第222話 激昂②
「――ち、ちょっと待てっ!」
「……ああ、川島さんですか。待つって、何を待てばいいんですか? 警察への通報ですか? それとも、部外者であるあなたが、被害者である俺に対し、加害者であるこの暴力団体に対する訴訟を待てとでも言うつもりですか?」
「う、ううっ……!?」
俺がそう尋ねると、川島は言い淀む。
まさか、市民団体がこうも短絡的に暴行に及ぶとは思っていなかったのだろう。
もしかしたら、俺が真っ向から対立してくると考えていなかったのかも知れない。
この市民団体の役割は、声を上げ社会運動を起こす事。
拡声器を使ったパフォーマンスに、中傷ビラは撒くが暴力を振るうつもりはなかった筈だ。むしろ、その逆。暴力を振るわれるのを待ち実際に暴行を振るわれたら騒ぎ立てるつもりだった。しかし、水の上位精霊・クラーケンに海水をぶっ掛けられ、それを見た俺がニヤリとほくそ笑んだ事で頭に血が上ってしまった。
結果として、国民としても市民団体としてもやってはいけない犯罪行為。暴行・傷害を行ってしまい、その行為を止める所か、むしろ扇動した事により現場助勢罪が成立。市民団体とは名ばかりの暴力団体となってしまった訳である。
しかし、川島の立場からしてみれば、この市民団体を庇わない訳にはいかない。
何せ、この市民団体は川島が懇意にしている村井元事務次官が呼びかけ立ち上げた一般社団法人の傘下団体なのだから……。
「……ま、まあ、まずは落ち着きなさい。市民団体を訴えるだなんて、そんなスラップ訴訟紛いな事をしなくても」
「――はあっ? スラップ訴訟?? 誰が市民団体を訴えるなんて言いました? 市民団体かどうかなんて関係ありません。俺は、暴行を加えたそこの男と、それを扇動したここにいる全員を個別に訴えると言ったんです」
そう。市民団体を訴えるだなんて一言も言っていない。
「……それにしても、何故、川島さんはこの方々を庇うのです? スラップ訴訟紛いと仰いましたが、暴行された。だから訴えた。それの何が悪いんですか? 何か問題でもあるんですかねぇ?」
そもそもスラップ訴訟の定義は、個人・市民団体・ジャーナリストによる批判や反対運動を封じ込める為に、企業・政府・自治体が起こす訴訟の事。
俺が起こす裁判は、そういう類のものではない。ただの刑事事件裁判だ。
「……そう言えば、さっき、あの人が『俺達は、頼まれてやっただけ』とか口走ってまましたが……もしかして、川島さん。この人達と共謀していたんですか?」
俺に暴行を働いた男を指差しそう言うと、川島はポケットからハンカチを取り出し冷や汗を拭きながら弁解する。
「――ち、違っ……私はそういう意味で言った訳ではなく、ただ常識的な私見を述べただけで……それに私は、こんな団体の事は知らん。全然知らんぞ!」
あくまで私は関係ありません。私見を述べただけですって事にしたい訳ね。
つまり、この市民団体を切り捨てて延焼を防ごうと、そういう訳だ。
でもいいのかな?
この市民団体は村井元事務次官がが呼びかけ立ち上げた一般社団法人の傘下団体なんでしょ?
しかも、工作する為に借り受けた団体だ。お前の判断で切り捨てて本当にいいの?
影の精霊・シャドーがお前の影の中に潜んでいる以上、すべての情報が筒抜けなんだよ?
まあ全然知らない団体だと言い張るならそれでもいい。
「……じゃあ、尚更、部外者が口を挟まないで貰えますかね? 余計なお世話です」
「ち、ちょっと待てっ……まだ話は終わってないぞ」
口を挟むなと言った傍から口を挟んでくるとは、この男、耳が付いていないのだろうか?
それとも、自分にとって都合のいい事しか聞こえなくなるステキイヤーの持ち主なのだろうか?
「部外者である川島さんが一体、何の用です? 余計な口を挟むなと言ったばかりだと思いますが……」
敢えて辛辣にそう言うと、川島はぐっと言葉を詰まらせる。
「――し、しかしだな。証拠はあるのか? 彼等が君に暴力を振るったという明確な証拠がっ! 証拠がなければ訴えた所で……」
「証拠ですか?」
あるに決まってんだろ。何なら、今、この場で見物している人達全員が証人だ。当然、動かぬ証拠として動画も撮影している。
うん? そうだ……。
俺が鞄からカメラを取り出すと、敢えて、川島に見える様に提示する。
「これが証拠です。実は先ほどからカメラで撮影していたんですよ。この証拠を下に裁判を起こすつもりです。これでいいですか?」
すると、川島が俺の背後で沈黙していた市民団体の男に視線を向けた。
その瞬間、男がカメラに向かって手を伸ばす。
「――そ、そいつを寄こせぇぇぇぇ!」
証拠を破壊し、なかった事にするつもりなのだろう。『さぁ、皆さんご一緒に! イッツ、オールフィクション』したい訳だ。
しかし、それは甘い考えだ。角砂糖にはちみつシロップをかける位、甘い。
現実は辛いのだよ。
「う、うわぁぁぁぁ!?」
迫り来る男に驚いたふりをしつつ、カメラを手放すと市民団体の男が思い切りカメラを踏み付ける。
「はあっ、はあっ、はあっ……やった。やってやった! これで証拠はなくなっ……」
男は粗い息を吐き、そう呟くともう一台カメラを持つ俺に対し唖然とした表情を浮かべた。
「――はい。罪状に器物破損と証拠隠滅が加わりましたと、無駄な努力、ご苦労様です。ああ、器物破損といえば、川島さんも俺のスマホをぶっ壊してくれましたっけ……しっかり、訴えさせて頂きますので首を洗って待っていて下さい。あなたにも数日以内に訴状が届く予定です」
まあ川島の場合、それだけでは済まさないけどな。
川島は俺の大切にしていたスマホゲームのデータをぶっ壊した張本人。これはまだまだ序の口だ。
すると、川島は震えた声で呟く。
「――なっ、き、君は総務省から現役出向してきたこの私まで訴えるつもりなのか……」
「当然でしょう?」
そんなに意外な事だろうか?
器物損壊等罪は、三年以下の懲役、三十万円以下の罰金又は科料に処せられるほどの重罪。それに、裁判を起こすのに出自はまったく関係ない話だ。
総務省からの現役出向だろうが、市民団体だろうがそんなのは関係なく訴える。
悪い事をやったのだから罪を償わせる。ただ、それだけの事だ。
「――く、狂ってる。スマートフォン一つ壊しただけで裁判だなんて、リ、リーガルハラスメントだっ!」
リーガルハラスメント?
これまた訳のわからない事を……。これのどこがリーガルハラスメントなんだ?
もしかして、リーガルハラスメントの意味がわかっていないのか??
リーガルハラスメントっていうのは、力を持った法人、弁護士等が負けるとわかっていながら弱者を訴えるなど法律的な嫌がらせ行為。つまり、勝つ事がわかっている裁判はリーガルハラスメントに当たらない。
「スマートフォン一つ壊しただけと仰るなら最初からやらなければ良かったじゃあありませんか。ああ、ちなみに示談は受け付けませんし、警察に相談するので、もしあなた方が裁判に負けた場合、確実に刑罰が降ります。少々、お高くつくかも知れませんが、腕の良い弁護士を雇った方がいいですよ? それでは俺はこれで……」
そう言うと、俺は川島をこの場に残し事務所に向かう。
流石に、これ以上、愚かな行動はしてこないだろう。
そんな事を考えながら事務所のドアを開ける。すると、そこにはグチャグチャに散乱した事務所の姿があった。
◇◆◇
「……シャドー」
影の精霊・シャドーにそう呼びかけると、カメラを持ったシャドーが現れる。
そして、カメラの再生ボタンを押すと、そこには市民団体と共に事務所をぐちゃぐちゃにする川島の姿があった。
バレないと思っていたのだろうか?
ここまで来ると、清々しさすら感じてくる。
「た、高橋君。ちょっと、待ちたまえ。やはり私を訴えるのは止めておいた方が……」
――ニコリ(超笑顔)
そう笑顔を向けると、川島は発言を止める。
――パリン。ぐちゃ……。
そして、突如として事務所内に投げ込まれた石と卵が足元に転がる様子を見て大量の汗を流した。
「――これも、川島さんと深い関係のある市民団体の方の意思表明と見ていいですかねぇ?」
「こ、これは違う。私じゃあない。本当だっ!」
「ほう。『これは』ですか……。じゃあ、この事務所の惨状については、川島さんが関与していると見て問題ない訳ですね?」
俺に関係するすべての事象は影の精霊・シャドーがカメラで撮影している。
バレないと思ったら大間違いだ。
そして、俺は法的な対処以外に直接的な報復も行う。やられたらやり返す……万倍返しだ。
すると、川島は顔を引き攣らせ狼狽する。
「い、いや違う。これは……いや、これも違うっ! 私ではない!」
「もう喋らなくて結構です。あなたのお陰で事務所がステキ仕様になりました。そんなに職場にいたくなかったですか……。それなら、その願い叶えて上げますよ。今日から一週間、臨時休暇にしましょう。それじゃあ、俺はこれで……」
俺が川島の隣りを通り過ぎると、川島は狼狽しながら話しかけてくる。
「こ、こんなつもりじゃあなかったんだ。私は、ただ宝くじ当選の秘密を知る為、仕方がなく……そもそもお前が秘密保持契約を結ぶとか言い出すから……」
「まあ、その辺りの事は裁判官に判断して頂きましょう。ああ、それと、俺はあなたの事をクビにする気はさらさらありませんから、その辺りの事は安心して下さい」
手元に置いておかないと、憎悪の念が薄れそうだ。川島の発言や行動の一つ一つが俺にとっての起爆剤になってくれる。
「場外乱闘を含めた良いリーガルバトルをしましょう」
そう言うと、俺はその場を後にした。
◇◆◇
事務所に取り残された川島は混乱の渦中にあった。
「――な、何故、こうなった……」
笑えないほどの大惨事だ。
村井様のお力を借り、外部団体を総動員したまではよかったがこれは……。
裁判沙汰にまでなると流石にシャレにならない。しかも、高橋の奴は警察に届けるとも言っていた。
「こ、このままでは拙い……流石に拙い」
高橋翔は本気だ。
本気で我々、団体を訴えようとしている。
まさかここまで厄介な相手だとは思いもしなかった。
「くそっ……どうすればいいんだ」
そう呟くと、私は床に落ちていた石を蹴り上げた。
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