第40話 その頃の加害者高校生は……

「おや、カケル殿じゃないか」

「あれ? レイネルさん。どうかしたんですか? 一応、今日は休日扱いにしたつもりだったんですが……」


 夕暮れ時、リフリ・ジレイターの襲撃を退けた俺が『微睡の宿』に戻ると、レイネル・グッジョブが宿の警備に立っていた。


 レイネルは豪快に笑うと、俺の背中をバシバシ叩いてくる。


「エリクサーを飲んだから休みなんて必要ないのぉ。それに明日から仲間達もやってくる。それから交代で休ませてもらうさ」

「そうですか?」


 個人的にはちゃんと休んで欲しいんだけど……。

 心配そうな表情を浮かべていると、レイネルが背中を叩いてくる。


「まあ腕を失ってから長い間、動けずにいたからの。リハビリ代わりに身体を動かしたいのじゃよ」

「そうですか……。わかりました。それじゃあ、無理のない様にしてくださいね。休憩はそこの警備室を使って下さい」

「ああ、ありがたく使わせて貰うよ」

「ええ、それじゃあ、俺はこれで、警備よろしくお願いします」


 レイネルに『微睡の宿』の警備を任せた俺は、今、泊まっている部屋に入るとベッドに身体を預けた。

 Sランク冒険者のレイネルさんが警備に着いているなら安心だ。


「一旦、現実世界に戻るか……」


 やはり身体を休めるなら、ゲーム世界のベッドより、世界のベッドとして愛されるベッドブランド、シモンズ社製のベッドがいい。なんなら、風呂にも入りたい。


 仰向けになりながらメニューバーを開き、ログアウトボタンをタップする。

 数瞬、視界がブラックアウトするが、これも慣れたものだ。

 現実世界に戻ってきた俺は、しばらくの間、シモンズ社製のベッドでゴロゴロすると、身体の汚れと疲れを癒す為、夜空に一番近い露天風呂『スカイスパ』に入浴する事にした。


「はあっ……。生き返る……」


 運がいい事に誰もいない大浴場。

 そこで俺は一人贅沢に湯船に浸かっていた。


 露天風呂はいい。夜空を眺めながら入る露店風呂は最高だ。


 しばらく、湯船に浸かりサウナで一人汗を流すと、身体を洗い部屋に戻る。


 部屋備え付けの冷蔵庫からハイボール缶を取り出すと、缶を開け軽く口に含む。

 徐ろにテレビをつけ、スマートフォンを確認すると着信履歴がとんでもない事になっていた。


 野梅弁護士からの不在着信が三十四件、知らない番号からの不在着信が五十六件に、元職場、アメイジング・コーポレーション㈱の石田管理本部長からの不在着信が十件。

 ジャスト百件の不在着信に思わず口に含んだハイボールを吹き出しそうになる。


「げほっ、ごほっ! な、何だこりゃ……」


 野梅弁護士からの電話は高校生達の示談関係かな?

 石田管理本部長からも電話が……。

 これは、弁護士から内容証明が届いて慌てて電話してきたと、そんな感じだろうか?

 まあその件に関しては弁護士に任せてあるし、着信拒否設定しているから問題ないとして……。


「問題はこれか……」


 嫌な予感を感じながらも留守番電話センターにダイヤルし、録音された電話を聞いて見る。


『ちょっとあんた! 私達の人生ぶち壊してそんなに楽しい!? ホテルに籠って出てこないで……。私達がどれだけ大変な思いをしていると思っているのよ!!』

『なんで電話に出ないんだ!! お前が電話に出ないから赴いてやったのに警察に突き出すなんて、お前には人の心がないのか! 初犯だったから警察からの厳重注意で済んだものを下手したら会社から解雇される可能性もあったんだぞ! もしそうなったらどうしてくれる!』


「…………」


 たった二件、留守番電話を聞いただけでもの凄く不快な気分になった。

 ここまでくると清々しい。


 態々、留守番電話にメッセージを残しにくるこの人達に一つ言葉を贈ろう。


 自業自得という四字熟語を。


 留守番電話にこんなメッセージを残してくる位だ。

 実際に会って話を聞いた所で『お前ガー』『示談ガー』とか言って話にならないだろう。


 というより、この人達、逮捕されなかったのか。

 留守番電話のメッセージを聞く限り、初犯だからと釈放されたらしい。

 非常に残念である。

 気の触れた狂人(気違い)はそのまま豚箱に入っていて欲しかった。

 探偵雇ってホテルに無断で勝手に押し掛ける様な怖い人達だ。そのまま会社から解雇されてしまえばいいのに……。

 会社でもきっと腫物扱いされている事だろう。


 それにしても、凄いな。

 留守番電話のメッセージを聞いていると、もはや、高校生達の示談の話すら出てこない。

 メッセージからは、ただひたすらに、「私達を警察に突き出しやがって……許せない!」

 そんな思いが伝わってくる。


 こんな毒親を持って、なんだかあの高校生達が可哀想になってきた。

 まあ示談はしないけど……。


 電話アプリを切ると、スマートフォンをUSB充電器に差し、冷蔵庫から追加のハイボールを取り出すと、缶を開け一気に飲み干した。

 そして、シモンズ社製のベッドに寝転がると、ゆっくり目を閉じる。


 精神的になんだか疲れた。

 今日の所は、もう寝る事にしよう。


「おやすみ。エレメンタル……」


 そう呟くと、俺は眠りについた。


 ◇◆◇


 強盗致傷の罪により逮捕された高校生の一人、湊未来は野梅弁護士から伝えられた情報を聞き、驚愕の表情を浮かべた。


「こ、勾留っ! 勾留ってどういう事だよ! それに親が警察に捕まった!? 俺達、これからどうなるんだよっ!」

「まあまあ、落ち着いて……。まずは落ち着いて話を……」

「お、落ち着けって? 落ち着ける訳ないだろ!」


 穴の空いたアクリル板で仕切られた部屋の中、俺こと湊は声を荒げる。


「いいから落ち着きなさい。面会が打ち切りになって困るのは湊君。君なのですよ?」

「うっ……」


 弁護士との面会では留置官の立会がなく、何時間でも自由に会話することが可能である。しかし、ここで弁護士の機嫌を損ね面会が打ち切りになったら拙い。


 少しだけ冷静さを取り戻した俺は、深呼吸すると両手をアクリル板に付けながら野梅弁護士に懇願する。


「お、俺、刑務所なんかに入りたくない! な、何とかならないのかよ! 警察官が取り調べで君達は成人と同じ刑事処罰の手続が行われる見込みだって言ってきたんだぞ!」

「……申し上げ難いのですが、ご両親が高橋翔さんの泊っているホテルに突撃した事により示談交渉は完全に暗礁に乗り上げました。私も最善を尽くしますが……」

「さ、最善を尽くしますがって何だよ……。言えよ! その先の言葉をさ!」


 そう迫ると、野梅弁護士は申し訳ない様な表情を浮かべ呟くように言った。


「最悪のケースでは、懲役六年以上。執行猶予も付きません。このままでは少年院送致もあり得ます……」

「ち、懲役六年……」


 あまりに重い判決にうまく言葉が出てこない。


「う、嘘だっ……。た、高々、おっさんをカツアゲしただけでそんな……」


 そんな思い刑罰を受ける羽目になるなんて……。

 愕然とした表情を浮かべていると、野梅弁護士が励ましの言葉をかけてくる。


「君達は事の重大さをわかっていないようですね。カツアゲは強盗致傷となる犯罪行為です。……しかし、まだ方法はあります」

「ほ、本当かっ!?」


「ええ、強盗致傷罪は刑法犯の中でも非常に重い犯罪類型のひとつですが、少年事件の処分は、事件の重大性だけで決まるわけではありません。スクラッチくじの金額は高額ですが幸いな事に、被害者である高橋翔さんは全治二週間の軽傷……。私の方から検察に本件は実質的に恐喝にあたる程度の比較的軽い犯行態様であることを説明します」


「えっ? つ、つまり、それはどういう……」

「簡単に言えば、罪名を強盗致傷から恐喝、傷害へと変更する様、働きかけるという事です。ただし、これにはあなた方の協力が不可欠となります……」

「き、協力?」

「ええ、私からの働きかけも君達自身の行動により無為に帰す可能性があります。自分の行った犯行を十分に反省し,共犯者らとの関係も断ち切るのです。そうすれば、私も君達が保護観察処分を勝ち取れるよう最善を尽くします」


 な、なんだって!?


「ち、ちょっと待ってくれよ! 共犯者って、ヨっちゃん達との関係を切れって事か!?」

「……はい。どの道、保護観察処分が下れば特別遵守事項に共犯者との接触をしない旨を記載されます。刑務所に六年以上服役するか、保護観察処分を受け入れ共犯の子達と接触しないか、どちらがいいかなんて考えなくてもわかる事でしょう!」

「で、でも……。ヨっちゃん達は俺の友達で……」


 俺がまごついていると、野梅弁護士が凍てつく様な視線を向けてくる。


「……それでは、みんな揃って仲良く刑務所に服役しますか?」


 それを言われると痛い。

 しかし、それ以外に選択肢はない様だ。


「わ、わかったよ。反省する。ヨっちゃん達とも距離を置けばいいんだろ……」

「ええ、私もこんな事は言いたくないのですけどね。わかって頂けて何よりです。他の少年達には私の方から伝えます」

「……お願いします」


「ああ、後もう一点。勾留期間が過ぎた後、君達は少年鑑別所に送られる筈です」

「少年鑑別所?」


 なんだ少年鑑別所って?

 っていうか勾留された挙句、またどこかの施設に閉じ込められるの??


「ええ、少年鑑別所は、鑑別所の規則正しい日課を行なっていく中でどのような生活態度で生活するのかについて行動観察される場所となります。くれぐれも、横柄な態度で生活を送らない様にお願いしますよ……。再非行を起こす恐れが強く、社会内での更生が難しいと判断された場合、少年院送致や最悪のケースでは刑事裁判にかけられる可能性がありますので……」

「あ、ああっ……。わかったよ」

「わかって頂けたようで何よりです」


 そこまで話して面会時間が終了した。

 暗い表情を浮かべながら留置所に戻るとヨっちゃん達が話しかけてくる。


「お、おい、弁護士との話はどうだった!?」

「……次は少年鑑別所だってよ」

「少年鑑別所? 少年院と何が違うんだよ?」

「……わかんねーよ。とりあえず、大人しくしていろってさ」

「ええっ……。この生活、まだ続くのかよぉ……」

「俺達、来年卒業だぜ? 大丈夫かよ……」

「仕方がねーだろ。弁護士が俺達の事を保護観察処分になる様に働きかけてくれるっていうんだ。もう信じるしかねーよ。とりあえず、大人しくしておこうぜ」

「まあ、そうだな。保護観察って事は、また外に出られるって事だし少しの間だけ大人しくしておくか……」

「あ、ああ、そうだな……」


 漠然とした不安を抱えたまま、勾留期間を迎え少年鑑別所に向かう事になった。

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