第271話 後始末②

「――で、でも……俺達、レベルが初期化されて――」


 弱気な事を言う『ああああ』に俺は背中を軽く叩きながら諭すように言う。


「ああ、だから死ぬ気で頑張れよ。セントラル王国に帰りたいだろ……?」


 別に帰りたくなければそれでいい。俺はチャンスを提示した。それを蹴るというならばもう知らない。勝手にすればいいと思う。

 その時は、エレメンタル達を引き連れ総出でダンジョン攻略に挑むまでだ。

 未知のダンジョン攻略ほど危険なものはないので、できれば引き受けて欲しいけど……。


「さて……念の為、聞いておくが、俺が出す条件のすべてを飲むって事でいいんだよな?」


 もしその場凌ぎの嘘だったり、支払が滞ったり、利息代わりに受け取る契約書の納品や二ヶ月以内に『ああああ』達を上級ダンジョンを攻略できるレベルに育てられなかった場合、本格的に俺が敵に回す事になる。

 それでいいか尋ねると、アルフォードはコクリと首を前に倒す。

 アルフォードの表情は肯定した割に苦々しいものだった。まあ、拒否という選択肢は最初から無いのだから当然だ。


「……よし。それじゃあ、契約成立だ。後で契約書もちゃんと結んで貰うからな。それと、契約書の効果を無効化するアイテムも没収するからそのつもりで」

「――えっ?」


 そう告げると、アルフォードは唖然とした表情を浮かべる。


 気付いていないとでも思っていたのだろうか?

 契約書の副本は黒ずみ、隷属の首輪が外れている事は確認済み。お前が契約書に縛られていない事は既にお見通しなんだよ。


「な、なぜ……それを……」


 少し慌てた様子のアルフォードから目を離すと、俺は『ああああ』達から距離を取り、燃え盛るダークエルフの国に視線を向ける。


「燃えてるな……」


 世界樹はヘルの不思議な力によって守られている様だが、国は火の海という形容詞が似合う程に轟々と燃えている。

 これ……今更、鎮火する意味あるのか?


 アイテムストレージから双眼鏡を取り出し覗いてみると、燃え盛る建物の隅でダークエルフ達がうつ伏せになって倒れているのが見える。

 恐らく、魔力切れ……または、一酸化炭素中毒のどちらかにより倒れたのだろう。

 いずれにしろ助け出さなければまずそうだ。


「クラーケンは鎮火を、他のエレメンタルはダークエルフの救出を頼む……」


 報酬はペロペロザウルスのTKGだ。これが終わったら沢山、食べさせてやるからな。

 そうお願いすると、俺の周囲を漂っていたエレメンタル達に光が灯り、エレメンタル達が国中に散っていく。


「「「――おお……」」」


 ダークエルフを助ける為、国中に散る崇拝対象のエレメンタルを見て、思わず感嘆の声を上げるドワーフとダークエルフ。ダークエルフとドワーフ達が感嘆の声を上げ、エレメンタルに熱い視線を送る中、エレメンタルが国中に散っていくのを見届けた俺はボソリと呟く。


「さて、この間に契約を交わしちまうか……」

「「「――えっ!?」」」


 そう呟いた瞬間、まるで時が止まったかの様に皆の表情が固まった。


 何かおかしい事を言っただろうか?

 エレメンタルに任せておけば、消火活動も火災に巻き込まれたダークエルフの救出もすぐに終わる。

 影の精霊・シャドーには上級回復薬を初めとした各種回復薬を持たせているので、救護活動も万全。致命傷を負っていない限り高確率で助かる筈だ。

 そして、目の前には魔力を使い果たし役立たずとなったダークエルフ達と、俺の帰還を咽び喜んで泣いているドワーフ達、そして、『ああああ』達がいる。

 現状、こいつ等はエレメンタルの消火・救護活動を遠くから眺める以外、やる事はない。こういう事は、エレメンタルが消火・救護活動をしている間に終わらせるに限る。と、いう事で……


「さーて、お前等、ちゃっちゃと並べー」


 テーブルと椅子を置き、契約書を並べると俺は椅子に座る。


「エレメンタルが帰って来るまでの間に、全員。契約を済ませるぞー。もし一人でも契約を結ばない者がいた場合、救助活動を打ち切り、お前達が住む場所すべてをぶっ壊した上で帰るからそのつもりで……さあ、わかったら並ぼうか……」


 救護中のダークエルフは、寝ている間に契約書へサインして貰う予定だ。

 なに、契約書は適当な名前であったとしても直筆であれば問題なく効力を発揮する。

 よかったね。絶賛気絶中の者も絶望した表情を浮かべる者も等しく俺の為に働く事ができるよ。

 そう言うと、俺は笑みを浮かべた。


 ◇◆◇


 あいつは悪魔の様な人間だ。


「う、ううっ……」

「なんで、俺達がこんな目に……」


 契約書にサインさせられ咽び泣くダークエルフの同胞達を前にして私ことアルフォードは無力感に打ちひしがれていた。


「終わった……完全に終わった……」

「だから言ったんだ……もし万が一、帰ってきた時、怖いから余計な事をするのは止めようって……」

「今更、そんな事を言っても仕方がないだろ……ああ、俺はなんて事を……」


 何故か、あの悪魔の様な人間と共に国を攻めてきたドワーフ達まで咽び泣いている。もしかして、あの人間……ドワーフに嫌われているのだろうか?


「俺達、いつになったら元の世界に戻れるんだ……」

「その内、帰れるさ……カケル君の怒りが収まったらな……多分だけど」


 どうやら同族である人間からも嫌われている……いや、煙たがれている様だ。

 いやいや、話が逸れた。今はそんな事を考えている場合ではない。


 国王であった父はヘルヘイムに堕ち、世界樹の麓にあった私達の国は火の海。

 精霊様が懸命に消火活動を行っているが、我々の国の建物はすべて木製。復興には十数年の時間がかかるだろう。

 先ほど、強制的に結ばされた契約も復興の足かせになっている。

 今回、強制的に結ばされた契約は大まかに四つ。


 一つ目は、人間奴隷共を二ヶ月以内に上級ダンジョンが攻略できるレベルまで育て上げる事。二つ目は、毎月一千枚の契約書を納品する事。三つ目は、五兆コル支払う事。四つ目は、支払いを終えるまでの間、絶対服従を強いられる事。


 二つ目の条件に関しては、五兆コル支払い終えるまでの利息的意味合いがあるとの事だが、結んだ後でこの契約書の悪辣さに気付かされた。

 あの悪魔の様な人間の悪辣さに……。


 この契約書……五兆コル返済すれば契約が自動的に切れる様になっているが、どう考えても無理筋だ。


 国は現在進行形で燃え盛っており、復興するには多額の費用と時間がかかる事が予想される。加えて、二ヶ月間に及ぶ生活奴隷共のレベリング……。最低、二ヶ月間は生活奴隷共のレベリングに付き合ってやらねばならない。

 国の復興とレベリング、そして、契約書の生産の三つを同時並行して行わなければならないのだ。

 しかも、世界樹を故意に傷付ければヘルヘイムに堕とされる可能性がある事を示唆された。今までは、地面に落ちた枝を契約書に変えていたから問題なかったが、これから毎月、一千枚の契約書を作成するには、ヘルヘイムを支配する女神、ヘル様の機嫌を損ねないギリギリの量、世界樹の枝を伐採しなくてはならない。

 文字通り命懸け。採取できる世界樹の量によっては契約書一千枚に届かないかも知れない。何より作成にかかる時間も、利息として持っていかれる契約書の量も非常に多く、それと並行して五兆コルもの大金を返済するなんてできる筈がない。


「なんで……なんでこんな事に……」


 高々、ドワーフの集落一つ潰しただけなのに……。


 敵対する種族の集落一つを潰しただけで、国と世界樹を焼かれ、王はヘルヘイムに堕とされ、挙句の果てには国民全員契約書に縛られ、五兆コルの支払いと毎月一千枚の契約書の納品を約束させられるだなんて酷過ぎる。


 肩を落としうな垂れていると、同胞の救出と消火活動を終えた精霊様方があの悪魔に……カケルという人間の下に集まっていくのが見える。


「――くっ……!」


 精霊様も精霊様だ!

 何故、我々、ダークエルフではなく人間如きの味方をする……!

 この世界の世界樹を守ってきたのは私達、ダークエルフだ。

 精霊様は世界樹から生れ出づるもの……私達が世界樹を守ってきたからこそ、この世界に存在する事ができると言っても過言ではない。


 契約書の正本を握り締め苦々しい表情を浮かべていると、そんなアルフォードの姿を見て、カケルが心配そうな表情を浮かべ近付いてくる。


「あれ? 気分が優れないようだが、大丈夫か?」

「――ふん……! 一丁前に心配した素振りを見せるとは白々しい……。一体、何が目的だっ! 何を考えている!」


 この人間は信用に置けない。

 信用したが最後、食い物にされるだけだ。


「――いや、何って……」


 カケルはポリポリと頬を掻くと、軽くため息を吐く。


「国の復興……どうしようかなって、思ってさ……時の精霊・クロノスの力を借りれば一瞬にして焼け落ちる前の国の姿に戻す事ができるんだけど、どうする?」

「――なっ!?」


 ――何ですってっ!?


 カケルの側を舞う精霊に視線を向けると、その内、一体の精霊が『その程度の事、楽勝だ』と言わんばかりに宙を舞った。


 精霊様のお姿を見れば、その言葉に嘘がない事は容易にわかる。

 それだけに分からない。一体、何が狙いだ?


「――いや、狙いも何も……既に対価を貰っている・・・・・・・・・・から、ついでに戻してやろうと思ってさ。その方が安心して契約を履行できるだろ?」


 どうやら、心の声が駄々洩れだった様だ。


「いや、しかしだな……」


 確かに、焼け落ちる前の状態に国を戻す事ができるのであれば、それに越した事はない。復興に係る時間を大幅に省略できるし、余計な金も掛からずに済む。


「――有難い提案だが、お前の狙いが分からない事には……」


 思わず、本音が口から零れてしまった。

 まさか、ドストレートに疑問点が口から出てしまうとは……。


 カケルは首を横に傾けると、不思議な人でも見るかの様な目を浮かべる。


「――いや、さっきも言ったけど、既に対価を貰っているから、ついでに戻してやろうと思っただけだって……」

「うん? 対価??」


 対価とは何だ?

 もしや契約書に記された五兆コルの事か?

 それなら納得だが……。


 すると、カケルは飛んでもない言葉を口にする。


「ああ、救護・消火活動をした対価に城にあった金品すべてを頂いたんだ。エレメンタルの働きに見合った分、城中の金目の物はすべて頂いた。だから、ついでに国も復興してやろうと思ってさ」


 その言葉を聞き、私は愕然とした表情を浮かべた。

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