第314話 因果応報③
児童買春は五年以下の懲役又は三百万円以下の罰金が課せられるだけでなく、児童買春している事がバレれば、社会的に抹殺されること間違いなしの刑罰。
敢えて、リストを配布してやったが、記者にはショックが大きかった様だ。
それもその筈。そのリストには、この会場にいる記者達にとって関係ある犯罪者共の名前が載っている。
それを見て喜んでいるのは自分とは関係ないユーチューバー位のもの。
お前等、言ってたよなぁ?
俺のクライアントである溝渕一心社長に対し、憶測で『性加害の事実を知らなかった筈がない』だとか、『故・溝渕慶太氏の犯罪について防止対策を全然とらなかったのは児童福祉法の共犯か幇助犯にあたる』だとか、『性犯罪の組織的黙認は完全に「共犯」』だとか、反論してこない事をいい事に好き放題言ってたよなぁ??
どの口がほざいているんだ?
そのリストを良く見てみろ。お前等のお仲間の名前が信じられないほど多く並んでいるぞ。つまりマスコミは、みーんな揃って社内外で行われた性犯罪を組織的に黙認していた訳だ。
よくエビデンスも何もない短編小説みたいな創作物を根拠として、鬼の首でも取ったかの様に騒げたものだ。
俺ならできないね。そんな恥ずかしい真似。
ああ……恥を恥とも、犯罪とも思っていないから、自分達の事は棚に上げて他人を批判できる訳か。
流石はマスコミ。臭いものに蓋をして批判できるその傲慢さ、驚嘆に値する。
そういえば、これと似た様な事件が草津でもあったな。
その時も、碌な調査もせず加害者の嘘の証言を元に無実の人間を責めたて集団でメディアリンチし、海外でもこの件は問題になっていると、特派員が来て会見。風評被害を全国に拡大させていたんだっけ……。
そして、実は冤罪でしたと分かった後は知らんぷり。
この件、煽ってたのも市民団体と活動家とマスコミだよなぁ?
まったく同じ構図じゃねーか!
誤報流して責任取るつもりもないなら会社をたため。
いらねーよ。誤報で人の人生貶める様な情報しか垂れ流さないマスコミなんて、だからマスゴミって言われるんだよ。自覚しろ。
リストを渡してから数分。
俺はマイクを手に持ち、すっかり喋らなくなってしまった記者達に視線を向ける。
すると、記者の一人が手を上げ、司会が指名していないにも関わらず、勝手に発言し始めた。
「じ、自発的なアクションとは、何を指しているのでしょうか? 例え、このリストにある人物が性犯罪に及んでいたとしても、この公表に公益性がない以上、勝手に公表すれば名誉毀損に当たると思うのですが……」
マイクを手渡している訳ではないので質問が聞こえ辛い。いや、その事を見越しての質問か……?
これまで、無い事実をまるであったかの様に吹聴し、溝渕エンターテインメントやアース・ブリッジ協会の事を名誉毀損しまくってきたのはお前等だもんな。
そりゃあ、そんな厚顔無恥な奴が、マイク持って喋れないわ。
とはいえ、名誉毀損はそれが例え事実であったとしても公益性がなければ成立する。つまり、この記者は暗に『公表するなよ? 絶対に公表するなよ?』と言っている訳だ。
俺にはこれがフリにしか聞こえない。
名誉毀損になるかも知れないから公表は控えた方がいいよと言ってくれている記者に、俺はできる限りの笑みを浮かべ返答する。
『――説明足らずで申し訳ございません。自発的アクションというのは、あなた方が提唱し、溝渕エンターテインメントに要請した社名変更、他、すべての事項の実行を指します。また、そちらに記載されている人物に関しましては然るべき捜査機関に被害届けを提出し、刑事と民事の両方で対応する事が既に決まっております。容疑者を実名で公表する。これはあなた方、マスコミが普段、行っている事です。個人的な意見ですが、冤罪にも関わらず、故人を貶め、一企業を誹謗中傷してきたあなた方が、リストに書かれているマスコミ関係者の事実公表を避ける様な言動を行うのはどうかと思うのですが、いかがでしょうか?』
質問してきた記者に対し、マイクを渡すようスタッフに視線を向けると、記者はマイク受け取りを拒否し、黙り込む。
回答拒否か……まるで都合の悪い質問に答えない政治家の様だ。最低だな。覚悟のない奴は質問するな。今すぐ手に持ったペンを折り記者を辞めろ。二度と記者の名を口にするな。
『……回答を頂けず残念です。今、申し上げた通り、配布したリストに書かれている方々に対する諸般の手続きは既に完了しております。我々は、記者会見の場をお借りし、提訴の意見表明をしたに過ぎません。また、お渡ししたリストに書かれていない方々につきましても、手続きが済み次第、別途、会見を開き発表する予定です。どうぞ、名誉棄損で訴えるというのであれば訴えて来て下さい。我々は逃げも隠れも致しません。その場合、法に基づき粛々と手続きを進めるだけです』
溝渕エンターテインメントを性加害者扱いしてきたマスコミが、実は一番の性加害者でした。しかも、その性加害は今も続いております、だなんてスキャンダル発覚したら事だよな。
でも、残念。溝渕エンターテインメントの性加害問題の着火役は別かも知れないが、火の粉を山火事レベルで大きくしてきたのはマスコミだ。
投げたブーメランが勢いを増して戻ってきたとしても、そんな事は知らん。
俺はこれが山火事レベルから火災旋風レベルに発展するまでやり切ってやるから安心しろ。
それこそ、エレメンタルの力を借り、マスコミ批判の世論を形成し、社会を扇動してでもなぁ。
世論を形成し、人々を扇動できるのがマスコミの特権と思っていただろ?
甘いんだよ。そんな時代は当に終わりを迎えた。
そう思っているのはお前等だけだ。
さて、これ以上質問はない様だし、記者会見はこれで終わりかな。
折角、質疑応答の時間を設けていたのに残念だ。まあ、記者達は質疑応答の時間を設けているにも拘らずガン無視で質問してきたけど。
自社のスキャンダルが明らかとなり意気消沈した記者達を前に、俺はマイクを握る。
さて、ここからは俺のターンだ。
正直、今、この時の為に、溝渕エンターテインメントの第三者委員会を引き受けたといっても過言ではない。
『――また、溝渕エンターテインメントの第三者委員会報告とは別件で、一つ重大な発表がございます。現在、溝渕エンターテインメントを始め、東京都内にある多くの企業で、数年前に亡くなった創業者や失踪した前社長による性被害を訴える事件が相次ぎ発生しております。どの事件も、特定の市民団体が関与し、その市民団体と繋がりのある弁護士が第三者委員会の委員として送り込まれ、証言以外の証拠は一切示さず、法を超えた補償が必要であるとの結論を出し、それをマスコミが推定無罪の原則を無視して、まるで犯罪者であるかの様に報道しております。これは法治国家の根幹を揺るがす大問題です。現に我々が調査をした所、まったく違う結論が導かれました。そこで、我々は、東京都内で相次ぎ発生しているこの事件に対し、弁護団を結成致しました。これから先、根拠のない報道をしたマスコミ各社に対しても法的措置を行う予定です。当然の事ながら、嘘で故人を貶め、企業価値を棄損した自称被害者の方々やエビデンスもなく事実認定した第三者委員会に関しましても、故人を貶め、企業価値を棄損した分、不法行為に基づく損害賠償請求を行います』
今頃、この会見を生中継すると決めたマスコミ関係者は顔を青褪めさせているだろうな。
この問題を裏で手を引く市民団体達もだ。きっちり詰めてやるからな。
嘘で人の人生を棒に振ろうとしたんだ。強制的に責任を取らせてやるよ。
残りの人生をきっちり棒に振って、後世に汚名でも残してくれ。
『――会見は以上となります。これから質疑応答の時間を取らせて頂きたいと思いますが、ご質問のある方はいらっしゃいますでしょうか?』
会見場にいる記者達にそう告げると、記者達は揃って視線を下に向ける。
どうやら質問はない様だ。
『それでは、これで会見を終了させて頂きます。本日は長い時間本当にありがとうございました』
溝渕エンターテインメントの記者会見が行われたその夜。
溝渕エンターテインメントに対する謝罪と社内調査を行う旨をマスコミ各社が足並みを揃える形で発表。
その後、『溝渕エンターテインメントは第三者委員会を立ち上げたのに、お前の所は社内調査しかやらないのか』と数多くの苦情が寄せられたことで社内調査から第三者委員会調査に切り替え行うという後手後手の対応を世間に晒し、失笑を買う事となった。
◆◇◆
記者会見を終えタクシーで事務所に戻ると、事務所の前で血相を変えた瀬戸内野心が旧第三者委員会の面々と共に待ち構えていた。
「――み、溝渕社長! これは、どういう事ですか!」
そう声を荒げながらタクシーに向かってくる溝渕エンターテインメントの副社長、瀬戸内野心。社長である溝渕一心は、料金を支払うと、ため息を吐きながらタクシーのドアを開けて外に出る。
「……どうもこうもない。中継を見ていたのだろう? それがすべてだ」
タクシーを見送りながらそう言うと、一心は、野心や旧第三者委員会の面々の姿が見えていないかの様に振る舞い社長室へと向かう。
「――そ、それがすべてですって……? こんな会見するなんて私は聞いていない! ちょっと、待ちなさい! どこに行くのです!」
「そうだっ! あんたも第三者委員会の設置に賛成していたじゃないか。それを……我々の調査結果が気に食わないからといって……!!」
「――あんたのお陰でね。私の面子は丸潰れだ! どうしてくれる!」
「どうもこうも……」
それは、こちらのセリフだ。
一心はため息を吐き立ち止まると、野心……そして旧第三者委員会の面々に向き直る。
「……あんた等だけには言われたくはないな。あんた等のお陰で、俺の親父は世紀の大性犯罪者にされる所だった。事務所が被った損害はキッチリ請求させて貰う。野心……お前もだ。今日、限りでお前を解任する」
「なっ!? そんな勝手が許される訳……!」
そう狼狽する野心に、一心は鞄から取り出した紙束を突き付ける。
「――っ! こ、これは……! これをどこでっ!?」
一心が取り出したのは、旧第三者委員会の面々が溝渕エンターテインメントの社外取締役に就任する事が書かれた委任契約書。
他にも、溝渕エンターテインメントの持つ権利を売り払う為の譲渡契約書のドラフトや、他社の社長を兼務役員として招致する為の案内状、矢崎絵里から性接待を受けていた事を示す写真などもある。
それを見た野心は顔を青褪めさせる。
「……どこで入手したかなんてどうでもいい。この資料から分かる事は、お前が私を裏切り、事務所を乗っ取ろうとしていた事。そして、事務所の持つ権利を売り払おうとしていたという事だけだ! まさか、第三者委員会もグルだったなんてな。肩書を見て安心してたが、騙されたよ」
検事や弁護士という肩書がいかに当てにならないか今回の件でよく分かった。
当たり前の事だが、検事や弁護士も一人の人間。良識のない者も一定数存在する。
「――野心……親父に対する名誉。そして、お前が事務所に与えた損害は計り知れない。お前は、特別背任で民事、刑事の両方で訴えさせて貰う」
「なあっ!? そ、そんなっ!!」
特別背任罪は、十年以下の懲役または一千万円以下の罰金が科せられる重罪。
会社の取締役等が背任行為を行うと、利害関係者に与える影響が大きい事から重い刑となっている。
「あんた等も覚悟しておくんだな……」
険しい視線を向けると、旧第三者委員会の面々は苦い表情を浮かべる。
「……第三者委員会は、法令上の権限に基づく強制捜査権を持ちあわせていない。調査報告書にも、関係者の任意協力の下で限定的な調査を実施した事や、関係当局が法令上の権限に基づいて調査を行った場合、我々の認定とは異なる事実関係が明らかになる可能性を留保事項に記載している。会社に被害が出たのは、マスコミが留保事項には触れず、勝手に騒いだからだ。我々のせいではない」
「しかし、会見では、その留保事項に触れる事無く性加害があったと断定していただろう。野心と交わした委任契約書を見ても責任は明らかだ……既に弁護士会にも懲戒請求を行っている。詐欺及び不法行為に基づく損害賠償請求もな……」
「……っ! 話にならん。私達はこれで失礼させて貰う。訴えたければ勝手に訴えるがいい。好きにしなさい!」
そう捨てセリフを吐くと、旧第三者委員会の面々は苦虫を噛み潰した表情を浮かべ、その場を後にする。
「ああ、訴えさせて貰おう。二度とこの様な冤罪事件に加担する弁護士が現れない為にもな!」
「――ぐっ!? 行くぞっ!」
旧第三者委員会の面々が足早に立ち去るのを見て、野心は慌てた表情を浮かべ追いかけていく。
「――お、おい! 待てっ! どこに行くつもりだっ! も、元はといえば、お前等が……大丈夫だと言ったではないか! ちょっと待て! おいっ!!」
口論しながら遠ざかっていく野心達を見て、一心は呟く様に言う。
「終わったか……いや……」
私にはまだまだやる事が残されている。当分の間、徹夜だな……。
この件が原因で事務所を離れていった社員やトラウマを植え付けられたタレントも多い。
あの第三者委員会会見により粗方、疑惑を払拭できたと思うが、会見を見ていない大多数の人間は、それが解消されるまでの長い期間、溝渕エンターテイメントや所属するタレントに偏見の目を向けてくるだろう。
矢崎絵里により性被害を受けたタレント達のケアも行わなければならない。
「もう一踏ん張りだ……」
幸いな事に、私には、事務所の無実を信じ続けてくれたファンや、今回の件に疑問を抱き事務所の無実を発信し続けてくれた人達が付いている。
そう呟くと一心は、職責を果たす為、社長室へと向かった。
◆◇◆
「ふん。やっぱりこうなったか……」
溝渕エンターテインメントに所属していた有名タレント、矢崎絵里による性接待問題を暴き、マスコミ各社にその利用者が多数存在する事が明らかになった結果、何が起こったか。
簡単な事だ。マスコミ各社は、関係者の処分で幕引きという典型的な火消しを行い、まるで最初からそんな問題が無かったかのように溝渕エンターテインメントのタレントを起用し、性加害問題を取り上げなくなった。
まあ、性加害問題を話題として取り上げなくなっただけで、水面下では、バチバチにやり合っている訳だが、もの凄い手の平返しだ。バチバチにやり合っているといっても、奴等の負け試合に等しい。
既に児童買春に係わった関係者は逮捕され、出てきたとしても民事訴訟で訴えられる。
役員は総入れ替え。自分達で形成した世論に押される形で、被害者達が作る財団法人に毎年、売上高の五パーセントを寄付する事となった。
年商五百億円の大企業の出来上がりである。
元々、マスコミはこうなる事を望んで溝渕エンターテインメントをバッシングしていた訳だし、本望だろう。糧となってくれた買春役員達も塀の中で喜んでいる筈だ。
ちなみに、溝渕エンターテインメントの溝渕慶太氏より性加害を受けていたと訴えていた自称被害者、矢崎絵里は売春斡旋容疑で逮捕される事となった。溝渕エンターテインメントを乗っ取ろうと画策していた野心とかいう副社長も矢崎絵里から性接待を受けていた事がバレ解任。二人揃って出所した後、百億円近い損害賠償請求が待ち受けていると思うと、何だか涙が出てくる(勿論、悲しさからくる涙ではない)。
前第三者委員会の委員達も市民団体や野心との繋がりがバレ、訴訟対象となっている。
「後は市民団体の裏に隠れていた奴等を何とかするだけだな……」
エレメンタルの調査によると、矢崎絵里を担ぎ上げていた市民団体を始めとした訴訟対象の市民団体は、すべて解散に追い込まれた。
お陰で、アース・ブリッジ協会が会見をする意味がなくなってしまった訳だがどうしたものか……。
まあ、この状況を作り上げる為に態々、BAコンサルティングを巻き込み、溝渕エンターテインメントの第三者委員会を引き受けた訳だが、あまりに効果があり過ぎた様だ。
アース・ブリッジ協会の会見で、ヘルの力により生き返った長谷川のお披露目をしようと思ったのに拍子抜けである。失踪扱いになった他の奴等も折角蘇らせてあげたのに……。
溝渕エンターテインメントは、溝渕エンターテインメントで、マスコミが手のひらを返した途端、コロリと態度を変えた。所属タレントや働く社員の事を考えたら、そう転ばざるを得なかったのだろう。
まあ溝渕エンターテインメントのお陰で、特定の市民団体が自称被害者を嗾け、企業の利益を搾取しようとする被害者ビジネスの実態が多くの国民に知れ渡ったのだからよしとするか。
溝渕エンターテインメントの性加害問題に絡み、全然、関係ない所で、各省庁の一部が矢崎絵里から売春斡旋を受けていたという情報まで手に入れる事ができたし……。
「さて、最後の締めだ……」
そう呟くと、俺は電話機を手に取り、1・1・0と順番にボタンを押した。
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