第118話 教会事変-ヤンデレ少女メリー再び⑥

「よし。それじゃあ、そろそろ、今後の方針を決めましょうか……」


 笑顔を浮かべながらそう言うと、司祭様は俺の事を睨み付けながら返答する。


「……今後の方針ですか?」

「ええ、その通りです。司祭様、改めて周囲を見て下さい」


 今までメリーさんにだけ注意を払っていた司祭様が改めて周囲を見渡す。

 俺に言われ周囲を見渡した司祭様が唖然とした表情を浮かべた。


 もうここは教会ではない。廃墟でもない。

 祭壇は崩れ、教会は見るも無残な瓦礫の山となっていた。


 その瓦礫の上に座りながらイチャつくカイルとメリーさん。

 腹立たしい限りだが文句の一つも言えやしない。

 またメリーさんがキレたら収集がつかなくなる為だ。


 司祭様は、ふらりと立ち上がろうとして両手を地面につき四つん這いになって倒れ込む。


「まあ、元々、教会は半壊状態だったし、壊して立て直す事を考えたら、全壊してよかったんじゃないですか? 工事費も浮きますし……」


 すると、司祭様はこめかみに青筋を浮かべた。

 司祭様が怖い顔をして無言で威嚇してくるが、俺は正直な感想を述べたまでだ。

 ついでに言えば、こうなったのは俺のせいではない。

 むしろ俺の機転により一時的にでもメリーさんの機嫌が治った事について感謝して欲しい位だ。

 教会が全壊した責任は、メリーさんの夫であるカイルと、祝福を拒み勝手にヤンデレ少女の呪いを解呪しようとした司祭様にある。


「まあいいでしょう。司祭様にはとりあえず一億コルを渡しておきます。教会を建て直す為の追加費用の算定が終わったら連絡を下さい。折角ですし、司祭様を含む教会関係者全員を経営する宿に招待しますよ。教会が全壊しては生活に困る方もいるでしょう?」


 もちろん、これも無料じゃない。当然、有料だ。

 これに関しては、最終的に教会を建て直す費用の金額に含めて司祭様に返済して貰う事になる。


 宿経営は慈善事業ではないのだよ。慈善事業では。


 それに俺は招待するとしか言っていない。

 招待とは、客を招く事。

 客を招く以上、ちゃんと料金は頂く予定である。


「よ、よろしいのですか?」


 しかし、それを無料と勘違いしたのか、司祭様の表情が少し明るくなった。


「ええ、もちろんです。困った時はお互い様ですから」


 折角だから値段が高い部屋にに案内する事にしよう。

 この機会に、上級ダンジョン『アイスアビス』を攻略するまでの間、司祭様の行動をガチガチに縛り、逃げられないよう対策を打つ事が俺にとって有用だ。

 すると、司祭様は涙を流しながら話しかけてくる。


「あ、ありがとうございます!」

「いえいえ、こちらこそ……」


 ありがたく司祭様の置かれている立場を利用させて頂きます。


 上級ダンジョン『アイスアビス』の攻略要員が俺の手の内にある。

 これほど、嬉しい事はない。

 司祭様が上級ダンジョン『アイスアビス』を攻略した際には、借金を無かった事にしてあげるから安心してほしい。

 もちろん、報奨金として、それまでの間、俺に払ってきた金も返して上げるつもりだ。まあ回復薬代は回収するけど。

 ゲーム世界での金はゲーム世界でしか使う事ができない。

 この金を現実世界にある質屋に持っていった所で、二束三文で買われるのが落ちである。

 それにこの世界でしか手に入らない物を現実世界に持っていったらどうなる事か……。回復薬だけでヤバい事になっているのに、それだけに留まらない可能性の方が高い。


 つまり……ここは司祭様の弱みだけを握ってダンジョンを攻略して貰う方がいいと、そういう事だ。

 正直、『ムーブ・ユグドラシル』を持つ俺がダンジョンを攻略した方が早いかもしれない。しかし、俺に上級ダンジョンを攻略するだけの力があると知られるのは一大事だ。

 それこそ、これまでゲーム内のストーリークエスト進行やイベント発生時にのみ使われていた冒険者協会の指名依頼制度(ほぼ強制)を使われ、上級ダンジョンへの特攻を命じられる可能性が高い。


 うーん。そう考えると、Sランク冒険者として登録し直したのは早計だっただろうか。しかし、Sランク冒険者じゃないと受ける事のできない依頼や入れない場所もあるし……。中々、判断が難しい。とはいえ、今の所、不利益を被っていないから大丈夫か?


 どの道、一度、Sランク冒険者になった以上、冒険者協会を辞めるか、連続で依頼を失敗する以外に降格する手段はない。それに、態々、降格する為に連続して依頼を失敗するのも面倒だ。

 とりあえず、この話は棚上げしておこう。


「それでは、司祭様。今後の方針や資金の返済についてもう少し詳しく話を詰めましょうか……」

「は、はい……」


 俺がそう言うと、司祭様は頬をひく付かせた。


 ◇◆◇


 その頃、アメイジング・コーポレーションでは、西木社長に偽造証拠を作る様に命じられた石田管理本部長がデスクで頭を抱えていた。


「なんだ……。一体、何が起きている……」


 目の前に置かれた壊れたパソコンの数々。

 これらはすべて裁判が有利に働くよう偽造証拠を作ろうとする度にスパークして壊れたパソコンのなれの果てである。


「石田管理本部長! こっちもダメです!」

「こっちのパソコンも壊れました!」

「これじゃあ、仕事になりませんよ!」


 今、アメイジング・コーポレーションの本社では、次々とパソコンがスパークして文鎮化する奇妙な怪奇現象が発生していた。


 西木社長の指示(という名の忖度結果)を私直属の部下に内密に伝え、偽造証拠を手分けして作ろうとした結果、総務部にあるすべてのパソコンがスパークしてしまった。


 挙句の果てには……。


「い、石田管理本部長! た、大変です! サーバーが!?」

「サーバー? サーバーがどうした?」

「サ、サーバーがダウンしてます……」

「な、何ぃぃぃぃっ!?」


 部下のトンデモ発言に顔を上げると、私はサーバールームへと走って向かう。

 サーバールームの鍵を回し、急いで中に入ると、そこにはただの文鎮化したサーバーがあった。

 どことなく焦げ臭く。まるで、デスクの上に置いてあるパソコンの様にうんともすんとも動かない。

 それを見た瞬間、私は膝から崩れ落ちる。

 その瞬間、本社の電話が一斉に鳴り始めた。


 サーバールームには、基幹系システムのサーバーが置かれてる。

 基幹系システムとは、アメイジング・コーポレーションにとって主要で不可欠な業務を遂行する上で必要なシステム。

 これがストップしてしまうと、受発注管理や販売・生産・在庫管理、会計業務のすべての業務がストップしてしまう。


「い、石田管理本部長! ど、どうしましょう……」

「ど、どうしましょうもこうしましょうもないだろう。まずはベンダーに連絡しろっ! すぐに復旧作業を行わせるんだっ!」


 まさか二十五年も前に独自開発した基幹系システムがここにきて壊れるとは……。


「し、しかし、基幹系システムを作成した会社は数年前に倒産して……」

「な、なあっ!?」


 そういえば、そうだった……。


 アメイジング・コーポレーションの基幹系システムはここ二十五年程、システムの再構築を行わず、継ぎはぎ拡張による延命措置で稼働してきた。

 数年前、基幹系システムを手掛けた会社の倒産を機に基幹系システムを見直そうという話も出たが、構築に多額な費用がかかる事を嫌った西木社長がそれを断念。

 何も起きない事を願って、この老朽化した基幹系システムを使ってきたが……。

 こんな事になる位なら西木社長を説得してでもシステムの再構築を行うべきだった。

 いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。


「い、いや、システム管理部にあの倒産した会社から出向してきたエンジニアがいただろう! 村越君だ! 至急、村越君を呼んでくれ!」

「は、はい! わかりました!」


 システム管理部の村越部長はシステムに精通している。彼ならこの危機的状況をきっと打開してくれる筈!

 というよりそうでなくては困る。非常に困るのだ。


「石田管理本部長! いつシステムが復旧するのかといった支店からの電話が止まりません! 何で答えれば……」

「そ、そんなのはね。私が一番知りたいよ! とりあえず、復旧次第連絡すると伝えておきなさい!」


 一体何でまたこんな事に……。


 それにしても村越の奴は、この非常事態に何をやっているんだ!


 憤りを隠さず唸り声を上げていると、システム管理部の村越部長がノロノロした足取りでやってくる。


「村越部長! こっちです。急いで下さい!」

「そうは言ってもね……。何度も言うけど私はシステムの保守を行うのが仕事であって、サーバーなんて修理できないんだよ?」

「それでも、何もわからない私達よりかはマシです!」

「マシって君ね……。そういう事は専門業者に任せた方がいいと思うけど……」


 これには村越を呼んできた部下も困り顔を浮かべる。


「いいから、村越部長! 早くサーバーの状態を見て下さい!」


 私が声を荒げてそう言うと、村越がため息を吐く。


「はあっ、わかりましたよ……」


 そして村越はサーバールームに入り、サーバーに手を触れると、ただ一言呟いた。


「完全に壊れてますね」

「……って、そんなの見ればわかるわっ! 君はシステム管理部の部長として、も何か言う事はないのかね!」


 苛立ち混じりにそう言うと、村越の顔が真顔に変わる。

 突然、表情が変わった事に驚いていると、村越は淡々と告げた。


「いや、三年前に私が申請した基幹系システムの再構築を行うといった稟議書を蹴ったのは石田管理本部長と西木社長じゃないですか……。私は言いましたよね? 今、ここで変えないと大変な事になるって……」

「ううっ……」


 た、確かに、その稟議書を蹴ったのは西木社長と私だ。

 だが、西木社長が否認したんだから仕方がないじゃないか!

 西木社長が否認した以上、私にどうこうする力はない。


 そもそも、稟議書の提出順がおかしいんだ!

 何故、管理本部長である私が一番最初に稟議書の印を押さなければならないのだ。

 おかしいだろう。それでは、西木社長の意向がまったくわからない。

 だからこそ、私は稟議書が回ってきた時、西木社長に相談をした。

 するとどうだ。西木社長は基幹系システムの再構築に難色を示したのだ。

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