第220話 現役出向の理由②

 ――い、いやいやいやいや、川島賢都。思考を回せ。現実的に考えて、あり得ない事態が起こっている事は確かじゃあないか!


 そもそも、私は何の為にここにいる。何の為に、任意集団『宝くじ研究会・ピースメーカー』に現役出向してきた!

 宝くじ当選の秘密を探る為だろう?

 だったら答えは一つ。

 わからないのであれば、聞けばいい。とても簡単な解決方法じゃあないか。


 私は受け取ったスクラッチくじを高橋翔に返却すると感嘆の声を上げる。


「――素晴らしい。これが宝くじ研究会・ピースメーカーの活動か……七割以上の確率で当選くじを引けるなんて凄いじゃあないか」


 さあ、褒めてやったぞ。ポロっと秘密を吐き出せ。

 そういった思いを込めて称賛すると、高橋翔は苦笑いを浮かべる。


「そうですか? 皆さん最初はそう言ってくれるんですけどね。でも、確実に当選くじを引けると理解すると途端に態度を変える人が多いんですよ。実際、何十人もの人間が宝くじ購入マシーンと化した事か……」

「……はっ? 宝くじ購入マシーン?」


 何を言っているんだ?

 意味がわからん。

 すると、高橋翔は視線を横に流しながら露骨に話題を逸らす。


「……いえ、何でもないです。ただ、突然、大金を持つと皆さん、独特な心理状態になるみたいでして、『宝くじが当たると不幸になる』という迷信を地で行く人が多いんですよね――」


 宝くじ研究会・ピースメーカーの収入源は、宝くじの当選金。

 ゲーム世界のアイテム『レアドロップ倍率+〇〇%』を使って、当選くじのドロップ倍率を底上げしている。この『レアドロップ倍率+〇〇%』は使用者の周囲にいる者にも同様の効果を及ぼす事から、宝くじ研究会・ピースメーカーでそれを使用する場合、ある程度人のいない時間帯を狙って使用している。


 宝くじ研究会・ピースメーカーとして活動を始めた頃はよかった。

 宝くじやスクラッチくじで一等、二等を当てた事がない会員達は当選くじを引いた事を素直に喜び、当選金の半分を約束通りに支払ってくれた。


 しかし、人間というのは本当に不思議なもので、当選くじが当たり前の様に引けるとわかるや否や不正に手を染め始める。

 俺が仏の御心で『レアドロップ倍率+〇〇%』を使用し、宝くじの当選くじを公平に分配しているというのに、当選くじを隠し、当選金全額を自分の口座に入れる奴が増加したのだ。

 当然の事ながら、会員と契約書を結んでいるので、そんな事をしたら、不正を一切する事もそのことについて喋る事もできないよう契約に縛られ、行動の一部を制限された上、俺に代わり『レアドロップ倍率+〇〇%』を使用し、会員と共に宝くじを購入するだけの宝くじ購入マシーン(生身)になってしまう訳だが……。


 活動開始一週目にして、そんな事が起きた。

 まあ、絶対に俺を裏切る事の出来ない宝くじ購入マシーンに対し『レアドロップ倍率+〇〇%』を渡すだけで、後は勝手に宝くじの当選金(共同購入名目)が振り込まれるようになったので、俺にとって悪い話ではない。

 勿論、宝くじ購入マシーン達にもプライバシーは存在する。

 なので、俺は特定の曜日に特定の場所で『レアドロップ倍率+〇〇%』を使用し、皆で宝くじを購入する事、秘密保持、俺の言う事絶対順守以外、縛っていない。


 他にも、宝くじが当たった事を周囲の人に口外した事で親戚や友達が大量発生した者や、周囲の嫉妬を買い事件に巻き込まれた者など、様々だ。

 宝くじが当たったからといって、あぶく銭は散在しても構わない精神でいると身を滅ぼす。


 その点、俺の場合、他人の事なんて全然信用していないので、その事を告げる場合、確実に契約を結ぶ。そして、口外した場合に対して措置を取る様にしている。

 やはり、契約書の効果は素晴らしい。


「――そんな事より川島さんは後、どの位、スクラッチくじを購入しますか? 初回なので共同購入という形は取りません。好きなだけスクラッチくじを購入して下さい」

「……ふむ。そうかね?」


 褒められる事に気持ちよくなって情報を吐き出すタイプではなかったか。

 宝くじ購入マシーンという単語がとてもに気になるが……まあいい。

 それならお言葉に甘えさせて貰おう。


「それでは、一等五百万円のスクラッチくじを十セットと、一等二百万円のスクラッチくじを十セット購入させて貰おう。ああ、領収証を忘れないでくれたまえよ」


 高橋翔は先ほど、一等五百万円のスクラッチくじは四等以下の当選くじしか引く事ができないと言っていた。

 念の為、それも確認しておかなければ……。


 私はそう言うと財布から四万円を取り出し、スクラッチくじと引き換えに宝くじ販売員に渡す。


「はい。四万円ちょうどですね。お客様に幸運が訪れますように」

「うむ。ありがとう」


 私は、スクラッチくじを受け取ると財布から五円玉を取り出し、スクラッチくじを削っていく。


 さて、鬼が出るか蛇が出るか……。


 まず最初に削ったのは一等五百万円のスクラッチくじ。

 百枚すべてを削ると、私は呟くように言う。


「……なるほど」


 当選くじは五等の二百円が四十枚に四等の千円が三十二枚。

 高橋翔が言った通り、四等以下しか当選くじがない。

 一方、一等二百万円のスクラッチくじを削ると、五等の二百円が十枚に四等の千円が十五枚。そして、三等の一万円が五十枚だった。


 異常……。やはり異常だ。

 宝くじを購入するというワンステップを踏むだけで、宝くじの当選金を得る事ができるという事はよくわかった。しかし、その方法がわからなければ報告を上げる事はできない。


「すまないが、換金を頼む」


 私は宝くじ売り場の販売員に当選くじを渡すと、その場で換金して貰えるようお願いする事にした。場所にもよるが、この宝くじ売り場は銀行が近くにある為か、五万以下の当選であれば、売り場で換金する事ができる。


「はい。五十五万七千円となります」

「ああ、ありがとう」


 一切の無駄口を叩かず、スタイリッシュに当選金を受け取ると、私は、外れくじをゴミ箱に入れながら話しかける。


「――それで、そろそろ教えてくれないか?」

「……教える? 何をです?」


 何を恍けた事を……。あえて口に出さなくてもわかるだろう。

 ポカンとした表情を浮かべる高橋翔に内心イラつきながら、私は目を細めて言う。


「――そんな事、決まっているだろう。当選くじを引く事の出来る秘密だよ。私も宝くじ研究会・ピースメーカーの一員だ。教えてくれてもいいだろう?」


 これだから民間団体は嫌なんだ。相手の気持ちを推し量る事すらできないのか?


 すると、高橋翔は少し考え込む。


「……そうですね。川島さんが秘密保持契約を結んでくれるなら構いませんよ?」

「――はあっ?」


 秘密保持契約だと?

 なるほど、やはり裏があったか……。


 秘密保持契約とは、秘密を不正利用したり漏洩させたりする事を防止する目的で結ばれる契約のこと。もし情報を漏洩すれば、違約金や損害賠償請求を行われる可能性がある。

 先ほど確認したスクラッチくじの当選確率から見て、情報を漏らした際の賠償金額は甚大なものとなる可能性が高い。


「……秘密保持契約か、大げさだな。私は総務省から現役出向してきた人間だ。君は私が秘密を漏らすと、そう言うつもりかね? それにだ。宝くじの管轄は総務省。システムの不備を突いて当選くじを得た可能性がある以上、私には、それを確かめる権利がある」


 秘密保持契約を結ばなくてもいいように威圧的にそう言うと、高橋翔は困った表情を浮かべる。


「――えっと、秘密保持契約を結ぶ事と、それが不正かどうかを判断する事とでは、話が別ですよね? こちらが秘密を開示する以上、秘密保持契約を結ぶ事に何ら問題はないと思いますが……」


 話の分からん奴だ。大いにあるだろう。

 村井様に報告をしなければならないのだから、そんな契約を結ぶ訳にはいかないのだよ……。

 とはいえ、こうなっては仕方がない。


「……そうか。それならもういい。君が強情な態度を取るのであればこちらにも考えがある。私にそんな態度を取って後悔しない事だ。気分が悪い。私はこれで失礼させて貰う」


 一方的にそう告げると、ポカンとした表情を浮かべながら佇む高橋翔をよそにこの場を後にし、村井様が懇意にしている市民団体の下へ向かった。


 ◇◆◇


 こ、これは酷い。あまりに酷過ぎる。


 始業から十分も経たずに出て行った川島を見て、俺はポカンとした表情を浮かべる。


 貰う物だけ貰って、自分の意見が通らなかったら怒って帰るとか社会人失格もいい所だ。しかも、二日連続の途中欠勤。秘密保持契約を結ぶのは嫌です。でも、権利は主張しますって、そんないいとこ取り許される筈がないだろう。


「うわぁ……ありえねぇー」


 あまりに酷い川島の態度に俺は思わず呟く。

 すると、川島が顔を真っ赤にして振り返った。

 どうやら俺の小言が聞こえてしまった様だ。


 しかし、予定が狂ったな。

 折角、秘密保持契約書にサインすれば秘密を教えて上げると言っているのに、川島の奴、秘密保持契約と聞いて日和るとは……。

 これは色々と計画を見直さなければならないかも知れない。


 顔を真っ赤にして帰宅していく川島に視線を向けながらスマートフォンを取り出すと、俺は会田さんに電話をかける事にした。


「――ああ、会田さん? ちょっと、お願いがあるんだけど、あのレアメタルの件、一旦白紙にしてくれる?」

『えっ? ちょっと、いきなり電話してきたかと思えば、どういう事ですかっ!? 既にレアメタルを保管しておく為の土地の買い付けについて話が進んでいるんですよっ!!』


 流石は会田さん。行動が早い。


「いや、土地の買い付けについては話を進めてくれて構わないんだけど。ただ、少しだけ状況が変わってね。俺が貰う予定だった利益配分の比率を少し引き下げてでもやらなきゃいけない事ができたんだ……」

『……えっ? あの金にがめついあなたが利益配分の比率を少し引き下げてでもやらなきゃいけない事ができた??』


 今、なんだか失礼な事を言われた気がする。


「……俺が利益配分の比率を引き下げるのが、そんなに不思議か?」


 つーか、何でオウム返しした。

 別にいいだろ。確かに、宝くじの当選金の内、半分は俺の物になっているが、損をしている奴なんて誰もいないだろ。

 一方的に損をしているのは、当選くじが少なくなっている事を知らず、宝くじを買い続ける宝くじ愛好家位のものだ。


「……まあいい。土地の買い付けはそのまま進めてくれ。後、ついでに新橋駅周辺の事務所を新たに五箇所ほど契約しておいてくれるとありがたい。それじゃあ、俺はこれで……」

『え、ちょっと、待ちなさいよ。まだ話は終わって――』


 一方的に、会田さんとの会話を打ち切り電話アプリを閉じると、次に以前お世話になったBAコンサルティング㈱の代表取締役、小沢誠一郎へと電話をかける事にした。

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