第313話 因果応報②
――ふふふっ、そろそろお手紙が届いている頃か。皆、驚いてくれているかな?
つい先ほど、小沢が記者に対して『準備が出来次第、順次、内容証明を送付させて頂く予定』と発言したが、実は数日前からフリージャーナリスト、マスコミに対する損害賠償請求及び刑事告訴を進めている。
エレメンタルによる証拠保全も同時進行で、だ。
小沢の発言はまだ、すべてのフリージャーナリスト、マスコミに対して損害賠償請求及び刑事訴訟手続きが終わっていないから出てきた発言。
会見場にいる記者達に見えないようポケットからスマホを取り出し、SNSを確認すると、数名のアカウントが怨嗟の声を上げているのが目に付く。
まずは計画通り……。
まずは民事で頬を打っ叩き、刑事で顎を打ち抜く。
刑事事件では、初犯である場合とそうでない場合とでは、処分の重さに違いがある。
碌な取材もせず嘘を事実の様に吹聴する馬鹿野郎はちゃんと叩き潰してやらねーとなぁ……。
溝渕エンターテインメントの名誉は既に落ちる所まで落とされている。
今更、記事を削除したり、誰の目にも止まらない謝罪文を掲載した所で手遅れだ。
ならば、俺は敢えてその逆を行く。
訴えられて又は、訴えられそうになってから、誰が見てるのかも分からない謝罪文を掲載したり、記事を削除した所で、棄損された名誉は戻らない。
ならば、謝罪文の掲載も記事の削除もできない様な状況に追い込み、この名誉棄損記事を書いた記者は、訴えられているにも拘らず、謝罪文の掲載も行わないし、記事を削除したりもしない気狂いだと世間に誤認させる。
記者なんか、報道の自由を盾に人の人生潰して喜ぶ異常性壁の持ち主ばかり。
例え間違った事を報道してもあいつらたった一行位の文字数しかない「すいませんでした」の一言すら言わないだろ?
ごく少数、ちゃんと謝れる人もいるけど、本当に少ない訳で、奴等にモラルなんか期待しちゃダメなんだよ。ルール無用。自分の発言こそ民意だと本気で思ってる頭のおかしな奴等なんだからさ。
形だけの反省なんて要らないんだよ。
モラルもない。ルールも守れないクズにあれこれ書かれるのは不愉快だ。
だから、奴等が手に握っているペンごと真っ二つに圧し折る。
もう二度と記事なんて書こうと思わない様に、もし思ってしまったら今回の一件がフラッシュバックして再びペンを真っ二つに圧し折ってしまう程、執拗に……。
さて、愕然とした表情を浮かべるだけで、死んだ魚の様に口を開いたまま動かなくなってしまった記者共に平手打ちを一発かますとしよう。
エレメンタルの力により、溝渕エンターテインメントに対する誹謗中傷をしていたアカウントのパスワードはすべて切り替えた。パスワードの再発行ができぬ様、一度、ログインし、登録者情報に記載されているメールアドレスを別のアドレスに変更した上で、適当なアドレスにな……。
ついでに、連絡先もすべて削除。
平成初期は良かったなぁ。
携帯電話やスマホが普及するまでは、固定電話の横に紙の電話帳が置いてあった(らしい)。しかし、今はそれがない。
データが吹っ飛んだらそれでお終い。バックアップも消しておいたからもう二度と再生できない。
テーブルに置いてあるマイクを手に取ると、俺はゆっくり立ち上がる。
『委員の高橋です。先ほど小沢の方から、フリージャーナリストを含むマスコミにも不法行為に基づく損害賠償請求及び名誉毀損による刑事告訴を行うと発表致しましたが、まだ続きがございます』
そういった瞬間、記者達の視線が一斉にこちらに向く。
皆、表情が強張っている。
おいおい、これは記者会見だぞ?
だらしねぇな、記者なんだからもっとしっかりしろよ。さっきまでの威勢はどうした。さっきまでの威勢はよ……。
そんな事を思いながら席を離れ、矢崎と共に故人である溝渕慶太氏を性加害者だと告発し、後に撤回した溝渕エンターテインメントのタレント、水野美嘉達の前に立つと、俺はマイク片手に持ち、近くの記者に質問する。
『――そこの記者さん。ええと、一番前に座っている朝昼新聞のあなたです』
会場内にいる朝昼新聞の記者に司会者がマイクを渡すと、困惑した表情で呟く。
『えっ、私ですか?』
『ええ、あなたです。あなたの所属する新聞社の社説で、溝渕エンターテインメントの件について触れていました。そこには、こんな文章が書かれています』
そう言うと、ポケットに入れていた朝昼新聞の社説を手に持ち読み上げる。
『――先の第三者委員会の調査報告は、迅速に結論を出す上で意味があったが、組織として加害を隠ぺいした構造が十分に解明されていない。溝渕慶太氏が故人であるからといって過去に蓋をする事は許されず、被害者の中には、うつ病になるなど心に深い傷を負った人もいる。その苦労は察して余りあり、被害者の方に十分な補償と救済をする事は勿論、改めて組織としての責任を総括する為の手立てを講じるべきだ。今後も事業を継続するのであれば、それが最低条件となる。自社が取引先の人権侵害にどう加担したのか検証し、是正を強く求め、履行状況を確認する事は企業に課せられた社会的責務。これまでの経緯の検証をしないまま溝渕エンターテインメントに関わり続ける事はもはや許されない。つまりは、被害者が納得する補償が行われるまで、取引のある企業は加害企業の動向を注視すべきであり、加害の事実の検証なしに事業を続ける事は許されないと言っている訳ですね。これと似た論調はほぼすべてのメディアで確認する事ができました。間違いありませんね?』
笑顔でそう問いかけると、記者は顔を引き攣らせる。
『え、ええっ……』
『ご回答頂きありがとうございます。私も同じ思いです』
メッキのはがれた自称被害者こと、矢崎絵里氏は、被害者がフラッシュバックするから社名を変えろ。毎年売上の五パーセントを、被害者が設立する財団法人に入れ、恒久的に加害企業と被害者との仲介窓口にし、これから出てくる被害者も匿名で賠償しろといった、自称被害者達が無茶苦茶な要望をしている訳だが、新聞社を始めとするマスコミはこれを是としている訳だ。
溝渕エンターテイメントは、所属タレントが起こした狂言を責めず、被害者が社名を聞いてフラッシュバックに苦しまなくて済むよう社名を変え、使用者責任の観点から本当に被害にあったタレントに対して補償を行うと決めた。
マスコミが形成し、社会が求めた論調に沿う形で責任を取ると決めたのだ。
なら、その論調を作ったマスコミも同様の問題意識を持っていると、そういう事だよな?
他人に干渉する前に、自分の襟を正すのは当然。
これだけ偉そうに批判するんだ。
お前等も、自分の身に性加害問題が降りかかってきたら、当然、被害者がフラッシュバックに苦しまなくて済む様に社名を変え、毎年売上の五パーセントを、被害者が設立する財団法人に入れ、恒久的に加害企業と被害者との仲介窓口にし、これから出てくる被害者も匿名で賠償するんだよな?
その覚悟があってそう言っているんだよなぁ?
満面の笑顔から一転、真剣な表情を浮かべると、俺は記者達に対して淡々と溝渕エンターテインメントの決定事項を告げる。
『この度、溝渕エンターテイメント所属の矢崎絵里氏による売春斡旋被害に遭われた方々を対象として、矢崎売春斡旋問題当事者の会を設立致しました。加害者である矢崎絵里氏を始め、本件に関わり合いを持った買春者には、是非とも、彼女等の心の傷が癒えるその日までの間、法を超えたご支援頂きたく存じます。また、売春斡旋被害に遭われた方にとって、加害者の名や苗字を冠する会社の名称は、過去の被害体験を思い出す事に繋がります。ですので、我々が行動を起こす前に、自発的に社名変更を執り行って頂けますと幸いです』
俺は執念深いんでね。やられたらやり返す。
百倍返しだ。それが元となり企業や団体が潰れようが知った事ではない。
加害者は被害者の傷が癒えるまで支援しなきゃいけないんだろ?
被害を知っていて黙認している時点でそこに勤める社員も同罪なんだよなぁ?
そうマスコミは溝渕エンターテイメントの事を煽っていただろ。だったらお手本を見せてくれよ。本物の性被害者を用意してやったぞ。
暗に、この会見を見ているであろう加害者に対してそう告げると、会場内にいる記者達の電話が一斉に鳴る。
――プルルルルルッ!
――ピロリロリロ!
やはり、記者はマナーがなっていない。
ここをどこだと思っているんだ。会見場だぞ?
スマホの電源を切れとは言わないが、せめてマナーモードにしておけよ。会見中のおしゃべりも、勝手な写真撮影も……映画の鑑賞マナー見たいに、動画にして分かりやすく説明してやらないと理解できないのか?
お前等の頭には何が詰まっているんだ。綿でも詰まってんのか?
すると、質疑応答の時間でないにも係わらず、記者達が一斉に手を上げ勝手に質問し始める。
『――今の発言は一体、どういう意味でしょうか!?』
『買春者とは、どなたの事を指すのか教えて下さい!』
『自発的に行動に移さない場合、どうなるのでしょうか!?』
あー、煩い。
司会者が『質問のある方は挙手願います』と言っていないにも係わらず、この体たらく。だから記者は常識がないって言われるんだよ。
『えー、皆様。どうか落ち着いて下さい。二度目となりますが、この会見は注目度が高く全国に生放送で配信されており、日中という事もあって多くの方が視聴しております。記者として、大人として、発言を遮らず記者会見のルールを守り、落ち着いた発言をして頂けますよう、よろしくお願い申し上げます。それができない方は、どうぞ、あちらの扉からお帰り下さい』
話の通じない動物と話す趣味はないんでね。
最低限のルールも守れない人はもはや人ではない。
俺がそう言うと、一分ほどして記者達は黙り込む。
うん。それでいい。やればできるじゃあないか。最初からやれよ。
司会者に視線を向けると、会場内にいるスタッフが記者達に一枚の紙を配布して行く。
『えー、こちらが芸能界で成功したい少年、少女達の弱みに付け込み、長期に渡り許しがたい性暴力に及んだ方々のリストです。もし、三日以内に自発的なアクションがない場合、ここに書かれた方々全員を公表の上、然るべき機関に訴えます』
そう告げると、記者達は配布したリストの中身を見て絶句する。
そこには各テレビ局や新聞社の役員、プロデューサー、その他スポンサーの名前が記載されていた。
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