第117話 教会事変-ヤンデレ少女メリー再び⑤
『神罰の代行者』は『再生』と『破壊』の力を持つ呪いの銃剣。
司祭様は呪いの銃剣を取ると、ヤンデレ少女メリーさんの猛攻に備え身構えた。
しかし、今、メリーさんの目に映っているのは俺だけ。
ナイフで刺されると思い込み呪いの銃剣を装備してしまった司祭様は唖然とした表情を浮かべている。
そんな司祭様を見て俺はニヤケ顔を浮かべた。
「あれあれ? どうしたんですか? 呪いの銃剣を手に取っちゃって?」
それ、呪われているから一度装備しちゃうと、二度と外す事ができないよ?
そんな思いを込めてのニヤケ顔だ。
『神罰の代行者』を手に取った司祭様は、「ううっ、し、しまったぁ!?」と声を上げ慌て始めた。
「いやぁ、よかった。よかった。それを手に取ってくれたという事は、司祭様も心の奥底ではミズガルズ聖国の上級ダンジョン『アイスアビス』の攻略に乗り気だったんですね!」
そうなら最初から言ってくれればいいのに。
まったく司祭様は照れ屋さんなんだから。
「ち、違う! 私は、私はそんなつもりでは……」
「でも、もう遅いですよ? 呪いを受けてしまった者は自分で呪いを解除できません。教会を建て直し借金を返済するには、どの道、冒険者になる他なかったのですから、まあいいじゃありませんか……」
それにその武器に込められた呪いは強力だ。
そもそもヤンデレ少女メリーさんの呪いを解除できなかった教会にその呪いを解除できるとは思えない。
「……そんな事よりも今はメリーさんの呪いをどうにかする方が先です」
「そ、そんな事っ!? 教会関係者である私に呪いの武器を装備させておいて、そんな事ですって??」
おそらくヤンデレ少女メリーさんに刺され過ぎておかしくなったのだろう。
司祭様が訳のわからない事を言い始めた。
「いやいや、おかしな事を言わないで下さいよ。司祭様が自発的にその銃剣を手に取ったんじゃないですか……」
俺は司祭様の目の前に銃剣を置いただけ。
そう。あくまでも目の前に置いただけなのだ。
俺が装備させた訳じゃない。
メリーさんに刺されると勘違いした司祭様が自発的に呪いの銃剣を手にしただけだ。
呪いの銃剣『神罰の代行者』には、『再生』効果が付いている。
恐らく司祭様は死にたくない一心で呪いの銃剣を手にしたのだろう。
メリーさんのナイフはすべて俺に向いているというのに……。
「なあっ……?」
俺がそう言うと、司祭様は口をパクパクさせる。
信仰も呪いの一種。既に信仰という名の呪いに染まっているのだから、もう一つくらい呪いが増えても問題ない筈だ。
「それに今は、そんな事を言っている場合じゃないでしょう。早くメリーさんを鎮めて下さいよ」
「なあっ!? あ、あなたが怒らせたんでしょうがっ!」
何を言うかと思えば世迷い言を……。
「えっ? 嘘でしょ? 最初にメリーさんを怒らせたのは司祭様じゃないですか。もしかして忘れちゃったんですか?」
決して煽っている訳ではないが、事実は事実として訂正しておく。
「あ、あなたという人は……私に喧嘩を売ってるんですかっ!?」
「いや、最初にメリーさんを怒らせて二度ナイフにぶっ刺されたのは司祭様じゃありませんか、司祭様がまるで俺が悪いみたいに言うから、俺はそれを訂正しただけです」
司祭様と口喧嘩をしていると、ヤンデレ少女メリーさんが『いい加減にしろ』と言わんばかりに、無数のデカいナイフを飛ばしてくる。
相変わらず目に宿る赤いハイライトが滅茶苦茶怖い。
「ほ、ほらっ! メリーさん滅茶苦茶怒ってるじゃありませんか! 『激おこプンプン丸』ですよ? 『激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム』ですよ! 神レベルの激怒ですよ!? とりあえず、メリーさんに祝福でもして、せめて『まじるんるん御機嫌丸』状態にしてあげないとっ!」
「あ、あなたはさっきから何を言ってるんですかぁぁぁぁ!」
「いいからメリーさんに祝福をして差し上げろって言ってるんですよ! 早く! そうじゃないと、もう教会がもたない!」
既に廃墟みたいなものだが、このままでは半壊から全壊状態になってしまう。
周囲を見渡してようやく気付いたのだろう。司祭様も憤怒の表情からやや悩まし気な表情に顔を変化させると「ううっ、教会の教義を優先させるべきか……呪いを鎮める事を優先するべきか……でもやっぱり教会の教義の方が……」と呟き、渋々、メリーさんの前に立った。
『ケタケタケタケタッ』
「う、ううっ……」
ケタケタ笑うメリーさんが滅茶苦茶怖い。
司祭様の足も震えている。まるで生まれたての小鹿の様だ。
いい年をした司祭様がお漏らししないよう願っておこう。
それにしても……。
「カイル……よくお前、メリーさんと結婚しようと思ったな……」
なんか気に入らない事があればナイフで刺してくるし、バチクソ悪霊じゃねーか。
万が一、夫婦喧嘩でもして見ろ。普通に殺されるぞ?
すると、カイルは余裕の笑みを浮かべる。
「やれやれ、お前はまだまだだな。だから二十三歳にもなって彼女の一人もできないんだよ」
「な、なにっ!?」
なんでリアルの年齢を知っているんだ!?
こいつ、まさか俺のストーカーか??
つーか、余計なお世話だわ!!
「……いいか? こういう時はな、こうやってメリーちゃんの怒りを収めるんだよ」
そう言うと、カイルはメリーさんの前に立つ。そして、両手を大きく広げると、メリーさんの名を口にした。
「メリーちゃーん、司祭様からの祝福がなくても俺は君の事を愛して、ぐふっ……」
「カ、カイルー!!」
メリーさんに(心理的に)ぶっ刺されて倒れるカイル。
駄目じゃん。全然、駄目じゃん!
全然、怒り治まってないじゃん!
っていうか、メリーさんに何しようとしたの!?
もしかしてハグしようとしたの??
まさかそんな事でメリーさんの怒りが治まると本気で思っていたの??
楽観が過ぎるだろっ!
メリーさんに刺されぶっ倒れたカイルの足を持ち引き摺る様にその場から退場すると、意を決した司祭様が改めてメリーさんの前に立った。
「し、司祭様?」
司祭様は目を閉じ数度深呼吸をすると、メリーさんに視線を向け両手を大きく広げて声を発した。
「な、汝メリーは、この男カイルを夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを神聖なる大樹ユグドラシルのもとに、誓いますか!?」
先程まではあんなにも拒否していた呪いに対する祝福の言葉。
教会の教義とか、そういうのは、もうどうでもよくなったらしい。
華麗な手のひら返しだ。
司祭様の言葉を聞き、メリーさんがピタリと止まる。
そして短く『はい』と呟いた。
司祭様の身体中から噴き出る汗が半端ない。
今度はこちらを向くと、震える声でこう言った。
「な、汝カイルは、この女メリーを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添う事を神聖なる大樹ユグドラシルのもとに誓いますか!?」
「…………」
しかし、カイルからの返事はない。まるで屍の様だ。
カイルの奴は今しがたメリーさんにより腹をぶっ刺され気絶中。
そのこと気付き真っ青な表情を浮かべる司祭様。
「カ、カイル君っ!? 起きて下さいっ! お願いだから起きて『はい』と言って頷いて下さいっ! お願いします!」
司祭様も必死だ。
教会の教義をかなぐり捨ててカイルとメリーさんを祝福しようとしたのに、当の本人は気絶中。『もうどうしたらいいの?』と言わんばかりに狼狽している。
仕方がない。ここは俺がなんとかしよう。
気絶したカイルをビンタしまくる司祭様から、カイルを取り返すと、俺はカイルの上半身だけを起こし、右膝頭を肩甲骨の下のラインの中央に当て、次に両手で脇から抱えるようにして上体を後ろに引き上げる。
そして、肩甲骨の下のラインの中央を強く押すとカイルが目を覚ました。
「うぐっ!?」
これは柔道の絞め技で気絶した人の起こし方。
カイルの場合、締め技よりキツイ方法で気絶した訳だが効果があって本当によかった。
司祭様はカイルが起きたと見るや、両肩に手を乗せ、視線だけで「はい」と言うような仕草を見せる。
「は、はい? 生臭司祭? 一体何が……」
「な、生臭司祭……?」
突然、生臭司祭と暴言を吐かれた事に、眉間に皴を寄せる司祭様。
しかし、今、そんな些細な事で怒る訳にはいかない。
カイルがとりあえず「はい」と言った事を受け、司祭様は祝福を強制的に続ける事にした様だ。
「お……お二人の上に神の祝福を願い、結婚の絆によって結ばれたこのお二人を神聖なる大樹ユグドラシルが慈しみ深く守り、助けてくださるよう祈りましょう。万物を支える神聖なる大樹ユグドラシルは夫婦の愛を祝福してくださいました。今日結婚の誓いをかわした二人の上に、満ちあふれる祝福を注いでください。二人が愛に生き、健全な家庭を造りますように……。喜びにつけ悲しみにつけ信頼と感謝を忘れず、あなたに支えられて仕事に励み、困難にあっては慰めを見いだすことができますように……。また多くの友に恵まれ、結婚がもたらす恵みによって成長し、実り豊かな生活を送ることができますように……」
ヤンデレ少女メリーさんのご機嫌を窺いながらの祝福。
呪いの装備に宿る『ヤンデレ少女メリーさん』の機嫌を窺うあたり、もはや教会の教義とやらは既に形無しだ。司祭様は教義より自分の命を優先したらしい。
しかし、そのお陰で、教会内を覆っていた禍々しい空気が晴れた。
一度、俺に騙されている為か、メリーさんはまだ懐疑的な表情を浮かべているが、もう大丈夫だろう。
教会内を覆っていた禍々しい空気が晴れた事を認識した司祭様が、冷や汗を流しながら四つん這いに倒れ込む。
「し、死ぬかと……流石にもう駄目かと……よかった。本当によかった……」
懐疑的な視線を俺に向けながらもカイルに抱き着くメリーさん。
うん。なんていうかもう、幸せになったらいいんじゃないだろうか?
――パチパチパチッ
この場を凌いだ司祭様に拍手を送ると、俺は司祭様の前でしゃがみこんだ。
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