で済ませてやろうとしたのに、それをふいにする所か、再度、侵攻してくるからそうなるのだ。きちんと賠償し、ドワーフの住む地下集落を襲わなければ、こんな事にはならなかった。

 これに懲りたら今後、払うべきものはちゃんと払った方がいい。

 ヘルヘイムに堕ちてから後悔しても遅いので、それは来世での話になるけれども……。

 すると、アルフォードがルモンドの側に寄る。

 恐らく、父親であるルモンドを諫めるつもりなのだろう。


「――お、お父様……」

「嫌だっ! 嫌だぁぁぁぁ! たった一人でヘルヘイムなんかに堕ちたくないぃぃぃぃ!」


 残り時間はあと七分。最後に残された時間で、親子水入らず語り合えばいいのに……。

 それすら拒否して絶叫するルモンドに、俺はヤレヤレと首を振る。


「――安心しろよ。お前の事は忘れない。お前はこれから先、一人で死ぬの嫌さに国民全員を巻き込んで自害しようとした愚王として名を残すことになる。ダークエルフ達は、そんなお前を反面教師に逞しく生きていくだろうさ。だから安心して、ヘルヘイムに堕ちろ」


 親指を立てガッツポーズを極めると、ルモンドが俺を睨み、わめき散らかす。


「――き、貴様ぁぁぁぁ! 元はと言えば、貴様のせいでこんな事になったんだろうがぁぁぁぁ!! 呪ってやる! 呪ってやる! 呪ってやるぞ! 絶対にお前の事を呪い殺してやるからなぁぁぁぁ!」

「コワ~~……やだ、あの人、耳が痛かったのかしら……本当の事を言ったらキレ始めたわ。ああいう人の事を総じてキチガイって、言うのよ。文字通り本当に気が狂っていらっしゃるわ。そうは思わない? アルフォードさん?」

「――ええっ……」


 顔の至る所に青筋を浮かべたルモンドを揶揄し、話しかけると、アルフォードは『この人、なんで私に話しかけてくるの?』と困惑した表情を浮かべた。


「――と、まあ冗談はここまでにして……今の内に、シャバの空気を吸っておけよ。ダークエルフの元国王様。もう二度と、こっちの世界に戻ってくる事はないんだからな。最後だ。お前の娘と最後の語らいをするといい。まあ残り五分もないけれども……」

「――ふ、ふざけるなよ。貴様ぁぁぁぁ!」


 ふざけてなんかいない。至って真面目だ。後、五分でお前はヘルヘイムに送還される事になる。


 心配そうな表情を浮かべ、ルモンドに視線を向けるアルフォード。

 俺も鬼じゃない。最後の数分間位、親子最後の会話を大人しく見ていてやるさ。


 怒り狂うルモンドから離れると、アルフォードがルモンドと最後の話をする為、近付いていく。


「お、お父様っ……」


 悲痛そうな表情を浮かべ、ルモンドに近付くアルフォード。

 残り時間は四分。もうあまり時間は残されていない。


「アルフォード……私の愛娘よ……」


 たった四分で何を話すのか、固唾を飲んで見守っていると、ルモンドはアルフォードを抱擁する。

 そして、醜く笑うと、手の内に隠していた短刀をアルフォードの背中に突き刺した。


「お……お父様……?」


 激しい痛みが背中に走ったのか、ルモンドに視線を向けたまま崩れ落ちるアルフォード。

 ルモンドは苦しそうに息を吐くアルフォードを見て、愉悦の笑みを浮かべる。


「お、おおっ……流石は我が娘だ。一緒にヘルヘイムに堕ちてくれるか。そうかそうか。それなら私も安心だ……あそこは寒いからな。だが心配ない。他の者が着いてきてくれなくても、私はお前がいればそれでいい。見ろ……お前達。見ろ! 我が娘、アルフォードはヘルヘイムに着いてくる事を了承したぞ! だから、この私に近付いてきたのだ! 優しいアルフォードは私が寂しい思いをしないようにと着いてくる事を決心したのだ!」


 反吐が出そうになる見せ物だ。

 敵ながら最後の最後でこんな胸糞悪い光景を見せ付けられるとは思いもしなかった。


「……シャドー」

「――な、何なんだっ!?」


 影の精霊の名を呼ぶと、アルフォードの体に影が掛かり、そのまま影の中にアルフォードを引きずり込んでいく。


「ア、アルフォードッ! アルフォードォォォォ!」


 影を経由してルモンドからアルフォードを奪うと、ルモンドは目を充血させ、憤怒の表情で睨み付けてくる。


「き、貴様ぁぁぁぁ! 貴様のせいかぁぁぁぁ! 私のアルフォードを拐って何をする気だっ!? 返せっ! 私のアルフォードを返せぇぇぇぇ!!」


 筋金入りの馬鹿だな。害されるとわかっていて返す訳がないだろ。愚か者め。

 アイテムストレージから上級回復薬を取り出すと、ルモンドの顔色が変わる。


「おのれ貴様っ! 何をするつもりだっ! ま、まさか……!? 止めろ! 止めろぉぉぉぉ!」


 どうやら、これから俺が何をしようとしているか悟った様だ。

 俺は上級回復薬の蓋を開けると、それをそのまま影の中に流し込む。

 すると、上級回復薬はみるみる影の中に消えていき、しばらくすると、すやすや眠るアルフォードの寝息が影の中から聞こえてきた。


 どうやら一命を取り留めたようだ。まあ、使ったのは上級回復薬だからな……当たり前か。しかし……


「――本当に……胸糞悪いもの見せやがって……」


 数分とはいえ、最後の時を親子水入らずで過ごさせようと考えた俺が馬鹿だった。

 そう呟くと、俺は、アルフォードをシャドーに任せると、訳の分からぬ事を絶叫するルモンドの前に立ち塞がった。

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