第39話 カケルとコンタクトを取りたい冷蔵庫組の組長

「まあ、いいでしょう。それでは、改めて、そこのモブ・フェンリル。その馬車に乗りなさい」

「えっ?」


 宇宙人の様な恰好をした人が手を挙げると、馬車が俺達の横に止まる。

 馬車に視線を向けると、そこにはどこかで見た事のある二人組が御者台に乗っていた。


 御者台に乗っているのは、パンチの利いた髪型の醜悪な男と、ナルシスト風の優男。

 冷蔵庫組の組員。クレソンとビーツである。


 ――という事は?


 もしかしてこの人、冷蔵庫組の若頭、リフリ・ジレイター?

 真っ白な顔に紫色の頭。


 うん。顔が違うだけで特徴だけは合っている。

 今、思えば声色もカマ口調もそのままだ。


 凄い。容姿のインパクトが強すぎて誰だかわからなかった。

 全身整形でもしたのだろうか?

 なんでそんな化け物顔に?


 一応、確認の為、リフリ・ジレイター(仮称)に顔を向け話しかける。


「えっと、もしかして、冷蔵庫組の若頭、リフリ・ジレイターさんですか?」


 そう問いかけると、リフリ・ジレイター(仮称)は尊大な態度を全身で示す。


「ええ、その通りです。どうやら、今まで私の事……。気付いていなかったようですね。まあいいでしょう。痛い目に遭いたくなければ、さっさとその馬車に乗りなさい」

「えっ? 普通に嫌ですけれども??」

「なんですって……?」


 当然の事である。

 以前、俺に下剤を盛ったリフリ・ジレイターの事だ。

 きっと、また碌でもない事を考えているに違いない。

 俺はリフリ・ジレイターに背を向けると、『微睡の宿』に向かって脱兎の如く駆け出した。


「――あばよ。とっつぁん!」


 俺、突然の脱兎に茫然とした表情を浮かべるリフリ・ジレイター。

 脳の処理が追いつかなかったのだろう。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたまま動かない。


「リ、リフリ・ジレイター様!」


 ビーツの言葉にリフリ・ジレイターがハッとした表情を浮かべる。


「――っ!! あ、あなた達、追いかけなさい!」

「は、はい!!」


 俺が軽く後ろを振り向くと、クレソンが馬車を降りリフリ・ジレイターと共に追ってくるのに気付く。ビーツは馬車の御者台に乗ったままだ。


 まったくしつこい奴等である。

 折角、俺が逃げる事で話を終わらせて上げようと思っているのにまさか追ってくるとは……。

 まあいい。それなら俺にも考えがある。


 俺を追ってくるリフリ・ジレイター達に向けてモブ・フェンリルバズーカを構えると、捕縛する魔法の鎖『グレイプニル』弾を放った。

 グレイプニル弾がリフリ・ジレイターに直撃すると、近くにいたクレソンもまとめて縛り上げる。


「なっ!? は、放しなさい! この私を誰だと思っているのですか!」

「冷蔵庫組の若頭だろっ! そんな事は知ってるよ。それじゃあな!」


 そして、縛られたリフリ・ジレイター達を馬車に引っかけると、馬に向かって近くにあった石を投げ驚かせる。

 すると、それに驚いた馬が勝手に走り始めた。


「うっ! な、なんて事をするんだっ! 落ち着けっ! 落ち着くんだ!」


 暴走する馬を必死に宥めようとするビーツ。

 しかし、馬の暴走は中々収まらない。


「うごごごっ……。ビ、ビーツさんっ! 早く……。早く何とかしなさい!」

「ビ、ビーツ! 早く馬車を停めてくれっ!」

「くっ、そんな事を言われても……。操縦だけで手一杯でっ……」


 馬車に引っかけられたリフリ・ジレイターとクレソンが身動き取れぬまま馬車に引きずられ地面に身体をバウンドさせる。


 あれが本当の市中引き回し(物理)。

 身動きを取る事ができず可哀相だ。


「それじゃあな! 何の用があったのかは知らないけど、もう俺に絡んでくるなよ~!」

「ぐ、ぐぐぐぐっ! くそがああああっ! お、覚えていなさいよっ!」


 悔しがるリフリ・ジレイターに視線を向けると、暴走する馬車に手を振った。


「これでよしと……」


 ここまで徹底的にやれば、もう絡んでくる事はないだろう(多分)。

 それにしてもあいつ等、何しに来たんだ?

 俺を馬車に乗せてどこに連れて行く気だったのだろうか?


 まあいいか。

 ああいう手合いの考える事は謎だ。

 考えるだけ時間の無駄である。


『微睡の宿』には、元Sランク冒険者を警備に付けた。

 後は何もしなくても勝手に奴等を撃退してくれるに違いない。

 まあ、今日だけは俺が警備に付かなきゃいけないんだけど……。


「こんな事なら、今日から警備してくれるよう頼めば良かったな……」


 そう呟きながら、俺は『微睡の宿』に向かった。


 ◇◆◇


「リフリ・ジレイター様っ! だ、大丈夫ですかっ!」


 冷蔵庫組の本部。

 その前まで走らせると、ようやく馬車が動きを止めた。


「うぐぐぐぐっ……。大丈夫な訳ないでしょう。あなたには、目付いてるのっ!?」

「も、申し訳ございません!!」


 あのモブ・フェンリルのせいでボロボロだ。

 クソ野郎が、絶対に許さないっ!


「そんな言葉どうでもいいの! 私は目が付いているかどうかを聞いているのですよ!」

「目、目なら付いておりますがっ……」

「そうですか、そうですかっ! そんな役に立たない目、この私が抜き取ってあげるわっ!」


 そう言って、ビーツの目に向かって指を突くと、ビーツが大げさにのた打ち回る。


「目がっ! 目がぁぁぁぁ!」


「ふんっ! クレソン。お父様に報告を……。あのクソ野郎、お父様の善意を無下にしやがって……」


 そう憤っていると、クレソンが日和った態度を見せる。


「わ、私が組長に報告をするのですかっ!? お、お考え直し下さい! 私が報告を上げては殺されてしまいます!」

「なにを言っているのですっ! 私の為に死ぬ事こそがあなたの存在意義でしょう? さっさと行きなさいっ!」

「で、ですがっ……」


 尚も言い寄るクレソンに私は仕方がなく剣を取る。


「……これが最後です。さっさと、お父様に報告を上げなさい! もし報告を上げぬのであれば私にも考えがあります。楽に死ねぬと思わない事ね!」

「リ、リフリ・ジレイター様ぁぁぁぁ!」


 これでよし。

 これだけ脅せば、クレソンも私の言う通りに動いてくれる事だろう。

 しかし、何故、お父様はあのモブフェン野郎を配下に収めようと……。


 まあいい。

 これでクレソンは、お父様にあのモブフェン野郎が逆らった旨を伝える事だろう。

 私はお父様に何か問われた時、答える事のできるよう万全を期しておかねば……。


 泣き崩れるクレソンを前に、その場から立ち去ろうとすると、運悪くお父様が通りかかる。


「お前、こんな所にいたのかね! あのモブ・フェンリルはどうした? ちゃんと、ここまで連れてきたのだろうね?」

「お、お父様っ! い、いえ、あのモブフェン野郎は……」


 くっ……!?

 何故、お父様がこんな所に……!

 もしモブフェン野郎を連れてくる事ができなかった事が知られれば私まで罰を受ける羽目に……。


「ふうむ? はて? 私はあのモブ・フェンリルを連れて来いと命令した筈だがね? お前は子供の使い程の事もできぬ程、役立たずだったのかね?」


 お父様を前に、私は決死の土下座をする。

 万が一、お父様の機嫌を損なえば命に係わるからだ。

 それは実子である私でも変わらない。


「……ふうむ? 土下座なんてしてどういうつもりかね? 私はあのモブ・フェンリルを連れて来いといったのだよ? もしかして、捕まえる事ができなかったのかね?」

「も、申し訳ございません。接触を試みたものの抵抗にあいまして……」


 嘘は言っていない。

 実際に話も聞かず逃げたのは奴だ。


「……それで? 抵抗にあったから、モブ・フェンリルを誘致する事を諦め逃げ帰ってきたとそういう事かね?」

「い、いえ、そういう訳では……」


「……だったらどういう事かね!」


 お父様の叱責に私は思わずうな垂れる。


「……も、申し訳ございません」


 私がそう言うと、お父様はゴミでも見かのような視線を向けてくる。


「屑が……。まあいい。私がお前の事を過大評価し過ぎていたという事だからね」

「っ!? も、申し訳ございません! 私に、私にもう一度だけチャンスを……」

「ふん。次はこの私が会いに行く。どの道、あのモブ・フェンリルとは一度話し合わなければならないのだからね……」


 そう言うと、お父様は部屋の扉を閉める。


 お父様のお怒りは当然だ。

 あのモブ・フェンリルは、冷蔵庫組が資産管理を任せていた『地上げ屋本舗』に預けていた資産全てを奪っていった。


 だからこそ、お父様に知られる前にこの問題を解決したかったのに……。

 あのクソ野郎……。


 しかし、お父様が直々に動かれるとあっては仕方がない。

 私達にできる事といえば、精々、お父様の邪魔にならぬ様、サポートする事だけだ。


「……クレソン」

「は、はい。リフリ・ジレイター様!」


 私がその名を呼ぶと、目の痛みはどこへやらクレソンが私の背後へとやってくる。


「あなたは、お父様の動向を注視しつつ、あのモブ・フェンリルを見張りなさい」

「あ、あのモブ・フェンリルをですかっ!?」

「何か意見でもあるのですか?」

「い、いえ、そんな事は……」


 異を唱えるクレソンを睨み付けると、クレソンは黙って頷いた。


「それでは頼みましたよ」


 そう命令すると、私は立ち上がる。

 お父様の命令は絶対……。

 何故、あのモブ・フェンリルに固執するかはわからないが、こうなった以上、タダでは済まさない。


 その信念を元に冷蔵庫組を後にすると、私はダンジョンへと向かう事にした。

 あのモブ・フェンリルの異常な強さ。

 あれは間違いなくダンジョンでモンスターを倒し、経験値を稼ぐ事で得たものだろう。


 私自身、今に至るまでダンジョンで鍛える事なく冷蔵庫組の若頭の地位を確立してきた。

 それは生まれながらに私が戦闘のエリートだったからだ。

 しかし、私の力を超える者が存在する以上、そうはいかない。


「ビーツ……。私に付いてきなさい。今すぐ、中級ダンジョンに籠りますよ」

「え、ええっ!? 中級ダンジョンにですか!?」

「ええ、その通りです。私は強くならねばならぬのですよ。少なくとも、あのモブ・フェンリルよりかはね」


 冷蔵庫組の邸宅前に馬車を付けると、転移門『ユグドラシル』に向けて馬車を走らせる。

 この日、私は初めて転移門を潜りダンジョンで己を鍛え直すことにした。

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