第315話 因果応報④
東京都内某所にあるホテル。
そこには、ハリー・レッテルに唆され、訴えられた事により解散を余儀なくされた市民団体と自称被害者が大挙して押し寄せていた。
「――ハリー・レッテルを出せ!!」
「ここにいるのは分かっているんだ! 責任から逃げるな!」
「司法を通さず賠償金を受け取る事ができるんじゃなかったのか!?」
「不法行為に基づく損害賠償請求なんて冗談じゃない! そんな金払える訳ないだろ!」
「こうなった責任は当然、取ってくれるんだろうなぁ!?」
「こっちは、あんたの言う通り行動してきたのよ! なのに、逆に訴えられるなんてあんまりじゃない!」
外は、怒りに震える市民団体と自称被害者だらけ。当然、出て行く訳がない。
窓の隙間から外を見下ろすと、ハリーは苦い表情を浮かべる。
本来であれば、今頃、溝渕エンターテイメントを始めとする企業から多額の賠償金を受け取っている筈だった。
しかし、いざ蓋を開けて見ればこれだ。
これでは、ピンハネ様に報告する事ができない。それもこれも全部あいつ等のせいだ。
「BAコンサルティング……余計な事を……!」
奴等が第三者委員会なんて引き受けず、弁護団を結成し司法に訴えなければ、今頃、溝渕エンターテイメントの乗っ取りに成功し、寄付という形で多額の金が手に入るはずだった。
余計な事をしてくれたお陰で計画がパーだ。
溝渕エンターテイメントの元副社長、瀬戸内野心は特別背任で事務所にクビを切られ、野心が設置した第三者委員会のメンバーは、溝渕エンターテイメント所属のタレントのファンにより私生活を暴かれた上、マスコミから質問責めに合い訴訟を提起されている。
自称被害者やその支援をしていた市民団体は軒並み刑事と民事の両方で訴訟を起こされ壊滅状態。
私自身もピンハネ様が用意してくれた居住区から動けなくなってしまった。
見れば分かる通り、外では私に害意を持つ市民団体崩れと自称被害者が騒いでいる。
出て行けばどうなるか火を見るよりも明らかだ。
この場所があいつ等にバレてしまったのは、ひとえに今回の件で国民の怒りを買ってしまったからに他ならない。
表立って行動していなかったにも関わらず、今回の件の首謀者の一人としてネット上に居場所を晒され続けている。
それだけではない。暴徒化した元市民団体は東京都知事のいる都庁前でもデモ活動を展開している。
これは都知事の依頼という形を取り、計画を市民団体に流した事から発生したものだが、これも非常に拙い展開を迎えている。
都知事が削減した補助金を補う為、市民団体を扇動して司法に訴えを起こさない自称被害者を捏造し、溝渕エンターテイメントを始めとする企業から寄付金名目で不足分を補おうとしていたと、まるで陰謀論の様な情報が流れているのである。
今回の件で多大なダメージを負ったマスコミも必死だ。コメンテーター気取りの論客が的外れな私見を国民の総意であるかの様に語り、我々を叩きまくった挙句、市民団体や自称被害者達との裏の繋がりまで暴露された。
すべての責任を私を含む自称被害者と市民団体に押し付けるつもりなのだろう。私達も騙された被害者であるという論調で、連日の様に報道を繰り返し、批判逸らしに明け暮れている。
失態だ。私の迂闊な発言が元となり、ピンハネ様が傀儡としている東京都庁や都知事にまで話がいくとは……。ピンハネ様にこれ以上ご迷惑をかける訳にはいかない。
ハリーは椅子から立ち上がると、窓の外に視線を向ける。
「しかし、私もただでは終わりませんよ」
少なくとも、私の計画をぶち壊したBAコンサルティングには相応の償いをして貰う。
「確か、あの委員……高橋翔と言いましたね」
第三者委員会の委員長を務めたBAコンサルティングの代表取締役、小沢誠一郎を殺す事は容易い。しかし、それでは私の気が収まらない。
周りから削り最後に代表である小沢誠一郎に止めを刺す。
「まずはお前からだ……」
そう呟くと、ハリーは姿を隠すアイテム。隠密マントを身に纏い、自らにとって都合のいい駒……資源エネルギー庁の次長、松永雄一郎の下へと向かった。
◆◇◆
公益財団法人アース・ブリッジ協会のホームページに掲載されたお知らせを見て、資源エネルギー庁の次長、松永雄一郎は頭を抱える。
「――な、なんで、どうして……どうして、こんな事に……」
前理事長である長谷川が元部下である女性に行ったとされる性加害問題。
高橋翔を責める事のできる蜘蛛の糸が、突如として断ち切られてしまった事に松永は頭を掻きむしる。
「あれは……あれだけが、高橋翔の責任を追及できる唯一のものだったのに……!」
会見の期日を再確認する為、ホームページを開けばこれだ。
お知らせによると、前理事長である長谷川を訴えていた女性達が被害を取り下げたらしい。
取り下げたといっても溝渕エンターテインメントの記者会見で結成された弁護団に訴えられる形で、強制的に取り下げる事となり、逆に民事と刑事の両方で訴えられている様だ。
ちょっと見ない内に一体、何が起こった……?
やることなす事すべて裏目。
溝渕エンターテインメントの性加害問題が狂言で、訴えていた被害者が実は加害者であると発覚した辺りから、マスコミの論調まで変わってしまった。
これでは責任を追及する事ができない。
「総務省も総務省だ……! 何故、急に梯子を外したっ!? 頼りにしていたのに……くそっ!」
世論は味方所か、ありもしない性加害問題をでっち上げられ同情的。
資源エネルギー庁まで、下手にアース・ブリッジ協会を刺激するなと及び腰だ。
納得いかない。納得いく筈がない。
既に、奥野金属工業株式会社、株式会社西田メタル、門倉金属株式会社の三社がレアメタル連合から強制脱退の憂き目に遭っているんだぞ?
早急に高橋翔氏をレアメタル連合の代表から引き吊り下ろさなければ非常に拙い。
これではただ単に三社がレアメタル連合から追い出されただけ。完全に私の責任だ。
退任に追い込むはずが、逆に追い込まれるだなんて……あり得ない。あり得ない。こんな事あり得ない。
協力関係にあった市民団体は弁護団により訴えられ、ハリーとかいう女とも連絡が付かない。
その上、頼りにしていた三社も、何の躊躇いもなく切られてしまい、数百億円単位の大損害を与えてしまった。
あの時は、鉱業権を保障し、レアメタル連合を管理下に置き次第、すぐに取引を再開させるという事でお三方の怒りを鎮めたが、これではもう打つ手がない。
最初は乗り気だった筈の資源エネルギー庁の長官も、既に私を切り捨てる方向で話を進めている。
名目は、鉱業権の付与を巡る汚職。
本当の事だから笑えない。
おそらく、エネルギー庁を辞めた瞬間、数百億を超える損害賠償請求が提起される。
もうダメだ……流石にそんな金は用意できない。
国(と未来の天下り先確保)の事を思っての行動だったのに……何故、思い通りにならない。
普通、数百億の取引が無くなるかも知れないとなれば、交渉のテーブルの一つでも設けるだろ。なのにあいつは、服に付いた埃でも払うかの様に三社を切り捨てた。
数百億の取引だぞ? 普通、切り捨てないだろ。レアメタル連合の連中は誰も止めなかったのか? アホしかいないのか??
私だって、一度、交渉してダメなら諦めたさ。いや……そう簡単には諦めないかも知れないが譲歩位はした。
しかし、奴は一度の交渉を持つ事なく切り捨てた。
いきなり切り捨てるなんておかしい。
あれは労働組合の行う団体交渉の様なものだ。ちょっと位、話を聞いてくれてもいいじゃないか。
あいつには人の心が無いのか?
交渉に持ちこむ事がそんなに悪い事か?
鉱物資源の乏しい我が国にとって、レアメタルの確保は、国家的な最重要課題の一つ。レアメタル連合の主導権を握る事ができれば、国が抱える問題の殆どが解決するだけではなく、日本の外交的立場も強まる。
そう。国の事を思えば、レアメタル連合は国の管理下にあるべき組織。
資源エネルギー庁の人間として、そう考える事のどこが悪い。
どこから採掘しているかは知らないが、あいつだって、国の宝であるレアメタルを散々、売り捌いてきたんだ。
もう十分過ぎるほどの金を手に入れただろう。それ以上、金を稼いでどうするつもりだ?
どんなに金を貯め込んだとしても、使い切れなかった金は死後、国庫に返納されてしまうんだぞ?
どうせ国庫に返納する事になるなら今、レアメタル連合を明け渡してくれてもいいだろ。
金の亡者かお前は。そもそも、何で、この私がこんな目に遭わなければならないんだ。
鉱物資源のサプライチェーンはグローバルに拡大している。
その為、レアメタルの安定供給リスクはこれまで以上に大きくなっている。
だからこそ、資源エネルギー庁は、鉱山開発や製錬、製品製造などサプライチェーンの各段階に関係する各国と、経済産業省管轄の独立行政法人を通じて国際協力を強化している。
官民が協力してレアメタルの備蓄を行っているんだ。
それを横からぶち壊す様な価格帯でレアメタルをバラまく業者が国内に現れたらどうなる。
価格破壊もいい所だ。ただでさえ、隣国が環境コストを払わず、あまりに安い価格で世界中に供給しているのに、それを上回る安さでレアメタルが出回ればどうなるかは火を見るより明らかだ。
信じられないかも知れないが、高橋翔がレアメタル連合なる組織を作り、相場の半値で売り捌いた事で、資源エネルギー庁は窮地に立たされた。
レアメタルを求める国が、資源エネルギー庁に対し関係強化をダシにレアメタルを求めてきたのだ。
レアメタル採掘が環境に与える影響は大きい。
各国もその事が分かっているからか、資源エネルギー庁を管轄する経済産業大臣や外相の下に『環境問題で協力するからレアメタル資源を出して欲しい』などの友好的な案から、『金は出すからレアメタル資源を売れ』といった強硬な案まで様々な外交圧力が掛かっている。
日本は世界一の希土類消費国……その認識がレアメタル連合なる組織が立ち上がった事で反転した。だからこそ、この私が秘密裏に動いていたのだ。
しかし、こうなった以上、私は終わりだ。完全に詰んだ。
愕然とした表情を浮かべていると電話が鳴る。
スマホに視線を向けると、画面には、ハリー・レッテルの名が表示されていた。
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