第221話 激昂
小沢誠一郎へ電話をした翌日、現役出向してきた川島の為に態々、借りた事務所に向かうと、そこには事務所前の道路に車を設置し、頭に鉢巻きを巻いた市民団体がたむろしていた。
一人一人が、『不正を許すな』といったプラカードを両手で持ち、拡声器で『宝くじ研究会という団体は、不正行為を行っている』と宣い、チラシ配りを行っている。
「うわぁ……マジか……」
横道の一角を塞いでの誹謗中傷。
川島の奴が市民団体と繋がっている事は知っていたが、こんなにもあからさまな手段を取ってくるとは……。
何だか頭が痛くなってきた。とりあえず、警察を呼んでおこう。このままでは事務所に入る事もできない。
ポケットからスマートフォンを取り出し、警察に通報しようとすると、背後から声がかかる。
「――おはよう。高橋君。いや、凄い事になっているな。それで、スマートフォンなんて取り出して何をしようとしているんだ?」
白々しい奴である。
まあいい。そんなに知りたいのなら教えてやろう。
「ああ、川島さんですか。おはようございます。いや、何だか、市民団体っぽい人達が事務所の前で抗議活動をしているようでしたので、警察に通報しようかと思いまして……」
「へえ、そうなんだ……ああっと!?」
そう言って、110番をタップしようとすると、川島が不自然によろめいた。
そして、俺が手に持っていたスマートフォンを叩き落とすと、それを思い切り踏ん付ける。
「――はっ……はああああああああああああああああっ!?」
バキッという音と共に派手に壊れるスマートフォン。
警察への通報を妨害された事よりスマートフォンに記録されていたデータが全損してしまった事に対して衝撃を受ける。
お、俺のスマホゲームのデータがああああっ!?
何してくれていやがるんだこの野郎。一応、サブ機を持っているが、データ移してないし、スマホを購入してから今に至るまで、全然、バックアップ取ってないんだぞっ!?
唖然とした表情を浮かべ視線を川島に向けると、川島はほくそ笑む。
「いや、スマートフォンが壊れてしまった様だね。だが、ワザとではないのだよ。これは不可抗力だ。だから許してくれ。宝くじで沢山稼いでいるのだから別に構わないだろう?」
「……はあっ?」
開いた口が塞がらないとはこの事か……。
許される訳がないだろう。ボケカスコラッ!
総務省から現役出向してきたとか、そんな事は最早関係ない。
一応、言っておくがお前はお客様でも、俺の上司でも何でもねーぞ?
通報を妨害した挙句、パワハラの典型見たいな行為し、人が大切にしているゲームデータ破壊しておいて何言っていやがるくそ野郎。
唖然とした表情を浮かべながら思考を巡らせていると、何を勘違いしたのか川島は首を横に振る。
「――しかし、随分と困っている様じゃあないか。でもね。警察の力を使って市民団体の方々の声を潰そうとするなんて人としてあるまじき行為だ。ちゃんと、市民の声に耳を傾けないといけないよ。なんなら、この私が彼等と話を付けてきてやってもいい。勿論、タダでとは言わないが、対価さえ払ってくれるならキッチリ、話を付けてきて上げるよ。最初から私の言う通りにしていればこんな事にはならなかったのに……まったく、手間をかけさせてくれる。困った奴だよ……君は」
俺の想像の遥か斜め上を行く回答に俺の思考が一瞬止まる。
今、なんつった?
お前、今、なんつった?
今、『最初から私の言う通りにしていればこんな事にはならなかったのに……まったく、手間をかけさせてくれる』とか言わなかったか??
いや、確かにそう言ったよなぁ?
お前、今、自白したよなぁ?
意訳で『私がやりました』って『私が市民団体を扇動しました』って自白したよなぁ!?
俺は川島に壊されたスマートフォンを手に取ると、ゆっくり立ち上がる。
お前の気持ちはよくわかった。
最初はできるだけ穏便に契約書で縛るだけに留めようと考えていたが、もう止めだ。
川島、テメェは俺を怒らせた。
殺り合いたいんだろ?
いいよ。殺ってやるよ。社会的に抹殺してやるよ。
トコトン潰し合おうじゃあないか。
そうでもなきゃ何の脈略もなくぶっ壊されたスマートフォンと、俺がハマっていたスマホゲームのデータがお釈迦になった借りが返せない。
俺が数年の時間を費やし育て上げてきたゲームデータ。これをパァにした代償はお前が大切にしているものすべてだ。
大切なゲームデータを吹っ飛ばした怨み。社会的な死を以て償うがいい。
今、俺が取れる手段すべてを総動員し、トコトン殺り合ってやるよ。
「……お、おい。どこへ行く」
俺がフラッと立ち上がると、川島が困惑といった表情を浮かべる。
どこに行くって?
そんな事は決まっている。事務所に向かうんだよ。あと、二十分で始業のベルが鳴る。お前こそ、何、そんな所で地蔵になっているんだ。既に二度、途中欠勤かましてる五十代が俺の事務所で舐めた真似してんじゃねーぞ?
健康状態が悪いのならばいざ知らず、一般常識に当てはめて、初日から三日連続途中欠勤なんてありえねーんだよっ!
「……決まっているだろ。出勤するんだよ」
影の精霊・シャドーによる撮影スタンバイは済んでいる。
川島によっていいように扇動された市民団体の頭の上にもだ。
ゆっくり事務所に向かうと、市民団体の一人が指を指してくる。
「――あ、あれはっ!」
「あいつが、高橋翔かっ!」
「……とんでもない奴だっ!」
そう言って近付いてくる市民団体に軽く視線を向けると、軽くうつむきほくそ笑む。
その瞬間、市民団体がいる場所に滝の様な海水が上から降ってきた。
「な、何を笑って――ぶぅううううっ!!?」
「「う、うわっ――な、何がっ――がぼぼっ!?」」
時間にして五秒間。
水の上位精霊・クラーケンの触手から流れ出た滝が市民団体の体に降り注ぐと、五秒後、息も絶え絶えな市民団体の方々は何が起こったかわからず唖然とした表情を浮かべる。
そして、俺がほくそ笑んでいる事に気付いた市民団体の代表っぽい奴が顔を真っ赤にしながらこちらに向かってきた。
「――お、お前かぁぁぁぁ!」
当然、俺がほくそ笑んでいるこのアングルはカメラに映っていない。
ただ単に、市民団体の男が一般人である俺に対し、殴りかかってくる。
そんな風に見える筈だ。
頭に血が上りやすい奴。好都合である。
「ぐっ!? や、やめてくださいっ! なんなんですか、あなたっ!」
ここぞとばかりに被害者顔してそう叫ぶと、海水をぶっ掛けられたのが相当腹に据えたのだろう。男は怒り心頭に怒鳴り散らす。
「ふざけるなっ! お前だろうっ! 俺達が抗議活動をしたからってこんな非道な真似をっ!」
「そうだ。やってしまえっ!」
「人に水をぶっ掛けるなんて非道な真似許すなっ!」
「ひ、非道な真似って何ですかっ! 痛っ! 血が……そ、そもそも、あんた誰? 何の権利があって、人の事を殴り胸倉をつかんで首絞めているんですかっ!?」
すると、市民団体の男は自分達の行動を恥じる事なくこう言う。
「お前ら、宝くじ研究会が不正な手段で本来、他の方々に回るべき宝くじの当選金を獲得しているのが悪いんじゃあないかっ! それをお前は……抗議活動している俺達に対して海水をぶっ掛けるなんてっ!」
証拠もないのによく吠える奴だ。そう言うなら聞かせて貰おう。
「そこまで言うなら証拠はあるんですよね!? 皆さん、事務所の前で不正だ不正だと大騒ぎし、俺の事を誹謗中傷した挙句、殴りかかってきた訳ですが、当然、証拠あっての行動なんですよね!? 証拠もなく思い込みで行動に起こしているとしたら、それは侮辱、名誉毀損及び俺に対する暴行罪に当たると思うのですが、そこら辺の所、いかがでしょうかぁぁぁぁ!」
一方的に暴行を受けた俺がそう言うと、俺に暴行を加えた男の手が緩む。
「え、あっ……それは……」
え、あ、それは……ってなんだ?
まさか、確証もなく感覚的に犯人だと決め付け俺を犯罪者呼ばわりした訳じゃあねーだろうなぁ!!
証拠もなく犯罪者に仕立て上げるその思考。どうかしているぞ。
俺は、市民団体の男の手をのけ呟く。
「ここにいる方々全員を現場助勢罪で訴えさせて貰います」
現場助勢罪とは、野次馬的に先導した行為者の……この場合、行為者の犯罪的行為を増長する様な発言及び行動によって成立する。
現場助勢罪は一年以下の懲役または十万円以下の罰金。
「当然、お前は暴行罪及び傷害罪で訴えるけどなぁ!」
すると、俺を暴行していた男の手がさらに緩む。
「い、いや、違う。俺達は、頼まれてやっただけで……」
「はぁああああっ!? それじゃあ、何かっ!? テメェらは頼まれたら人に暴行を加えるような行動を平然と行うってそういう事ですかぁぁぁぁ!?」
俺のまさかの攻勢に男達は言い淀む。
その隙を付き、スマホのサブ機をポケットから取り出すと弁護士に電話した。
「ああ、BAコンサルティングの小沢さんですか? すいません。今、市民団体の方から暴行を受けまして……」
すると、市民団体の男は手を放す。
しかし、手を離すのが遅かったな。俺はやられたら、やられた以上にやり返す男。
「……二十人ほど俺に対して加害行為を行った人がいるんですけど、全員、訴訟して頂けますか? ああ、勿論、和解はなしです。裁判である以上、白黒決めるのは必要な事ですから……えっ? 金がかかる? またまたぁ……金ならいくらでもあるんで問題ありませんよ。こういう輩に対して、毅然とした対応を取り、法の裁きを与えないと増長しますからね。一度、執行猶予判決を受けてもらい、一度でも反社会的な行動をしたら収容される。それ位しないとこの人達は同じ事を繰り返します」
すると、小沢は呼応する様に言う。
『……そう仰るのであれば、私達、BAコンサルティングが高橋様を全面的にバックアップさせて頂きます』
「……ありがとうございます。それでは後ほど、証拠となるデータをお持ち致します。――と、いう事で、あなたの加害行為及び皆さんの扇動が法的にアウトかどうか裁判官に判断して頂きましょう。ここにいる全員、一人一人に対して後日、訴状が届きます。警察へ被害届も提出しますので、もし裁判で無罪を勝ち取れなかった場合、刑事罰が下されるでしょう。悪しからず!」
電話を切ってそう言うと、市民団体は顔を青褪めさせた。
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