第342話 会って早々、犯罪者扱い

 ここは、東京都内にある火力発電所。

 俺こと高橋翔は背後に闇の精霊・ジェイドを浮かべながら笑みを浮かべる。


「……それでは、交渉成立ですね」

「ええ、諸々の手続きは私共にお任せ下さい」


 火力発電に使われる化石燃料には限りがあり、エネルギー資源に乏しい日本では燃料となる石油・天然ガス・石炭の殆んどを輸入に頼っている。

 そんな日本の状況下、ゲーム世界、ヨトゥンヘイムで手に入れた氷樹……。これを効率よく使う事のできる施設といえば、火力発電所以外存在しない。

 氷樹のサンプルを手に取り、担当も笑みを浮かべる。


「氷樹ですか……。しかし、この素晴らしい資源を一体どこで……」


 俺を値踏みするかの様な担当の視線。

 担当の視線を受け、俺は正直に言う。


「ああ、実はこれ、北極に出現した世界から入手したものなんです。実は独自のルートを持っておりまして……」

「ほう。北極のあれですか……」


 これはあくまで雑談。

 正直に言ったものの、北極という単語から、答える気はない。冗談を言っていると判断した担当はため息を吐く。


「北極のあれと独自のルートをお持ちとは……」

「他言無用ですよ?」

「ええ、勿論。他言など致しません」


 その言葉を聞き、俺は笑みを浮かべる。

 北極に出現したヨルムンガルド、ゲーム世界に繋がる穴は実在するものの、北極のあれ云々の話は基本的に冗談として受け止められる。

 事実を言っているにも関わらず、面白い世界になったものだ。

 まあ、そもそも、この人達に他言などできる筈もない。

 火力発電所の燃料に氷樹を使う。

 これは、今、俺の持つ力とコネクッションを最大限活用し、実現したこと。

 氷樹に有害物質が含まれていたら大問題だ。

 なので研究機関に最速で調査してもらい、問題ない事を確認した上、最速で契約まで漕ぎ着けた。

 普通に考えて、未知の新エネルギーを継続的に供給できる理由も知らずに契約を結ぶ者など存在しない。

 しかし、そういった都合の悪い部分はすべてエレメンタルがカバーしてくれる。

 当座は、ヨトゥンヘイムで育てている氷樹を卸す事になるが、ゆくゆくはこちら側の世界で氷樹を育て卸す事になる。

 そして、今、テーブルに置かれた契約書はゲーム世界のアイテムだ。

 ゲーム世界の世界樹が燃えない限り、契約を違えることはできない。

 契約書を相手に引き渡すと、俺は笑みを浮かべたまま立ち上がりドアノブに手をかける。


「それは、私はこれで……。ああ、念の為の確認ですが、今回の契約は巨額取引となります。もし何らかの問題が発生し、取引中止を求める場合はその理由を書面でお願いします」

「はい。勿論です。まあ研究機関のお墨付きもありますし大丈夫ですよ。それでは、私もここで失礼致します。この度は、態々、ご足労頂き頂きありがとうございました」


 エレベーターまで送り迎えする必要はない旨をやんわり伝えると、俺はそのまま部屋を出る。

 火力発電所の売上原価は兆単位。

 つまり俺は、この会社との取引により兆単位の取引を行うこととなる。


 楽しい。実に楽しいものだ。裏工作って奴は……。

 罠を仕掛けている時が一番楽しい。

 お金で遊ぶようで悪いが、世の中には札束でしか倒せない相手が意外と多く存在する。

 それに、どの道、兆単位の金を得た所で使い切る事なんてできない。その大半が死んだ後、国庫に返納される。

 俺の生活なんて、どうせ飯代で一日、二千円かかるかどうか。無料で宿泊できる病院の特別個室で、朝食に八枚切り百五十円の焼いた食パンを食み、昼食にはサラダとカップラーメンとご飯を食べ、夜に酒を飲むくらい。

 贅沢な暮らしなんてしてたらキリがない。

 こういうのは偶に贅沢をするからいいんじゃないか。

 上等な食事と酒を飲むより、鳥貴族あたりでメガハイボール飲みながら、貴族焼きや塩だれキューリ食べてた方がよっぽど幸せだね。

 安いし、美味いし、十分満足できる。

 俺の手元に残るのは、使い切れる分だけの金でいい。だからこそ、それ以外の金はすべて敵を叩き潰す為だけに使う。

 ゴミ見たいな人間性の奴を排除していけば、結果的に社会が良い方向に進むと思うんだよね。

 今回の契約以外にも、既に幾つか罠を仕掛けた。例えば、内部の人員とかね……。

 敵は東京都知事の近くにいるからな。罠は幾つ用意しても邪魔にはならない。


 あっちがその気ならこっちも遠慮なくやらせて貰う。


 何せ、今回の事業仕分けが終わった後、謂れなき誹謗中傷を受けるであろう事が既に確定しているからな。

 大体のテレビ局は俺や俺陣営の者が社外役員として入り込む事で抑えてあるが、かの有名な国営放送まで止める事は難しい。


 俺に出来る事といえば、皮を切らせて骨を断ち、肉を切らせて体を両断するくらいのものだ。

 既に、事務所は閉鎖してある。

 宝くじの当選金なんか当てにする必要がない程の収益基盤も確保した。さて諸君……盛大にやり合おうじゃないか。


「でも事業仕分けが終わったら当分の間、特別個室にでも引き篭もるかな……」


 金は人を変える。宝くじ当選金の殆どが宝くじ研究会に集中していたと分かれば、当選者である俺に危害を加えようとする馬鹿が大量発生する可能性もある。


 まあ、不正している訳ではないので、俺に危害を加えようとする奴は漏れなく迎撃するけど……。


「めんどくせ……」


 そう呟くと、俺は新橋大学付属病院の特別個室へと向かった。


 ◇◆◇


 池袋にあるサンシャインシティ文化会館。

 事業仕分けの行われる二階展示ホールに向かうと、仕分け会場にはマスコミと多くの傍聴者が席に着いていた。

 マスコミの中には、俺こと高橋翔が社外取締役を務める会社の社員もいる様だ。


「さて、どうなる事やら……」


 事業仕分けは、初めにこちら側が事業の概要を説明した後、東京都側の評価者が質疑・議論を行い評価結果を公表。公益法人の認定取り消し、補助金や助成金、交付金の継続、打ち切り、返還が決まる。

 スタバで購入したフラペチーノ片手にため息を吐くと、事業仕分けの事務局長がマイクを持つのが見えた。


「皆さま、本日はお忙しい中、お集まり頂きまして誠にありがとうございます。開催にあたりまして事務局より諸連絡をさせて頂きたいと思います、まず資料の確認を――」


 事務局側からのどうでもいい挨拶と諸連絡を聞き流しながら視線を横に向けると、今日、共に事業仕分けのとばっちりを受ける事が半ば確定している宝くじ協議会の面々と目が合う。

 宝くじ協議会で事業仕分けに参加するのは、初老眼鏡の清水、体格のいい体育会系の友田という男。どちらも白髪で、顔がまったく笑ってない。

 当然か。既に東京都側と打ち合わせているのだろう。

 俺の顔と胸に付けたネームプレートを見るや否や、友田が仇を見る様な目を浮かべ話しかけてくる。


「……あなたが、高橋翔さんですか。初めまして、私、宝くじ協議会管理課長の友田と申します。いや、それにしても大変な事になりましたね」


 その原因は全部お前達にあるんだけどな。

 お前等が東京都に当選者情報を流さなければこんな事にはならなかった。

 まったく余計な事をしてくれたものだ。


「ええ、本当に……大変な事になりそうですよ」


 皮肉を込めそう言うと、宝くじ協議会の担当が、小さな声で話しかけてくる。


「実は私、一度、あなたと話をして見たいと思っていたんです。正直、不正以外考えられないのですが……あなた、当たりくじを偽造してますよね? この件は、既に警察も動いています。自白するなら早い方がいいですよ」


 会って早々、犯罪者扱い。

 超失礼な奴である。

 初対面の相手に当たりくじの偽造をしていますねと断定するか?

 あり得ないだろ。


 ちげーよカスと、その白い頭にフラペチーノぶっ掛けてやりたくなったが、すんでの所で我慢する。

 このカスよりフラペチーノの方が価値が高いからだ。

 俺はフラペチーノを軽く啜り心を鎮めると、失礼なカスに笑顔を向ける。


「寝言は寝てから言えよ。カス」


 実は耐えかねていたのだろうか。

 思わず口から暴発した発言を聞き、友田が目を丸くする。


「驚いた。こんな無礼な人、初めて会ったよ。聞き間違いかな? 寝言は寝てから言えよカスと言われた気がしたんだが……」


 うん? 聞こえてなかったのか?

 もしや突発性の難聴でも患っているのだろうか?

 うまく聞き取れなかった様なので、もう一度言ってやる。


「初めて会った人を犯罪者呼ばわりするのは無礼じゃないのか? 寝言は寝てから言えよ。カス」


 侮辱罪で訴えてやろうと思ったが、これは一対一で言われた事。侮辱罪に問う事はできない。

 なので、俺は言い返す。

 そっちの方がスッキリするからだ。

 周囲で待機している音の精霊・ハルモニウムに目配らせしながら、そう事実指摘してやると、友田は顔を歪め罵詈雑言を浴びせかけてくる。


「……低脳がほざいてんじゃねーぞ? こっちはお前のせいで瀬戸際なんだよ。犯罪者の分際で口答えしてんじゃねぇ。宝くじをこよなく愛する国民の為に自首しろよ。それが一番被害が少ない方法だ。既に警察も動いてる。何度も言わせるんじゃ……」

「お、おい。友田! お前、一体、何を言っている!」

「何って、この犯罪者に自首を……」


 味方である筈の清水に肩を掴まれ驚く友田。

 そんな友田の様子を見て俺は薄笑いを浮かべる。


「はい。言質、ゲーット……」


 敢えて、録音アプリを起動したままのスマホを片手に持ち、印籠をかざす様に見せつけてやると友田は顔が引き攣らせる。


「――駄目だよ。ピンマイクはちゃんとオフにしておかないと……」


 事業仕分けには、報道陣も傍聴している。

 その為、参加者には漏れなくピンマイクを渡される。

 当然、事業仕分けが始まるまでの間、電源をオフにする様言われた上で……。

 エレメンタルの力を借り、友田が気付かぬ様、そっと電源を入れて貰い、音の精霊・ハルモニウムの力で友田の耳に音が届かぬ様、細工して貰っただけのこと。


「そ、そんな馬鹿な……ピンマイクの電源はまだ……それに付けてなど……」


 現実を直視できないのだろう。

 友田は目を剥き慌てふためく。


「いやいや、じゃあ、その胸ポケットに付いてるピンマイクは何だよ?」


 俺が胸ポケットを指差すと、友田は胸ポケットに視線を向け顔を強張らせる。


「――な、なぜ……」

「いや、なぜじゃねーだろ。ここには報道陣もいる。そんな中、とんでもねー誹謗中傷してくれやがってよ。人を犯罪者扱いするってどんな気分ですか? 良かった? 誹謗中傷して気分が良かったのかな? ねえ、友田さん。これ、名誉棄損に……。いや、侮辱罪に当たるんじゃないでしょうかねぇぇぇぇ!」


 そう言うと、友田はハッとした表情を浮かべ、後ろに一歩よろめいた。

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