第235話  折角教えてあげたのに……まあいいや

「折角、教えてあげたのに……」


 彼には、どうやら理解できなかった様だ。

 まあいい。どの道、野梅の手を借りてここを出る気はさらさらない。

 まあ、声だけは借りさせて貰うけど……。


 俺、思うんだよね。

 普通、義憤に駆られ人を刺し殺そうとする奴が、警察官である親にその事を連絡し、親管轄の現場で犯行に及ぶだろうか?

 いやない。ありえない。怒りの感情に突き動かされている奴が、急に冷静となり電話なんてかける筈がない。

 これ、どう考えても親に庇って貰う気満々だろ。


「それじゃあ、シャドー。今、撮影した動画を武藤正義君に見せて上げてくれるかな? きっと、面白い事になると思うんだよね……」


 俺が思うに蜂の巣を叩いた様な騒ぎになるんじゃないだろうか?


 レアドロップ倍率をアイテムストレージにしまいながらそうお願いすると、俺は影の精霊・シャドーを武藤警察官の息子である正義の下へ向かわせた。


 ◇◆◇


「……何だよ。何だよこれぇぇぇぇ!?」


 高橋翔に罪を擦り付けた武藤正義は、突然、テーブルの上に現れたビデオカメラに驚き、流れ始めた動画を見て、声を上げる。


『それで、真犯人は誰だ?』

『武藤正義。あなたの取調べを担当した警察官の息子ですよ。さて、これでよろしいですか?』

『ああ、ありがとう。つまり、村井元事務次官は武藤正義とかいう青年を俺の代わりに警察官に突き出そうって訳ね』


「何でっ!? こんな動画が……どうしてっ!?」


 バクバクと鳴る心臓の音。

 逮捕されるかも知れない緊張感と、心臓が締め付けられる様な圧迫感。


「――だ、大丈夫って、大丈夫だって言っていたのに……何で、何で? 親父は? まさか、親父の奴、俺を庇ってくれなかったのかっ!?」


 パニック陥りながらも動画内容を見て必死に頭を働かせる。


 ――い、いや、そんな事はない……のか?

 動画を見るに、撮影場所は面会室。映像に映っている男にも見覚えがある。俺達が罪を擦り付けた男だ。


 でも、動画では俺を突き出すって……。

 そ、そういえば、この男も見た事がある。

 そうだ。確か、村井さんと一緒にいた男!

 という事は……まさか、本当に村井さんが俺の事を警察に売ろうとしているのか??

 で、でも、捕まらない様にと助言をしてくれたのは村井さん張本人。その村井さんが、俺を裏切る訳……。


 正義は、震える手でビデオカメラを手に取ると祈る様に動画を巻き戻し最初から再生する。


『素直に教えていれば、すぐにこの場から出られたものを……まあ、いいでしょう。まだ時間はたっぷりある。少し留置場で頭を冷やしなさい。ああ、素直に教える気になったら連絡をくださいね? そうすれば、すぐにでもここから出して差し上げますよ』


 もう一度、内容を聞いてみて確信する。今、自分は、宝くじ利権の為だけに、警察に売られそうになっている事を、その為に利用された事実を……。


「――く、くそっ! 話が違うじゃないか! 絶対に捕まらないと聞いていたからやったのにっ!」


 そう呟くと、武藤正義は、キャリーバックに服と金目の物を詰めていく。


 こうなったら、お終いだっ!

 村井さんは俺の事を切り捨てる気でいるっ!

 早く、早く二人にも連絡して逃げないと!

 美生は……繋がらないか。仕方がない。


 キャリーバックに荷物を詰めながら電話を掛けると、共犯者の一人である須東徹に電話が繋がる。


『――うん? ああ、武藤か、どうした?』


 須東の寝起きとも取れる声に、武藤はいら立ちながらも忠告する。


「――須東、今すぐ逃げろ。村井さんは俺達の事を警察に売るつもりだ……」


 カーテンを開け、チラリと窓の外を覗くと自転車に乗った巡回中の警察官がアパートの前で止まるのが見える(偶然)。


 ……思った通りだ。やはり警察にマークされている。


 警察官は偶然、アパートの前で自転車から降りただけなのだが、強迫観念に突き動かされている武藤正義は気付かない。


「……俺の家の前に警察官がいる。多分、令状が出てすぐ俺達の事を逮捕できるよう見張っているんだ。カーテンを開けて外を見てみろ、お前も見張られているかもしれないぞ」


 武藤正義に言われ、須東がカーテンを開けると……


『……駄目だ。既に俺も見張られてる』


 これまた偶然、巡回中の警察官が自転車に乗り須東の住むマンションを通り過ぎた。

 しかし、脛に傷のある二人は気付かない。その場所が警察官の巡回コースである現実に……。

 むしろ、疑念を補強する材料にしかならなかった。


『――ど、どうなっているんだよ。話と違うじゃないか!』

「そ、そんなの俺が聞きたい位だ。そういえば、美生は? 美生はどうした? 電話に出ないんだが」


 田中美生とは、俺達が好意を抱いている女性の名だ。俺達の就職先となる筈だった一般社団法人を潰され、尊敬する村井元事務次官が、社会奉仕活動を支援する為、苦労して国に働きかけやっとこぎつけた補助金や助成金事業をぶち壊しにしてくれた事に対する怨みを晴らすべく三人で刺殺事件を起こした訳だが……。


『美生なら、村井さんの所だろ? 新しい就職先を斡旋して貰う為、直接、会いに行ってるよ』

「村井さんの!? なんでまた……そんなの聞いてないぞ! ま、まさか、村井さんは……」


 就職先を斡旋する代わりに美生のことを……最後まで俺達の事を喰い物にする気か……ぐうう。許せん。


「……一旦、電話を切る。とりあえず、早目にその家から出て隠れろ。逮捕されたらすべて終わるぞ!」

『家から出て隠れろって、どこに……あー、こんな事なら係るんじゃなかったぜ!』


 そうぼやく須東の電話を切ると、急いで美生に電話する。

 すると、思いの外、早く電話が繋がった。


「美生っ!」

『――え、正義君? どうかしたの? 今、ちょっと、忙しいんだけど……?』

「少し時間をくれないかな、大切な話があるんだ……」

『え、でも……』

「いいからっ!」


 怒鳴り声を上げ、電話を切ってしまいそうな美生を強引に引き留めると、正義は一呼吸置いて話し始める。


「実は、警察に俺達を逮捕しようとする動きがある――」


 端的にそう告げると、美生は『――えっ?』と呟く様に言った。


『――な、何でそんな事になっているのっ! あなたのお父さん、警察官でしょ!? 何の為に、村井さんが助言してくれたと思って……』

「その村井さんが、宝くじ利権と引き換えに、俺達を警察に売ろうとしているんだっ!」

『う、嘘でしょ……何よそれ、そんなものの為に私達を……私の事を散々、喰い物にしてきた癖に……ふざけないでよっ!』

「えっ? 美生……?」


 今、なんて……。

 えっ? 嘘だよな?

 喰い物にしてって、何を言って……?


『お、おい。美生……どうしたんだ。そんな怖い顔を浮かべて……』


 こ、この声は……村井さん!?

 何で……まさかっ!?

 そう思った瞬間、録音アプリを立ち上げる。


『……ねえ、あなたの死後、私に財産を全部くれるって話、あれ嘘だったの? 私を弄んだ挙句、警察に売り渡して……奥さんとも別れる気なんてないんでしょ!?」


 えっ……ええええっ!?

 と、突然、遺産目当ての後妻みたいな事を言い始めたんですけれどもぉぉぉぉ!?


 突然、修羅場った二人の会話はまだ続く。


『――あ、いや、待ってくれ……何がなんだか、話が読めない。私は君の事を愛している。当然、妻とも離婚するつもりだ。だからまず、落ち着いて話し合おう。誰に一体、何を吹き込まれたんだ?』


 極めて冷静に状況を把握しようとする村井に、感情的になった美生が噛み付く。


『ふ、ふざけんじゃないわよっ! 私が何も知らないと思っていたのっ! あなた、私の事を警察に突き出すつもりだったんでしょ!? 馬鹿にするんじゃないわよっ!』


 な、何だか、痴情の絡れの様な様相になってきた。聞いているだけで幻滅する様な内容だ。

 清楚で憧れていた美生がこんな……。遺産目当てで村井さんと……。


『……ま、まあ、待ちたまえ。これは私と君の仲を裂こうとする策謀だ。その電話の主に変な事を吹き込まれたんだな? よし、ちょっと、電話を貸してみなさい。私が直接、話しをしようじゃないか』


 すると、村井が美生にスマホを寄こすよう促した。


『――はあ? 何をふざけた事を……いいわっ! だったら、直接聞いてみなさいっ!』


 美生が村井に電話を渡したのだろう。

 村井は電話を受け取ると、舌打ちしながら名前を尋ねてきた。


『――君は誰かね?』

「え、お、俺は……武藤と……」


 そう言い淀むと、村井はドスの効いた声で言う。


『――武藤……? ああ、そういう事か。まったく面倒な……武藤君、君は、君達の事を守ろうとするご両親の厚意を無碍にするつもりかね?』

「無碍にも何も、あんたが宝くじの利権と引き換えに俺達の事を真犯人として突き出そうとしているのは本当の事じゃないか!」


 だからこそ、逃げる為に行動を起こしている。逮捕されないとわかっていれば、こんな行動起こしていない。

 すると、村井は宝くじ利権という言葉に反応を示した。


『それをどこで……まあいい』

「いや、よくない! やっぱり、あんたは俺達の事を警察に売るつもりだったんじゃあないかっ! 今、言ったよな! 『それをどこで』って、確かに聞いたぞ!」


 そう怒鳴り声を上げると、部屋を移動したのだろう。電話の向こう側で扉の閉まる音がした。

 一人になった村井は嘲笑しながら本性を現す。


『……それがどうした。警察に売るも何も、犯罪者を発見したので通報しようとしている。ただ、それだけの事じゃないか。勘違いして欲しくないね。これは国民の義務だよ。少しでも風通しのいい社会を作る為のね。人聞きの悪い事を言わないでくれ』


 村井の言葉を聞き、武藤は絶句する。


「そ、それじゃあ、あんたは最初から」

『……最初からも何も、私は犯行に繋がる様なアドバイスは一切していない。証拠があるなら出して見なさい』


 た、確かに、その時の証拠は残っていない。

 でも……!


「……この通話は録音している」

『それがどうした? それが証拠となるなら警察にでも提出して見なさい。この録音記録を聴いて解るのは、逮捕されるのを察知した君が友人を連れて逃げようとした。ただそれだけの事だよ』


 悔しいが、村井の言う通りだ。

 村井から肝心な証言が取れていない。


「……し、証拠となる動画もある。あんたの所の弁護士が……」

『では、それも出してみるといい。内容は解らないが、確かにそれは私の所の弁護士が君の代わりに捕まっている高橋翔に面会を求め交渉した時の動画なのだろう』


 何を言っても、もう無駄の様だ。

 しかし、このままでは終われない。


「奥さんは知っているんですかね? 村井さん。あなたが、美生と付き合っている事を……あなたが、奥さんと離婚しようとしている事を……実は先程の美生とあなたの会話も録音してあるんです」


 そんな気持ちで、村井と美生の会話内容を口にすると、村井は呟く様に言った。


「……若造が、いい気になるなよ? もしその事が妻の耳に入って見ろ。君の家族諸共、普通の生活が送れない様にしてやる」


 それは、今日、武藤が初めて聞いた。村井の本心からの言葉だった。

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