第236話 村井、お前、もう終わってるんだよ。いい加減気付け

「……それは脅しですか?」


 自分が逮捕されれば、自分の事を庇った警察官の父親も逮捕される。

 村井に言われるまでもなく普通の生活を送る事はできなくなるだろう。

 両親は離婚し、友人も親戚も離れて行き、碌な就職先にも恵まれず生を全うする。そんな生活が待っている筈だ。


『――脅しも何も、先に脅してきたのは君だろう? 人を脅迫するとは、やはり、蛙の子は蛙。犯罪者の子は犯罪者という訳だ……』

「…………」


 何も言い返す事ができない。

 確かに、自分を庇ったせいで父親は犯罪を犯してしまった。他人に罪を被せた自分にも同じ事が言える。

 反論できず黙っていると、村井は諭す様に言う。


『――しかし、私なら君にチャンスを与える事ができる。人生をやり直す事のできる、そんなチャンスを……』

「チャンス……?」

『ああ、君は勘違いしている様だが、私は君達の事を見捨てたつもりはない。まあ、一時的に警察に捕まる事になるかも知れないが、私の目的を達成したら助けるつもりだった。本当だ――』


 嘘を言っている様には聞こえない。

 村井さんの話し方はいつもこうだ。

 それに、村井さんが俺達に嘘を付いた事なんて今まで一度も……。


『――知っているか分からないが、川島君は生きている。そう、生きているんだ。つまり、君は殺人を犯した訳ではない。やり直せる。確かに、一時的に逮捕される事にはなるかも知れないが、やり直せるんだ。現在、水面下で交渉している最中でね。私に時間をくれないか?』

「時間……ですか?」

『ああ、そうだ。交渉している最中に出頭されるのは都合が悪くてね。もし警察への出頭を考えているなら、そのタイミングは私に任せて欲しい。なに、悪い様にはしないよ。ただ、約束してくれないか? 私は君の為に交渉しているんだ。だから、自暴自棄になって妻に私の秘密を暴露したり、美生の事を巻き込むのは止めると……』


 ――はっ?

 な、何を言っているんだ?

 元はと言えば美生が……まさか、村井さんは全ての罪を俺達で被れと、そう言っているのか?


『……いや、そう言う訳ではない。勿論、君の気持ちはよくわかる――』


 どうやら考えていた事が口から出てしまっていた様だ。ぐっと堪えていると、村井は諭す様に話を続ける。


『――ただ私としてもね。三人も逮捕されると色々厄介なのだよ。三人逮捕されたら、交渉するのに三倍の労力がかかる。わかるだろう? その点、君一人がすべてを被ってくれれば、私が注ぎ込む労力は少なく済むという訳だ。とはいえ、一人で出頭するのは心細いだろう。その時は、須東君と共に出頭するといい。二人なら……まあ、すぐ出してやる事もできるだろう』


 確かに、三人釈放するより一人、二人を釈放させる方が簡単なのだろう。


「わかりました……」


 力なくそう呟くと正義は、力なくそう返答する。


『そうか、わかってくれて嬉しいよ。警察に出頭するタイミングになったら連絡する。それまで、部屋の中で大人しくしていなさい。ああ、あと録音データは消去する様に……もし、その録音データを聞かれた場合、君を助ける事が難しくなるからね。頼んだよ』


 それを最後に電話が切れる。 

 正義はスマホに視線を向けると、次いで、天井を仰ぎ見た。


 ◇◆◇


 電話を切ると、村井は吐き捨てる様にそう呟く。


「他人を信用するとは、愚かだな……」


 村井にとって、正義や須東は使い捨ての駒に過ぎず、当然の事ながら、二人を助ける気など更々ない。

 正義が逮捕される事により、警察官の駒を一つ潰す事になるが、宝くじ利権とは比較にもならないだろう。


「川島も思い知ったか。私を敵に回すという事がどういう事かを……まさか、刺し、毒を盛られて尚、生き残るとは思っても見なかったがな……」


 川島の奴は絶対に許さない。

 奴は私の手の内に入り込み。中から組織をズタズタにした男だ。

 国税局の捜査スピードも異常に速かった事で、瞬時に、追徴課税が確定してしまった。都庁の動きも以上に速く七年間に渡り受け取ってきた補助金も全額返納。

 お陰で私が呼びかけ設立した非営利型一般社団法人やNPO法人の殆どが解散に追い込まれた。残っているのは、目くらまし用に設立した一般社団法人数社のみ……。

 この余波が直撃し、解散に追い込まれる他の一般社団法人もこれから多くなってくるだろう。


「今はゆっくり療養するといい……」


 川島の事を怨んでいる者は、潰された一般社団法人の数だけいる。


「―――退院した頃に、また再入院させてやろうじゃあないか。さて……」


 そう呟くと、村井は扉を開ける。

 そこには憤然とした表情を浮かべる美生の姿があった。


「……それで、話は終わったの?」


 美生は村井からスマホを受け取るとそう尋ねる。


「ああ、どうやら家の近くを通り掛かった警察官を自分達を見て、自分達の事を逮捕しにきたと勘違いした様だ。まったく、紛らわしい……しかし、これでわかっただろう? 私が君の事を警察に売るだなんて、そんな事をする筈がないじゃあないか……」


 まあ、宝くじ利権と引き換えになる為、美生以外の二人には出頭してもらうがね。

 やはり、社会人経験のない若者は御し易くて良い。

 たった二人の人生を糧にするだけで、当選金という名の非課税収入が毎年数千億円単位で懐に入ってくる訳だ。


 川島のお陰で大分痛い目を見る事になったが、最良の結果となりそうだ。


「さあ、仲直りをしよう。部屋で私達の今後について話し合おうじゃあないか。朝までじっくりね」

「もう。村井さんったら……」


 そう言うと、村井は美生を自室に招き入れた。


 ◇◆◇


 ふーん。そういう事……。


 今の時間は、午後一時。

 運動の時間、外に出された俺は、村井元事務次官と武藤正義の会話を影の精霊・シャドーが繋いでくれた影越しに聞いていた。


 それにしても、見事騙されてんなー。

 いや、どの道、逮捕されると思考停止に陥っているのか?

 あんな説得受けて普通納得しないだろ……。

 村井とかいう狸爺も狸爺だ。なんでこう楽観的なのかね?

 俺がそんな話に乗るとでも本気で思っているのだろうか?

 乗る訳ねーだろ。アホらしい。

 状況が見えていないにも程がある。


 そもそも、今のこの状況は俺が作り出したものである事を理解していない。その時点で終わっている。


「さてと……」


 そう呟くと、俺はゆっくり立ち上がる。


「そろそろ、潰すか……」


 二日目にして留置場生活はもう飽きた。

 影の精霊・シャドーの力を借り、影に足を踏み入れると体がゆっくり沈んでゆく。


「……はっ?」


 シャドーの力を使い、武藤正義の目の前に転移すると、正義は唖然とした表情を浮かべ立ち尽くす。


「こんにちは、確か、初対面だったよね?」

「――いや、なんで……鍵が掛かっている筈なのに……?」


 俺、突然の訪問に相当驚いている様だ。

 まあ、鍵の掛かっているプライベートスペースに突然、人が現れれば誰でも驚くし、恐怖心を感じる。

 とはいえ、俺の事を貶めた正義君が恐怖心を覚えようが、俺にとってはどうでもいい。


「……自己紹介がまだだったね。俺は高橋翔。君の代わりに留置場に打ち込まれた哀れな男さ」

「――へっ?」


 自嘲気味にそう自己紹介すると、正義は目を剥いて驚いた表情を浮かべる。

 留置場にぶち込まれた男がなんでこんな場所にいるのだろうかと混乱しているのだろう。

 まあ、それも割とどうでもいい事だ。

 混乱中の正義を前に俺は勝手に話を進めていく。


「実は君に見て欲しい光景がある……」


 そう言うと、影の精霊・シャドーの力を借り、壁に正義君の思い人、美生ちゃんが村井元事務次官とお酒を呑みながらイチャ付いている姿を映し出す。


「――美生……そ、そんな……」


 意中の人がイチャ付く姿を見せられるのは、さぞ辛い事だろう。

 会話内容も中々、愉快だ。お酒が入りかなり饒舌になっている。


『それにしても、武藤君ったら、本当に意地悪な人よね。警察が動いているだなんて脅しかけてくるなんて……』

『はははっ、そう言ってやるな。武藤君は良心の呵責に耐え切れなかったのだろう。仕方のない事だよ。しかし、安心しなさい。もし彼が良心の呵責に耐え切れず、出頭したとしても美生の事は巻き込まない様にと強く言っておいた。まあ、それでも三年から七年は出てくる事はできないだろうな』


 壁に映し出された村井元事務次官と美生がお酒を呑み交わす姿に驚きつつも、会話内容を聞き、器用に絶望する正義。


「そ、そんな……村井さんは俺の事を見捨てないって……そう言っていたのに……まさか、それじゃあ、あの動画の内容は本当に……」


 そんな、正義に俺は声をかける。


「……お前、悔しくないのか?」

「――えっ?」

「『えっ?』じゃない。思い人に罪を擦り付けられ、村井とかいう糞爺に利用されて悔しくないのかと聞いているんだ。知らず知らず内に食い物にされ、食い散らかされるだけの人生……俺ならそんな人生御免だね――」


 俺がそう問いかけると、正義は泣きそうな表情を浮かべた。

 まあ人を刺し、親のコネを使って人に罪を擦り付け、のうのうと生活を送っている時点で、なに被害者面して途方に暮れているんだコイツと思わなくともないが、一旦、そこは置いておこう。


「――お前が逮捕される事はもはや既定路線。村井もお前の事を突き出す気、満々だろうからな。あーあ、可哀そうに……お前が逮捕されたらそれを庇い罪を俺に擦り付けた両親も懲戒免職。世間に白い眼を向けられ一生を過ごす事になるんだろうなぁ……」

「そ、それじゃあ、どうしたら……」


 危機意識を煽ってやると、正義は前のめりとなり、どうすればいいかと判断を委ねてくる。もう俺が突然現れた事とか、壁に映し出した村井達とか気が回らない位、テンパっているのだろう。なので俺も解決策を提示する。


「――村井に出頭のタイミングを委ねるのではなく、今すぐ警察に出頭し、すべてをぶちまけろ……。その上で覚悟を見せてくれるなら、お前とその家族だけにはチャンスをくれてやる。文字通り生まれ変わるチャンスをな……」


 まあ、勿論、医学博士特製の仮死薬を飲む覚悟があればの話だけど……。

 逮捕され社会的に抹殺されるか、一度、実際に死を味わいゲーム世界でやり直すか、俺としてはどちらでもいい。

 そう条件を提示すると、正義はコクリと頷いた。

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